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新人魔導師、研究発表会の準備をする

7月17日、夏季休暇のお知らせ

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 その日も発表会のために準備をしていると、心配そうな顔をした零がそっと、だがしかし強い力で原稿を取り上げた。

「休むことも仕事の内です」
「十分休んでます!」
「本当にそうだったら僕は何も言いませんよ」

 零は溜息を吐いた。今までの部下にいなかったタイプだ。

「たまには何もしない日があってもいいものですよ。そうだ、夏季休暇の希望日はありますか?」

 彼はとにかく天音を休ませたいらしい。仕事以外の話を振って来た。

「夏季休暇……ですか」

 魔導師にも休暇はある。他の研究所のことを天音は知らないが、第5研究所はしっかりと休みが取れる職場だと思う。この間、あまりにも研究に疲れた双子が休暇を取って旅行に出かけていた。食堂に行けば、まだお土産が残されているはずだ。世間一般の休暇とは時期が異なるが、やろうと思えば魔導師も1週間ほどの休みが取れる。

「夏季休暇って……何するんですか……?」
「一般的には実家に帰ったりするものかと。後は旅行に行ったり、友人と出掛けたりだと思いますよ」

 聞いてから反省した。この人もまた、世間一般の「休暇」の過ごし方を知らないのだ。奪われてしまった、失ってしまったものはもう戻らないのだから。

「ご心配なく。外には出られませんが、休暇はありますので」

 天音の心を読んだように零が言う。少しだけほっとした。

「残念なことに、夏希とは日程をずらさないといけないんですよ。所長と副所長なので。発表会の後にでも……と考えていたんですが、それも難しそうで。今、夏希と話し合っているんです。天音さんは希望はありませんか?」
「ええと……目の前の原稿に集中したいと言いますか……」
「集中しすぎているからこうして休めと言っているんですよ」

 再び、零が溜息を吐いた。これは休むと言わないと静かに、穏やかに、それでいて長いお説教が待っている。丁寧に丁寧に休むことの重要性を説かれ、働こうとすれば妨害される未来しか見えなかった天音は、手帳を取り出して唸った。どうしよう、何も予定がない。

「ご家族に何か言われたりとかしてませんか?」

 気遣わし気な零の声。それもそのはず。魔導師は適性が判明し、養成学校を卒業すれば寮生活だ。週に2日の休みがあるとは言え、そう頻繁に帰れるわけでもない。外出には申請が必要だし、県外ともなれば使うルートや所要時間など、細かく記載しなくてはならないのだ。首都出身の天音が帰省するには色々と面倒な書類作成や手続きがあるため、1度も帰っていなかった。

「まあ……帰ってきてとは言われてますが……」
「ならちょうどいいでしょう。ご家族と話し合って、帰省の日程を考えてみてくださいね」

 そう言い残して、零はどこかへ行ってしまった。その手にしっかりと原稿が握られていたので、これは休むと言うまで返ってこないのだと天音は悟った。

「浮かない顔ですね」
「恭平さん」
「すみません、聞こえちゃって」
「いえ、聞かれて困るようなものでもないですし」

 書斎での会話だ。私室の会話を盗み聞きしたわけではないのだから、謝る必要もないと天音は手を振った。

「なんか、帰りたくない理由とかあったりします?」
「え?」
「さっきの言い方だと、そんな気がして」

 恭平の鋭い指摘に、天音は思わず肩を強張らせた。合っている。

「オレの家は割と放任主義なんで。あ、帰ってこないの? ふーん、そう。みたいなカンジで終わりでしたね」
「恭平さんも帰らないんですか?」
「ま、帰ってもするコトないんで。ってか、今『も』って言いましたよね? 帰らないってコトで合ってます?」
「う……」

 嵌められた気がする。天音は仕方なく、帰りたくないのだという理由を話し始めた。

「うちの父は、最後まで私が魔導師になることを反対してまして。場合によっては、魔導師は戦闘を避けられないじゃないですか。そんなの、女の仕事じゃないって……嫁入り前の女が傷なんて作ってどうするんだ、とか言う人なんです。まあ、最後には折れてくれましたけど……休みの日までそんな人に会いたくないなっていうのが本音ですね」
「あー……なんと言うか、その……」
「典型的な男尊女卑の考えの持ち主なんですよ、父は」

 マジで今の時代にそんな人がいるんだ。恭平が小さくこぼしたのを、天音は聞いてしまった。そう、そんな風に言われるのが天音の父なのだ。

「じゃあ、休みだけ申請して、研究所でゆっくりしてればいいですよ」
「ここにいても、仕事できないじゃないですか」
「ワーカホリックだ……」

 ドン引きの声が聞こえる。天音にはその自覚はないのだが、どうやら一般的に見るとそうなるらしい。

「なら出掛けるとか」
「予定ないですし」
「由紀奈サンは?」
「実家に帰るって言ってました」
「んー……」

 恭平は宙を見上げて何やら考え込むと、閃いたとばかりに笑った。

「じゃ、オレと出掛けましょう」
「はい?」
「仕事のコト考えないように、出掛けちゃえばいいんです。どっか1日くらい休暇をかぶせて遊びに行っちゃいましょ」

 そう誘われて、天音は何と答えたらいいかわからなくなってしまった。遊びに誘われた経験も少ないし、相手は異性となれば今まで1度もなかったことだ。悩んだ末、天音の口から出てきた言葉は、

「考えておきます……」

 という、はっきりとしないものだった。
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