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最終話(6話) 壊れた物語の結末

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 パン!パン!
 
 お兄ちゃんとの幸せな日々が、ずっと続きますように。
 それから、あたし達を祝福してくれている二人が幸せでありますように。
 
「……真剣に祈ってたけど、何をお祈りしたんだ?」

 あたし達は四人で初詣に来ていた。

「ふふ、内緒。――言ったら、願いごとが逃げていっちゃいそうだし」

「それくらいで、神様も約束を反故ほごしたりはしないだろ……」

「まあまあ、代わりに私が祈ったこと教えてあげるから」

「いや、いい」

「なんでよ! 言わせてよ!!」

「だって、新稲の願いは毎年同じだろ?」

「じゃあ、せーので言うから。瞬も言ってみてよ」

「いいぜ」

「せーの!」

「「今年も三人で一緒にいられますように」」

「――な、合ってただろ?」

「何か、嬉しいような、悔しいような……」

「それなら、私も言った方がいいですかね?」

「鈴ちゃんは絶対に言わない方がいいと思う」

「えー、どうしてですか?」

「……私にはあなたが祈った内容が手に取るようにわかるからよ。今の関係を壊したくなかったら言うのはやめなさい」

「まあ、新稲さんが、そこまで言うのなら言いませんけど――」


「せっかく神社まで来たから、おみくじでも引いてくか?」

「いいですね。お兄さんの大凶の恋愛運を、ぜひ見たいです」

「何で、大凶が前提なんだよ。そもそも、最近のおみくじには、あまり大凶は入ってないって聞いてるぞ?」

『大凶』

「お兄さんが盛大なフラグを立てたから――、本当に出ちゃいましたね……」

「マジか、大凶って本当に入ってるんだな……」

「入れてない神社も多いみたいだけどね」

「そんな中で大凶を引いた今年の俺の運勢、大丈夫なのかよ……」

「でも、今の時点が大凶だから。これから全部よくなってくっていう捉え方もあるみたいよ」

「だと、いいんだけど――」

「……お兄ちゃん、あたしは大吉だったからさ。合わせて半分こにすればいいんじゃないかな?」

「和音――、お前って、ホント優しいよな……。お兄ちゃん、感激しちまったぜ」

「――それで、『恋愛』の箇所には何て書いてあったの?」

「……気になるのか?」

「ちょっとだけね……」

「どれどれ――。……なるほど、『一線を越えるな』だって」

「それは、まさに神様からの思し召しですね。ちゃんと守った方がいいですよ、お兄さん」

「元から気をつけてるつもりではあったんだけどな――。こんなの見せられたら、余計に気をつけないととは思うよ……」

「そうです。その意気で、ぜひ頑張ってください、お兄さん」

「――何で、そんなに応援されてるのかはわからないけど。まあ、頑張るよ。ありがとね、鈴ちゃん」
 
「あたしは、それだと困るんだけどなぁ……」

   ◇

「明日、バレンタインデーだけど、和音ちゃんは瞬にチョコレートあげるの?」

「うん、そのつもり。今までは買ったチョコをあげてたんだけどね。今年は手作りにチャレンジしてみようかなぁって思ってて――」

「私も作る予定だけど……、一緒に作る?」

「ううん、失敗してもいいから、自分の力だけで作ってみる」

「ふふ、それだけ、本気ってことなんだね」

「か、からかわないでくださいよ……」

「――でも、本当に困ったら声かけてもらってもいいからね」

「ありがとう、新稲さん。できれば、そうならないように頑張ります」


「よし、ガトー・ショコラに決めた!! それも濃厚なやつ!!」

 あたしはお菓子作りのレシピ本を読みながら、ガトー・ショコラを作ることにした。

「えーと、まずはチョコレートをボウルに入れて湯せんで溶かして――。次にバターを加えて混ぜる。あ、オーブンを百七十度で予熱しとかないとね」

「卵にグラニュー糖を加えて共立てにしてっと……。後は、今までのを全部混ぜて、そこにココアパウダーもなじませるといいんだよね。流し入れる型は、やっぱり四角い方がいいかな」

