上 下
94 / 114

94.メリーク殿下

しおりを挟む
「このドレスは、マンセン王妃殿下が選んで下さいましたし、陛下からは、魔溜まり任務の後、褒賞として、希望を叶えて頂き、金貨も八千枚頂きました。王家の皆様は家族のように接して下さいますし、こんなに贅沢をして大丈夫かと不安になるくらい、生活は至れり尽くせりです。騎士団の皆様も素敵な方ばかりで、レリック様とも、ずっと一緒に―――――」

「分かりました、分かりましたから。」

 メリーク殿下が苦笑いしています。
 幸せな話ならば、幾らでも出てきますが、ちょっと喋りすぎたようです。

「セシル嬢が、幸せそうなのは伝わりました。それに、王家もセシル嬢を冷遇していないようだとも。協会は勇者の意思を尊重するのが仕事ですから、ご安心下さい。ただ、一応、三日は最低調査すると決まっていますので、あと二日は共に行動させて頂きます。」

「そうですか。早く帰国したいでしょうに、大変ですね。」

 王子なら、婚約者がいるでしょう。
 既に、結婚されているかもしれません。
 見目麗しい方なので、誰かしら帰りを待っているでしょう。

「それ程でもないですよ。他国へ行くのは慣れていますから。それで、セシル嬢。この箱を開けて見せて欲しいのですが。」

 メリーク殿下が、ローテーブルに置いてあった魔を吸引する箱を、トントンと人差し指で触れました。

「分かりました。開けますね。」

 鍵穴付近に指先で触れると、カチャッと小さな解錠音がしたので、箱の上蓋を大きく開きました。

「我が国の実力者が何をしても駄目だったのに、こんなに簡単に開くとは。やはり、アイテムに選ばれた勇者は、別格ですね。」

 メリーク殿下が独り言のように呟きながら箱を手に取ると、くるくる回して様々な角度から箱を眺めています。
 暫くすると、箱の上蓋が閉まって、カチャッと鍵のかかる音がしました。

「今、自然に閉まりましたよね。」

 メリーク殿下が目を丸くして私を見ましたので、頷きました。

「理由は分かりませんが、その箱は、私が持っていないと、自然に閉まる仕組みのようです。」

「なるほど……。アイテムは、基本的に勇者しか扱えないのですが、これ程とは思いませんでした。箱だけを持ち帰っても、意味がなさそうですね……。これは、セシル嬢にお返しします。」

 メリーク殿下は、私に箱を手渡すと、ふぅ……と息を吐きました。

「我々は、再び現れるかもしれない魔王に備えて、新たなアイテムを作りたいと考えています。その為に、その箱を持ち帰り研究したかったのですが、それにはセシル嬢の協力が必要だと分かりました。」

「そう、なのですね。」

 メリーク殿下が何を言おうとしているのか、次の言葉が予想出来てしまいました。
 どうしましょう、新たな任務の予感がします。

「セシル嬢、我が国に移住しませんか?」
「え?」

 協力の要請は予想していましたが、まさか移住まで求められるとは思いませんでした。

「私はレリック様と結婚する予定ですから、それは出来ません。協力でしたら、可能かも知れませんが。」

「厄介なことに、ガリア王国と同様、我が国も自国の技術について秘匿しておきたいのです。他国の者に技術を見せるなんて、有り得ません。」

「つまり、協力するにしても、私が他国の人間だと問題がある。だから移住して、ホワーズ魔法王国の国民になるよう求めている。で合っていますか?」

「その通りです。冷遇されていれば、保護出来て都合が良かったのですが、宛が外れてしまいました。勿論、冷遇されていない方が良いですよ。」

 メリーク殿下は、にっこりと微笑みました。
 なんでしょう、嘘っぽいと思ってしまいました。

「移住は出来ません。私はレリック様と結婚する方が大切ですから。」

 メリーク殿下は、私の方に体を向けたまま、じっと見つめて来ます。

「王族との結婚が望みならば、私と結婚しますか?私も第二王子ですし、幸い独身ですから大歓迎です。」
「ご冗談を。」

「私は真剣です。今まで、セシル嬢は魔王討伐の為、レリック殿に必要とされていたでしょう。ですが、魔王はもういません。今後、国の為に生きる王族に、セシル嬢は何をもたらせますか?王子は他国の王女と結婚する方が、他国の恩恵を受けられて国益になる。それ位は御存知ですよね。」

