執着の勇者と贖罪の魔王~赤い瞳は愛欲に燃える~

ツジウチミサト

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4「魔王」と「勇者」

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 勇者が国の外れの森を領地としてから、数年の時が経った。

 勇者によって魔王が倒されて以来、魔物達はなりを潜めていたものの、しばらくすると徐々に数を増やし、再び人々を襲う輩も出てきた。

 魔王が復活したのでは、と噂が囁かれたが、魔王が拠点としていた岩山の洞窟は静かなままだ。
 魔物達は徒党を組んでいるわけではなく、ただ好き勝手に己の欲を満たすため人々を襲っているようだ。

 仕方ないので王は魔物を討伐するための兵を整えつつ、勇者を呼び戻すべく森に使者を派遣した。

 ところが、使者は幾度足を踏み入れても森で迷ってしまい、勇者が住むという屋敷にたどり着けない。そもそも森は魔物の巣窟で、使者が危険な目に遭うこともしばしばだった。

 王はついに勇者を探すことを断念した。
 そして勇者が姿を消した森を、手出しの出来ぬ危険な場所として改めて国民に周知したのだった。







「そうか、それは良かったな」

 ハヴェルの持ち帰ってきた王国の現状を聞いて、イルフィは軽く相槌を打つ。
 すっかり人ごとなのは街で話を聞いてきたハヴェルも同様で、イルフィの用意したパンと干し肉、それから酢漬けの野菜を食べる手をせっせと動かしている。

「森に迷いの術をかけておいて正解だった」
「あの術、魔王の洞窟にもかけてたでしょ。僕散々迷ったんだから」
「そう言いつつ、おまえ自力で解いて私のところまで来ただろう」
「まあね。『勇者』だから」

 そんなに急いで食べなくても、とイルフィは声をかけたが、空腹だったらしいハヴェルは喋りながらももぐもぐと口を止めない。

「万が一、『勇者』の顔を知っている人に出くわすと厄介だからね。街じゃ、ゆっくり腰を落ち着けて食事してる暇もなかったよ」

 森の屋敷で暮らす二人は、まず故郷の人々を弔う墓を造営した。
 焦げた木や煤けた石をそのままにして偲ぶのではなく、鎮魂のためにと二人で新しく墓石を建てたのだ。

 それから耕地や柵を作り、野菜の栽培や家畜の飼育など、生きていくための生業を整えた。自給出来ないものは、ハヴェルが少し離れた街に出かけて購入してくる。田舎なので『勇者』を直に見たことがあるものはおらず、ハヴェルにとって都合が良かった。

 テーブルで食事をするハヴェルの横で、イルフィは肘を突き、組んだ手の上に顎を載せて、ハヴェルをチラチラうかがっている。

 それは子どもを見守る親の眼差しでもあり、しばらく家を空けていた伴侶がやっと帰ってきたのを、愛しく見つめる視線でもあった。

 その熱を帯びた眼差しに、同じく待ち遠しさに駆られていたハヴェルが気づかないはずがない。
 二度とすれ違いが起きないよう、気持ちは素直に伝えることが二人の間の取り決めとなっている。

「ごちそうさま。……ねえイルフィ、出かけてる間、寂しかった?」
「ああ。無事に帰ってきてくれて嬉しい」
「うん、僕も。イルフィがちゃんと家にいてくれて嬉しい」

 今でもハヴェルは、彼の『捨てられた』傷跡を時折見せてくる。
 それはイルフィを責めているというより、もうどこにもいかないと確認したいからだ。

 だからイルフィは繰り返し伝え続ける。
 私の居場所はおまえの傍で、おまえが帰ってくる場所に私は必ずいるのだと。

「……イルフィが、欲しいな」

 太股を意味ありげに撫でながら、ハヴェルが全く誤解する余地のない誘い文句を寄越してくる。
 姿も思考も大人であるハヴェルだが、イルフィに甘える時だけは昔のままだ。
 『勇者』であった頃の精悍さよりは、生来の穏やかで優しい表情を見ることの方が今は多い。

 だがオスとしての色香はますます濃くなるばかりで、ハヴェルに愛される悦びを素直に受け入れるようになったイルフィにとって、彼に使われる色目は抗えない魅力に満ちている。

「……疲れていないのか?」

 案じる言葉を口にしつつも、イルフィの体は既にハヴェルの腕の中だ。

「イルフィに優しくしてもらえない方が辛いよ」

 顎を上向かされるのと同時に、腰に回った手が尻の丸みを撫でる。
 それだけで腹の奥が疼いてしまうことを、イルフィは口づけに載せて素直に伝えた。
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