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3話 偽装結婚と家族

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「あ、お兄ちゃん、おはよ……」

「ん、どうした? 今日は、何か元気がないように見えるけど――」

 ……どうしてわかっちゃうの?

「別に――、ちょっと夜遅くまで考え事してて……」

「受験シーズンは心が不安定になるよな……、俺もそうだったよ。でも、勉強が進まなかったとしても、割り切って睡眠はしっかりと取っておいた方がいいぞ」

「だよね……、今日は早めに寝るよ。もしよかったら、お兄ちゃんといっ――」

「ん、どうした?」

 危なかった……

 昨日、お兄ちゃんを求めないって覚悟を決めたばかりなのに、もう甘えようとしてしまった。

「ううん、やっぱり何でもない――。今日は先に学校へ行くね」

「あ、そうなのか? 昨日の余り物で弁当は準備してあるから、それだけは忘れずに持ってってくれよ」

「ありがとう、お兄ちゃん……」


「お兄ちゃん、今朝のあたしの様子を変に思ったかも――」

 今は学校の昼休みの時間で、鈴と一緒にお弁当を食べている。

「ほー、何かあったのかね。何でも相談に乗りますぞ、親友の和音殿」

「ふふ、何そのキャラ。そうだね、ちょっと思うところがあって……。いい加減、お兄ちゃんから卒業しないといけないなぁって思ったんだ……」

「――え? い、今なんと仰いました?」

「あ、だから、あたしがお兄ちゃん離れしないといけないって話――」

「まあ、それができたら立派だとは思うけど……。今までの和音の言動を見てたら無理だと思うよ、それ――」

「だよね……」

「言うは易し行うは難しってね」

「うん、そのことわざ通りだと思う……。頭ではわかってるんだけどね。これ以上、お兄ちゃんを束縛したらダメだって。でも、お兄ちゃんが傍にいない人生なんて考えたことなかったから――」

「……それは、お兄さんも同じだと思うけどなぁ」

「え?」

「何でもない」

「そう?」

「だったら……、私と一緒に過ごす時間を増やしてみるっていうのはどうかな? そうすれば、必然的にお兄さんと過ごす時間が減るわけだし――、やってみるだけやってみない?」

