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2話 ルミナス辺境伯
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「キリア、あなたを副メイド長に任命するわ」
ルミナス邸のメイドとなってから一年――
メイドの仕事にひたむきに向き合って来た結果、私はメイド長から副メイド長に任命されるまでの信頼を得るに至っていた。
「メイド長の気持ちは嬉しいのですが……。ご存じの通り、私の身分は奴隷です。そのような私が副メイド長になったとあれば、他のメイドの方々が複雑な思いをするに違いありません」
それに、そんな揉め事が起これば、領主であるルミナスが悲しむことになる。
「――ですので、副メイド長に就任するのは、今回は辞退したいと思っています」
「……何を言ってるのですか?」
「え?」
「わたくしの独断であなたを副メイド長に指名したと思っているようでしたら、それは勘違いですよ。メイド達全員からの推薦がわたくしにあったんです。キリアさんに副メイド長をしてほしいと――」
「そ、そうなんですか?」
奴隷が役職に就くなど本来なら想像すらしないはず……
ルミナスの価値観が、この屋敷の従者達にも浸透しているのだろう――
「ええ、ですから、辞退する理由が身分が奴隷だからというのでしたら、それは理由にはなりません」
「他のメイドの方々から、そんな風に思われていたなんて知りませんでした……」
「それだけ、自らを顧みることなく、あなたがルミナス様やこの屋敷のために尽くしていたということですね。実はわたくしもメイド長を譲ろうかと思ったんですけど――、すぐにメイド長に戻ることになりそうでしたので……」
「――それは、どういうことでしょうか?」
「ふふ、そう遠くないうちにわかると思いますよ」
「そうですか……」
メイド長の意図はよくわからなかったが、推薦してくれた他のメイド達のためにも、私は期待に応えられるように頑張ろうと思った――
◇
「一年経ったら、キリアのことを、ますます好きになってしまったんだが……」
この一年、彼女は本当に屋敷のために尽くして働いてくれていた――
しかも、もの凄い量の仕事をしているにも拘らず、嫌々している様子は微塵もなく、いつもニコニコしながらこなしていた。
そんな様子を一年間見続けた結果、オレの彼女への想いは出逢った頃とは比べものにならないほどに膨れ上がっていた……
「それにしても、もう少し、オレに興味を持ってくれてもよくないか?」
屋敷内ですれ違うこともあるので挨拶をするのだが、キリアはいつもどこかよそよそしい様子で――
オレの顔をしっかりと見てくれることはなかった。
他の者達とすれ違う時は、ちゃんと顔を見ながら挨拶をしているので、人見知りというわけではなさそうなのだが……
もしかして、オレはキリアに嫌われているのか?
あまり考えたくはないことだが、彼女のオレに対する行動を振り返ると、その線が一番濃厚に思えてくる。
メイド長からは、彼女をメイド長にしてはどうかと薦められたが――
キリアに密かに好意を抱いていることを伝えて留まってもらった……
――とはいえ、彼女との距離に何か進展があったというわけではない。
「どうすれば、キリアに振り向いてもらえるのか……」
それ以前に、どうすれば、もっと関心を持ってもらえるのか――
そんなことを考えながら、オレは思わず溜息をついていた。
カタッ!
「誰だ!!」
「さすがですね。僅かな物音も見逃さないとは――」
「……暗殺者か? 何もせずに去れば、今回は見逃してやる」
「ハハハ、その強気、いつまで続きますかね」
「――どういう意味だ?」
「わたし独りでここにいるとでもお思いですか? この邸宅には既に複数の暗殺者を潜ませています。この意味が聡明な辺境伯には、おわかりになるかと思いますが――」
「くっ!」
この屋敷にいる従者全員が人質だということか……
「何が望みだ?」
「そんな睨まないでください。わたしは受けた依頼を忠実に果たしているだけですので――。ある方とあなたを引き合わせることが、わたし受けた今回の依頼です。大人しくついて来てくだされば、悪いようにはしませんよ」
「わかった……。その代わり、この屋敷の者達には絶対に指一本触れるなよ!! もし、後で何か危害を加えたことがわかったら、オレは地の果てまで、お前達を探し出して追い込むからな!!」
「異敵との戦いの最前線に身を置いてきた辺境伯の圧は凄まじいですね……。その忠告、肝に銘じておきましょう――」
お互いの主張を承認し合ったオレと暗殺者は、人目につかないように部屋の窓から外へと出た。
◇
「ルミナス様がさらわれたようです……」
ルミナスの寝室から慌てて出て来た私はメイド長にそう告げた。
「ど、どういうことですか?!」
「机の上に、このような書き置きが――」
メイド長に紙片を見せた。
挨拶したい方が近くまで来たので、突然のことだが留守にする。
探す必要はない。
心配はしないでくれ。
んー、いない間のことは近衛騎士団長に一任する。
「こ、これは……、ルミナス様の筆跡――」
「はい、その文章に暗殺者が暗示されていました……」
「――そのようですね」
メイド長もルミナスの意図に気づいたようだ。
「今後のことは近衛騎士団長に一任しているようです……」
