金色プライド

乃南羽緒

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第三章 学びの強化合宿

52話 クリスマスプレゼント

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 二日目の朝。
 早朝六時、生徒たちはあたりに鳴り響く梵鐘の音によって起こされた。
 前日のハード練習でふだんから鍛えあげた筋肉でさえ悲鳴をあげる。からだを引きずって朝食会場(という名のダイニング)へ集まると、見知らぬおとなが割烹着を身につけてせっせと朝食準備にとりかかっている。
 雅久を先頭に集まった十人の生徒を見て、うちのひとりがパッと台所の奥へ視線をむけた。
「執事長ォ、みなさん起きられましたよ!」
 ああ、と台所の奥から顔を出したのは作務衣をまとった初老の男──橋倉だった。
 彼は「おはようございます」とにっこりわらって生徒を見まわすと、なぜか一同を外へ案内する。外にはすでに、運動着を着た顧問のふたりと琴子、ほかコーチ陣が準備体操をして立っていた。
 寝起きになにがはじまるのか、と目を白黒させる生徒たち。
 橋倉がゆっくりと一礼する。
「謙吾さま。みなさまご起床です」
「ああご苦労、橋倉。いい目覚ましだったぜ」
 といって、大神はちらと大庭の片隅に鎮座する梵鐘を見た。どうやら目覚まし代わりの鐘の音は、橋倉がついた音だったらしい。
 クリスマスの朝、冬用ジャージとはいえ寝起きの低体温のからだにはこの凍てつく寒さは芯まで冷える。がちがちと歯をふるわせる生徒たちを前に、伊織が「おはよう」と紙袋を片手に身をのりだした。
「メリークリスマス。体操すんで」
「え────あの」
「め、飯は……?」
「食べてすぐ走ったら気持ちわるくなるやろ」
「走る──?」
「きのうの夕飯のあとに言うたやんか。朝六時に起床、六時半から体操とジョギングって!」
「えっ」
「言ってたっけ……」
 と、白泉・桜爛両メンバーがいっせいに互いの顔を見合わせる。
 たしかに昨日の夕食時はすごかった。ただでさえクリスマスイブ、夕飯も顧問や大神たちによって豪華な献立がふるまわれたのだが、その後、橋倉によって届けられた大神家メイド一同からのクリスマスケーキがこれまた渾身の力作。一行は夕飯でたらふく食べたにもかかわらずそのケーキをも平らげ、どんちゃん騒ぎのうちに幕を下ろしたのである。
 伊織からの連絡事項である『六時起床』はなんとなく残っていたものの、その後になにをするかは頭からすっぽ抜けていた。ただひとり蓮は、
「あー、酔っぱらいの戯言だとおもって聞き流してました。サーセン」
 と眠たそうな目をこすった。
 伊織はがくっと脱力する。
「コーチのことばを酔っぱらいの戯言で片すな、アホ」
「いっても、きのうみたいなマラソンじゃなくてジョギングだから。山道入る手前でUターンして戻っていいよ。たぶん二キロもない」
 忽那はにっこりわらってアキレス腱を伸ばした。
 昨夜の夕餉時には、忽那からむかしの桜爛テニス部強化合宿の内容を聞いた生徒たち。想像を絶する地獄ハードスケジュールだった当時をおもうと、これも優しい方かもしれない──と思い直し、一行はしぶしぶからだを伸ばした。
 十分ほどストレッチをしたのち、
「よーい、スタート!」
 という琴子の号令によってメンバーが走り出す。
 コーチ陣からは杉山と姫川がすすんで参加。居残って彼らの帰りを待つ者には、橋倉よりベンチコートが手渡された。
「坊ちゃん。この橋倉、そろそろお迎えの準備をしてまいります」
「何時ピックアップだったか」
「八時ですが、途中本家へも立ち寄りますので」
「うん。ケーキうまかったと礼を言っておいて」
「はいはい」
 と軽くいって、橋倉は上機嫌に別荘内へともどっていった。

