金色プライド

乃南羽緒

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『桜爛大附高校、復活の第一歩へ

 十年前、秋季大会にて。
 高校テニス界の頂点から転落の一途を辿った桜爛大附属高等学校。辛酸を呑み低迷を続けていた当校が、ふたたび王者への一歩を踏み出した。
 前年の秋季都大会では初戦落ちというくやしい結果だった桜爛は、先日おこなわれた春季大会にて、都大会準優勝・関東大会ベスト8入りという、目を見張る結果を叩き出したのである。
 この大健闘の裏に隠された桜爛の秘密を探るべく、弊紙記者・天城創一が桜爛テニス部新任コーチ・七浦伊織氏へ、特別に取材をさせてもらった。

 ──このたびは、桜爛高校春季関東大会ベスト8入り、おめでとうございます!
「ありがとうございます」

 ──改めましてまずは、現在のお気持ちをお聞かせください。
「正直なところ、桜爛の選手たちは不満げですね。なにせ今回の春季目標は都大会での優勝、関東での才徳打破でしたから。私個人としては、ようがんばったと金色一等賞をあげたい気分やけども(笑)」

 ──秋季が都大会初戦敗退からの、春季関東大会ベスト8というのは、関東の高校だけでなく全国の高校が度肝を抜いたのではないかとおもいます。そこに至るまでには、紆余曲折あったと聞いていますが……。
「どうでしょうね。桜爛テニス部廃部の危機から、コーチが変わってチームメイトもガラッと変わった。ことばにすればこの程度です。でもそのなかで選手たちはそれぞれ悩みながら、前を向いて練習につとめてくれました。まだまだ発展途上やからこそ、伸び代はぎょうさんあります。つぎの秋季が楽しみですね」

 ──七浦さんの指導方法はなにか特殊な練習メニューがあるのでしょうか。
「ないない。テニスなんて、ひたすら毎日打ちまくるんが一番の上達への道でしょう。まああえていうなら、テニスが強い人と打つのがええんやろね。それもこれも、天城さんならよーくご存知でしょうけれど」
 ※七浦氏と天城記者は、才徳学園テニス部時代の先輩後輩

 ──まずは都大会優勝校の愛染学園、敗因はどこだとおもわれますか。
「単純に経験の差が大きいでしょうね。実力は決して負けてなかった。けれども、愛染学園さんはとにかく安定感がスゴい。安定感いうのは、プレーももちろんやし、チーム全体という意味でもそう。自チームへの信頼感がすこぶる高いのも、愛染学園さんの強みやったと個人的には感じてます」

 ──なるほど。たしかに愛染学園は十年前までの、桜爛が王者にいたころから都大会ベスト4圏内にはつねに入っていた学校でしたね。
「チームとしちゃまだまだ新星青二才の桜爛ですからね。古参の安定感に終始圧倒されました」

 ──ではつぎに関東大会ですが、こちらでは綾南高校との戦いに敗れました。敗因は?
「こればっかりはさすがにチームの実力差が出てしもたとおもいます。なにせ顧問は倉持クン。綾南の選手たちも、彼のプレーみたく粘り強うて頑強なメンタルをもってはりましたから。正直完敗でしたわ」
 ※七浦氏と倉持顧問は、才徳学園テニス部時代の同級生

 ──関東では、才徳学園との戦いは実現しませんでしたね。
「つぎの秋季がありますさかい。それまでにはうちのチームももっと仕上げていきますよって」

 ──かつて才徳学園は桜爛を破り、王者に上り詰めました。七浦さんもまた、当時の選手たちといっしょに打倒桜爛を掲げていましたが……現在の目標は?
「そらもう、秋季全国大会で才徳を王者から引きずり下ろすことですわ」

 ──かつての古巣ですよ。複雑な気持ちはないんですか?
「ないですね。才徳のことはいまでも愛してますけれど、の才徳に興味はないですから」

 ──聞いた話では、当時の才徳OBの皆さんも桜爛テニス部強化に協力しているとか。
「それ雑誌に書いてええんやろか(笑) もうみんなはりきってますよ。逆に、正直なところ桜爛がここまで短期間で強うなれたんは、彼らの協力あってこそやとおもいます」

