さよならジーニアス

七井 望月

文字の大きさ
上 下
7 / 46

今ここに、戦いの幕開けを宣言するッ!!

しおりを挟む
 
「……私は彼、妙本箱根のガールフレンドよッ!!貴女達に、ダーリンは絶対に渡さないわッ!!!」

 人の少ない空き教室に、私の声は目一杯響いた。

 ……私、芳山理子は恥ずかしげもなく……いや、実際は物凄く恥ずかしいのだけれど、耳が真っ赤になり顔に熱が帯びていくのをしっかりと感じながら、そう声高に宣言した。

「……何だ、お前は……」

 突如現れた脳内ピンクの馬鹿女を、教室内の人間はドン引いた目で見つめる。……例外無く、文夏ちゃんも困惑の表情を浮かべながら私を見つめていた。……うぅ、視線が痛い。

 穴があったら入りたいほど、忸怩たる思いだった。が、しかし、ここで怯んでいてはダメだ。私は文夏ちゃんを助けるために、この場に降臨したのだから。

 怯えるな!!自らを奮い立たせ、立ち向かうのだ!!芳山理子!!怯むな!文夏ちゃんを守るための的、盾になれ!!

「……先程、聞き捨てならない台詞を聞いたわ。“私の方が彼の事を好き”?“彼の事を愛してる”?……笑わせるんじゃ無いわよ!!貴女がはーちゃんの何を知ってるのよ!!」

「……は、はーちゃんって……」

 ……後退る彼女。私は先制攻撃に成功し、優位的立場に立てた事にほっと胸を撫で下ろしながら、言葉を続ける。

「そもそも貴女とはーちゃんは高校で知り合った中でしょう?間違いなく私達のほうが付き合いは長いわ。それにはーちゃんは高校ではぼっちだって聞いたし、貴女達二人に接点があるのかも疑問だわ。何?恋する乙女でも気取っているの?愛しのあの人を遠くで眺めてるだけ。それだけで満足。笑えるわね。一生結ばれないわよ、貴女達は」

「……そ、そんな事はないッ!!私と、彼……箱根君は、小学生の頃からずっと友達だったッ!!」

 ……尻込みしていた金髪のいじめっ子だったが、私の言葉に窮鼠が猫を噛むように対抗し、悲痛の籠った大きな声をあげた。

「……私がこの高校に入るずっとずっと前から、彼とは友達だった!!昔の彼は今みたいな勉強馬鹿じゃなくて、ただただ馬鹿で、二人で一緒に子供じみたおふざけをして笑ってたんだ!!付き合いが浅いとか、そんな事は断じてないッ!!ふざけた事抜かしてんじゃねぇ!!」

 うら悲しげな絶叫が、部屋中に強く強く響いた。

「お前だって、……お前だって何なんだよ!!ぽっと出の転校生が意味ありげに彼と仲良く話したけど、結局は赤の他人だろうが!!思いの深さは私達に絶対敵わないッ!!部外者が口を出すんじゃねぇよ!!」

「……部外者、ねぇ」

 金髪いじめっ子は、敵対心をむき出しに私に対して牙を剥く。

「……逆に貴女は部外者じゃないとでも?」

「少なくともお前よりは深い関係だ!!転校生のお前よりはな!!」

 ……彼女は声を大にして彼との関係の深さを叫んだ。刻んだ思い出はとても深いものなのだろう、“彼女にとっては”。やけに自信に満ちた眼差しで彼女は私を見据えた。

 ……そんな彼女の敵愾心に燃えた目を見て、私は彼女の事を思い出した。

「……ああ、思い出したわ。貴女、小学生の頃はーちゃんとつるんでた悪ガキグループの一人でしょう。よくふざけては近所の姉ちゃんにどやされてたわよね。……そのノリを、高校生活まで引っ張ってきちゃったかー。イタいわね、貴女」

「……何だ、お前。何なんだよ、何者なんだよ。ふざけやがってッ……!!」

 口喧嘩では劣性ぎみの彼女は、だいぶ頭に血が上っている様だった。……強行策に出るのは時間の問題か。以降はあまり彼女を刺激しないようにしなければ……

「……おい、一つ聞かせろ」

「……何かしら?」

「……お前って実際、箱根の何なんだ?」

「…………」

 ……突然、投げ掛けられた質問。それは在り来たりなものに見えて実は大打撃だった。

 ……嵌められたッ!!いや、彼女にそのような気は無いのかもしれないが、“妙本箱根のガールフレンドだ”と宣言した私が今さら“ただのお友達です”なんて言ったら彼女は激昂するだろうし、“はーちゃんは私の彼ピッピです♪”等と言えばそれはもう戦争だ。彼女は臨戦態勢に入るだろう。

 となれば四面楚歌、背水の陣、逃げ道など無い。

 ……ならば本当の事を言うのが吉か?……いや駄目だ。まだ私の正体はバラしてはいけない。

 やはり私は嵌められたのか?……こうなってしまってはもうそんな事はこの際どうでもいい。……ただ私は宣戦布告と受け取った!!