 生徒たちがジョギングから戻ったのはおよそ十五分後のこと。
 ジョギングとはいいながら、最後は一位を争ってのデッドヒート。最終的には団子のようにかたまって帰ってきた。すばやくタイムをとる琴子の横で、ベンチコートに身をくるむ伊織がひとりひとりになにかを手渡してゆく。
 なんだ、とみなが視線を落とすと、小ぶりな黒の包装紙に包まれたプレゼントらしい。ためらいもなく包装紙を開けると、それぞれ種類のちがうグリップテープとガット(ストリング)が包まれていた。
 おわァ、と大崎がさけぶ。
「スゲー。オレが使ってるガットとグリップ!」
「俺のもそうだ」
「僕のもです」
 と、伊達や相馬がプレゼントを食い入るように見つめている。伊織はにっこりわらって手を広げ、遥香と忽那の肩を抱いた。
「顧問のおふたりからみんなに、クリスマスプレゼントやで」
「えーッ!」
 どよめいた。
 が、そのなかでもひときわ大きな声を出したのは新名だった。彼はキラキラした目で遥香を見る。
 提案は谷先生だよ、と忽那がほほえんだ。
「いつもみんなが頑張ってるから、なにか役に立てたらってさ」
「あ、あのでもね。品物は忽那先生と大神さんと伊織さんで見繕ってくれたの。桜爛の子たちがなにを使っているのかなんて私は知らなくて、でも伊織さんはみんなの覚えてたの。忽那先生も白泉の子たちのはぜんぶおぼえてて」
「さらにいま使てるのと違うもんが入っとる人のはな、個人に合うようなものを大神が選定してくれたんよ」
 と伊織もわらった。
 顧問やコーチの気持ち、そしてなによりプロテニスプレイヤーから直々に選定されたグリップとガットを前に、彼らは絶句した。とくに新名はいまにも泣きそうな顔で手中のプレゼントを見つめている。
 一瞬の沈黙、破ったのはさすがというべきか、白泉の伊達だった。
「ありがとうございます、先生。コーチのみなさんも──ほんとにうれしいです」
「あっ。お、オレも。ありがとうございます谷先生、コーチ、それにお、大神プロも……キョウシュクです」
 と、凛久は頬を染めてうつむいた。
 大神のオーラにいまだ慣れないらしく、とても緊張している。しかし大神はぴくりと片眉をあげると、意味ありげにわらってからフランクに凛久の肩を抱いた。
「子どもが恐縮なんざするもんじゃねえよ。それに、おまえのラケットのガットはどちらかというとプロ向きだからな。そのストリングなら、もうすこしテンション下げた方がいい」
「え、て、テンション? いやオレそんなハイテンションじゃないです。どっちかっていうと根暗──」
「ッハハ、ハーッハッハッハッ! 凛久おまえ、笑わせてくれるじゃねーの。クククッ」
「え、え?」
「馬鹿凛久」と雅久が眉を下げてつぶやく。
「ガット張るときの硬さをテンションっていうんだよ。テンション下げるってのは硬さをゆるめるってことだ」
「あ。あァ~!」
 凛久の瞳がキラキラ光った。
 が、すぐに眉を下げて大神を見る。
「あのオレ──ボクのラケット、プロ向きだったんですか。コーチが貸してくれたラケットなんですけど」
「あ? ああ……」大神は含み笑いを浮かべた。
「早いとこ張り替えたほうがいい。初心者にはすこし肘への負担が強いかもしれねえからな」
「ッはい! そうしますっ」
 と、凛久は無邪気にわらった。
 彼は知らない。自分のラケットがもともと誰のものだったかなど。
 姫川と杉山が「腹減ったァ」と別荘へ入るのを皮切りに、一行はその胸にプレゼントを抱いてあとに続く。さあ、強化合宿二日目がはじまる。
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