片翼のエール

乃南羽緒

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第三章

49話 これぞメシウマ

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 関東大会まであと一ヶ月半──。
 そんな彼らが迎えた十一月も半ばのころ。才徳学園テニス部部室内の上等なテーブルに、一枚の紙が叩きつけられた。
 叩きつけるは顧問の天谷夏子。
 彼女のとなりには伊織と呆れ果てた顔の大神、明後日の方を向く蜂谷、隅のソファに控えめにちょこんと座る天城がいる。対するその正面には、正座するその他レギュラー陣。
 おもむろに天谷が口をひらいた。
「説明してちょうだい」
「…………」
「前回の中間考査で、レギュラー陣の半数以上が赤点科目をとってしまった理由を。ちなみにテニスの練習が大変だったからは理由になりませんなぜなら三人のレギュラーが高得点を叩き出しているから」
 有無を言わさぬ圧。
 レギュラー陣は互いに顔を見合わせ、続々と口を開いた。トップバッターは背をのけ反らせる姫川だった。
「ヤマを外しましたァ」
「出題範囲まちがえてました」とは、倉持。
「勉強しすぎてテスト寝てたッス」これは明前。
「カンペ失くして暗記物全滅ww」と星丸。
「せやってオレ賢かったことなんか一回もないもん──得意なん歴史くらいやもん……」
 と、〆の杉山は絶望の声色で床に五体投地した。
 天谷は絶句した。
 代わりに、とりあえずの言い分を聞いた大神が、天谷を抑えて前に出る。
「ったく、部長がわざわざ部員の学力の世話までしてやることはねえとおもってたが、ここまでとはな。倉持と明前はなんとでも救いようはあるにしても、……おいそこの三馬鹿。テメーらだよテメーら。このやろう性根から叩き直すぞ!」
「だっていつもならヤマ張りゃなんとかなってたんだよ!」
「いやなんていうかぁ、カンペはあくまでお守りのつもりで用意してただけで──」
「勉強なんかイヤや──勉強なんか……」
「やー、わかるで杉やん。こんなもん向き不向きやんな、ドンマイドンマイ」
 と、なぜか伊織は余裕の笑みで杉山の肩を叩く。それもそのはず、彼女は九月から転校してきたので六月におこなわれた才徳の中間考査は受けていないのである。
 ズリィよなぁ、と姫川がむくれた。
「おれの勘だと伊織はぜってーこっち側だぜ」
「大阪でのテストはどうだったの」
 と、蜂谷。
 伊織は照れたようにわらった。
「ッハハ! まあまあまあ」
「ほら見ろこいつぜってーバカだぞwwwww」
「才徳の入学試験があったろ、どうした」大神が問う。
「愛織が教えてくれたヤマが当たった。それだけやないで、死ぬ気で一夜漬け付き合うてくれてお守りカンペまで作ってくれてな。それ持ってテスト挑んだんやんか。あ、もちろん見てへんで? でもあるとメンタルちゃうねんな。ホンマ、愛織様々やったわ」
「すげえ、おれらよりバカじゃん!」と、姫川。
「マジかよ伊織。おまえいつも授業中は寝てるか隠れてなんか食ってるかだから、勉強しなくても出来るやつなのかとおもってたのに──」とは倉持。
「それ本当なの倉持くん!」天谷が悲鳴をあげる。
「この三馬鹿を凝縮させたみたいな人ッスね」これは明前。
「いやカンペ御守りはガチww」星丸。
「仲間やん。期末いっしょにがんばろな!」杉山──。
「よろしく♡」
「…………」
 天谷は頭を抱え、大神は顔を手で覆い、蜂谷は天城と顔を見合わせて笑いをこらえる。しかし顧問天谷夏子は甘くなかった。
 決めた、と声高にさけんだ。

