19 / 19
風に揺れる紫草、全ては夏の幻影。
18
しおりを挟む
「…ら、あ…ら、玲!」
何度も自分の名前を呼ぶ声に玲は固く閉ざしていた瞼を開いた。
「…とう、さん?」
「玲、大丈夫か?」
視界に飛び込んできたのは自分を心配そうに見下ろす父親の顔だった。
「あぁ…、よかった…」
目を開き、声を発した玲に父親は安堵したように彼の手を握ったまま、ベッドに顔を埋める。そこで初めて玲は自分が寝かされているのが、自宅の自分の部屋ではないことに気付いた。
白い天井に壁。保健室で見るようなカーテンレールが天井に張られ、そこから吊るされたカーテンが玲の寝るベッドと父親を囲んでいる。消毒の匂いと、自分たち以外の大勢の人の気配に、ここが病院である事に気付く。
「父さん、一体…」
ここが病院である事は分かったが、何故そんな事態になっているのかがわからず、安堵に力が抜けたようになっている父親に困惑気味に声を掛けた。
「…覚えてないのか?お前、母さんの墓の前で倒れていたんだぞ」
「母さんの、墓…」
父親の言葉に思い当たる節がなくて、玲は首を傾げた。
「覚えてないなら、それでもいい。ただ、お前が目覚めてくれただけで、俺は十分だ」
そう言って、小さな子供にするように父親は玲の頭をガシガシと手荒く撫でてきた。そんな父の行動に、相当心配をかけたようだと、玲はされるがままに撫でられていた。
—後日―
改めて話を聞いたところによると、玲は母親の墓の前で倒れていたのだという。
倒れていたのを見つけたのは寺の住職で、声を掛けても反応のない玲の様子に救急車を呼び、父親に連絡してくれたのも彼だったそうだ。
心配した父親には何があったのかをしつこく聞かれたが、玲は覚えていない、と言い張った。
あの体験を話したところで信じもらえるとも思えなかったし、結局のところアレが本当に起きたことなんか、或いは倒れている間に見た夢だったのか、玲にはわからなかったのだ。
ただ、倒れていた玲の格好はボロボロで山の中、ずっと獣道を歩いていてもここまではならないだろうという程、泥や草木の葉や汁で汚れていたらしい。
らしいと言うのは、倒れてるのを発見されてから、二日の間目を覚まさなかったからだ。
湿気を帯びた熱い風が玲の頬を撫で、髪を揺らしていく。
窓から見える景色は、見慣れたいつもの風景。
開けたままの窓からは夏特有の熱を孕んだ風が入ってきた。その風に乗って鼻腔をくすぐる花の香り。
すでに季節は過ぎてるはずの甘い香り。
玲の脳裏に、山の中誰に見られることもなく咲き乱れる藤の花がよぎった。
きっとあの場所では季節など関係なく、花は咲き乱れ、散り、そしてまた咲くのだろう。
そして、それを玲が目にすることはない。
いや、あってはいけないのだろうと思った。
あれは夏の暑さの中で見た幻。
むせかえるような香りと熱が見せた白昼夢。
玲は頭を一つ振ると、読みかけだった本へ目を戻した。
何度も自分の名前を呼ぶ声に玲は固く閉ざしていた瞼を開いた。
「…とう、さん?」
「玲、大丈夫か?」
視界に飛び込んできたのは自分を心配そうに見下ろす父親の顔だった。
「あぁ…、よかった…」
目を開き、声を発した玲に父親は安堵したように彼の手を握ったまま、ベッドに顔を埋める。そこで初めて玲は自分が寝かされているのが、自宅の自分の部屋ではないことに気付いた。
白い天井に壁。保健室で見るようなカーテンレールが天井に張られ、そこから吊るされたカーテンが玲の寝るベッドと父親を囲んでいる。消毒の匂いと、自分たち以外の大勢の人の気配に、ここが病院である事に気付く。
「父さん、一体…」
ここが病院である事は分かったが、何故そんな事態になっているのかがわからず、安堵に力が抜けたようになっている父親に困惑気味に声を掛けた。
「…覚えてないのか?お前、母さんの墓の前で倒れていたんだぞ」
「母さんの、墓…」
父親の言葉に思い当たる節がなくて、玲は首を傾げた。
「覚えてないなら、それでもいい。ただ、お前が目覚めてくれただけで、俺は十分だ」
そう言って、小さな子供にするように父親は玲の頭をガシガシと手荒く撫でてきた。そんな父の行動に、相当心配をかけたようだと、玲はされるがままに撫でられていた。
—後日―
改めて話を聞いたところによると、玲は母親の墓の前で倒れていたのだという。
倒れていたのを見つけたのは寺の住職で、声を掛けても反応のない玲の様子に救急車を呼び、父親に連絡してくれたのも彼だったそうだ。
心配した父親には何があったのかをしつこく聞かれたが、玲は覚えていない、と言い張った。
あの体験を話したところで信じもらえるとも思えなかったし、結局のところアレが本当に起きたことなんか、或いは倒れている間に見た夢だったのか、玲にはわからなかったのだ。
ただ、倒れていた玲の格好はボロボロで山の中、ずっと獣道を歩いていてもここまではならないだろうという程、泥や草木の葉や汁で汚れていたらしい。
