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新人魔法師の成長

1月10日、大臣になったら

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 副支部長になったとは言え、何かが大きく変わったわけではない。まだ復興も進んでいない今、どの支部のどの役職も大忙しだった。毎日書類仕事に追われ、時には朱音を大臣にしようとする一派が現れ……第5支部のある市の西へ東へ、北へ南へと飛び続ける毎日だ。あまりにも忙しいので、正直副支部長になったことすら忘れて仕事をしていたように思う。朱音は、ようやくその日の仕事が片付き、大きく体を伸ばした。あちこちからバキバキと音がする。

 新しく朱音の部屋となった執務室は、まだ整理が終わっていないので段ボールがいくつか置かれていた。仕事が落ち着いたら片付けたい。立ち上がり、中を確認しようとしたタイミングで、扉がノックされた。

「どうぞ、開いてますよ」

 きちんとノックをしている時点で、入ってくる者は限られている。間違いなく雷斗や光ではない。直ならば声もかけてくるので、恐らく璃香だろう。

「……終わった?」

 予想通り、入って来たのは璃香だった。手には2つのカップが乗ったトレイがある。朱音に淹れてきてくれたようだ。

「今日の分は、なんとか」
「あげる」
「ありがとうございます」

 璃香からカップを受け取った。疲れた体に、ミルクティーの甘みが染み渡る。彼女が気に入っている、可愛いティーカップだ。勝手に使うと拳が飛んでくる(前に光がやられていた)。

「忙しいね」
「はい……でも、やってみせますよ。私は魔法考古学省大臣になる女ですから」
「ん」

 どこからか出したのか、璃香は飴を差し出してきた。ご褒美のつもりなのかもしれない。たまに年上感があるな、と内心思ったが口には出さないでおく。

「……朱音が、なったら」
「ええと、私が大臣になったら?」
「わたし、魔法考古学省に行くね」
「え……?」

 璃香はカップを置いて、朱音の頭をそっと撫でた。

「お姉さんが助けてあげる」
「あの、いや、その……大丈夫なんですか? 確かに、昔働いていた時とは名前が違いますけど……バレちゃうんじゃ……」
「そこはなんとかしてほしい」
「急に他力本願!」

 いや、今までの大臣は璃香のことを守っていたから、間違いではないのか。どうやって隠していたのか、その方法を伝授してもらわなければ。朱音のやるべきことリストに1つ仕事が増えた。最近、何かしら思いつくたびにリストの中身が増えていく。

「……昔、だけど。多分、役立つ」

 自身が働いていたのは昔のことだけれど、きっと役に立てると思う。
 朱音のために、力になりたいと言ってくれているのだ。

「……ありがとうございます。嬉しいです」
「だからわたしが生きてるうちに昇進して」
「すみません、失礼かもしれませんが、おおよそ何年生きれるか聞いてもいいですか!?」
「知らない。皆、その前に島ごと……」
「本当にすみません、忘れてください!」

 聞いてはいけない過去の暗い話が始まりそうだったので、慌てて止めた。そうか、彼女の知る者は皆、天寿を全うできずに殺されてしまったのか。

「でも、多分長生き」
「現時点で結構そうですよ」
「ふうん」
「とても100歳近いとは思えませんけど」
「違う、まだ98」

 ほとんど100歳だと思うが、そこが違うらしい。アラハン(アラウンドハンドレッド)であることには変わりないと思うのだが。

「……朱音は、長生きしてね」
「いや流石に300年とかは無理です」
「人間、どれくらい生きる?」
「ええ……頑張って100年とか?」
「じゃあ120年」
「あれ、話聞いてませんでした?」

 譲歩するように言われた数字が限界を超えている。ふざけているのかと思い、俯いている璃香の顔を覗き込んだ。だが、彼女はいつになく真面目な顔をしている。

「……皆、先に逝っちゃう」
「上野さん……」
「光も、きっとそう」

 璃香の血を飲むことによって生きながらえた光。彼は純粋なクーリャ族ではないから、きっと璃香を置いて先に亡くなってしまう。

 故郷も、実の家族も。その後、家族となった天音も。皆、璃香を置いて先に旅立ってしまった。彼女はずっと、それを恐れていたのだろう。

「大丈夫です! 私、健康なんで!」
「じゃあ200年?」
「いや……それは無理……あ、でも、魔法技術が発達すればいける……? いやいや、流石にそれは……うーん」
「先輩命令。生きて」
「副支部長命令。流石に許してください」
「初命令だ」
「どうせならもっとかっこいいことに使えばよかった……」

 璃香がくすくす笑っている。くだらない会話だが、それがただ楽しくて、朱音も笑みを浮かべた。

(ひいひいおばあさまが望んでいたようなのは、きっとこんな時代なんだ)

 魔法師が笑いあい、様々な種族と共に生きていく。争いごとなんてないような、穏やかな日々を送れる時代。

 まだ完璧にその形になったとは言えないが、確実に近づいてきてはいる。朱音がここに配属されたときに感じていた仕事の少なさは、平和だからこそのものだったのだ。皮肉なことに、争いが起きて初めてそのことに気づいた。

「上野さんに長く働いてもらえるように、早く大臣になってみせますからね」
「給料は弾んで」
「規定どおり払います」

 大臣になれるまで、あと何年だろう。できるだけ早く、可能であれば柚子が生きているうちになりたい。朱音はそうしてできた新たな目標を掲げ、璃香に向かって微笑んでみせた。

「……待ってる」

 璃香はそう言って、また朱音の頭を撫でるのだった。
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