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第九夜

第54話 二次会

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 もう聞いたかもしれないが──と前置きして、景一はゆっくりと語りはじめた。
 一花の両親が彼女の知るふたりでないこと、本来の両親はいま行方知れずであること、この十数年間その真相についてずっと探っていたこと──。語るあいだ彼の左手はずっと一花の右手を握っていた。ひとしきり泣いたあとゆえ、ふたりとも目が赤い。
 聞かされた話はすべて、いま初めて知った真実であった。
 だがそこに驚きはあれどショックはなかった。それほど一花にとって親という存在が希薄であったにほかならない。景一は、夢を見るようなおだやかな表情で天井を見上げた。
「ところで私は、キミの親父と大親友だった。そこに浅利博臣も含めたら仲良し幼馴染として、けっこう有名だったんだぜ」
「和尚? 和尚も知ってたの? あたしの親があの人たちじゃないってこと──」
「知っていたとも。キミが三歳くらいまでは、本当の両親とともに宝泉寺に行って、よく遊んでいたんだからな」
「エ? あたし、三歳で宝泉寺に行ったことがあったの?」
「そうだよ。だからキミはあの子──将臣とも面識があったんだよ。ホントはね。でも、キミはある時を境にむかしの記憶をなくしてしまった。それはキミの両親の失踪と関係があるのだろうが、私はその真相にいまだたどり着けていない」
「────」
「いや、その話はまた別の機会にしよう。この十数年、私はとにかくキミと──イッカと思い出を語り合いたかったんだ。まあイッカは覚えていないだろうがね」
「……ずるいわ」
 一花がうつむく。
「あたしなんにも覚えてないのに」
「うん。だから俺──私が知る限りの思い出を話すよ。いまはまだちょっぴり腹が痛エから、これから少しずつ」
「ほんとう? もう、どこか遠くに行かない? だってずっと日本にいなかったじゃない」
「もう行かないよ。そもそも俺が日本に戻ろうと決意したのは、うちの身内から『イッカが限界だ』って連絡を受けたからなんだぜ。そっから急いで帰国の準備をして──結果的に三年かかっちまったわけだけど」
「限界? あたしが?」
「キミが中学に入学してすぐの頃。幾度も家出をしたんだろ? あの古賀のふたりがイヤでさ」
 といってわらう景一に、一花は目を見開いた。
「エッ。なんでそんなこと知ってるのオ」
「キミのことを見守る人間が、意外とたくさんいるってことさ。俺はイッカのために──キミの両親の居所、せめて生死だけでもたしかめてやろうと思って始めたことだったけど、その報せを聞いて目が覚めた。反省したんだ。イッカをひとりぼっちにしていったい何をしてたんだと」
「…………」
「だからもう、離れない」
「ど」
 どうして、とつぶやいた一花の頬がほんのりと朱く染まる。
「そんなにあたしを大事にしてくれるの? 親じゃ、ないのに」
「フフフ。生まれてきたキミをいの一番に抱っこしたのが俺だぜ。親みたいなもんだろう」
「ええェ。ほんとオ⁉」
「ホントホント。お前の親父には散々泣かれたけどな」
「アハッ……アハハ」
「だいすきだった。キミの親父も、お母さんも。もちろんイッカのことも──」
 景一は瞳を細めてわらった。

