金色プライド

乃南羽緒

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第四章 春季都大会

90話 王者奪還の一歩

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 華京学院高校にておこなわれるは、Eブロックの試合。都大会クォーターファイナル──準々決勝戦までが本日の行程だ。ここを勝ち上がればベスト8入り。一週間後に開催される都大会本選にて、各ブロックの勝ち上がった学校と対戦することとなる。

 華京学院前には一台の黒塗りセダンが停まっていた。桜爛テニス部二年生は見た瞬間に察する。この車の持ち主がだれかを。
 そうとは知らずカッケー、と無遠慮に後部座席の車内を覗き込んだ赤月。窓はスモークガラスのためよく見えない。するとゆっくりとウィンドウがおろされ、中からサングラスをかけた男が、
「気になるか?」
 と顔を出した。
 おもわず赤月はウワッと後ずさる。対する二年の面々はパッと頬をほころばせた。
「大神プロ!」
「飛行機が今日って聞いてたから、てっきり会えないかとおもってました」
「いつここ出るんすかー?」
「ていうか復帰おめでとうございます」
 凛久を皮切りに、蓮や新名、秀真までもが車に群がる。『大神プロ』ということばに反応したのは乙幡のみで、元来テニスに興味のない赤月と蘭花はポカンと大神を見つめている。とはいえ、大神から醸し出されるカリスマオーラは感じとったようで──。
「ことっ、琴ちゃんセンパッ。だれすかこのヒト!?」
 と、いつもはどんなときでも快活な蘭花がめずらしく狼狽し、赤月もまた自身とのレベル差(なにかの)に圧倒されて押し黙る。
 すると反対側後部座席のドアがひらいた。
「あーうるさいうるさい。そこ群がったら大神が降りられへんやろ!」
 伊織だ。
 運転席と二言三言交わしてまもなく、車は華京学院高校の駐車場へ入ってゆく。生徒たちはそれを見送って、あらためて伊織に目を向けた。
 彼女のことばを待つ。
 たいしたことばはない。ひと言、
「行こか」
 と言って、伊織は構内へと先陣を切った。
 
 ────。
 桜爛大附の出番は当分先になる。
 とはいえ、ただぐうたらと無駄に時間を過ごすわけにもいかない。とくに琴子と蓮は、持ち前の観察力ととりまとめ能力によって対戦相手のデータを取得しようと燃えている。
「蜂谷コーチはいませんが、私たちでもしっかり偵察できるというところを見せつけましょう。相田くん!」
「おう。金城と桐崎第二か──まずは顔と名前を一致させねえことにはなあ」
 と、蓮がきょろりとあたりを見回したとき、背後からガッシと肩を組まれた。振り返るとそこには満面の笑みを浮かべる伊織が、蓮をじっと見つめている。
 なんだ、とたじろぐ蓮の眼前にピッと一枚の紙を突きつける。
「感謝せえよ~」
「え? これ、…………。!」
 目を見開いた蓮は、伊織の手から紙をとった。
 そこには金城高校の第一ラウンドオーダーにともなう、各選手の顔と名前、学年まで書かれているではないか。つられて蓮の手もとを覗き込む琴子はひゃあと感嘆の悲鳴をあげる。
 聞かずともわかる。このデータの出元──。

「七浦さんは俺を探偵かなにかだと勘違いしている」

 という声とともに、背後からすがたをあらわしたのは蜂谷司郎だった。
 あまりのことに蓮と琴子の頬が染まる。
「は……蜂谷さん!」
「いらしてくれたんですねッ」
 ふたりにとっては師匠のようなものだ。ふだんはめったに取り乱すことのない蓮でさえ、よろこび勇んで蜂谷のもとへ駆け寄る。
「や。君たちの初舞台と聞いたら、来るしかないだろ。それはほんの餞別」
「で、でもどうやって──金城高校が第一ラウンドのオーダーを出したのはさっきのはず……」
「そこは、企業秘密」
 蜂谷は茶目っ気たっぷりに人差し指を口に当てる。
 それを聞き、琴子はさらにやる気を出したもよう。蓮にむかってグッとガッツポーズを見せた。
「じゃあ相田くん、私たちで桐崎第二高校のリサーチを!」
「ああ、いや。その必要はないとおもう」
「ェ?」
「おそらくこの第一ラウンド──勝ち上がるのは金城高校だ」
「…………こ、根拠が?」
「単純にチームレベルの差もそうだし、桐崎第二の一番手は今回怪我のため出場していない。柱ともいうべき人物が抜けて、チームの士気はかなり低迷しているようだ」
「その情報の出どころも、企業秘密?」
「これは直接見聞きした話だ。桜爛陣営にくる途中で耳に入ってきた」
「…………」
 蓮と琴子は顔を見合わせ、舌を巻いた。
 さて。
 蜂谷の言い分を信じて、ふたりは金城高校選手の偵察に集中する。まもなくはじまるS1試合、出場者は個人戦でも実績のある三年生のようだ。

