138 / 140
新人魔導師、発表会に参加する
同日、夏と秋
しおりを挟む
夏希が「白の十一天」を蹴散らしているころ、零は研究所を目指して走っていた。瞬間移動の術を使ってもいいが、そうすると敵が残る。入口近くで戦っている夏希たちのことを思うと、放置はできなかった。
幸いなことに、零には溢れるほどの魔力があった。一花のもとに着くまでに魔力切れを起こすことはない。ただ、
(数が多すぎる……っ!)
このままでは一花に逃げられてしまうかもしれない。零は焦り始めていた。そんなとき、背後から金属音がして、淡いピンク色の魔力が光った。
「零!」
「秋楽!?」
零の方へ走って来た秋楽は、広範囲への攻撃魔法を使いながら剣を振るっていた。剣術の心得があるわけではないので、ただ振り回しているだけだが、威力は十分だった。
「こっちは俺に任せろ! お前のお目当ては所長室じゃなくて最上階、この戦いを見てるらしい! 相手の心を読んだから確かだ!」
「とは言っても、この数は……」
「いいから! 行け! 妹と話すことはお前にしかできないことだろう!」
「ですが! このまま僕が行ったら、貴方は確実に死ぬ!」
何度も敵と遭遇し、戦ってきたのだろう。秋楽は既にボロボロだった。あちこちに傷を作り、血が流れている。
「わかってる、そんなことは! その覚悟で来た!」
「どうして……」
「理由を聞くなんて野暮だな」
全ては、夏希のため。同じ女性を愛した男同士、わかっているはずだ。
「一生アイツの隣にいることは譲ろう。だから、命を懸けてアイツを守る役目は、俺に譲ってくれ」
「……ありがとう、ございます」
零は走り出した。決して、後ろを振り向かずに。
秋楽は剣を構えた。決して、後ろを振り向かずに。
「……愛してる、夏希」
名前を呼ぶのは、何年ぶりだろう。彼女が結婚したときから呼んでいないということは、もう5年ほど経ったということか。名前は呼べなかった。呼べば想いが溢れてしまうような気がしたから。
「平和になった世界で、また会えたら……そのときはまた、お前の友人としていさせてくれ」
今世だけでなくて、来世も、その来世も。きっと夏希は零を愛するだろうから。自分はただの友人でいい。それでいいから、傍にいさせてくれ。それだけで、秋楽は命だって懸けられるのだ。
研究所を背にして、秋楽は敵を次々に倒していく。体中が痛んだ。視界がかすみ始めた。それでも、手は、動きは止めない。敵が1人もいなくなるまで、秋楽は止まらなかった。
そうして、敵が見えなくなったころ。秋楽はどさりと地面に倒れ込んだ。
「秋楽!」
薄れていく視界に、夏希が映ったような気がした。
昔から、人に馬鹿にされてきた。成績はよくなかったし、運動も得意なわけではなかった。だが、それ以上に馬鹿にされていたのは、「人の心が読める」と言ってしまったからだ。そんなのありえない、と小学校の同級生は秋楽を馬鹿にした。家族も、子どもの言うことだと信じてくれなかった。
唯一、秋楽の話を聞いてくれたのが夏希だった。いつも教室の隅で本を読んでいる、静かな子。夏と秋、名前に季節が入っているのがお揃いだな、と秋楽が声をかけたのが始まりだった。夏希は面倒くさそうに相槌を打つだけのことが多かったが、時間が経つにつれて話すことも増えてきた。
「そういうコトもあんじゃねぇの」
人の心が読める。秋楽が打ち明けると、夏希はおかしいと否定せずにそう言った。
「みんなおかしいって言うぞ」
「でもできるんだろ」
「うん……」
「よかったじゃねぇか。お前、その力使えば世界一気の利く男になれんぞ。相手が何して欲しいかわかんだから」
その一言で救われた。
おかしい、ありえないではなく。気の利く人になれると、そう夏希は言ってくれたのだ。それから、秋楽は不思議な力のことは言わず、相手のして欲しいことだけを読み取って行動した。たちまち、秋楽は皆の人気者となった。
「夏希のおかげだ!」
「お前が頑張ったからだろ」
「どうやって使ったらいいか教えてくれたのは夏希だからな」
「そ」
夏希はいつだってクールだった。けれど、たまに見せる笑顔が可愛らしかった。秋楽を否定せずに話を聞いてくれて、同い年とは思えないほど頭がよくて。なのに、決して秋楽を馬鹿にしない。知れば知るほど、秋楽は夏希に惹かれていった。
けれど、心を読める秋楽にはわかっていた。夏希は、秋楽に対して恋愛感情を抱いていないということを。
そして、結婚したという相手のことを、心の底から愛しているということも。結婚相手もまた、夏希のことを深く愛していることも、全て読めてしまっていた。
(わかってた。俺とお前じゃ、釣り合わないってことなんて)
だから、せめて。
お前と、お前の愛する夫を守らせてくれ。
「……俺は、世界一気の利く男だからな……」
「何言ってんだよ! バカ!」
「お前に、馬鹿って言われるの、初めてだな……」
入口にいた敵を全て倒したのか、夏希が秋楽の傍に来て座っていた。魔導衣のあちこちに血や泥がついているが、夏希自身に怪我はなさそうだ。秋楽は安心して、そのまま目を閉じた。
その目が開かれることは、もうなかった。
幸いなことに、零には溢れるほどの魔力があった。一花のもとに着くまでに魔力切れを起こすことはない。ただ、
(数が多すぎる……っ!)