「大きくなったなあ、イッカ。キミのお母さんにそっくりな別嬪さんになった」

「────」
 一花はすこし困り顔をして、身を乗り出し、景一を抱きしめた。
 お互いに、今度は泣かなかった。
 ────。
 
 ※
 現場でやり合いましたよ、と言って男はビールをあおる。
 対面に座る四十崎獅堂はクッと口角をあげて、ちびりと焼酎を舐めた。
「まるでハイエナだな、ルポライターってのは」
「うーん。褒め言葉ですねえ、酒がうまいや」
「相手は拳銃持ってたんだろ? 行き過ぎた蛮勇さは感心しないな」
「よしてくださいや、んな兄貴みてえなこと言うなんざ。オレはただたしかめたかったんですよ。これまでどんだけ尻尾追っかけたってそのすがたは一ミリも見せてこなかった。だが今回まんまと釣られてこうやって姿をあらわした。そのツラ見ねえでどうするって話でしょ」
「見知った顔はあったかい」
「──あったらこんな落ち着いてねーって。でもさあ、こっち調べによると、やっぱり奴らがくせえんですよ。今回の事件だって関係者はだいたい奴らと関わってる。ねえ、センセならご存じなんでしょ。いい加減教えてくださいよ」
 といって、男はサングラスの奥の瞳を細める。
 この胡散臭い年下男とはもう十数年来の仲になる。とはいっても友人と呼ぶにはすこしちがって、互いの距離は年数のわりにそれほど詰められてはいない。なぜなら彼との出会いは友人としてではなく、大親友の弟──という関係性だったからだ。
 四十崎はむっつりと閉口して、枝豆をかじる。
「まただんまりですか」
「あのねえ。俺に当たってもしようがないだろ」
「少しは責任感じてもいいもんですがね。アンタの論文見たかなんかで、今回の事件が企てられたわけだし」
「そんなのァ責任云々じゃねえだろう。そんな理由で責任感じなきゃいけないのなら、刺殺事件に使われた包丁の職人は腕を折りたくなるだろうさ。──今回呪詛者としてえらばれた女性については調べたか?」
「ええ」
 男が胸ポケットから手帳を開く。
「山下朋子──旧姓一ノ瀬朋子。岩手県出身で、ああそういやセンセが発掘した地域あたりですよ。大学進学と同時に上京して、現在の亭主とは三十三歳くらいで結婚。この七年は子宝に恵まれず、不妊治療をつづけていた──と。不妊治療先は有栖川記念病院の産婦人科」
「────」
「ね、オレの言ったとおりでしょ」
「なに?」
「だからァ」
 と言った彼の目がぎらりと光る。
「有栖川! すべてに有栖川が付きまとってんですよ。でしょ? 小宮山夫婦も山下朋子もその旦那も被害者父の宮内氏も、──まほろばも。ぜんぶ有栖川が絡んでる。母体がでかいっつってもここまで被るなんてこたァそうそうないんですよ」
「なら聞くが、プロの殺し屋集団がそんな足のつきやすいことをするもんかね。プロなら元締めの存在を隠すのがふつうだろう?」
「ええ、だから向こうさんも焦ったはずだ。だってだよ? 小宮山夫妻が黒須景一を殺していれば、有栖川傘下の会社員は表に出ず、その娘が有栖川母体の養護施設に行くこともなかった。一方のバラバラ事件。あれは素人を巻き込んだことで、いろいろとボロが出たこともでけえとおもうが、そもそも黒須景一がホテルで死んでりゃ、六曜会の情報だって警察に出やしなかった。山下朋子に行きつくのもむずかしかったでしょうや。それともうひとつ──黒須が、古賀のふたりを拉致ったのもでかかったとおもいますぜ。そこから吸い出した情報がどんだけあったか。いずれにせよ──黒須景一を仕損じた時点で向こうさんの敗北は決まってたってわけだ」
「────」
「ああ、あとアレ」
 声が弾んだ。
「世界のイレギュラー、藤宮のボン。あれはもう奇跡でしょ」
 おもしれえ教え子が来ましたね、と彼がわらうので、四十崎は苦笑混じりにうなずいた。
「今年からのゼミが心底たのしみだよ。──あの子もいるしな」
「また面白い話があったら共有お願いしますよ。兄貴の墓前で酒でも飲みながら──サ」
「いやだね、うまい酒もまずくなる」
「つれねえなあ。兄弟そろってかわいがってくださいヨ」
「ったく、いやなオプションがくっついてきちまったもんだ。なあ窪塚弟」
「へへへ。よろしくお願いしますよ、獅堂のアニキ」
 といって、窪塚はサングラスを押し上げてにっこりわらった。

(終)
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