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84.目覚め

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 立ったまま寝落ちなんて、私史上、初です。
 自分自身に驚きましたが、目覚めて更に驚きました。

「クリス副団!?」

 私を抱き上げていたのは、レリック様ではありません。
 何故こんな状況に!?

「あの、レリック様はどちらに?」

 辺りを見回すと、そこはカロン伯爵邸の屋外ではありません。
 石造りの薄暗い通路が続いて、ランプが一定間隔に設置されています。

 王宮の地下道でしょうか?
 空気が、ひんやりとしています。
 
 それにしても、何故クリス副団に抱き上げられているのでしょう。
 しかも、騎士服ではありません。
 物語の王子様のような、キラキラしい正装姿です。

 ああ!これはきっと夢に違いありません。
 夢の最中に夢と気付く時が、ごくたまにあります。
 きっとソレです。
 だから色々と、おかしいのです。

「クリス副団が、そんな格好をしているのも、夢だからですね。」

 おかしくて笑ってしまいましたが、クリス副団は真剣な表情です。
 あら?

「セシル嬢、落ち着いて聞いて下さい。混乱するのも分かりますが、これは現実です。レリック団長は何者かに奇襲され、誘拐されました。丁度、セシル嬢が眠った後です。」

「え!?」

 眠った私を抱き上げた、一瞬の隙を突かれたそうです。
 犯人はどうやって、レリック様の行動を把握出来たのでしょう。

 夜会の見張り任務は、主催者に知らせず行われています。
 それに、今回は緊急事態でした。
 外部の人間が、レリック様の行動を把握するのは無理でしょう。
 だとしたら、内部犯?

 考え事で無言になっていると、クリス副団が、今に至る経緯を話して下さいました。

「私が騎士棟へ戻ろうとした際、奇襲現場に遭遇しました。本日の私は、実家の夜会に参加していた為、このような格好で、多勢には敵わず、レリック団長は、セシル嬢に手を出さないなら抵抗しないと主張して、誘拐に応じました。私は、レリック団長からセシル嬢を託され、仲間に報告するしか出来ませんでした。申し訳ございません。」

 クリス副団は謝罪してくださいましたが、悪いのは誘拐犯です。

「そんな、私こそ。そんな状況で眠り続けていたなんて、信じられません。」

 何か盛られたのかと不安になる位です。
 でも、食後の紅茶以外、何も口にしていません。

 それよりも、私を守る為に抵抗せず、誘拐されたレリック様が心配です。
 おそらく直ぐに命を奪われはしないでしょう。
 でも、酷い仕打ちをされるかもしれません。
 早く助けなくては。

「セシル嬢、心配には及びません。」
「どういう事ですか?」

 クリス副団は私を抱えたまま、通路の角を曲がりました。
 曲がった先は、通路よりも広い空間になっていますが、行き止まりです。
 突き当りは部屋。もしくは、どこかに繋がっているのでしょう。
 扉があります。
 
 クリス副団に扉へと運ばれました。
 もう歩けますのに、なかなか下ろしてもらえません。
 
「奇襲した犯人は、この部屋にレリック団長を閉じ込めたようです。私の報告を受けて、黒騎士団が直ぐに犯人を追った為、この場所が分かりました。犯人のアジトはこの上で、既に部下達が犯人捕縛に動いています。」

「では、この扉の向こうにレリック様がいるのですね。」
 
「その通りです。犯人を捕縛したら、部下が鍵を持ってくる手筈になっています。しかし、まだ時間が掛かりそうです。セシル嬢が目覚めさえすれば、開けて頂けるのではと思いまして、このままお連れしました。お疲れなのに、申し訳ございません。」

