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新人魔法師の調べもの
同日、自分らしく
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珍しく何人もの怪我人がやって来た医務室は忙しそうだった。朱音は浮遊の魔法をかけて千波をベッドに寝かせる。雷斗は軽傷だったので、すぐに魔法をかけられ、完治した。
「上野さんたちは大丈夫なんでしょうか」
「光ちゃんが治してたわ。雷斗ちゃんより軽傷ですって」
それを聞いて安心した。
朱音は無傷なので、そのまま医務室を後にする。戦闘があったと聞きつけた開発班が、怪我はないか確認すると、武器と魔法衣の使い心地を聞きに朱音を誘拐する勢いでラボまで連れて行くまで、あと数秒。
「うわ、ちょっ、誰かー!?」
朱音の叫び声が聞こえたが、一大事ではないと判断して奏介は医務室の扉を閉めた。開発班のはしゃぐ声もしているので、恐らく2人に捕まったのだろう。元気だな、と奏介は微笑んだ。
「千波ちゃんもなかなか酷い怪我だけど。一番無理をしたのは自分だって自覚、ある?」
「……部下の前でくらい、カッコつけたいでしょ」
「はいはい。ほら、飲んで。どうせ朱音ちゃんからも大して吸ってないんだろう」
医務室には、直用の血液パックが用意されている。彼の好むAB型だ。直は受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。太陽光の下で無理をした反動が来ていたのだ。
「君の場合、医療魔法よりそっちの方が効くからね」
「……飲んだら帰っていいかしら?」
「駄目。寝てて。医者の言うことは聞くものだよ」
しぶしぶと言った様子で直は横になった。千波が目覚めたときに寝込んでいる姿を見られたくないのだ。それを悟った奏介は、しっかりとカーテンを閉めた。これで直が見られることはない。
「もう少し血を飲んだら?」
「……いらないわ」
「でも君、普段からほとんど飲んでないだろう」
「…………そうね」
「言いたくないならいいけど。理由を聞きたいな。医師として、同僚として」
直は寝返りを打って、奏介から顔を隠した。言いたくない、という意思表示だろうと判断して、奏介は立ち上がる。
「ごめんね」
「……待って」
引き留める声に、奏介は驚いて振り向く。
「これを見てちょうだい」
直が、1枚の写真を差し出していた。保護魔法をかけられていないせいか、少し擦り切れている。
「これ……君?」
写真には、幼いころの直が家族に囲まれて写っていた。なんてことのない、普通の家族写真だ。
だが。よく見ると、にっこり笑った両親にも、直にも口元に牙がない。
「それはアタシじゃないの。アタシの養い親の、本当の子どもよ」
「どういうこと?」
「……20年くらい前、吸血鬼だけがかかる流行病があったでしょう」
すぐに特効薬が開発されたが、それでも犠牲者は多かった。直の両親も、そのときに亡くなったのだという。
「養護施設に行ったアタシを引き取ってくれたのが、その2人」
実子を事故で亡くし、悲しんでいた2人は、ある日子どもにそっくりな直を見つけた。そうして、引き取ることにしたのだ。
「けどね。2人が欲しかったのは、人間の女の子だったのよ」
だから、2人は直を「人間の女の子らしく」育てた。一人称を変えられた。娘と同じ服を着せられた。同じ趣味を持つようにさせられた。
「女の子らしく、なんて。今時流行らない考えよね。でも、2人にとっては大事なことだったみたい」
人間らしく、女の子らしく。そうして育てられた直は、血を飲むことは悪いことだと教えられた。年頃になれば、ファッションや美容に興味を持つようにと雑誌を与えられた。常に容姿に気を配り、2人の「娘」らしく、美しくいなくてはならなかった。
「……だからかしらね。血を飲まないのも、こんな口調なのも。育ててくれたことに感謝はしているけど、もうどうしたらいいかわからなくなってきちゃった」
「……ごめん、無理して話さなくていいよ」
「いいえ……せっかくだから聞いてほしくなったの。ねえ、アタシって変かしら?」
「変だとは思わないな。直くんらしいとは思ったけど」
「どういうこと?」
奏介の言葉は、直が想定していなかったものだった。思わず体を起こす。
「だって、それは君の優しさだろう。育ててくれた人が望む姿でありたいって思ってたんだから。無理して血を飲まないことは賛成できないけどね」
「……奏介ちゃん」
「まあ、もう大人だから、好きに生きてもいいとも思うよ。直くんがそうしたいならね」
好きに生きる。
それはどういうことだろう。直の人生において、自分の意志で決められたことはほとんどない。
でも。
「……そうね。じゃあ、まずは、最近物騒だから魔法保護課なんて辞めちゃいなさいっていうのを断ってみようかしら」
「いいんじゃないかな。反抗期だってあるのが自然さ」
「ふふ。この年で反抗期?」
「吸血鬼にとってはまだまだ生まれたてみたいなものだって言ってただろう」
「……それもそうね。アタシ、まだまだ若かったわ」
人間らしく、大人のつもりでいたけれど。本来の種族である、吸血鬼らしく振舞ってみようか。
「……お腹空いたわ。まだ血、残ってる?」
「もちろん」
まだ「自分らしく」は生きることは難しい。けれど、少しずつ前に進んでいきたい。直は血液パックを受け取って飲み始めた。
「上野さんたちは大丈夫なんでしょうか」
「光ちゃんが治してたわ。雷斗ちゃんより軽傷ですって」
それを聞いて安心した。
朱音は無傷なので、そのまま医務室を後にする。戦闘があったと聞きつけた開発班が、怪我はないか確認すると、武器と魔法衣の使い心地を聞きに朱音を誘拐する勢いでラボまで連れて行くまで、あと数秒。
「うわ、ちょっ、誰かー!?」
朱音の叫び声が聞こえたが、一大事ではないと判断して奏介は医務室の扉を閉めた。開発班のはしゃぐ声もしているので、恐らく2人に捕まったのだろう。元気だな、と奏介は微笑んだ。
「千波ちゃんもなかなか酷い怪我だけど。一番無理をしたのは自分だって自覚、ある?」
「……部下の前でくらい、カッコつけたいでしょ」
「はいはい。ほら、飲んで。どうせ朱音ちゃんからも大して吸ってないんだろう」
医務室には、直用の血液パックが用意されている。彼の好むAB型だ。直は受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。太陽光の下で無理をした反動が来ていたのだ。
「君の場合、医療魔法よりそっちの方が効くからね」
「……飲んだら帰っていいかしら?」
「駄目。寝てて。医者の言うことは聞くものだよ」
しぶしぶと言った様子で直は横になった。千波が目覚めたときに寝込んでいる姿を見られたくないのだ。それを悟った奏介は、しっかりとカーテンを閉めた。これで直が見られることはない。
「もう少し血を飲んだら?」
「……いらないわ」
「でも君、普段からほとんど飲んでないだろう」
「…………そうね」
「言いたくないならいいけど。理由を聞きたいな。医師として、同僚として」
直は寝返りを打って、奏介から顔を隠した。言いたくない、という意思表示だろうと判断して、奏介は立ち上がる。
「ごめんね」
「……待って」
引き留める声に、奏介は驚いて振り向く。
「これを見てちょうだい」
直が、1枚の写真を差し出していた。保護魔法をかけられていないせいか、少し擦り切れている。
「これ……君?」
写真には、幼いころの直が家族に囲まれて写っていた。なんてことのない、普通の家族写真だ。
だが。よく見ると、にっこり笑った両親にも、直にも口元に牙がない。
「それはアタシじゃないの。アタシの養い親の、本当の子どもよ」
「どういうこと?」
「……20年くらい前、吸血鬼だけがかかる流行病があったでしょう」
すぐに特効薬が開発されたが、それでも犠牲者は多かった。直の両親も、そのときに亡くなったのだという。
「養護施設に行ったアタシを引き取ってくれたのが、その2人」
実子を事故で亡くし、悲しんでいた2人は、ある日子どもにそっくりな直を見つけた。そうして、引き取ることにしたのだ。
「けどね。2人が欲しかったのは、人間の女の子だったのよ」
だから、2人は直を「人間の女の子らしく」育てた。一人称を変えられた。娘と同じ服を着せられた。同じ趣味を持つようにさせられた。
「女の子らしく、なんて。今時流行らない考えよね。でも、2人にとっては大事なことだったみたい」
人間らしく、女の子らしく。そうして育てられた直は、血を飲むことは悪いことだと教えられた。年頃になれば、ファッションや美容に興味を持つようにと雑誌を与えられた。常に容姿に気を配り、2人の「娘」らしく、美しくいなくてはならなかった。
「……だからかしらね。血を飲まないのも、こんな口調なのも。育ててくれたことに感謝はしているけど、もうどうしたらいいかわからなくなってきちゃった」
「……ごめん、無理して話さなくていいよ」
「いいえ……せっかくだから聞いてほしくなったの。ねえ、アタシって変かしら?」
「変だとは思わないな。直くんらしいとは思ったけど」
「どういうこと?」
奏介の言葉は、直が想定していなかったものだった。思わず体を起こす。
「だって、それは君の優しさだろう。育ててくれた人が望む姿でありたいって思ってたんだから。無理して血を飲まないことは賛成できないけどね」
「……奏介ちゃん」
「まあ、もう大人だから、好きに生きてもいいとも思うよ。直くんがそうしたいならね」
好きに生きる。
それはどういうことだろう。直の人生において、自分の意志で決められたことはほとんどない。
でも。
「……そうね。じゃあ、まずは、最近物騒だから魔法保護課なんて辞めちゃいなさいっていうのを断ってみようかしら」
「いいんじゃないかな。反抗期だってあるのが自然さ」
「ふふ。この年で反抗期?」
「吸血鬼にとってはまだまだ生まれたてみたいなものだって言ってただろう」
「……それもそうね。アタシ、まだまだ若かったわ」
人間らしく、大人のつもりでいたけれど。本来の種族である、吸血鬼らしく振舞ってみようか。
「……お腹空いたわ。まだ血、残ってる?」
「もちろん」
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