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46.散歩(クリス副団視点)
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私はクリス。
カロン伯爵家の次男で、王国騎士団の戦闘部隊である赤騎士団に所属している。
二十五歳の現在、副団長としてレリック団長の補佐をしている。
毎朝九時十分頃。
我々赤騎士団は広間で朝礼をする。
連絡、相談、報告をして、皆で情報を共有する為だ。
レリック団長が広間に来ない場合、朝礼が腕輪でのやり取りになる。
その場合、副団長の私が団員の報告を聞き、代表してレリック団長に腕輪で報告をする。
どうやら今日、レリック団長は広間には来ないらしい。
私の腕輪に連絡が来た。
「クリス副団、レリックだ。皆に頼みがある。今日からセシルの散歩に付き合って貰いたい。手の空いている者でいい。十時に訓練場へ集合してくれ。どうぞ。」
「レリック団長、クリスです。セシル嬢の散歩の件、了解しました。部下からは、特に大きな問題はないと報告を受けています。あと、レリック団長のサインが必要な書類が溜まっています。以上。」
私はレリック団長からの要件を団員に伝えた。
「セシル嬢の散歩に我々を招集するとはどういう事だ?」
第三部隊長、レイドが腕を組んで呟いた。
それに答えたのは第一部隊長、カマインだ。
「手が空いている者で良いなら、任意だろう。女性と散歩なんて息抜きみたいなもんだ。行ってみよう。」
レイドとカマインは訓練場に行くようだ。
確かに、むさくるしい男ばかりの職場で、美しいセシル嬢と散歩なんて、ご褒美でしかない。
暇ではないが興味もあって、私も訓練場へと足を運んだ。
訓練場に向かった団員は三十名程。
全体の三割程度だった。
セシル嬢を気に入っているレリック団長が、ただ我々を散歩に付き合わせるだけで終わる筈がない。
団員達の多くは警戒し、建物内から訓練場を観察すると決めたらしい。
十時頃、訓練場に整列した我々は、レリック団長とセシル嬢が散歩?している姿に唖然とした。
レリック団長は普通に歩いている。
しかし、レリック団長の普通は、セシル嬢の普通に比べて歩幅が大きく、歩くスピードも速い。
セシル嬢がレリック団長に付いて行くには、早歩き、いや、小走りしなければならない。
セシル嬢は必死に付いて行こうとするが、距離は開く一方だった。
大きく距離が開くと、レリック団長は立ち止まって、セシル嬢が追い付くのを待つ。
セシル嬢が追い付くと、レリック団長は再び自分のペースで歩きだす。
結果、セシル嬢は再び小走りをする羽目になる。
女性に歩幅と歩くスピードを合わせる。
それが紳士としての常識だ。
レリック団長の行動は、誰が見ても紳士として非常識だった。
何か考えがあるのだろうが、説明が無い為、理解不能だった。
「散歩ではなく、拷問の間違いでは?」
私の隣に立っていたカマインの呟きに、全員がそう感じていたのだろう。
皆、頷いていた。
小走りを続けていたセシル嬢は可哀想に、とうとう息切れして、その場に座り込んでしまった。
セシル嬢に駆け寄ったレリック団長は、物凄く心配そうにセシル嬢の背中を撫でている。
そんなに心配するなら、置いて行かなければ良いのに。
そう思いながら見つめていると、レリック団長が我々に顔を向けた。