「近衛騎士団長のサガト様を、急いでお呼びしましょう」
「はい」
私は足早に近衛騎士団長サガトの部屋へと向かった――
「この気配は王都の暗殺者ですね……」
ルミナスの寝室に入ると、サガトは直ぐに犯人を特定した。
「――魔力探知で、そんなことまでわかるのですか?」
「ああ……。しかし、どうして、王都の暗殺者がルミナス様を――」
サガトが訝しげな表情をする。
「それに関しては、わたくしに心当たりがあります……」
メイド長からの話はこうだった――
ルミナスは奴隷制度の撤廃を王宮に要請していた。
そのことをクーラ王子はよく思っておらず、諜報員を使って、ルミナスに関する悪い噂を手当たり次第に広めていたとのこと……
それでも、ルミナスが全く動じなかったため、今回の行為に及んだのではないかとメイド長は推察していた。
「――ということは、今回、ルミナス様をさらうように命じたのはクーラ王子なんですね」
「確定はできませんが、状況を鑑みると、まず間違いないかと……」
サガトは近衛騎士団長として主君を護れなかった悔しさを滲ませている。
私を奴隷にしただけならまだしも――
ルミナスに嫌がらせをし続け、しかも、暗殺者まで使ってさらうなんて……
私の心には、かつてないほどの怒りが沸々と込み上げていた。
「近衛騎士達に、この屋敷に暗殺者が残っていないかを急いで調べさせます。その間にメイドの方々は、ルミナス様を追うための馬の準備をお願いします」
「かしこまりました」
メイド長は他のメイド達に指示を出し、大至急、近衛騎士達の馬と身支度の準備をさせた。
そして、私は――
◇
「このような場所に人の住めるような洞窟があったとはな……」
広大な領地で全体を把握することが困難とはいえ、到着した場所はオレの領地内だった。
「――我々の拠点の一つですよ。今回の依頼が済んだら、もちろん放棄しますがね」
やはり狡猾な連中だな……
その暗殺者達が、ここまでのことをしたのだ。
余程の権力と財力を持った者が依頼主に違いない――
まあ、大体の予想はついているのだが……
「依頼主に会っても余計な真似はしない方がいいぞ。抵抗した場合、あの屋敷の者達の命はないからな」
「ああ、わかってる」
そろそろ近衛騎士団長のサガトが、オレが書き置きした文章の意図に気づいている頃だが――
万が一のことがあってならないからな……
あの屋敷で働いている者達を、オレは全員大切な存在だと思っている。
その上で――
暗殺者に、その者達の命の手綱を握られていると知った時、最初に脳裏に浮かんだのはキリアの顔だった。
彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。
それが辺境伯という立場を抜きにしたオレの率直な想い……
そう、たとえ、この身が危険にさらされたとしても――
ルミナス邸のメイドとなってから一年――
メイドの仕事にひたむきに向き合って来た結果、私はメイド長から副メイド長に任命されるまでの信頼を得るに至っていた。
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それに、そんな揉め事が起これば、領主であるルミナスが悲しむことになる。
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「……何を言ってるのですか?」
「え?」
「わたくしの独断であなたを副メイド長に指名したと思っているようでしたら、それは勘違いですよ。メイド達全員からの推薦がわたくしにあったんです。キリアさんに副メイド長をしてほしいと――」
「そ、そうなんですか?」
奴隷が役職に就くなど本来なら想像すらしないはず……
ルミナスの価値観が、この屋敷の従者達にも浸透しているのだろう――
「ええ、ですから、辞退する理由が身分が奴隷だからというのでしたら、それは理由にはなりません」
「他のメイドの方々から、そんな風に思われていたなんて知りませんでした……」
「それだけ、自らを顧みることなく、あなたがルミナス様やこの屋敷のために尽くしていたということですね。実はわたくしもメイド長を譲ろうかと思ったんですけど――、すぐにメイド長に戻ることになりそうでしたので……」
「――それは、どういうことでしょうか?」
「ふふ、そう遠くないうちにわかると思いますよ」
「そうですか……」
メイド長の意図はよくわからなかったが、推薦してくれた他のメイド達のためにも、私は期待に応えられるように頑張ろうと思った――
◇
「一年経ったら、キリアのことを、ますます好きになってしまったんだが……」
この一年、彼女は本当に屋敷のために尽くして働いてくれていた――
しかも、もの凄い量の仕事をしているにも拘らず、嫌々している様子は微塵もなく、いつもニコニコしながらこなしていた。
そんな様子を一年間見続けた結果、オレの彼女への想いは出逢った頃とは比べものにならないほどに膨れ上がっていた……
「それにしても、もう少し、オレに興味を持ってくれてもよくないか?」
屋敷内ですれ違うこともあるので挨拶をするのだが、キリアはいつもどこかよそよそしい様子で――
オレの顔をしっかりと見てくれることはなかった。
他の者達とすれ違う時は、ちゃんと顔を見ながら挨拶をしているので、人見知りというわけではなさそうなのだが……
もしかして、オレはキリアに嫌われているのか?