 今ここに、戦いの幕開けを宣言するッ!!

「……私は、はーちゃん、……妙本箱根と、再開を約束した運命の相手であり、今は良きライバル。かつては一つ屋根の下夢を語り合った同胞、とでも言っておくわ。少なくとも、貴女以上に親密な関係を築いているのは間違いない。……好きならば、奪ってみなさい、私から」

「……ああ、いいよ。元より奪うつもりだったさ、……どんな手を使ってでもッ!!」

 刹那、啖呵を切った彼女は素早い身のこなしで私に襲いかかる。周りの部下には手を加えさせず、あくまで自身でケリを着けようとする魂胆らしい。少し見直した。

 だが私もただサンドバックになるわけにもいかない。向こうが先に手を上げれば、私は正当防衛だ。

 ……彼女は勢いよくパンチを繰り出す。その拳は私の顔面に一直線に向かって……って、顔は無しでしょ!!待って待って!止めて!聞いてない!!あっ、駄目だこれ、もう避けられないッ……

 回避は間に合わず、防衛本能で目をつむるのが精一杯。拳がぶつかる鈍い音が教室に反響した。

 目一杯体重を乗せた鋭いパンチ。……しかし、何故か痛みは無かった。

「……痛、くない?え、どうして?」

「……何とか間に合ったけども、……痛てーなぁ、オイ。顔面に食らったら多分死んでたぜ。このゴリラ女」

「……は、はーちゃん?」

 私が目を開けると、そこには口論の渦中の人物、妙本箱根がいた。噂をすればなんとやら、彼はこの場に立ち現れた。

「……悪いな、先生は居なかったわ。よく考えたら授業中だし、サボりだな、俺ら。ここにいるヤツ漏れ無く不良だ」

 いじめっ子の拳を受け止めた彼は、辺りの面々を一望し、肩を竦めた。

「……は、箱根?どうしてここに……」

「……どうもこうも、そこにいる幸薄そうで影薄い女を助けに来たんだよ」

 彼は数人の男子生徒に囲まれた文夏ちゃんを指差す。文夏ちゃんはずっと私達のやり取りを不安そうに見ていたが、彼の言葉で、涙ぐみながらもようやく笑顔を見せた。

「という訳で、俺の要求は言問の解放、そして金輪際お前らは言問に近づかないと誓うこと。この二つだ。無理だというなら俺にかかってこい。そうすれば俺の反撃は自衛となって誰にも咎められない。“うっかり”自衛の度を過ぎてしまうかもしれないがその時はしょうがない。お前らが雑魚過ぎるせいだ、俺は悪くない。笑って許してくれ」

「何だと!貧弱ガリ勉野郎がッ!!調子こいてるとぶちのめすぞ!!」

 いじめっ子の手下達が多分はじめて喋る。ああ、自我があったんだね、この子達。

「……止めろ!手を出すな!!」

 数人の手下がじりじりと箱根の方へ向かっていく中、それを制止するいじめっ子の声が響く。“手を出すな”と、まあそうだろう。先程の彼女の話を聞いていれば理由を聞かずとも彼女の心中はお察しだ。手下達は渋々と引き下がる。

「……分かった、要求を飲もう。今後、文夏ちゃんには関わらない。ここはお互い手を引こう」

「……ああ、そうしよう」

「…………妙本箱根」

「どうした?」

「……いや、何でもない」

「……?」

 最後の言葉を濁した彼女はそのまま教室を後にしていった。

 ……こうして、色々な問題を残しながらも、文夏ちゃん救出作戦は無事終了した。

 ただ文夏ちゃんを助けられた事、あの場から無事帰れた事で今は心が一杯で、晴れ晴れとした気分だった。

 意気揚々と、教室に戻った私達だったが、クラスは絶賛授業中。私は転校初日にして長ったらしい説教を受け、放課後居残りとなることが決まった。

 正直面倒くさいけど、ありふれてありふれすぎた学園生活より数千倍マシだ。

 ……せっかくこの時代に足を踏み入れたのだから。



「……今日は本当疲れたよ。全く、転校一日目からあんな目に遭うなんて……」


「……明日はもっと、楽しい一日になるといいなぁ」

 ……そう、切に願う。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。

ながしょー
青春
 ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。  このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

弁当 in the『マ゛ンバ』

とは
青春
「第6回ほっこり・じんわり大賞」奨励賞をいただきました! 『マ゛ンバ』 それは一人の女子中学生に訪れた試練。 言葉の意味が分からない? そうでしょうそうでしょう! 読んで下さい。 必ず納得させてみせます。 これはうっかりな母親としっかりな娘のおかしくて、いとおしい時間を過ごした日々のお話。 優しくあったかな表紙は楠木結衣様作です!

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

処理中です...