さよならジーニアス

七井 望月

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僕は友達が少ない!?

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「妙本、お前友達はいないのか?」

「開幕早々、火の玉ストレート投げるのは止めてください。十川先生」

 開口一番でうんざりするような話を投げ掛けられ、俺、妙本(みょうもと)箱根(はこね)は溜め息を吐く。

 時刻は飯時、昼休み。俺が陽光射し込む窓際最後列の席で、お一人様限定の教室ランチを満喫していたそんな時、俺のブルジョアごっこをぶっ壊す一つの校内放送が鳴った。

「生徒の呼び出しです。妙本箱根、至急職員室まで来るように。繰り返す、妙本箱根、至急職員室まで来るように」


 教室のスピーカーから鳴る声が部屋中に響き渡る。……最悪だ。俺は頭を抱える。別に貴重な休憩時間を奪われた事に嫌悪を抱いている訳ではない。そんなのは些細な問題に過ぎない。ただ本当の、一番の問題は……

「妙本…何だって?」「えっと、ハコナ?…変な名前だね」「かわいそーう、どんな人なんだろう」

「……」

 容赦なく向けられる、この熱い視線である。束の間の人気者になった気分を味わえる素晴らしい代物だが、焼けるような視線に込められているのは敬意では無く嘲笑だ。皆が皆、この面白可笑しい名前の人物は何処のどいつだと辺りを見渡す。

「……はあ」

 これでは迂闊に動けまい。俺は机に突っ伏して寝たふりをしながら教室で話している奴らの話題が、狂った名前の人間は一体誰なのか!という俺にとっておぞましい話題から、何ともどーでもいい知り合いの知り合いの話等にシフトチェンジするまでの間、学校生活で最もお世話になったこの机君と触れ合いながら過ごした。


 ……その後、辺りの生徒達の話題が「そういえば私、箱根って行ったこと無いんだよなー」という実に興味が無い一言から彼女らの旅行事情についての話になったタイミングを見計らい、トイレに向かうと見せかけてから職員室へ向かった。

「と、まあ大変だった訳ですよ。十川先生。なのにこれだけってあんまりじゃあ無いですか!?」

「まあ、すまないな。だが妙本はテストの成績も良し、素行も良しの優等生だ。他に話すべき事は特には無いな」

「確かに僕は博学才類で有りつつ文武両道の全国模試一位の男ですからね。職員室に呼ばれた時は何事かと思いましたよ」

「それを自分で言うのか……、そういう所だぞ、友達が出来ないのは」

 担任教師、十川(とがわ)五月(さつき)は溜め息混じりにそう言った。薄青色の長髪に深紅の瞳、去年から新卒でこの学校に勤める事となった新米教師で、年齢同様に生徒との距離も近い。生粋の屑である俺に対しても親しく接してくれる数少ない人物、否、そんな人物は最早彼女しかいない。

「一応言うが妙本、お前は勉強だけは出来る。だが社会に出たならば勉学など殆ど不要だ。勉学は社会に出る為に必要なものであって、社会に出れば最も重要視されるのは社交性だ。学問で飯を食っていける奴なんてのはほんの一握りしかいない。だからお前にはまずは社交性を身に付けて貰いたいんだ。分かるか?」

「……はあ」

「それにな妙本、お前の夢は研究者だったか?研究者だってその研究を回りに評価してもらわないといけない。一人で殻に籠っている訳じゃないんだ研究者は。……それにお前の一番の問題は“わざと”友達を作らない事だ。作ろうと思えば作れる性格をしているだろうに…」

 十川先生は頭を抱える。まるで子煩悩な母親の様だ。……何故この人はここまで親身に俺の事を考えてくれるのだろう。あまりに人が良すぎて理解に苦しむ。

「……それが答えですよ、十川先生。友達なんて作ろうと思えば作れます。だからこそ今は、今しか出来ない別の事をしたいんです。そしてそれが勉強なんです。先程先生は研究者になることを僕の夢と仰いましたが、これは夢では無く“使命”なんです」

「む、むう……」

 俺の言葉に十川先生は返す言葉が無いのか唇を尖らせ押し黙る。本人にその気は無いだろうが、物凄くあざとい。

「……そういう訳です。他に何かありますか?無いなら早く昼食を済ませたいんですが…」

「……いや、特には無いな。……あ、そういえば…」

 顎に手を当てて、悩む様な仕草をしていた十川先生だったが、途端に何かを思い出したのか、その口を開いた。


「すっかり忘れていたが、近い内に私のクラスに転校生が来るんだった」





 ※




「只今帰りました、母上」

「あら?お帰り、はーちゃん。今日は少し遅かったわね」

「はい、少し用事がありまして…」

 家に帰るとすぐに母親が出迎えてくれた。母親はエプロンを身に付け、利き手にはお玉を持っていてTHE母親という様相だ。

 ちなみに用事というのは建前で、帰りが遅くなったのは昼休みに食べきる事が出来なかった弁当を下校中の通学路で草葉の陰に隠れながら食べていた為だ。

 こんな温厚そうに見える母親だが、これが怒ると怖い。弁当を残して帰った日にはその手に持ったお玉を出刃包丁に持ち変えて殺すことも辞さない覚悟で襲って来るであろう。

 俺がそんな事を考え、母親の方を怪訝な視線で眺めていると、母親はわざとらしく首を傾げ、その後鼻歌混じりにキッチンへとスキップしていった。

 この仕草だけ見れば天然で若々しい美人なお母さんだが、騙されては行けない。こやつは悪魔である。

 ……何故この母親がそこまでするのかと言うと、俺には“完璧”である事が求められているからだ。遅刻やサボりなんてのはもってのほか、テストでも全教科満点、強いては全国一位を取らなければ罰が与えられる。

 その重すぎる期待に答えながら俺は何とか今まで生きてきた訳なのだが……


 ~~~~


「……転校生ですか?心底どうでもいいですね」

「おいおい、少し位は興味を持て……。まあ、とりあえず聞いてくれ。その転校生だが、……恐らくお前より頭がいい」

「いえいえ、あり得ませんよ。全国一位が僕なんですから」

「だがそれは高校生の次元での話だ。彼女は高校生でありながら世界の有名機関の研究員として働いている天才だ」

「……」

「怖じ気づいたか?……まあ、でもちょうどいい。彼女がこっちに来たら少し話してみろ。きっと話も合うだろう」

「……そうですね」


 ~~~~


 ……俺は自室に入り、ベッドに倒れ込む。

「……はは」

 口から不意に渇いた笑いが溢れる。俺以上の秀才、若くして有名機関の研究員となった天才か…。恐らくいいとこのお嬢様、つまりはボンボンだろう。金の力に物をいわせてケンブリッジだのハーバード等に何食わぬ顔で通っているに違いない。こちとら殆ど金が無く、学費を免除してくれる小さな私立にしか行けなかったというのに。

「ぜってぇ負けねぇ。ぶっ潰す!!」

 俺は枕を殴り付け、猛る。血反吐吐きながら俺が築き上げてきた全国一位という地位、何の才能も無い無力な男が努力のみでのし上がってきた実績。それを生まれもった才能に甘んじて生きてきたお嬢様には、絶対に譲りたくなかった。

「首を洗って待ってろ!この場所だけは絶対に譲らねぇ!!」

 再度俺は叫ぶ。キッチンの方から聞こえる、なまはげの説教のごとき母親の叫び声を耳にしながら……




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