「いえ、私こそ。叩き起こしてくださっても良かったのに、重かったでしょう。ご免なさい。」

 やっと、クリス副団に下ろして貰いました。

「それで、いかがでしょう。」

 クリス副団に言われて、扉のノブを見つめました。
 とても特殊な鍵です。
 私には問題ありませんが、余程レリック様を逃したくないのでしょう。

「解錠出来ます。」

 ノブに触れると、カチッと音がして、解錠出来ました。
 思ったより重量のある扉を開けて、中へ入ります。

「レリック……」

 また、頑丈な鍵付きの扉が現れました。
 かなり厳重です。
 絶対に逃がさないという気持ちが伝わって来るようです。

 気持ちならば、私も負けません。
 難なく解錠して、逸る気持ちで重い扉を開けました。

「レリ……」

 またまた扉です。
 こんなに厳重にされて、レリック様は拷問でもされているのではないでしょうか?
 段々不安になってきました。

 何枚扉があろうと、解錠して絶対にレリック様を助けますから、どうか無事でいて。
 祈るような気持ちで扉を開けました。

「レリック様!」

 入室して見えた景色に、ゾッとしました。
 後退りする私を阻止するように、クリス副団が背後から、私の両肩に手を置きました。

「セシル嬢、レリック団長はきっと、あの中です。」

 クリス副団が指差した先には、直径五メートル位の大きな陣と、その中心には、亀裂の入った箱(長さ一メートル、幅と高さが五十センチ位)が置かれてあります。

 箱の側面には、沢山の複雑そうな陣が描かれていました。

 長身のレリック様を入れるには、小さい箱ですが、特殊な陣が描かれているので、入ると言われれば、入るのかもしれません。

  陣は秘匿されていますから、犯人は青騎士団の者。となってしまいますが、そんな筈はないと確信できます。

「クリス副団、正気ですか?」

 どう見ても、あの箱は、レリック様から聞いていた魔王を封印している箱で、この部屋はそれを安置する為の部屋で間違いありません。

 どうりで鍵が特殊で、この部屋に辿り着くまで、何枚もの頑丈な扉があったわけです。

 レリック様が最も懸念していた、開けてはならない扉を開けてしまいました。
 解錠したら、私は鍵を元には戻せません。
 何て事をしてしまったのでしょう。

 思わずその場に、へたりこんでしまいました。

 クリス副団の意図は分かりませんが、私は騙されてここに誘導されたようです。
 一体、どうやってレリック様と離されてしまったのでしょう。
 レリック様が誘拐された話は、本当なのでしょうか?

 床に座ったままの私に構わず、クリス副団は箱の方へと歩いて行きます。

「っ!!」

 声をあげそうになって、咄嗟に手で口を覆いました。
 いつから?もしかして、私が目覚めた時から?それとも、もっと前から?
 今の今まで気付かなかった事に、後悔が押し寄せます。

 後頭部に錠前が出現していたなんて!

 クリス副団の様子がおかしいのも、納得です。
 直ぐに、クリス副団の魔を吸引しなくては。
 でも、箱はレリック様が管理しているので、手元にはありません。

 そうです、睡眠の陣。

 クリス副団が前を向いている今の間に、陣を張り付けて、眠って貰うしかありません。
 ポーチの中に手を伸ばして、絶望しました。

 ある筈の陣が、一枚もありません。
 こんな時は、一人で何とかしようと無理してはいけません。
 誰か助けを………え!?無い!?

 左手首に着けていた腕輪がありません。
 もしかして、クリス副団に外されてしまった?
 ハンカチと鈴も盗られたのでしょうか?
 サイドポケットに手を入れました。

 良かった、二つともあります。
 ただ、この場所を知らせようにもペンがありません。
 でも、レリック様が無事なら、何かしら反応して下さる筈です。

 クリス副団が前を向いている間に、転送陣を刺繍したハンカチをサイドポケットから出して、床に広げました。

 髪の毛を結んでいたリボンをほどいて、ハンカチの中心に置くと、聞こえないように注意しながら、指で二回、ハンカチをノックします。

 リボンが消えたのを確認して、素早くハンカチをポケットにしまいました。

 クリス副団は、まだ陣に向かって歩いています。
 出入口の扉は、クリス副団の進行方向とは逆方向にあります。
 私の方が扉に近いので、今のうちです。

 クリス副団に気づかれないように、そっと立ち上がって、背を向けて、扉に向かって全力で走りました。
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