「……それは一理あるかも」

 もしかすると、お兄ちゃんとあたしは心理学で言われているところの単純接触効果に陥っているのかもしれない。

 いつも一緒にいる異性を好きになってしまうというあの――

 ずっと一緒に過ごしてきたお兄ちゃんへの好意がそうでないとは言い切れない。

 だから――

「そうだね、試しにやってみよっかな……」

 あたしは、そう返事をした。

「よし――。じゃあ、早速だけど、今日の放課後にカラオケでも行ってみようよ!!」

「あ、前から一緒に行きたいって言ってたもんね」

「そうそう。まあ、受験勉強もあるから、あんまり長くは遊べないけど――」

「それは、あたしもちゃんと心得てますよ」

「ふふ、お互いに監視し合おっか、受験生だし」

「だね」

   ◇

「あれ? 和音ちゃん?」

「あ、新稲さん」

「え? 新稲さんって、あの幼馴染の?」

「うん」

「……初めまして、和音の親友の鈴です」

「あなたが鈴ちゃんなのね、和音ちゃんの話によく出てくるよ――」

「そ、そうなんですね」

「和音ちゃんとは昔からの付き合いで、本当の姉妹みたいに仲良くさせてもらってるんだ。よかったら、これからもよろしくね」

「もちろん、そうさせてもらいますけど――」

「え?」

「これだけは、新稲さんに言っておきたいと思ってたんです。付き合いは新稲さんとの方が長いかもしれませんが、関係性は私との方が深いってことを……」

「へぇ……。――どうしてそう思うのかしら?」

「だって、新稲さんにも言えないような話を、私は和音から聞いてますから」

「ふーん、だったら、私だって、鈴ちゃんが聞いてないような話を、和音ちゃんから聞いてるんだけど――」

「ちょっ、ちょっと、どうしたの二人とも?! 何か険悪な雰囲気になってない?」

「そんなことないよ」
「そんなことないわ」

「そ、そうなの? ……新稲さん、あたし達、これから勉強の息抜きにカラオケに行こうと思ってるんです」

「あ、そうだったんだ、引きとめちゃってゴメンね」

「いえ、受験勉強もあるので、あまり長くは遊べないんですけど。少しだけ楽しんで来ます」

「帰ったら、和音ちゃんが好きな夕食を用意しておくね」

「ホントですか、ありがとうございます!!」

「じゃあ、また後でね」

「はい」


「鈴、どうしたの? 急にあんなこと言いだして――」

「ごめん、あまりにも二人が親しそうに話してるから、やきもち焼いちゃったんだと思う……」

「あ、そうだったんだ……。もちろん、新稲さんとは付き合いも長いから特別な仲だとは思ってるけど。新稲さんと別の形で、鈴のことをちゃんと特別な関係だと思ってるよ」

「――そうだよね。変にマウントを取るようなことしちゃって、ごめん……」

「ううん、それだけ鈴もあたしのことを特別だって想ってくれてるってことだもんね」

「和音……。私、和音のそういうところ大好き!!」

「ふふ、あたしもだよ、鈴。――それはそれとして、新稲さんには、後でちゃんとフォローしておくね」

「あ、それは、ぜひお願い……。和音にとって大事な人は、私にとっても大切な人だから……」

   ◇

「……和音ちゃんの様子がおかしい?」

 夕食を食べ終えた後、俺は新稲に悩みごとを相談していた。

「ああ、最近、家に帰ってくる時間が遅いし――」

「でも、それは友達の鈴ちゃんの家で勉強するって、ちゃんと報告してなかった?」

「まあ、それはそうなんだけど……。他にも違和感はあってさ。前よりも和音との距離を遠く感じるんだよ――」

「……むしろ、今ままでの距離が近すぎたんじゃない? 本来あるべき兄妹の距離感に戻ったというか」

「えー、そんなの嫌なんだけど、元に戻して――」

「重度のシスコンね……」

「それは否定しない」

「そこを断言するのは瞬らしいね。――でもさ、一度、聞いておかなきゃって思ってたんだけど、瞬は和音ちゃんとの関係をどうしていくつもりなの?」

「うっ……」

 さすが、新稲、俺の痛いところがよくわかっている。

「私は二人の過去を知ってるから理解してあげられる面もあるよ。だけど――、もし今以上に二人が距離を近づけたいと思ってるなら、世間の人達はどう思うんだろうね……」

「ああ、新稲が言いたいことは、ちゃんとわかってるよ……」

「――だからさ」

「え?」

「……私と偽装結婚しない?」

「ぎ、偽装結婚?!」

 予想だにしていなかった新稲からの提案に俺は思わず声を上げた。

「うん、結婚は私とするけど、家で暮らすのは三人。仮に瞬の本命が和音ちゃんだったとしても、私なら二人の関係を守ってあげられるから――」

「新稲……。なかなか、お前もぶっ壊れてるな……」

「知らなかった? それくらい、私は二人のことが大好きだってこと」

「いや、俺らのことを大切に想ってくれてることは知ってたけど――、正直、そこまでとは思ってなかった……」

「ふふ、二人にとって悪い話じゃないでしょ? 答えはゆっくりと出せばいいと思からさ、じっくりと考えておいてもらえる?」

 確かに俺達にとっては悪い話ではないが――

 偽装とはいえ、結婚は結婚。

 ……新稲は本当にそれでいいのか?

「――わかった。お前の気持ちを無駄にしないためにも、しっかりと考えさせてもらうよ」

「うん」

   ◇

「どうしたの、お兄ちゃん? あたしのこと、じっと見て……」

「――最近、帰りが遅くないか?」

 あれから一週間経っても、微妙な空気が続いていたため、遂に俺は和音に問い詰めた。

「で、でも……、理由は毎回お兄ちゃんにちゃんと言ってるでしょ?」

「それは、わかってる。鈴ちゃんと一緒に勉強するのはいいんだ。――だけど、俺を避けてるのは何でだ?」

「べ、別に避けてなんかないし。お、お兄ちゃん、自意識過剰なんじゃない?」

「明らかに動揺してるよな?」

「ぐっ……」

 俺は思わずため息をついた。

「――悩んでることがあったら、何でも言ってくれよ。今は俺だけがお前の家族なんだからさ……」

「家族、家族か……。家族って、何なんだろうね……。お兄ちゃんが、あたしのことを大切にしてくれてるのは、家族だからなんだよね」

「そんなの当たり前だろ?」

「じゃあ、もし、お兄ちゃんとあたしの血が繋がってなかったら、どうなの?」

 ……何が言いたいんだ?