「騎士団と森を歩ける体力をつけたいと本人が希望している。しかし、現状はこの通りだ。休憩を挟みながら散歩を続けていれば、少しずつ体力もつくだろう。手の空いている者でいい。交代しながらセシルの散歩に付き合ってくれ。」
「「「ハッ!」」」
なるほど、散歩と聞いていたが、森で騎士と歩く訓練をしていたのか。
現段階の予定としては、赤騎士団と青騎士団が先に魔王領の森へ転移し、魔物を討伐しながら魔溜まりの中心を目指す。
魔溜まりの中心付近に到着したら、青騎士団が転移陣を描き、セシル嬢を転移させ、魔の吸引に専念して貰う。
従って、今のところ、セシル嬢が森を歩く必要は無い。
だが、計画通り行くとも限らない。
もし、初めから森を歩かせなければならない状況になったら、体力の無いセシル嬢に合わせて進まなければならない。
そうなれば、いつまで経っても先へは進めない。
レリック団長とセシル嬢は、それを想定しているのだろう。
セシル嬢は数分で息切れしている。
交代も直ぐだろうから、手の空いた者が付き合うには丁度良いだろう。
レリック団長に連れられて、近くのベンチで暫く休んでいたセシル嬢が、再び歩く意欲を見せたので、私が名乗り出た。
「セシル嬢、レリック団長は書類仕事が溜まっていますので、次は私、クリスが付き合わせて頂きます。」
「よろしくお願いします、クリス副団。」
この散歩は、セシル嬢に歩幅もスピードも合わせてはならない。
私はいつも通りのペースで歩き始めた。
セシル嬢はどんどん遅れて、追い付こうと小走りしている。
普通、こんな仕打ちを令嬢にしようものなら、非常識だと罵られるだろう。
私の妹なら、例え自分から望んで始めたとしても、こんな筈では無いとか、酷いだの何だのと文句を言うに違いない。
しかし、セシル嬢は文句一つ言わず、必死に私を追いかけ続けている。
数メートル離れると、セシル嬢を待って、彼女が私に追い付くと、また歩く。
そして数分後、セシル嬢は息切れして踞った。
ああ、胸が痛い。令嬢にこんな仕打ち、辛すぎる。
何が散歩だ。レリック団長はこれを繰り返すのが辛いから、我々にもやらせようと思ったのではないか?
「ベンチで休憩しましょう。」
「すみま……せん、有り難う……ございます。」
汗一つかいていない私に比べて、セシル嬢の額から首筋にかけて、汗が流れ、呼吸は荒く、体力の消耗は明らかだった。
ベンチへ連れて行こうと、セシル嬢の華奢な手を取り、細い腰を支えた。
その時、微かに花のような甘い香りがした。
髪に香油でも付けているのだろうか……。
私は香水のような人工的な香りが苦手なのに、セシル嬢の香りが、やけに心地よく感じるのはどうしてだろう。
苦しそうに呼吸をするセシル嬢の隣に座って、ただ落ち着くのを待つしか出来ない時間に、そんなことを思っていた。
暫く休んで呼吸が整うと、セシル嬢は再び歩こうとする。
まだ初日だというのに、焦っているように見えて心配だ。
「次は俺、カマインが付き合います。」
「よろしくお願いします、カマイン。」
セシル嬢が休憩して、再開する意欲を見せたタイミングで、団員が交代し、散歩に付き合った。
一時間くらい経っただろうか。セシル嬢の足が辛そうに見える。
そろそろ止めさせるべきだろうと思った時、セシル嬢が転びそうになった。
一緒に散歩していた者や、その場にいる全員が、咄嗟に駆け寄ろうとした。
駄目だ、間に合わない!