「こんどの期末テスト、赤点科目がひとつでもある子は、関東大会レギュラーから外します。これは顧問命令です!」

「エッ──」
「いいわね大神くん。こればっかりは、学生である以上はテニス優先ってわけにもいかないから!」
「……ま、仕方ないですね」
「あーあー」
「オイまじかよ大神──」
「ええんか、このままやと関東大会辞退もありうるぞ大神ッ」
「助けてください大神部長ォ!」
「バカタレ! それがイヤなら死ぬ気で勉強なさいッ。いいわね!」
「おおお────」
 この惨憺たる現状をうけ、才徳テニス部は期末テストまで残り三日。その期間すべてを勉強合宿と題し、テニスはお休み、放課後はこの部室で勉強会が行なわれることとなる。

 ※
 もういやじゃあ、と。
 杉山の悲鳴が轟いた。
 ちなみに彼が解いているのは数学の練習問題一ページ目の第二問目。あまりの躓きの速さに、となりで監視役につく蜂谷が三度見する。
「なに、もう分かんないの」
「分からへん」
「二問目で躓くようなとこあったか?」
「分からへん」
「どれ……あ、これは三角関数のグラフ問題だからさ、y=sinθの」
「分からへん」
「ダメだこいつ、壊れかけのradioみたくなってる」
 一方そのとなりでは、天城が星丸の勉強を見てやっている。星丸の苦手科目は社会科目全般──日本史と世界史、現代社会。ほとんどが暗記物のため、天城は丁寧に暗記カードを作ってやっているのである。
「授業でここ大事って言ってたから、この辺りはよく覚えた方がいいよ。あと世界史はカタカナが多いから、頭で覚えるより身体で覚えな。とにかく書く」
「もうやだあァ──カタカナがゲシュタルト崩壊してきたあァ……たすけて創ちゃあァ……」
「泣くなッ。試合出るんだろ!」
「うぅ……グスッ」
 と、泣き出す星丸の対面では、姫川と伊織を相手に勉強を見る大神がいる。姫川の苦手科目は文系全般、伊織は理数系全般という有り様のため、すべてに精通した大神がいっぺんに見てやるということになった。
 姫川はとくに英語が嫌いらしく、文法という文字を見るたびに背をのけ反らせて虚空を見つめる。一方の伊織も、数学の公式という文字を見るたびに机にうつ伏せる始末。
 開始十分でこの様を見せられた大神は「あのなぁ」と苛立ちを抑えるように眉頭を指で揉んだ。
「勉強や仕事が出来ねえとぬかす奴らは、総じて無駄な時間が長ェんだよ。一分に一回は現実逃避しやがって──いいから問題文をよく見ろ!」
「問題文見たら頭痛くなる病気や」
「おれのからだも限界を告げている──もう無理だ大神、オレはどうすりゃいいんだァ」
「いいか、英語なんてもんは法則が決まってんだ。どちらかというとお前の得意な数学的だぜ、単語さえ覚えればそうむずかしいことじゃねえ」
「単語。単語か! おれそれがなー、覚えらんねんだよな」
「英語の単語なんか雰囲気で覚えたらええねん。ファッキューとかワッツァファックとか」
「んなスラングがテストに出るわけねーだろ。オメーは黙って数学解いてろ、バカ」
「だって分からんねんもん! ア"ーッ」
 阿鼻叫喚である。
 一方、部室の隅では、赤点をとったとはいえ理由が理由であった倉持と明前は肩を並べて黙々と勉強をする。
 ひとりで勉強するとあちこちに気が散ってしまうが、目の前で自分よりできない者たちがいると、それを肴に余裕をもって勉強できることに気が付いた倉持。
 にっこりと明前に顔を向けた。
「なんか気分いいなコレ!」
「これぞメシウマってやつッスね」
「でもあと三日だぜ。大丈夫かアレ」
「朝にあんな話があったから俺、今日の昼休みにレギュラー足りねえから関東辞退するって夢見たッス。マジ悪夢でした」
「わ、笑えねえな──」
 テストまで、あと三日。
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