 ──なるほど。ではさいごに、ずばり七浦さんから見た新星桜爛チームの強み、とは?
「うーーーん。プライド……やろか。たとえ都大会は銀色賞でも、かつて王者に君臨していた桜爛ですからね。プライドだけは一等賞。どんなときでもその金色のプライドひっさげて、邁進し続けられるところやとおもいます」

 ──では秋季、都大会、関東大会、全国大会において、桜爛がふたたび金色賞を獲得する日を、我ら一同心待ちにさせていただきます。本日はありがとうございました。
「こちらこそ。ありがとうございました」

 ────。
「……以上、七浦氏インタビューでした。か──なんか特集のわりにスッゴいアッサリじゃん?」
 星丸廉也がぺらりと『月刊テニスプロ』をめくる。向かいに座る天城は眉を下げていやいや、と首を振った。
「インタビュー外じゃそれはそれは濃い話をしたんだよ。でも、そこには大神さんとのことが多くてさ」
「まあ──書けんわな」
 と、星丸の横でビールをあおるは明前薫。
 大神世代の一級後輩である才徳OBの三人は、十七時という早い時間から赤坂のとある居酒屋で酒を酌み交わしている。
 なんだよ、と星丸はぐっと背をそらした。
「てっきり百の質問をぶっ込み! とかむちゃくちゃやるもんだとおもってたのにー」
「インタビュー自体は余裕で百以上質問してたよ。でもことごとく伊織さんからNGが入るんだもん」
「じゃあはなから言うなって言ってやれ」
「言えるわけないだろ、先輩に。それに大半は俺が個人的に聞きたくて聞いたことだからいいんだ。もともと雑誌に載せるために聞いたんじゃないから」
 天城は、取材当時を思い出してクスクスわらう。
「あ、あとね。廉也のことずいぶん感謝してたよ。都大会でも関東大会でも、よくあの短時間で他校のことを調べてくれたって」
「え? あー、いやそら先輩たちからのお願いだしなぁ。聞かねえわけにもいかんというか──オレも個人的に知りたかったっていうか?」
「結局おまえも仕事にかこつけた自分のためじゃん。ウケる」
 と、明前はお新香を口に運んだ。
 星丸廉也の仕事はずばり、よろず屋である。もともと大企業につとめていたものの、知人に誘われて『よろず屋』なる怪しげな仕事をしている。怪しげとはいったものの、実際こういった仕事を必要とする人間はいるもので、食うには困らぬ収入を得ているのが現状である。
 そんな星丸が、高校テニスの選手たちを調べるきっかけとなったのは、ずばり姫川からの電話だった。
「蜂谷先輩もズリーよなぁ。オレが姫ちゃん先輩に頼まれたら断れねえの知ってて、姫ちゃん先輩経由で頼んでくンだもん」
「それが蜂谷さんのいいところ」
「うんうん。使えるモノはなんでも使う、ってね!」
 ケラケラと天城がわらう。
 そういや話変わるけど、と明前がジョッキにかけた手を離した。
「大神夫妻の結婚式ってやんの。聞いてる?」
「ああ、うん取材のときに聞いたよ。でも当分出来ないだろうってさ。なにせ大神さんがほら、復帰したてだし忙しい人だろ。負担になるようなこと言いたくないって」
「わお、伊織パイセン良妻~」
「なるほど。妻のコメントとして金色賞だわ」
 という明前の、めずらしくおどけたコメントに、天城と星丸は顔を見合わせてわらった。

 ピロリン、と星丸の携帯が鳴る。
 それを合図に三人はそれぞれ、残りの飯をかっこみ、会計に立ち、帰り支度をはじめた。星丸の携帯画面に映し出されたのは一件のスケジュール通知。

『大神先輩 全仏優勝祝賀会(本人不在) 十八時 @大神家にて!』

(完)
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