「「「!!」」」
レリック団長がセシル嬢を支えていた。
レリック団長は私と交代した時、仕事の為に騎士棟へ戻っていた。
その後、いつからかは知らないが、加護で存在を消して、セシル嬢についていたらしい。
「セシルが転んで怪我をしては意味がない。次からは二人体制で頼む。」
「「「ハッ!」」」
全員、それが良いだろうと実感していた。
「皆さん、お付き合い頂いて有り難うございます。明日もまた、よろしくお願いいたします。」
レリック団長に抱き上げられたセシル嬢が、恥ずかしそうにしながら、我々に礼を伝えてくれた。
令嬢には絶対しない仕打ちに心は痛む。が、任務の為にセシル嬢が望むのならば、付き合おう。
そんな思いで、全員が敬礼して答えた。
「あ~あ、最後は王子がかっさらうのか。でも、ふらつくセシル嬢の腰を抱けるのは役得だったな。なんか、良い匂いしたし。」
カマインの言葉に全員が激しく同意していた。
明日からセシル嬢の散歩に付き合う希望者が殺到するのは間違いない。
私もそのうちの一人になるのだろう。
カロン伯爵家の次男で、王国騎士団の戦闘部隊である赤騎士団に所属している。
二十五歳の現在、副団長としてレリック団長の補佐をしている。
毎朝九時十分頃。
我々赤騎士団は広間で朝礼をする。
連絡、相談、報告をして、皆で情報を共有する為だ。
レリック団長が広間に来ない場合、朝礼が腕輪でのやり取りになる。
その場合、副団長の私が団員の報告を聞き、代表してレリック団長に腕輪で報告をする。
どうやら今日、レリック団長は広間には来ないらしい。
私の腕輪に連絡が来た。
「クリス副団、レリックだ。皆に頼みがある。今日からセシルの散歩に付き合って貰いたい。手の空いている者でいい。十時に訓練場へ集合してくれ。どうぞ。」
「レリック団長、クリスです。セシル嬢の散歩の件、了解しました。部下からは、特に大きな問題はないと報告を受けています。あと、レリック団長のサインが必要な書類が溜まっています。以上。」
私はレリック団長からの要件を団員に伝えた。
「セシル嬢の散歩に我々を招集するとはどういう事だ?」
第三部隊長、レイドが腕を組んで呟いた。
それに答えたのは第一部隊長、カマインだ。
「手が空いている者で良いなら、任意だろう。女性と散歩なんて息抜きみたいなもんだ。行ってみよう。」
レイドとカマインは訓練場に行くようだ。
確かに、むさくるしい男ばかりの職場で、美しいセシル嬢と散歩なんて、ご褒美でしかない。
暇ではないが興味もあって、私も訓練場へと足を運んだ。
訓練場に向かった団員は三十名程。
全体の三割程度だった。
セシル嬢を気に入っているレリック団長が、ただ我々を散歩に付き合わせるだけで終わる筈がない。
団員達の多くは警戒し、建物内から訓練場を観察すると決めたらしい。
十時頃、訓練場に整列した我々は、レリック団長とセシル嬢が散歩?している姿に唖然とした。
レリック団長は普通に歩いている。
しかし、レリック団長の普通は、セシル嬢の普通に比べて歩幅が大きく、歩くスピードも速い。
セシル嬢がレリック団長に付いて行くには、早歩き、いや、小走りしなければならない。
セシル嬢は必死に付いて行こうとするが、距離は開く一方だった。
大きく距離が開くと、レリック団長は立ち止まって、セシル嬢が追い付くのを待つ。
セシル嬢が追い付くと、レリック団長は再び自分のペースで歩きだす。
結果、セシル嬢は再び小走りをする羽目になる。
女性に歩幅と歩くスピードを合わせる。
それが紳士としての常識だ。
レリック団長の行動は、誰が見ても紳士として非常識だった。
何か考えがあるのだろうが、説明が無い為、理解不能だった。
「散歩ではなく、拷問の間違いでは?」
私の隣に立っていたカマインの呟きに、全員がそう感じていたのだろう。
皆、頷いていた。
小走りを続けていたセシル嬢は可哀想に、とうとう息切れして、その場に座り込んでしまった。
セシル嬢に駆け寄ったレリック団長は、物凄く心配そうにセシル嬢の背中を撫でている。
そんなに心配するなら、置いて行かなければ良いのに。
そう思いながら見つめていると、レリック団長が我々に顔を向けた。
「騎士団と森を歩ける体力をつけたいと本人が希望している。しかし、現状はこの通りだ。休憩を挟みながら散歩を続けていれば、少しずつ体力もつくだろう。手の空いている者でいい。交代しながらセシルの散歩に付き合ってくれ。」