「最後に、オーブンで焼き上げて、冷まさせてから型を外すと――」

「おー、それっぽい形になってるーー!! うん、いい匂い」

 そんなに失敗はしてなさそうだけど……

「材料は多めに買ってあるから――、更にクオリティーを高められるように、もっと作ってみよっと」

 多めに作った分は、新稲さんと鈴ちゃんにも食べてもらおう。

「ふふ、お兄ちゃん、喜んでくれるといいなぁ」


「これ、あげる……」

「え?」

「今日はバレンタインデーだから――」

「あ、そうだったよな。大学だと、高校生だった時ほどバレンタインって意識されてないから忘れてたよ」

「……それはたぶん、隣に新稲さんがいたからじゃないかな? 彼女だと思われる幼馴染がいつも一緒にいたら渡す機会なんてないでしょ? それに、新稲さんの手作りっチョコって、素人レベルじゃないから――」

「言われてみるとそうかも……」

「絶対にそうだと思う。だから――」

「ん?」

「このチョコはあたしの手作りだけど、新稲さんのチョコとはあんまり比較しないでね……」

「つまり――、今年のチョコは和音の手作りだということか?」

「う、うん、初めてにしては頑張って作った方だとは思うんだけど……」

「――味の心配をしてるのか?」

「まあ、こればっかりは好みもあると思うし……」

「それなら心配しなくても大丈夫だ」

「――どうして?」

「俺、味オンチだから」

「……確かにそうだったね」

「それに、和音が俺のために頑張ってチョコを作ってくれたってだけでさ。俺、既に感動しちゃってるから――」

「そ、そうなの?」

「ああ、自分の時間を使って時間をかけて、好きな人が俺のためにチョコを作ってくれたんだ。俺には嬉しすぎる話だよ」

「ふふ、ありがとう、お兄ちゃん。そう言ってもらえて、ちょっと安心したよ。じゃあ……、さっそく食べてみて――」

「それじゃあ、遠慮なく」
                                                                 
 ガサガサ!