あまり考えたくはないことだが、彼女のオレに対する行動を振り返ると、その線が一番濃厚に思えてくる。
メイド長からは、彼女をメイド長にしてはどうかと薦められたが――
キリアに密かに好意を抱いていることを伝えて留まってもらった……
――とはいえ、彼女との距離に何か進展があったというわけではない。
「どうすれば、キリアに振り向いてもらえるのか……」
それ以前に、どうすれば、もっと関心を持ってもらえるのか――
そんなことを考えながら、オレは思わず溜息をついていた。
カタッ!
「誰だ!!」
「さすがですね。僅かな物音も見逃さないとは――」
「……暗殺者か? 何もせずに去れば、今回は見逃してやる」
「ハハハ、その強気、いつまで続きますかね」
「――どういう意味だ?」
「わたし独りでここにいるとでもお思いですか? この邸宅には既に複数の暗殺者を潜ませています。この意味が聡明な辺境伯には、おわかりになるかと思いますが――」
「くっ!」
この屋敷にいる従者全員が人質だということか……
「何が望みだ?」
「そんな睨まないでください。わたしは受けた依頼を忠実に果たしているだけですので――。ある方とあなたを引き合わせることが、わたし受けた今回の依頼です。大人しくついて来てくだされば、悪いようにはしませんよ」
「わかった……。その代わり、この屋敷の者達には絶対に指一本触れるなよ!! もし、後で何か危害を加えたことがわかったら、オレは地の果てまで、お前達を探し出して追い込むからな!!」
「異敵との戦いの最前線に身を置いてきた辺境伯の圧は凄まじいですね……。その忠告、肝に銘じておきましょう――」
お互いの主張を承認し合ったオレと暗殺者は、人目につかないように部屋の窓から外へと出た。
◇
「ルミナス様がさらわれたようです……」
ルミナスの寝室から慌てて出て来た私はメイド長にそう告げた。
「ど、どういうことですか?!」
「机の上に、このような書き置きが――」
メイド長に紙片を見せた。
挨拶したい方が近くまで来たので、突然のことだが留守にする。
探す必要はない。
心配はしないでくれ。
んー、いない間のことは近衛騎士団長に一任する。
「こ、これは……、ルミナス様の筆跡――」
「はい、その文章に暗殺者が暗示されていました……」
「――そのようですね」
メイド長もルミナスの意図に気づいたようだ。
「今後のことは近衛騎士団長に一任しているようです……」
「近衛騎士団長のサガト様を、急いでお呼びしましょう」
「はい」
私は足早に近衛騎士団長サガトの部屋へと向かった――
「この気配は王都の暗殺者ですね……」
ルミナスの寝室に入ると、サガトは直ぐに犯人を特定した。
「――魔力探知で、そんなことまでわかるのですか?」
「ああ……。しかし、どうして、王都の暗殺者がルミナス様を――」
サガトが訝しげな表情をする。
「それに関しては、わたくしに心当たりがあります……」
メイド長からの話はこうだった――
ルミナスは奴隷制度の撤廃を王宮に要請していた。
そのことをクーラ王子はよく思っておらず、諜報員を使って、ルミナスに関する悪い噂を手当たり次第に広めていたとのこと……
それでも、ルミナスが全く動じなかったため、今回の行為に及んだのではないかとメイド長は推察していた。
「――ということは、今回、ルミナス様をさらうように命じたのはクーラ王子なんですね」
「確定はできませんが、状況を鑑みると、まず間違いないかと……」
サガトは近衛騎士団長として主君を護れなかった悔しさを滲ませている。
私を奴隷にしただけならまだしも――
ルミナスに嫌がらせをし続け、しかも、暗殺者まで使ってさらうなんて……
私の心には、かつてないほどの怒りが沸々と込み上げていた。
「近衛騎士達に、この屋敷に暗殺者が残っていないかを急いで調べさせます。その間にメイドの方々は、ルミナス様を追うための馬の準備をお願いします」
「かしこまりました」
メイド長は他のメイド達に指示を出し、大至急、近衛騎士達の馬と身支度の準備をさせた。
そして、私は――
◇
「このような場所に人の住めるような洞窟があったとはな……」
広大な領地で全体を把握することが困難とはいえ、到着した場所はオレの領地内だった。
「――我々の拠点の一つですよ。今回の依頼が済んだら、もちろん放棄しますがね」
やはり狡猾な連中だな……
その暗殺者達が、ここまでのことをしたのだ。
余程の権力と財力を持った者が依頼主に違いない――
まあ、大体の予想はついているのだが……
「依頼主に会っても余計な真似はしない方がいいぞ。抵抗した場合、あの屋敷の者達の命はないからな」
「ああ、わかってる」
そろそろ近衛騎士団長のサガトが、オレが書き置きした文章の意図に気づいている頃だが――
万が一のことがあってならないからな……
あの屋敷で働いている者達を、オレは全員大切な存在だと思っている。
その上で――
暗殺者に、その者達の命の手綱を握られていると知った時、最初に脳裏に浮かんだのはキリアの顔だった。
彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。
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