「「「ハッ!」」」
なるほど、散歩と聞いていたが、森で騎士と歩く訓練をしていたのか。
現段階の予定としては、赤騎士団と青騎士団が先に魔王領の森へ転移し、魔物を討伐しながら魔溜まりの中心を目指す。
魔溜まりの中心付近に到着したら、青騎士団が転移陣を描き、セシル嬢を転移させ、魔の吸引に専念して貰う。
従って、今のところ、セシル嬢が森を歩く必要は無い。
だが、計画通り行くとも限らない。
もし、初めから森を歩かせなければならない状況になったら、体力の無いセシル嬢に合わせて進まなければならない。
そうなれば、いつまで経っても先へは進めない。
レリック団長とセシル嬢は、それを想定しているのだろう。
セシル嬢は数分で息切れしている。
交代も直ぐだろうから、手の空いた者が付き合うには丁度良いだろう。
レリック団長に連れられて、近くのベンチで暫く休んでいたセシル嬢が、再び歩く意欲を見せたので、私が名乗り出た。
「セシル嬢、レリック団長は書類仕事が溜まっていますので、次は私、クリスが付き合わせて頂きます。」
「よろしくお願いします、クリス副団。」
この散歩は、セシル嬢に歩幅もスピードも合わせてはならない。
私はいつも通りのペースで歩き始めた。
セシル嬢はどんどん遅れて、追い付こうと小走りしている。
普通、こんな仕打ちを令嬢にしようものなら、非常識だと罵られるだろう。
私の妹なら、例え自分から望んで始めたとしても、こんな筈では無いとか、酷いだの何だのと文句を言うに違いない。
しかし、セシル嬢は文句一つ言わず、必死に私を追いかけ続けている。
数メートル離れると、セシル嬢を待って、彼女が私に追い付くと、また歩く。
そして数分後、セシル嬢は息切れして踞った。
ああ、胸が痛い。令嬢にこんな仕打ち、辛すぎる。
何が散歩だ。レリック団長はこれを繰り返すのが辛いから、我々にもやらせようと思ったのではないか?
「ベンチで休憩しましょう。」
「すみま……せん、有り難う……ございます。」
汗一つかいていない私に比べて、セシル嬢の額から首筋にかけて、汗が流れ、呼吸は荒く、体力の消耗は明らかだった。
ベンチへ連れて行こうと、セシル嬢の華奢な手を取り、細い腰を支えた。
その時、微かに花のような甘い香りがした。
髪に香油でも付けているのだろうか……。
私は香水のような人工的な香りが苦手なのに、セシル嬢の香りが、やけに心地よく感じるのはどうしてだろう。
苦しそうに呼吸をするセシル嬢の隣に座って、ただ落ち着くのを待つしか出来ない時間に、そんなことを思っていた。
暫く休んで呼吸が整うと、セシル嬢は再び歩こうとする。
まだ初日だというのに、焦っているように見えて心配だ。
「次は俺、カマインが付き合います。」
「よろしくお願いします、カマイン。」
セシル嬢が休憩して、再開する意欲を見せたタイミングで、団員が交代し、散歩に付き合った。
一時間くらい経っただろうか。セシル嬢の足が辛そうに見える。
そろそろ止めさせるべきだろうと思った時、セシル嬢が転びそうになった。
一緒に散歩していた者や、その場にいる全員が、咄嗟に駆け寄ろうとした。
駄目だ、間に合わない!
「「「!!」」」
レリック団長がセシル嬢を支えていた。
レリック団長は私と交代した時、仕事の為に騎士棟へ戻っていた。
その後、いつからかは知らないが、加護で存在を消して、セシル嬢についていたらしい。
「セシルが転んで怪我をしては意味がない。次からは二人体制で頼む。」
「「「ハッ!」」」
全員、それが良いだろうと実感していた。
「皆さん、お付き合い頂いて有り難うございます。明日もまた、よろしくお願いいたします。」
レリック団長に抱き上げられたセシル嬢が、恥ずかしそうにしながら、我々に礼を伝えてくれた。
令嬢には絶対しない仕打ちに心は痛む。が、任務の為にセシル嬢が望むのならば、付き合おう。
そんな思いで、全員が敬礼して答えた。
「あ~あ、最後は王子がかっさらうのか。でも、ふらつくセシル嬢の腰を抱けるのは役得だったな。なんか、良い匂いしたし。」
カマインの言葉に全員が激しく同意していた。
明日からセシル嬢の散歩に付き合う希望者が殺到するのは間違いない。
私もそのうちの一人になるのだろう。
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