「――血の繋がりが強固なのは否定しないけど、家族を大切に想う気持ちはそれだけじゃないと俺は思ってるよ。たとえ血の繋がりがなかったとしても、同じ場所で同じ時を過ごしながら、一緒に積み重ねてきたものがあるだろ?」

「ふーん、真面目なお兄ちゃんらしい答えだね……。あたしはね、あたしにとっての家族は呪いだと思ってるんだ――、離れたくても離れられない、忘れたくても忘れられない、切っても切ってもいつまでも付き惑ってくる逃れられない関係。……それが家族だよ」

「呪いの関係って……。確かに色んな家族があるから、そういった家族もいるだろうし、そういう側面もあるとは思う――。だけど、和音も、……そう思ってたってことなのか?」

「そうだね……」

 ためらいながらもそう言い切った和音に、俺は言葉を失った――

 家族のことを誰に何と言われても構わない。

 ただ、和音だけには……

 たった一人の妹である和音だけからは言われたくなかった……

 だからだろう――

「くっ……。だったら――、俺の、俺の今までの苦労は何だったんだよ……」

 そんな心にもない言葉を、俺は和音に思わず言ってしまっていた――

   ◇

「ほら、お兄ちゃんだって、苦労だって思ってたんじゃない!! その苦労は家族じゃなかったら、しなくてもよかった苦労なんだよ。お兄ちゃんは、もっと自分の好きに生きてよかった。だから、だから!! 家族はやっぱり――」

 そこまで言いかけたところで、お兄ちゃんは急にあたしをぎゅっと抱きしめた。

「もういいよ、もういい……。そんなに無理に家族を悪く言うことはないんだ……」

「別に無理になんか言ってない!! あたしは本当に!!」

「なら、どうして!! どうして……、お前、そんなに泣いてるんだよ――」

「え?」

 気がつかなかった……

 ――今、あたし泣いてるの?

「冷静になって振り返ってみれば、俺らの家族は不幸続きだったもんな――。和音が家族は呪いだって言いたい気持ちもわかるよ……」

「お兄ちゃん……」

「だけどさ、お前が居てくれたから――。和音が傍に居てくれたから、また家族っていいなぁって、俺は思えたんだよ。……和音は俺と一緒にいるのが嫌だったのか?」

「そんなわけない、そんなわけないよ!! その逆なんだよ……、あたしはずっとずっとお兄ちゃんと一緒にいたい!! でも、そんなことしたら、お兄ちゃんの未来をあたしが奪ってしまう。これ以上あたしがお兄ちゃんを束縛したら、天国にいるお父さんとお母さんを悲しませちゃうから!! だから、だから、あたしはお兄ちゃんから離れないといけないんだって思っ――」

 あたしは不意に我に返った。

「そっか……、それで俺を避けて――」

「あ……」

 勢いに任せて全て喋ってしまった……

「お前は、ホント隠し事が下手だな」

「……みたいだね」

 あたしは泣きながら苦笑いをした。

「まあ、そういうところが可愛いんだけどな」

「このシチュで、それを言うのはズルい……。あたしがこれ以上お兄ちゃんに惚れても知らないよ……」

「望むところさ」

「ばか……」


「もしさ――、もし、お兄ちゃんとあたしが本当に恋人になっちゃったら、やっぱり、お父さんとお母さん怒るよね……」

 座りながらお兄ちゃんにバックハグしてもらっている状態で、あたし達は会話を続けていた。

「そうだな、怒るだろうな」

「だよね……」

「でも、俺達の両親だからさ――」

「うん……」

「時間をかけて話し合っていけば、いつかわかってもらえるとは思う」

「そうだね……、あたしもそう思うよ――」

 一人で悩み続けていたことが、お兄ちゃんに本音をぶつけたことで嘘のように晴れ渡っていった。

 あたしにとって、お兄ちゃんは……

 結局、何があっても心が深く繋がっている本当の家族だったんだね――
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