紅華

櫻霞 燐紅

文字の大きさ
上 下
6 / 12

5

しおりを挟む
 淋子は日が陰った気がして伏せていた顔を上げた。直後、夏の日差しが彼女の視界を焼く。それに目を細めて、視界が明るさに慣れるのを待った。
 そんな淋子の目の前に一人の子供が立っていた。知らない子供である。おそらく年の頃は五歳から七歳くらいだろうか。
 刺すような日差しの中、遊んでいる子供たちとそう変わらないように見えるのに、淋子の方に向けられた瞳はひどく大人びていた。
 いきなり目の前に現れた子供に淋子が戸惑っていると、その子はついて来いとばかりに淋子の手を握って離さない。そっとその手を振り払おうにも、意外にも強い力で握られていて、離してくれそうにもなかった。
 仕方なく淋子は子供に促されるまま立ち上がる。そんな淋子の手と自分の手を握り直すと、淋子を誘導するように歩き出した。
 淋子も子供に引かれるまま歩くのだった。
 子供は、淋子の手を引いたまま公園を横切り、裏手にある山林へと向かっていく。その歩みに淀みはない。むしろ、淋子の方が気を付けなければ、木の根や段差に足を取られてしまうほどだった。
 そんな淋子の様子に子供は歩調を緩める。
 慣れない山道に淋子の息は上がっていく。だが、それだけが理由ではない汗がその頬を伝い落ちる。暑いからではない。むしろ山林の中は背の高い木々に日差しを遮られていて薄暗く、肌寒いくらいだった。
 子供の向う先を見る。淋子の心臓がドクドクと早鐘を打つ。自分の呼吸がやけに耳につく。
嫌だ…。行きたくない!
 そう思うのに、淋子の足は彼女の意志を無視して、子供の後をついていく。
 どれくらい歩いたのか…。時間の感覚はすでになく、ただ、木々の隙間から差し込む光にわずかではない時間が過ぎていることを知る。すでに、淋子には自分がどこにいるのかさえ分からなくなっていた。どこを見回しても同じような木々がその視界を遮っている。
 おそらく、迷うことなくここから出たいと思うのなら、自分の目の前を行くこの子供についていくしかないのだろう。そうとしか思えなかった。
 さらにしばらく歩いて行くと、目の前に開けた場所が現れた。子供は淋子の手を離すとその場所にしゃがみ込んで、その小さな手で土を掻きだした。
 そんな子供の様子を淋子はどうしていいか分からず、ただその小さな背中を見つめていた。
 そんな淋子を気にする様子もなく、子供は黙々と地面を掘り起こしていく。すぐにその小さく柔らかな手は、腐葉土で真っ黒に染まってしまった。本来なら、淋子も手伝ってやるべきなのだろう。しかし、淋子は子供がいるところに行きたくなかった。淋子の中で何かが警鐘を鳴らす。
 ズキズキと頭が痛む。視界がチカチカする。
 
 コノママ、此処ニ居テハ、イケナイ―。
                                                     
 子供を見つめる淋子の表情が強張る。
 
 ココニ、何ガ埋メラレテイルカ、見テハイケナイ―。
 
 怯えたように淋子は一歩後退した。
 カサっ。
 乾いた音に黙々と地面を掘っていた子供が顔を上げた。自分を見上げてくる子供に、淋子はイヤイヤをするように顔を横に振る。
「お願い…、やめて…」
 カサカサに乾き、色を失くした唇から苦しげな声が漏れる。しかし、子供には聞えなかったのか、彼は不思議そうに首をかしげただけで、また地面を掘り返す作業に戻ってしまった。そんな子供を見下ろしながら、淋子はその場から逃げだそうとした。すでに、迷うかもしれないという思考はどこかへ押しやられていた。ただ、少しでも早くこの場所から離れたかった。
 しかし、まるで金縛りにあったかのように足が動かない。そんな淋子の様子に気付いたのか、子供が淋子の方へ顔を向けた。まるで全てを見透かすかのような静かな瞳が淋子を捕える。しかし、すぐに視線を地面へ戻すと、ただ、ひたすらに作業を続けるのだった。
 何が埋まっているのかを知ってはいけない、見てはいけないと思うのに、淋子は子供の手元から目を離せないでいた。
 息が詰まる。思うように呼吸ができない。視界がチカチカする。ズキズキと頭が痛んだ。
「や、めて…。イヤ…」
 乱れた呼吸で紡がれる淋子の声に、聞こえているであろう子供は振り返ることもなく、ただひたすらに地面を掘り続ける。小さな手に掘り返され、土の中から、泥に汚れた塊が徐々に姿を現した。
 ソレが子供の手の中、ゆっくりと淋子の方を向く。自分の方を見てくるソレと視線が絡み合う。
「イヤーーーーー!!」
しおりを挟む

処理中です...