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新人魔導師、特訓する

4月11日、魔導解析師昇級について

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「そもそも、魔導解析師への昇級ってどうやって決まるんですか?」

 天音が問うと、零はぴたりと手を止めた。

 本日の訓練は魔導耐久値の向上のためのものだ。零は少しずつ出力を上げながら術を放つ。天音は低出力のときはそれに耐え、高出力のものは術で防げるようにする。どうにか打ち身程度で済んだ天音は、訓練が終わったタイミングで質問した。

「あ、すみません、言ってはいけないものでしたか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……もう夏希が伝えているものとばかり思っていましたので、つい驚いてしまいまして」

 疲れきって動けない天音とは対照的に、汗一つかいていない零は白手袋をはめた手を口元にあてて、何かを考えるような仕草をした。

「あえて言っていないのならば、僕が伝えるのもよくないですし……」

 どうしましょう。彼がそう呟くと同時に黒い魔力がどこかへ飛んで行った。すぐに白い魔力が零の耳の辺りへ返ってくる。

「ああ、はい。なるほど」
「ええと……?」

 1人で話し始める零を、そっとうかがうように下から覗き込んだ。
 それに気づいた彼が、穏やかな笑みを浮かべて謝罪する。

「これは失礼いたしました。伝達の魔導で夏希と話していたんです」

 これが透の言っていたテレパシーのような術か。魔力が見えていなかったら、ただの独り言のようにしか思えない。

「副所長はなんと?」
「変に気負われても困るから言っていなかった、と。ただ、本人が望むのなら教えてやれとも言われました」
「あ、ちゃんと理由があったんですね」

 正直に言うと、「悪い、言うの忘れてた!」と返ってくると思っていた。真子がやってきた日に勢いで決まった訓練である。色々と説明を飛ばされているという感覚はあった。だが、どうやらあえて言っていなかったらしい。本当に何を何処まで考えているかよくわからない人物だ。

「貴女の場合なら、魔導適性値が80以上を記録した日が3日間続き、かつ所属の研究所の所長及び副所長が許可を出せば昇級できます。ただ、適性値のデータを魔導考古学省に送る必要はありますけどね」
「あれ、思っていたよりも難しくない……?」

 てっきり、魔導考古学省が出す試験か何かに合格しないといけないのかと思っていた。それに比べれば楽な条件である。

「養成学校の成績が2位とのことでしたので。これがもう少し下だと試験があります」
「ちなみに他の順位だとどうなるんですか?」
「1位だと卒業時に魔導解析師になっていることがほとんどですね。3位ならば5日連続記録と同じく所長、副所長の許可、4位以下は1週間連続で80を記録のうえ試験に合格する必要があります」

 養成学校での成績が役立つとは思わなかった。1位になれなかったことは悔しいが、あのときの魔導に対する姿勢を考えれば当然の結果ではある。

 天音と同じ養成学校を1位で卒業した生徒は、もう魔導解析師になっているのか。階級は卒業後に試験の結果を見て判断されるため、同期がどうなっているか天音は知らなかった。最も、連絡先を交換したり、仲の良い同期がいた他の生徒は違うのだろうが。

「今の私の適性値っていくつなんですか?」

 自身の過去ばかり振り返っても仕方がない。天音は緩く首を振って気持ちを切り替えると、零にそう質問した。

 しかし、彼は普段どおりの穏やかな笑みを浮かべるだけで答えてはくれなかった。

「それは教えない約束をしているんです」
「副所長にそう言われてるんですか?」
「はい。僕、人に教えるのは得意ではないので。後進育成は全て夏希にお願いしているんです。僕はそれに従うだけ」
「なんというか……所長と副所長って、たまに立場が逆なんじゃないかって思う時があります」

 他の研究所では、副所長はあくまで所長のサポート役で、あまり表に出ることはない。この研究所が「普通」であるところはほとんどないが、特に異質なのが副所長の夏希だろう。表向き零は学会や講演で研究所にいないことがほとんどであるとは言え、彼女が決定権を握っているものが多すぎるように思う。

「まあ、僕は清水家のヒエラルキー最下位なので。と言っても、僕と夏希の2人しかいませんが」
「尻に敷かれているんですね……」

 うちの父とは大違いだ。そうこぼした天音に、零は楽しそうに笑いながら言った。

「違いますよ、僕がそれを望んでいるんです」
「え」

 何やらとんでもないことを言われた気がする。
 固まる天音だったが、零は昔を思い出すように遠くを見つめていて気付いていない。

「好きなことを好きなようにやって、誰にも媚びず負けず、自由に、美しく強く。そして、何があろうとも前を向いて進み続ける、そんな彼女を、僕は愛しているんです」
「……それは、ちょっとわかる気がします」

 辛い過去があっても、彼女は屈しなかった。もし天音が夏希だったら、きっと今頃全てに絶望している。もしくは、地獄のような環境で生きのびるために、周囲に媚びを売って求められるがままに魔導研究をしていたかもしれない。

 だが、夏希はそのどちらも選ばなかった。

「私も、副所長のそういうところ、好きです」

 天音が同意すると、零は途端に信じられないほどの恐ろしい表情を浮かべて叫んだ。

「やめてください、僕の妻ですよ!」
「あ、そういう意味ではないです……」
「女王陛下と呼んで跪くことは許しましょう」
「結構です……」

 やっぱりここには変人しかいない。
 天音は深い溜息をついた。
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