金色プライド

乃南羽緒

文字の大きさ
上 下
28 / 100
第一章 練習試合

26話 大健闘!

しおりを挟む
 雅久は悔しさをにじませた。
 白泉の伊達との実力はほぼ互角だったはず。なぜあと一歩のところで攻めきれなかったのか──と彼は伊織にフィードバックを求めることなく延々と自身の脳裏でゲームを反芻する。そのようすを伊織は遠目で見守った。いま、こちらがゲームのアドバイスをしたところで素直でない彼は容易に聞く耳は持たぬ。
 彼が『アドバイスを聞こう』とおもうまでは放っておく。これが近ごろ分かった伊織のスタイルである。案の定、雅久はそう時間を置かずに伊織のもとへやってきて、噛みつかんいきおいで課題点を問うてきた。
 とはいえ。
 伊織の目から見ても、雅久と伊達の実力は五分であった。勝敗の分け目を決めたのは一概に雅久個人の問題というだけでもなさそうだ──と、内心でおもう。
「ラリー中の打点のブレは自分でも分かっとるやろうけど、タイブレーク八ポイント目のアプローチショットがだいぶ雑やった。あれ入っとったらずいぶん違たで。焦った?」
「……うん」
「まあ、伊達くんがそうミスしやんからね。タイブレークまで打ち合うてるとだんだん焦ってまうこともあるわな。せや、今回の敗因は伊達クンのが雅久より一歩大人やったっちゅーことやわ。しゃーないしゃーない」
「なっ」
「せやって現に一年分お兄さんやねんから」
「……………………」
 憤懣やるかたなし、と言いたげに伊達をねめつける。が、視線に気づいた当の伊達が返してきたのはにっこりと包容力のある笑み。その余裕にますますムッとした雅久は、無理やりS3試合へ目を向けた。
 桜爛の新名竜太と白泉の大崎一馬。
 彼らはどちらも初心者ルーキーながら、そのショットコントロール精度とゲームメイクセンスは目を見張るものがある。先行サーバーは大崎、新名をリターナーとする一ゲーム目。外角コースに入る速球サーブに飛びついた新名のリターンは、クロスへ飛ぶ。サーブ&ダッシュで前に出た大崎はそれをスライスボレーで前へ落とす。しかし新名の足はすでに駆けていた。
 ネット前に落とされたボールを掬いあげる。瞬間、こちらから見て左前にいた大崎を視認した新名はすかさず手首でコントロール。ボールは右端へぽとりと落ちた。
 わお、と忽那の目がかがやく。
「──彼、ホントに初心者?」
「うん。けど、あんなドロップボレーなかなか出せへんで。センスあるわ」
「アイツは運動関係ならなんでもうまくやる。その分、頭は壊滅的だけど」
 とつぶやく雅久に対して谷遥香は「ええっ」と意外そうな声を出した。
「日本史はけっこういい点数だったよ。歴史好きだからなのかな、意外~」
「いやだってそれは」
「うん?」
「…………なんでもねー」
 雅久は気まずそうに頭を掻いた。
 その後、初心者とはおもえぬテクニックで順調にゲームを取っていく新名だったが、十ゲーム目をむかえたころ、顕著に足の動きがにぶくなった。スタミナ切れだ。5-5まで食らいついたものの、大崎が仕掛けたロングラリーの応酬についてゆけずにゲームは白泉勝利の7-5カウントを数えて終了。
 結果、練習試合一回戦目は4-0のストレートで白泉勝利に終わった。

 練習試合二回戦目。
 あらたに組まれたオーダーは以下のとおり。

 ・S1 桜爛 高宮雅久 対 安藤由岐
 ・S2 桜爛 新名竜太 対 最上達也
 ・S3 桜爛 相田 蓮 対 大崎一馬 
 ・D1 桜爛 凛久・秀真 対 白泉 伊達・相馬

 一回戦目の惨敗とは一変、二回戦目の結果は桜爛にとっては上々で、
 S1は雅久の猛攻により6-4で桜爛勝利。
 S2はシングルスの勘をつかんだ新名のセンスが爆発したか6-3で桜爛勝利。
 S3は初のシングルス出場となった蓮が、前戦のダブルスを引きずったためタイブレークカウント12-10まで粘ったものの7-6で白泉勝利。
 ──そして、D1。
 意外なことに、ミスをした凛久に対して秀真は罵倒どころかつねに前を向かせることばを絶やさなかった。その励ましによって試合中にすくすく成長した凛久は、これまでの練習では見せなかったようなショットを連発。伊達がいる白泉に対して6-4という好成績で桜爛が勝利した。

