執着の勇者と贖罪の魔王~赤い瞳は愛欲に燃える~

ツジウチミサト

文字の大きさ
上 下
7 / 16
2「故郷」と「業火」

7

しおりを挟む
「……王は、何か言っていたのか?」

 何を、の部分を省略してもハヴェルには理解出来たらしい。鼻先で嘲笑ったのは、明らかに王に対してだ。

「全然、何も。多分ね、本当に『魔物を討伐した』としか思ってないんだよ。ここに住んでた僕達が人間だったなんて、夢にも思っていないんだ」

 どす黒い怒りと憎悪が胸に膨れ上がる。魔物の証である赤い瞳が感情の高ぶりを映して爛々と燃えるものの、やはり封じられた魔力は戻ってこない。

「……復讐をやめさせたおまえを恨むぞ、ハヴェル」

 だろうね、と答えたハヴェルを、イルフィは複雑な気持ちで見つめていた。





 王の軍隊は村を見つけると、そこに住む人々が同じ人間の形をしているのにも関わらず、躊躇なく村に火を付けた。魔物の森に住む者が人間であるはずがない。恐らくそれが彼らの言い分だろう。

 村は阿鼻叫喚の様相を呈した。

 火を消そうとした者は村の中に攻め入ってきた兵士に殺され、村の外へ逃げようとした者も外で待ち構えていた兵士に殺された。農具を手に取って兵士に抵抗しようとした者は当然殺され、抵抗出来ずに家の中に押し込まれた者は火に巻かれて焼け死んだ。

 イルフィはハヴェルと二人で屋敷の地下室に逃げ込んだ。
 両親はイルフィ達を隠すためにわざと兵士に見つかり、生きたまま火をつけられた。
 ハヴェルを抱えて隠れていたイルフィは、断末魔をあげる両親を見殺しにせざるを得なかった。これがイルフィの一つ目の決断だ。

 地下室は火の手こそまぬがれたが、高音の蒸し器に放り込まれたかのようで、生き長らえることなど到底出来そうになかった。腕の中のハヴェルが熱さで徐々に弱っていくのを見て、極限状態となったイルフィは彼を助けるために二つ目の決断を下した。

 村で最大の禁忌とされていた、魔力の解放である。

 イルフィは黒髪が多い半魔の村人達の中にあって、魔物に近い銀髪と強力な魔力をもって生まれてきた。先祖返りだと村人達は危ぶみ、人間として暮らせるよう厳重に魔力の封印が施されていたのだが、それを自ら破ったのだ。

 人であることを捨て、先祖の力を得たイルフィの尽力により、地下室は二人が安全に耐えられるほどの温度に保たれた。そして炎が村を焼き尽くす間、二人の命を辛くも守り抜くことが出来たのだ。





「地下室から出た後、村には炭と死体以外何も残っていなかった。僕は泣くことも出来ず、僕を抱き締めたイルフィの目はどんどん赤く染まっていったよね」

 腰掛けたベンチの黒ずみに指を這わせながら、ハヴェルがぽつりと呟く。

「でも僕は、イルフィを魔物だと怖がったりしなかった。イルフィのおかげで、僕達だけは助かったんだ。だから、絶対に二人離れないで生きていこうと思った。……なのに、イルフィは僕を捨てた。遠くの町に僕を連れていって、置き去りにしたんだ」

 違う。イルフィは心の中で否定する。
 私がおまえを捨てたんじゃない。おまえから私を捨てさせたんだ。
 魔物と化した私に出来る唯一のこと――村を滅ぼした王国への復讐に、人間のままのおまえを巻き込まないために。

(……そしていつかおまえが、魔物となった私を恐れるかもしれないと……怯えたから)
 
 いったい、彼はこの十数年をどのように歩んできたのだろう。

 人間として幸せになってほしいと、比較的平穏で孤児でも面倒をみてもらえるような町に連れていき、孤児院も兼ねているその教会の前で彼と別れた。
 力が上下関係の全てを決める魔物の世界に身を投じ、先祖から受け継いだ魔力を恃みにのし上がっていく間も、あの子の幸せをずっと祈っていたのだ。

 だがハヴェルは、自分の願いとは裏腹に戦う道を選んでいた。魔物を倒して名を揚げて、『勇者』と呼ばれるまでに上りつめた。

 だが結局、魔物として国に復讐するという願いも、普通の人間としてハヴェルに生きていってほしいという願いも、他ならぬ彼自身に潰されてしまった。
 なんという皮肉だろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※現在、加筆修正中です。投稿当日と比較して内容に改変がありますが、ご了承ください。

魔王のペットの嫁

よしゆき
BL
異世界に召喚された不憫受けが魔王のペットの嫁にされる話。 攻めが人外です。 攻めは言葉を話しません。 攻めは人の姿ではなく、人の姿になりません。

色狂い×真面目×××

135
BL
色狂いと名高いイケメン×王太子と婚約を解消した真面目青年 ニコニコニコニコニコとしているお話です。むずかしいことは考えずどうぞ。

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

神殿に現れた触手!

ミクリ21 (新)
BL
神殿に現れた触手の話。

禁断の祈祷室

土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。 アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。 それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。 救済のために神は神官を抱くのか。 それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。 神×神官の許された神秘的な夜の話。 ※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

【完結】討伐される魔王に転生したので世界平和を目指したら、勇者に溺愛されました

じゅん
BL
 人間領に進撃許可を出そうとしていた美しき魔王は、突如、前世の記憶を思い出す。 「ここ、RPGゲームの世界じゃん! しかもぼく、勇者に倒されて死んじゃうんですけど!」  ぼくは前世では病弱で、18歳で死んでしまった。今度こそ長生きしたい!  勇者に討たれないためには「人と魔族が争わない平和な世の中にすればいい」と、魔王になったぼくは考えて、勇者に協力してもらうことにした。本来は天敵だけど、勇者は魔族だからって差別しない人格者だ。  勇者に誠意を試されるものの、信頼を得ることに成功!   世界平和を進めていくうちに、だんだん勇者との距離が近くなり――。 ※注: R15の回には、小見出しに☆、 R18の回には、小見出しに★をつけています。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

処理中です...