「それは……存じ上げております。」

 国益の為、王族は他国の王族と政略結婚をする。
 それが世界の常識とされている。
 ただ、ガリア王国の王族が、他国の王族と結婚した事例は無い。
 そのように習いました。

 メリーク殿下の言う通り、私の価値は、吸引の箱を開けられる解錠の加護だけだと理解しています。

 魔王討伐には有効でしたが、今後、国の為に大きく貢献出来るほど、お役に立てるかと言えば、そんな事はあまり無くて、利用されないように守られる方が多いでしょう。

 私が他国へ行けば、レリック様は、私を一生守る必要も無くなります。

 他国の王女と結婚した方が、国の為に生きる覚悟をしているレリック様には、良いのかもしれません。
 ですが、私は嫌なのです。

「私は王族と結婚したいのではありません。レリック様だから結婚したいのです。それに、王子が他国の王女と結婚するのが国益になるのならば、メリーク殿下も伯爵家の私ではなく、他国の王女と結婚するべきではないでしょうか。」

 淑女らしく、毅然とした態度を貫きます。

「それはそうですね。ですが、魔王討伐協会の責任者として、セシル嬢が何よりも国益になると判断しました。アイテムを研究して解明し、新たなアイテムを作るのは、我が国の悲願ですから。」

「では、悲願が達成された場合、メリーク殿下は、用済みの私と婚約破棄して、他国の王女と新たに結婚するのでしょうね。」

 笑顔で皮肉たっぷりに言ってやりました。
 こんな事を言う自分がいたなんて、意外です。

「これは手厳しいですね。でも、ご心配には及びません。私は婚約なんて回りくどい事はしません。セシル嬢が共に来てくれるなら、即、結婚します。それが誠意というものです。勿論、国を捨てて来て貰うからには、一生大事にしますよ。」

 メリーク殿下が胸に手を当てて、にっこりと妖艶に微笑みました。

 多くの令嬢は、その笑顔に胸を撃ち抜かれるでしょう。
 ですが、それが本心からの笑顔なのか疑ってしまいます。
 王族は、表の顔と裏の顔を使い分けるのが上手い生き物だと、レリック様で学びましたから。

「昨日今日会ったばかりですのに、随分と簡単に言うのですね。」

 モテる男性は、決断が早いのでしょうか。
 それとも王族は皆さん、そうなのでしょうか。

 初めて出会った時のレリック様も、強引さでは、メリーク殿下に匹敵する気がします。

「私にとっては簡単な話です。結婚しているなら話は別ですが、婚約段階ならば、金を積んで、我が国の王女を代わりに勧めれば、簡単に婚約破棄は成立するでしょう。」

 お金で簡単に婚約破棄ですって!?
 胸がズキリと傷みました。
 私はまた同じやり方で、私の意思とは関係無く、婚約破棄させられるのでしょうか。

 レリック様は、メリーク殿下の考えを御存知なのでしょうか。
 今すぐレリック様に会って、気持ちを聞きたい。

 今にも泣いてしまいそうですが、深呼吸をして気持ちを落ち着けました。

「この国を離れるつもりはありません。それが私の意思です。協会は私の意思を尊重してくださるのですよね。」

 メリーク殿下を真っ直ぐ見つめると、フッと微笑まれました。

「ええ、無理強いは出来ません。冷遇されていない場合、ゆっくり勧誘するつもりでいましたが、急ぎ過ぎてしまいましたね。調査はあと二日ありますので、ゆっくりお考え下さい。」

「そうさせて頂きます。」

 全く考え直すつもりはありませんが、波風を立てても良くありません。
 にっこりと余裕の笑みを作って、冷めた紅茶を口にしたところで、扉をノックする音がしました。

「お時間になりましたので、お迎えに上がりました。」

 扉が開いて、護衛騎士のアルパとルペーイが入室して来ました。
 後ろにはメリーク殿下の護衛の姿も見えます。

 やっと、聞き取り調査が終わるお昼の時間になりました。

「ではメリーク殿下、お先に失礼させていただきます。」

 ソファーから立ち上がって淑女の礼をしてから、ローテブルに置いている箱を手にして、退室しました。

 あと二日もメリーク殿下と二人きりで過ごさなければならないなんて、憂鬱で仕方がありません。

 レリック様に会いたくて、私室へ向かう足取りが無意識に早くなってしまいました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

なんでそんなに婚約者が嫌いなのかと問われた殿下が、婚約者である私にわざわざ理由を聞きに来たんですけど。

下菊みこと
恋愛
侍従くんの一言でさくっと全部解決に向かうお話。 ご都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...