このままでは一花に逃げられてしまうかもしれない。零は焦り始めていた。そんなとき、背後から金属音がして、淡いピンク色の魔力が光った。
「零!」
「秋楽!?」
零の方へ走って来た秋楽は、広範囲への攻撃魔法を使いながら剣を振るっていた。剣術の心得があるわけではないので、ただ振り回しているだけだが、威力は十分だった。
「こっちは俺に任せろ! お前のお目当ては所長室じゃなくて最上階、この戦いを見てるらしい! 相手の心を読んだから確かだ!」
「とは言っても、この数は……」
「いいから! 行け! 妹と話すことはお前にしかできないことだろう!」
「ですが! このまま僕が行ったら、貴方は確実に死ぬ!」
何度も敵と遭遇し、戦ってきたのだろう。秋楽は既にボロボロだった。あちこちに傷を作り、血が流れている。
「わかってる、そんなことは! その覚悟で来た!」
「どうして……」
「理由を聞くなんて野暮だな」
全ては、夏希のため。同じ女性を愛した男同士、わかっているはずだ。
「一生アイツの隣にいることは譲ろう。だから、命を懸けてアイツを守る役目は、俺に譲ってくれ」
「……ありがとう、ございます」
零は走り出した。決して、後ろを振り向かずに。
秋楽は剣を構えた。決して、後ろを振り向かずに。
「……愛してる、夏希」
名前を呼ぶのは、何年ぶりだろう。彼女が結婚したときから呼んでいないということは、もう5年ほど経ったということか。名前は呼べなかった。呼べば想いが溢れてしまうような気がしたから。
「平和になった世界で、また会えたら……そのときはまた、お前の友人としていさせてくれ」
今世だけでなくて、来世も、その来世も。きっと夏希は零を愛するだろうから。自分はただの友人でいい。それでいいから、傍にいさせてくれ。それだけで、秋楽は命だって懸けられるのだ。
研究所を背にして、秋楽は敵を次々に倒していく。体中が痛んだ。視界がかすみ始めた。それでも、手は、動きは止めない。敵が1人もいなくなるまで、秋楽は止まらなかった。
そうして、敵が見えなくなったころ。秋楽はどさりと地面に倒れ込んだ。
「秋楽!」
薄れていく視界に、夏希が映ったような気がした。
昔から、人に馬鹿にされてきた。成績はよくなかったし、運動も得意なわけではなかった。だが、それ以上に馬鹿にされていたのは、「人の心が読める」と言ってしまったからだ。そんなのありえない、と小学校の同級生は秋楽を馬鹿にした。家族も、子どもの言うことだと信じてくれなかった。
唯一、秋楽の話を聞いてくれたのが夏希だった。いつも教室の隅で本を読んでいる、静かな子。夏と秋、名前に季節が入っているのがお揃いだな、と秋楽が声をかけたのが始まりだった。夏希は面倒くさそうに相槌を打つだけのことが多かったが、時間が経つにつれて話すことも増えてきた。
「そういうコトもあんじゃねぇの」
人の心が読める。秋楽が打ち明けると、夏希はおかしいと否定せずにそう言った。
「みんなおかしいって言うぞ」
「でもできるんだろ」
「うん……」
「よかったじゃねぇか。お前、その力使えば世界一気の利く男になれんぞ。相手が何して欲しいかわかんだから」
その一言で救われた。
おかしい、ありえないではなく。気の利く人になれると、そう夏希は言ってくれたのだ。それから、秋楽は不思議な力のことは言わず、相手のして欲しいことだけを読み取って行動した。たちまち、秋楽は皆の人気者となった。
「夏希のおかげだ!」
「お前が頑張ったからだろ」
「どうやって使ったらいいか教えてくれたのは夏希だからな」
「そ」
夏希はいつだってクールだった。けれど、たまに見せる笑顔が可愛らしかった。秋楽を否定せずに話を聞いてくれて、同い年とは思えないほど頭がよくて。なのに、決して秋楽を馬鹿にしない。知れば知るほど、秋楽は夏希に惹かれていった。
けれど、心を読める秋楽にはわかっていた。夏希は、秋楽に対して恋愛感情を抱いていないということを。
そして、結婚したという相手のことを、心の底から愛しているということも。結婚相手もまた、夏希のことを深く愛していることも、全て読めてしまっていた。
(わかってた。俺とお前じゃ、釣り合わないってことなんて)
だから、せめて。
お前と、お前の愛する夫を守らせてくれ。
「……俺は、世界一気の利く男だからな……」
「何言ってんだよ! バカ!」
「お前に、馬鹿って言われるの、初めてだな……」
入口にいた敵を全て倒したのか、夏希が秋楽の傍に来て座っていた。魔導衣のあちこちに血や泥がついているが、夏希自身に怪我はなさそうだ。秋楽は安心して、そのまま目を閉じた。
その目が開かれることは、もうなかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
婚約破棄に全力感謝
あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び!
婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。
実はルーナは世界最強の魔導師で!?
ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る!
「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」
※色々な人達の目線から話は進んでいきます。
※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる