112 / 140
新人魔導師、研究発表会の準備をする
7月17日、夏季休暇のお知らせ
しおりを挟む
その日も発表会のために準備をしていると、心配そうな顔をした零がそっと、だがしかし強い力で原稿を取り上げた。
「休むことも仕事の内です」
「十分休んでます!」
「本当にそうだったら僕は何も言いませんよ」
零は溜息を吐いた。今までの部下にいなかったタイプだ。
「たまには何もしない日があってもいいものですよ。そうだ、夏季休暇の希望日はありますか?」
彼はとにかく天音を休ませたいらしい。仕事以外の話を振って来た。
「夏季休暇……ですか」
魔導師にも休暇はある。他の研究所のことを天音は知らないが、第5研究所はしっかりと休みが取れる職場だと思う。この間、あまりにも研究に疲れた双子が休暇を取って旅行に出かけていた。食堂に行けば、まだお土産が残されているはずだ。世間一般の休暇とは時期が異なるが、やろうと思えば魔導師も1週間ほどの休みが取れる。
「夏季休暇って……何するんですか……?」
「一般的には実家に帰ったりするものかと。後は旅行に行ったり、友人と出掛けたりだと思いますよ」
聞いてから反省した。この人もまた、世間一般の「休暇」の過ごし方を知らないのだ。奪われてしまった、失ってしまったものはもう戻らないのだから。
「ご心配なく。外には出られませんが、休暇はありますので」
天音の心を読んだように零が言う。少しだけほっとした。
「残念なことに、夏希とは日程をずらさないといけないんですよ。所長と副所長なので。発表会の後にでも……と考えていたんですが、それも難しそうで。今、夏希と話し合っているんです。天音さんは希望はありませんか?」
「ええと……目の前の原稿に集中したいと言いますか……」
「集中しすぎているからこうして休めと言っているんですよ」
再び、零が溜息を吐いた。これは休むと言わないと静かに、穏やかに、それでいて長いお説教が待っている。丁寧に丁寧に休むことの重要性を説かれ、働こうとすれば妨害される未来しか見えなかった天音は、手帳を取り出して唸った。どうしよう、何も予定がない。
「ご家族に何か言われたりとかしてませんか?」
気遣わし気な零の声。それもそのはず。魔導師は適性が判明し、養成学校を卒業すれば寮生活だ。週に2日の休みがあるとは言え、そう頻繁に帰れるわけでもない。外出には申請が必要だし、県外ともなれば使うルートや所要時間など、細かく記載しなくてはならないのだ。首都出身の天音が帰省するには色々と面倒な書類作成や手続きがあるため、1度も帰っていなかった。
「まあ……帰ってきてとは言われてますが……」
「ならちょうどいいでしょう。ご家族と話し合って、帰省の日程を考えてみてくださいね」
そう言い残して、零はどこかへ行ってしまった。その手にしっかりと原稿が握られていたので、これは休むと言うまで返ってこないのだと天音は悟った。
「浮かない顔ですね」
「恭平さん」
「すみません、聞こえちゃって」
「いえ、聞かれて困るようなものでもないですし」
書斎での会話だ。私室の会話を盗み聞きしたわけではないのだから、謝る必要もないと天音は手を振った。
「なんか、帰りたくない理由とかあったりします?」
「え?」
「さっきの言い方だと、そんな気がして」
恭平の鋭い指摘に、天音は思わず肩を強張らせた。合っている。
「オレの家は割と放任主義なんで。あ、帰ってこないの? ふーん、そう。みたいなカンジで終わりでしたね」
「恭平さんも帰らないんですか?」
「ま、帰ってもするコトないんで。ってか、今『も』って言いましたよね? 帰らないってコトで合ってます?」
「う……」
嵌められた気がする。天音は仕方なく、帰りたくないのだという理由を話し始めた。
「うちの父は、最後まで私が魔導師になることを反対してまして。場合によっては、魔導師は戦闘を避けられないじゃないですか。そんなの、女の仕事じゃないって……嫁入り前の女が傷なんて作ってどうするんだ、とか言う人なんです。まあ、最後には折れてくれましたけど……休みの日までそんな人に会いたくないなっていうのが本音ですね」
「あー……なんと言うか、その……」
「典型的な男尊女卑の考えの持ち主なんですよ、父は」
マジで今の時代にそんな人がいるんだ。恭平が小さくこぼしたのを、天音は聞いてしまった。そう、そんな風に言われるのが天音の父なのだ。
「じゃあ、休みだけ申請して、研究所でゆっくりしてればいいですよ」
「ここにいても、仕事できないじゃないですか」
「ワーカホリックだ……」
ドン引きの声が聞こえる。天音にはその自覚はないのだが、どうやら一般的に見るとそうなるらしい。
「なら出掛けるとか」
「予定ないですし」
「由紀奈サンは?」
「実家に帰るって言ってました」
「んー……」
恭平は宙を見上げて何やら考え込むと、閃いたとばかりに笑った。
「じゃ、オレと出掛けましょう」
「はい?」
「仕事のコト考えないように、出掛けちゃえばいいんです。どっか1日くらい休暇をかぶせて遊びに行っちゃいましょ」
そう誘われて、天音は何と答えたらいいかわからなくなってしまった。遊びに誘われた経験も少ないし、相手は異性となれば今まで1度もなかったことだ。悩んだ末、天音の口から出てきた言葉は、
「考えておきます……」
という、はっきりとしないものだった。
「休むことも仕事の内です」
「十分休んでます!」
「本当にそうだったら僕は何も言いませんよ」
零は溜息を吐いた。今までの部下にいなかったタイプだ。
「たまには何もしない日があってもいいものですよ。そうだ、夏季休暇の希望日はありますか?」
彼はとにかく天音を休ませたいらしい。仕事以外の話を振って来た。
「夏季休暇……ですか」
魔導師にも休暇はある。他の研究所のことを天音は知らないが、第5研究所はしっかりと休みが取れる職場だと思う。この間、あまりにも研究に疲れた双子が休暇を取って旅行に出かけていた。食堂に行けば、まだお土産が残されているはずだ。世間一般の休暇とは時期が異なるが、やろうと思えば魔導師も1週間ほどの休みが取れる。
「夏季休暇って……何するんですか……?」
「一般的には実家に帰ったりするものかと。後は旅行に行ったり、友人と出掛けたりだと思いますよ」
聞いてから反省した。この人もまた、世間一般の「休暇」の過ごし方を知らないのだ。奪われてしまった、失ってしまったものはもう戻らないのだから。
「ご心配なく。外には出られませんが、休暇はありますので」
天音の心を読んだように零が言う。少しだけほっとした。
「残念なことに、夏希とは日程をずらさないといけないんですよ。所長と副所長なので。発表会の後にでも……と考えていたんですが、それも難しそうで。今、夏希と話し合っているんです。天音さんは希望はありませんか?」
「ええと……目の前の原稿に集中したいと言いますか……」
「集中しすぎているからこうして休めと言っているんですよ」
再び、零が溜息を吐いた。これは休むと言わないと静かに、穏やかに、それでいて長いお説教が待っている。丁寧に丁寧に休むことの重要性を説かれ、働こうとすれば妨害される未来しか見えなかった天音は、手帳を取り出して唸った。どうしよう、何も予定がない。
「ご家族に何か言われたりとかしてませんか?」
気遣わし気な零の声。それもそのはず。魔導師は適性が判明し、養成学校を卒業すれば寮生活だ。週に2日の休みがあるとは言え、そう頻繁に帰れるわけでもない。外出には申請が必要だし、県外ともなれば使うルートや所要時間など、細かく記載しなくてはならないのだ。首都出身の天音が帰省するには色々と面倒な書類作成や手続きがあるため、1度も帰っていなかった。
「まあ……帰ってきてとは言われてますが……」
「ならちょうどいいでしょう。ご家族と話し合って、帰省の日程を考えてみてくださいね」
そう言い残して、零はどこかへ行ってしまった。その手にしっかりと原稿が握られていたので、これは休むと言うまで返ってこないのだと天音は悟った。
「浮かない顔ですね」
「恭平さん」
「すみません、聞こえちゃって」
「いえ、聞かれて困るようなものでもないですし」
書斎での会話だ。私室の会話を盗み聞きしたわけではないのだから、謝る必要もないと天音は手を振った。
「なんか、帰りたくない理由とかあったりします?」
「え?」
「さっきの言い方だと、そんな気がして」
恭平の鋭い指摘に、天音は思わず肩を強張らせた。合っている。
「オレの家は割と放任主義なんで。あ、帰ってこないの? ふーん、そう。みたいなカンジで終わりでしたね」
「恭平さんも帰らないんですか?」
「ま、帰ってもするコトないんで。ってか、今『も』って言いましたよね? 帰らないってコトで合ってます?」
「う……」
嵌められた気がする。天音は仕方なく、帰りたくないのだという理由を話し始めた。
「うちの父は、最後まで私が魔導師になることを反対してまして。場合によっては、魔導師は戦闘を避けられないじゃないですか。そんなの、女の仕事じゃないって……嫁入り前の女が傷なんて作ってどうするんだ、とか言う人なんです。まあ、最後には折れてくれましたけど……休みの日までそんな人に会いたくないなっていうのが本音ですね」
「あー……なんと言うか、その……」
「典型的な男尊女卑の考えの持ち主なんですよ、父は」
マジで今の時代にそんな人がいるんだ。恭平が小さくこぼしたのを、天音は聞いてしまった。そう、そんな風に言われるのが天音の父なのだ。
「じゃあ、休みだけ申請して、研究所でゆっくりしてればいいですよ」
「ここにいても、仕事できないじゃないですか」
「ワーカホリックだ……」
ドン引きの声が聞こえる。天音にはその自覚はないのだが、どうやら一般的に見るとそうなるらしい。
「なら出掛けるとか」
「予定ないですし」
「由紀奈サンは?」
「実家に帰るって言ってました」
「んー……」
恭平は宙を見上げて何やら考え込むと、閃いたとばかりに笑った。
「じゃ、オレと出掛けましょう」
「はい?」
「仕事のコト考えないように、出掛けちゃえばいいんです。どっか1日くらい休暇をかぶせて遊びに行っちゃいましょ」
そう誘われて、天音は何と答えたらいいかわからなくなってしまった。遊びに誘われた経験も少ないし、相手は異性となれば今まで1度もなかったことだ。悩んだ末、天音の口から出てきた言葉は、
「考えておきます……」
という、はっきりとしないものだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
婚約破棄に全力感謝
あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び!
婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。
実はルーナは世界最強の魔導師で!?
ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る!
「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」
※色々な人達の目線から話は進んでいきます。
※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる