上 下
103 / 114

103.カイン殿と飲み会(レリック視点)

しおりを挟む
 今日はセシルの実家、アセンブル伯爵家のタウンハウスに来ている。

 晩餐後、アセンブル伯爵殿に「男だけでワインでも」と誘われ、応接間に移動したものの、一杯飲む間も無く、伯爵殿は家令に呼ばれ、早々に退席してしまった。

「レリック殿下、俺の部屋で飲み直しませんか?セシルの絵姿もありますよ。ご覧になりますか?」
「是非見たい。」

 セシルの絵姿に釣られて、カイン殿の部屋へ行った。

「これは幼少期、こちらは成人になった時ですね。友人の絵師に描いて貰った物です。」
「これは素晴らしい。」

 絵姿は釣書としても使われる。
 表情は澄ました顔が多く、時には美化され、本人と印象が変わる場合も多い。
 だがこの絵姿は、セシルが自然に微笑んだ表情が描かれており、ありのままのセシルを感じられた。

 友人の絵師とやらは、セシルをよく知っているのだろう。
 幼少期も成人のセシルも可愛い!是非とも欲しい!

「カイン殿、この姿絵を譲って貰えないだろうか?」

「それ、私のお気に入りなんですよ。殿下はセシルとこれから暮らすのだから、絵姿なんて要らないでしょう。それに絵なら、宮廷絵師に幾らでも描かせられるのでは?」

 カイン殿は分かっていないようだ。

「こんなに生き生きとした、愛らしいセシルは描けないだろう。それに、過去のセシルもだ。私はセシルの全てを把握したい。」

 何も驚くような事は言っていない筈だが、カイン殿が目を丸くしている。

「まさか殿下が、そんな独占欲丸出し発言をするとは意外です。セシルにしても、進んで殿下と手を繋いでいるし、二ヶ月の間に、一体何があったのですか?」

 それはもう秘匿任務の連続だった、とは言えない。

「特に……色々だ。セシルは真面目で思い遣りがあり、美しく、愛らしい。そんな所に惹かれて、好かれる為に頑張った結果だろう。」

 手を繋ぐのは、あれこれと理由をつけて習慣付けた結果だ。
 今では、セシルからも手を繋いでくれるようになった。
 思い出すと嬉しくて、ワインも進むというものだ。

「で、絵姿を譲って貰いたいのだが、幾ら払えばいい。」

「お金は結構です。そうですね……チェスで殿下が勝ったら譲りましょう。俺が勝ったら、俺の願いを聞いて頂けませんかね。」

 カイン殿が、ローテーブルに置いてある、チェスボードを指差した。

「チェスをするのは構わないが、カイン殿の願いは何だ。勝つつもりだが、負けた時、無理を言われても困る。」
「出来る範囲で構いませんよ。ま、チェスをしながら話します。お先にどうぞ。」

 カイン殿は自信があるらしい。

「では。」

 ソファーに向かい合って座り、駒を運びつつ、互いにワインを嗜む。

「殿下、もうグラスが空いていますよ。」

 カイン殿がワインを継ぎ足してくれる。

「有り難う、って私を酔わせて判断を鈍らせるつもりではないか?」
「そうですね。それも戦略の内ですが、折角お勧めのワインを沢山用意したので、飲んで頂きたいとも思っていますよ。」

 部屋には数種類のボトルワインが並んでいる。

「確かにどれも旨いが、私だけ酔うのも不公平だ。カイン殿も飲め。」

 カイン殿のグラスに並々注ぐと、カイン殿は水を飲むように、クイッと飲み干した。

「さあ、殿下も。」

 飲んだ直後に、またしても注がれてしまった。
 美味いから良いが。

「で、カイン殿の希望をまだ聞いていないが。」

 再びチェスに向き直った。

「殿下とセシルの間に子どもが何人か生まれたら、一人私の養子に頂きたい。」
「は?」

 突拍子もない話に、駒を倒しそうになった。

「これはまた、随分先の話をする。」

「そうですね。私は嫡男ですが、一生結婚をする気はありません。ですから、セシルにも前々から話はしてあるのです。」

「その黒子が原因か?だが、それでも良いと言ってくれる女性も現れるのではないか?」

 カイン殿はモテる。誰かしら受け入れてくれる女性はいるだろう。

「……俺には婚約者がいました。成人する前に病気で亡くなってしまったのですが、婚約当初、彼女は黒子を気にしませんでした。ですが、その彼女が病気になった時、言ったのです。俺の黒子のせいで呪われたのだと。」

 カイン殿が駒を動かして、ワインを飲み干した。

「それは単なる八つ当たりだろう。」

 カイン殿のグラスにワインを注ぐ。

「ええ。彼女は病気で精神的に参っていた……だけではないのですが、何か不幸があった時、黒子のせいだと言われかねない。セシルは『例え自分に、どんな不幸が起きたとしても、絶対に黒子のせいではない。黒子のせいにはしない』と言ってくれました。ですが、誰もがセシルのようには思えないと俺は思っています。」

「それは……そうかも知れない。」

 我が国で、黒いアザは不吉だとされて、忌み嫌われている。
 何も無い時は良くても、何か問題が起これば、アザのせいにされるのは予想出来る。

「俺は、誰にも黒子を見せる気がないので、誰かに受け入れて貰う自体、あり得ません。ですから、俺が勝って、将来、殿下が子宝に恵まれて、その子が成人したら、一人養子に頂きたい。次男、三男は爵位が必要ですから、悪い話ではない筈です。」

「確かに。伯爵家を継げるなら寧ろ厚待遇だ。だが、セシルの絵姿の為には負けられない。」

 駒を動かしてワインをあおった。
 飲みやすいせいか、するすると飲めてしまう。

「殿下に希望を聞いて頂けそうなので、俺も負けられませんね。」

 カイン殿が駒を動かして、自分と私のグラスにワインを注いだ。

「チェックメイト。」
「な!」

 カイン殿に負けた。

「養子の件は、子供が生まれたら検討しよう。もう一度だ。」
「良いですよ。では、私が勝ったら、いつから手を繋ぎ始めたのか教えて貰いましょうか。」

 カイン殿は優雅にワインを飲み干した。

「そんなの始めからだが?」
「今言いますか?」
「手なんてエスコートやダンスでも繋ぐだろう。」
「ですよね……やっぱり、ワグナーが奥手過ぎたんだよなぁ~。」

 ハァーと溜め息をついて、カイン殿が遠い目をしている。
 ワグナー……セシルの元婚約者、ワイル伯爵令息だったか。
 婚約中に浮気し、子まで作った男だと黒騎士団から報告が上がっていた。

 そんな男が奥手と言えるのか、甚だ疑問ではあるが、彼が婚約破棄しなければ、セシルは自棄になってアイテムの箱を開けなかっただろう。

 私がセシルと婚約する事もなかったし、悪魔を退ける事も、世界が救われる事も、魔王を消し去る事も出来なかった。

 私が好きという感情を知ったり、両想いになる幸せを感じることも無かっただろう。
 そして、今、セシルの愛らしい絵姿に出会えることも……。

 ワイル伯爵令息には、セシルに手を出さないでいてくれたことも含めて、これでも感謝している。
 結果的に、彼の不貞と婚約破棄が、国や私の幸せに貢献する結果をもたらしてくれた。
 だからと言って、二度とセシルに関わらせる気はない。

 せいぜい浮気相手と幸せになるがいい。
 セシルは私が全力で幸せにする。
 セシルの何一つ、誰かに譲る気は無い。

 そして、今度こそカイン殿に勝って、絵姿を手に入れる。
 このチャンスを逃してなるものか。
 チェスボードを見て思案していると、カイン殿が駒を動かした。

「では、私が勝ったら、セシルと、どこまでしたのか教えて貰いましょうか。」
「身内のそんな話、聞きたいか?」

 チェスボードから顔を上げると、カイン殿の眉間に皺が寄っていた。

「正直、複雑です。ただ、あの鈍い妹をどこまで攻略したのか、純粋に興味がありますね。」
「なるほど。」

 初日から私室で共に暮らし、数日後にはベッドを共用しているとは絶対、言えない。
 任務の為とも言えないし、ベッドの共用は私の独断なだけに、常識を疑われるに違いない。

 口付けは……誰でもするから言える範囲ではあるが……。

「それは秘匿しておきたいので、次は絶対に勝つ。」
「俺も負ける気はないですよ。」

 互いにフッと笑い合うと、ワインを呷って再びチェスを再開した。
 時間は、あっという間に過ぎて、深夜零時を過ぎていた。

「チェックメイト。私の勝ちだ。」
「あ――っ……仕方ない。約束通り、絵姿は譲りますよ。」

 漸くカイン殿から絵姿を受け取った。

「それにしてもカイン殿は酒に強い。私は、かなり酔ってしまったようだ。」

 もう、思考が働かない。

「俺はザルと言われていますからね。今まで、一度も酔った経験はありません。殿下は領地へ来て、セシルに連れ回されたりと、お疲れでしょうから、酔いが回りやすかったのかもしれませんよ。」

 周りには、空になったワインボトルが何本も並んでいる。
 これだけ飲めば、酔いが回るのも当然だ。
 顔色一つ変わらないカイン殿が、異常なのだろう。

「疲れてはない。久々にゆっくりしたくらいだ。ただ、普段ワインをこんなには飲まない。飲み過ぎた。」
「そのようですね。日付も変わりましたし、そろそろお開きにしましょうか。」
「ああ。」

 王宮でも、領地へ招待されても、王族としての仮面を外した事はなかったのに、セシルや、アセンブル伯爵家の居心地の良さからか、羽目を外し過ぎたらしい。

 だが、カイン殿と有意義で楽しい時間を過ごせた。
 何より、セシルの絵姿を手に入れられて満足だ。

 客室のベッドに倒れ込むと、直ぐに睡魔がやって来た。
 もうセシルは寝ているだろう。

「お休み、セシル。」

 セシルの絵姿を胸に抱いて、そのまま眠った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...