 結果、練習試合二回戦目は3-1という大健闘の末、桜爛勝利となった。

「かつてないほど有意義な練習試合でした。ありがとうございました」
 忽那はほほ笑んだ。
 握手を求められた谷遥香はこちらこそ、とうれしそうに握り返す。桜爛の顧問という立場からすれば、この練習試合でチームとしての意識が選手に植え付けられただけでも大きな一歩といえるだろう。現に、試合前まではみな好き勝手に行動していたのが、試合を終えたいま、彼らは自然とひとつの場所にまとまって試合の振り返りを侃々諤々と論じている。
 とくに凛久は試合中に秀真からおそわったことを再確認すべく、積極的に秀真とコミュニケーションをとるようになった。対する秀真もまんざらでもないようす。
 生徒たちを見まわしてから、伊織は忽那へ微笑を返す。
「桜爛にとっても実りある時間になった。ホンマにありがとう」
「今後は試合だけじゃなくて、桜爛に出向いていっていっしょに練習もさせてもらおうかな」
「ええやん。おいでや、いまはもう卒業生に目くじら立てる老害もいてへんから」
「あははっ。野呂さんだろ、あのひとも異常だったけどある意味すごい人だったよなあ。なんせうちの代の野郎たちもみんな追っ払っちゃったんだから」
「ホンマや、ごっつ強いやん」
 と。
 眉を下げてわらう伊織を見て、忽那はすこしさびしそうな顔をした。
「それで、僕に話があるんだって?」
「え? あ。そう、たいした話とちゃうねんけど──」
 伊織は、遥香や生徒たちをちらと見て苦笑した。
「ええわ、あとで連絡する」
「……うん、わかった」

 こうして、新星桜爛テニス部初の練習試合は幕を下ろした。
 伊織の車は定員五名。希望者は駅まで乗せていくと提案したものの生徒たちはみな口々に言い訳を添えて同乗を拒否した。そのワケをよく知らぬ遥香が「じゃあお願いします」と助手席に乗ると、意外にも橋本秀真が前に出た。
 ──俺も乗る、と。
 どうやら話があるらしい。伊織はにっこり微笑んで、後部座席の扉を開ける。
 すると先ほどは拒否した雅久も「なら俺も」と手を挙げてさっさと乗り込んだ。秀真と一瞥のガンをとばしあって、ふたりは無言のまま後部座席に肩を並べるのであった。

 ※
 テニスはたのしかったか、と。
 行きとはうって変わって静かな車内で聞かれた橋本秀真は、返事をするわけでも悪態をつくでもなく、ただ車窓から外を見た。となりに座る雅久はすっかり寝入っている。
 バックミラー越しに、その表情を見た伊織はちいさく口角をあげた。
 十年前の自分なら無視をするなと殴ったかもしれない。しかし十年経ったいまではわかる。彼は今日、心の底からテニスを楽しんだのだということ。そして、それを素直に吐き出せない思春期という葛藤があるのだということ──。
 むりせんでええよ、と伊織はつづけた。
「今日の練習試合でホンマに苦痛なだけやったんなら、テニス部入れって言うつもりはないから。部活入ったらいままでみたいに煙草吸ったり授業ふけたり、そんなん許されへんからな? どうしてもそういう……アウトローな道に進みたいんやったら、それはもうしゃーない」
「…………」
「でもなにより今日は、橋本クンがいてくれたから練習試合は実力的にも成り立ったし、凛久が試合に対して終始前向きに取り組めたんはたしかや。ありがとう」
「アイツは、アレはべつに、自分で立ち直れるようなヤツだろ。俺がなにかしたわけじゃない」
「アホ、あの凛久のメンタルがどれほどプレパラートか知らんやろ。もうホンマ、すぐポキポキ折れてまうねんで。今後はメンタル強化も課題やな──」
「フッ」
 と、秀真はちいさく吹き出した。
「まあ──メンタルはたしかに、脆かったけど」
「でもあれで部長やねん。な、凛久が部長のテニス部ってなんや素敵な部活になりそうやろ」
「…………」
 秀真は否定しなかった。
 きっと少しだけでも同調したのかもしれない、と遥香はおもった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...