「綺麗に包装までされてるんだな――」

「せっかく作ったから、見栄えもよくしてみたの」

「確かにテンション上がるな。って、普通に見た感じ、うまそうなんだが……。ホントに初めて作ったのか?」

「実は三回作って一番上手くできたのを入れたんだ」

「ハハ、それ正直に言っちゃうんだな」

「あ……」

   ◇

「就職先が決まってよかったね、お兄ちゃん」

「ありがとう、和音。節約しながらバイトもしてたけど、さすがに貯金もだいぶ減ってきてたからな……。ホント、無事に内定してよかったよ――」

「ソーシャルゲーム会社で働くんでしょ?」

「ああ、得意なプログラミングが就活に役立ったよ。これで給料が入るようになったら、和音のバイトを減らしてもいいと思うぞ」

「何だかんだ楽しくバイトしてるから、そんなに気を使わなくてもいいよ」

「そっか、だったらいいんだけど」

「あと……。新稲さんも内定したって聞いたんだけど――」

「みたいだな。聞いた話だと、フライトアテンダントになるみたいだぞ」

「そうなんだ!! 英語もできるしピッタリだね!! でも、新稲さん、可愛いし美人だから、海外のイケメンにナンパされちゃうかも――」

「なっ!? ま、まあ、そうなったとしても……、俺は文句言える立場じゃないからな――」

「……明らかに動揺してるね」

「い、いや、それは――」

「ふふ、冗談だって。新稲さんがそういうタイプじゃないのは、あたし達が一番よく知ってるでしょ」

「あんまりからかうなよ……。俺、こう見えても、いまだにこんなめちゃくちゃな選択してよかったんだろうかって悩んでんだからな」

「ごめん、ごめん」

 あたしもちゃんと悩んでるから――

 これからも一緒に背負っていこうね。

「新稲、世界中の観光地を下見して、毎年みんなで海外旅行がしたいんだって言ってたよ」

「そっか……。それって、きっと、あたし達のことも考えて仕事を選んでくれたんだよね――」

「……だろうな」

 新稲さんがしたかった職業でもあるんだろうけど、家の外で過ごす時間が長い仕事をすることで、あたし達が二人きりになれる時間も作ろうとしてくれたんだと思う。

「あたしの就活はこれからだけど、あたしも二人に負けないくらい立派な仕事を探すよ」

「そうだな。そうやって、今後も、お互いに支え合っていけるといいな」

「うん、あたし達、家族だもんね――」

   ◇

 十年後――

「相変わらず、元気だね。あの子達は……」

「そうだな、ついてくのも大変だよ――」

「一人ずつ面倒を見てても手に余るから、もうこれ以上生むのは難しいかもって思っちゃうわね……」

 今のあたし達には、七歳長女、五歳長男、三歳次女の三人の子ども達がいる。

「あ、でも、鈴にもお願いすれば、もう一人くらいはギリいけるのかも――」

「鈴ちゃんなら普通に手伝ってくれそうなのが、逆に怖いな……」

「和音ちゃんのこと大好きだもんね――、あの子」

「今更だけど、鈴ちゃんって、何であんなにあたしによくしてくれるんだろね? いまだに不思議なんだけど」

「もしかして……、まだ気づいてない? 鈴ちゃん、全然伝わってないみたいだよ――」

「ん、何か言いました?」

「ううん、何でもない」


「あ、走り回ると危ないぞーー!! 他の子ども達も一緒に遊んでるんだからなーー!!」

 三人は公園の多目的遊具で走り回って遊んでいる。

「オッケー、パピー」
「わかったーー」
「はーい」

「ふふ、瞬もすっかりパパになったんだね」

「七年間で三人も子育てしたら、さすがにな――」

「……何かいい雰囲気をかもし出してるけど。二人とも仕事が忙し過ぎて、育児のほとんどをあたしがしてきたってこと忘れないでよね――」

「も、もちろん、忘れてないよ。ね、ねえ、瞬?」

「え? お、俺に振るのかよ……。当然、和音には感謝しかないよ――」

「ほんとかなぁ……。まあ、自分で思ってた以上に、子育てするのが好きな性格だったから、それは別にいいんだけど――。たまには息抜きで、新稲さんお勧めの海外旅行にでも行きたいなぁって思ってー」

「あ、それなら大丈夫!! 一週間のヨーロッパ旅行計画、バッチリと考えてあるから!! もちろん、そのための貯金もちゃんとしてあるからね」

「ホントですか!? あたし、ヨーロッパに行ってみたいと思ってたんです!! 後でその内容、ぜひ聞かせてください!!」

「ふふ、和音ちゃんのために考えた旅行だと思ってもらっていいからね」

「新稲さんがあたしのために考えてくれた旅行計画――。それは楽しみ過ぎですね……」

「ずっと見てきたけど――、ホント仲良いよな、お前ら。まるで本当の姉妹みたいだよ」

「なに言ってるの? 瞬……」
「何言ってるんだよ、お兄ちゃん――」

「え?」

「今は本当の家族でしょ」
「今は本当の家族だよ」

「ああ、そうだったな……」

 そう答えたお兄ちゃんは、あたし達のことをほほえましい目で見つめていた――

   ◇

 あたしは今でも昔のことをよく思い出す……

 振り返ってみると、何度も後悔はあった。

 だけど――

 たとえ、もう一度過去に戻れたとしても、あたしが別の人生を選ぶことはない。

 あたし達は、それだけの絆を紡いできていた。


 ただ……

 あたしには誰にも言っていない感情が一つだけあった。

 親になって、子どもの隣でじっと寝顔を見ていたある日――

 自分達の子どもには、あたし達と同じような思いはさせたくないなぁと、ふと思った…… 

 その時にあたしは気づいてしまった。

 当時のあたしが壊れていたということに――


 幼くして父を失い、その後、母まで亡くしたあたし達は、未成熟な兄妹二人でお互いを支え合った。

 あの時のあたしは、心の隙間を埋めるのに必死だったんだと思う……

 どうしようもなく湧き上がる寂しいという感情――

 あたしは同じ境遇にあった兄を手放せなかった。

 でも、それは、もしかするとお兄ちゃんも同じだったのかもしれない。

 だから、この壊れた物語は、きっと……

 壊れたあたし達のためにあった物語だったのだろう――
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