「でけえ図体してんなあ、高校生の分際で」

 と、ぼやくはやわらかなほっぺがむくれた姫川朝陽。ピンクのパーカーと相まって女子中学生のような愛らしさがうかがえる。どうやら桜爛の門出を見にきたのは蜂谷だけではないらしい。
 姫川のとなりにはスタジャンを着た杉山譲もいる。ちなみに倉持慎也は、神奈川のとある会場でおこなわれる県大会本選にて、綾南高校引率のため来ていない。
 マジか、と秀真は目を丸くした。
「コーチたち、まじで応援来てくれたんすか」
「たりめーダロッ。人の貴重な年末をわざわざ一週間近くも費やしてやったんだ。その出来上がりがどんなもんか、とくと見させてもらうぜ!」
「つっても後半、筋肉痛で屍になってたじゃん」
「オメーはいちいち可愛くねーな雅久ッ」
「くれぐれもオレらをがっかりさせるような試合せんといてや。逆に、全力出したんならもう何位でもかまへんから」
「かまうに決まってんだろバカ譲。本選出場は最低ラインだかんな、舐めプすんなよ。とくに雅久!」
「はあ? なんで俺だよ」
 と、一気にやかましくなる桜爛陣営。
 一方の一年生は、というと。強化合宿については話を聞いたていどだが、乙幡は彼らのことをよく知っているらしい。それはそうだろう。かつては才徳の七浦伊織を追っかけていたのだ、そこから才徳黄金世代のことを知るのは、必然の流れと言える。
 対して、端の方でポカンと眺める赤月と蘭花。
 しかしその奇抜なふたりを見て、無反応でいられる才徳OBではなかった。姫川と杉山はさっそくターゲットオンして「オイオイオイ」とふたりに突っ込んでゆく。
「えれェのが入ったな!」
「ええなぁ、そういう攻めの姿勢好きやでワイは」
「井龍が見たら卒倒モンだぜ。ギャハハ!」
「アイツの趣味はいちいちジジイやねん。いまの時代、こういうノリも必要やとおもうわ」
 ────。
 そのようすを遠目に、大神は鼻頭にシワを寄せた。
「口をひらけばやかましいな、アイツらは」
「なんであの子らは『存在感を消してただその場に居てる』ってことが出来ひんのや」
「そんなもん、幼稚園児に逆立ちしろって言ってるようなもんだ」
「期待値低!」
 おもわず感想をこぼす遥香。
 そのとなりで、携帯を見る新名がアッと声をあげた。どうした、と三人の視線が注がれる。新名はすこし照れくさそうな顔で、
「明前さんに来ねえのか聞いたら『本選の試合見に行く』ってメール来やした。こりゃ意地でも勝ち上がんねーと」
 とスマホ画面を見せてきた。
 伊織がフフッと笑む。
「ふしぎやな。かつて打倒桜爛を掲げとったやつらが、いまや桜爛の復帰戦に雁首そろえて来てんねやから」
「それだけ桜爛が、俺たちにとって特別な場所だったってことだ」
「ウン。…………」
「コーチ」
 凛久が伊織のそばに来た。
 彼の手には、いつぞや見た紙袋が握られている。それを伊織の胸元へと突き出した。
「これ、コーチが持ってて」
「あ──」
「部室に置いておくと、赤月が破って中身見ちゃいそうでさぁ。オレが避難させてたんだ」
「わかった、預かっとく」
「それコーチのお姉さんが作ったんでしょ?」
「え?」
「その『王者の伝統』。中身、なんだろね。オレら頑張るからさ。がんばって全国優勝して、コーチのお姉さんが作ったソレ、ぜってーいの一番に見せてあげるからね!」
「…………」
 伊織の視線がわずかに揺れる。
 無邪気な凛久の笑みを一瞥し、なぜか視線は大神へ。しかし彼もまた慈愛に満ちた笑みを伊織へ向けたままなにも言わない。
 伊織は眉を下げてわらった。
「──ウン。おおきに、楽しみにしとく」
「よっしゃ! みんなにも伝えてこようっと」
 凛久は駆けてゆく。
 手もとに残った重みのある紙袋。伊織は懐かしいマジックの字を見つめた。

「見ててや、愛織」

 桜爛、王者奪還の一歩へ。
 ワンセットマッチ ──トゥサーブプレイ!
 各コートで、Eブロック第一ラウンドの幕が上がった。
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