らしいと言うのは、倒れてるのを発見されてから、二日の間目を覚まさなかったからだ。
湿気を帯びた熱い風が玲の頬を撫で、髪を揺らしていく。
窓から見える景色は、見慣れたいつもの風景。
開けたままの窓からは夏特有の熱を孕んだ風が入ってきた。その風に乗って鼻腔をくすぐる花の香り。
すでに季節は過ぎてるはずの甘い香り。
玲の脳裏に、山の中誰に見られることもなく咲き乱れる藤の花がよぎった。
きっとあの場所では季節など関係なく、花は咲き乱れ、散り、そしてまた咲くのだろう。
そして、それを玲が目にすることはない。
いや、あってはいけないのだろうと思った。
あれは夏の暑さの中で見た幻。
むせかえるような香りと熱が見せた白昼夢。
玲は頭を一つ振ると、読みかけだった本へ目を戻した。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ツギハギドール
広茂実理
ホラー
※グロ系統描写あります。苦手な方はご注意を
憧れてやまない同級生の死――
目の前で大事な友人を失った少女、斉藤初は、希望のない日々を過ごしていた。
彼女の心の拠り所はたった一つ……可愛らしい姿のプリンセスドールで。そのドールは、失われた同級生にそっくりだった。
そんなある日、友人の死に関わった人物が、無残な姿で命を落とす。一見事故かと思われた遺体のそばには、謎のドールが発見され、世間では亡くなった少女の呪いとして騒がれる始末。
命を落として尚も引き合いに出され、侮辱されるのか――我慢がならなかった斉藤初は、独自に事件を調査することを決意するが――
事故か自殺か他殺か。ドールの目撃情報とはいったい。本当に呪いが存在するのか。
ミステリーxサイコxサスペンスxホラーストーリー。
ぐちょべちょラ/惨酷の定義
握夢(グーム)
ホラー
意識が戻った時に記憶が無かった。動けない。目も見えない。
ただいえることは、おれは、……喰われていた!?
なぜこんなことになったのか。―――そしておれは一体何者なんだ!?
15分で読める、ミステリーテイストの強い、怖さ&残酷描写が軽めのライトホラーです。
同窓会
sgru3
ホラー
初めての方もそうでない方も、改めまして「sgru3」です。
今作品「同窓会」は「自己紹介作品」として、数々のサイトにて掲載歴がある作品です。
「いじめ」をテーマとした短編のホラー作品です。
もう15年は内容をほとんど変えていない作品ですが、自己紹介作品として今でも愛用している作品です。
拙い部分も当時のままですが、よければ一読してみてください。
※この作品はフィクションであり、登場する人物名・団体名は全て架空のものです。
怪淫談(カイダン) ~オカルティックエロ短編集~
やなぎ怜
ホラー
身長一八〇センチメートルオーバー、ショートカット、貧乳、中性的な容姿に常にラフなパンツスタイル……。かろうじて無職ではない自称フリーターの菫(すみれ)は男と無縁に生きてきた。それと言うのも夜蜘蛛(やくも)と名乗る“神様”に愛されてしまっているから。そんな菫は夜蜘蛛の愛を利用して霊能力者もどきの仕事をしている。なにせこの世界、道を歩けば“怪異”に当たってしまうくらいなので――。
そんな一人と一柱がエッチしたりしなかったりしつつ、“怪異”を解決したりしなかったりするオカルトエロストーリー。
※色々と習作。主人公orゲストモブ女子がエロい目に遭う話。エロ含めて基本全体的に馬鹿馬鹿しい雰囲気なのでホラー要素はそれほど強くないです。
※現在エピソード3まで掲載(エピソード毎読切型です)。
十三怪談
しんいち
ホラー
自分が収集した実際にあった話になります。同時に執筆している「幽子さんの謎解きレポート」の元ネタになっている話もあります。もしよろしければこちらの方もよろしくお願いいたします。
牡丹は愛を灯していた
石河 翠
ホラー
夫の浮気現場を目撃した主人公。彼女は、動揺のあまりとある化粧品売り場に駆け込んだ。売り場の美容部員は、経済DVにより身なりを整えることもできない彼女にお試しメイクを施す。
気乗りしないまま化粧をされた主人公だが、美容部員とのやり取りから、かつての自分を思い出し始める。そして、自分の幸せのために戦うことを決意するのだった。
ところが夫はなかなか離婚に応じようとしない。疲れはてた彼女は、美容部員から渡されたとあるアロマキャンドルを取り出してみた。疲労回復効果があるというアロマキャンドルに火をともすと、目の前に広がったのは怪談「牡丹灯籠」の世界だった。
彼女は牡丹灯籠を下げ、夫の元へ歩きだす。きっぱりと別れを告げるために。
虐げられていた女性が自分を取り戻し、幸せに向かって歩きだすまでのお話。
扉絵は、貴様二太郎さまのイラストをお借りしています。
この作品は、小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる