金色プライド

乃南羽緒

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第一章 練習試合

25話 練習試合一戦目

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 エッ、と。
 遥香がおどろきの声をあげたものの、伊織の話はそれ以上つづかなかった。
 なぜなら各コートの試合へ、忽那と伊織の視線が注がれたからである。審判はセルフのため開始コールはない。先発サーバーとなった伊達が『白泉トゥサーブプレイ』とつぶやき、トスをあげた。
 正直なところ、と伊織が低い声色でつぶやく。
「S1はそこまで注視する必要もないんやけどね。雅久はほぼ確実にシングルス要員で確定やし、だれより試合慣れもしてはるし」
「たしかにそうだね。リターンも申し分なし、メンタルの安定感もすごい。……まったく、十年前の誰かさんを思わせる選手だな」
 忽那は、にがっぽくわらう。
 S1試合が順調にすすむその隣、二番コートではD1試合がおこなわれている。桜爛からはテニス初心者コンビである相田蓮と高宮凛久が奥側のコートに立つ。どうやら先発サーブは蓮らしい。
 おなじく初心者の新名は、片手に『テニスルールブック』と書かれた本を開き、もう片方の手でダブルス試合を指さしながら伊織を見た。
「あのふたりもダブルス確定?」
「ううん──まったく決めてへん。凛久はメンタル面でD向きかなァおもう反面、フィジカル面ではS向きやし。蓮は確実にS向きのメンタルやけど、あえてああいう選手をDに据えた方がチーム全体が安定することもあるから」
「えー、そんなことまで考えんだ。じゃあおれは?」
「まだわからへんよ。ただ、ニーナはフットワークが軽いしダッシュも速いからダブルスやってみたらおもろいんちゃうかなァ思てる。もちろんその要素はシングルスでも生かされる利点やけど、……」
「けど?」
 自分でわかるやろ、と伊織は口角をあげた。
「スタミナが課題やからな、ニーナは。シングルスで持久戦に持ち込まれたときにどうなるか。つぎのS3試合で見させてもらうわ」
「うへえ」
 新名はしょっぱい顔をした。
 白泉D1は一年生ペアの最上達也と相馬すばる。このふたりも高校からの初心者で、夏からの入部ゆえ桜爛とたいして実力差のない組み合わせとなった。とはいえ、かつて王者桜爛の部長をつとめた忽那の指導をうけてきた彼らだ。その実力はすでにそこいらの経験者となんの遜色もない。
 蓮の丁寧なセカンドサーブからのリターン。
 しっかりと背中まで振り抜かれたラケットによって、ベースライン際まで伸びる打球。対する蓮は早めのテイクバックと乱れのないスイングフォームからでるクロスボール。教わったことを的確にアウトプットする才能に優れている。ある種優等生といっていい。
 前衛に構える凛久は、後衛同士のラリーを見ながらせわしなくうごき、ポーチへのタイミングを見定めるも、あと一歩勇気が出ずにまごつく。
 凛久くん、と遥香が胸の前で手をむすんだ。
「緊張しちゃってるのかな。なかなかボール取りに行けないですね」
「いやいや。初めての対外試合で、あそこまで足が動けているのならだいじょうぶですよ。たしかに保守的な戦い方だけど……後衛のラリーがしっかりクロスに入っている証拠ですから。これはうちの最上と、そちらの相田くんを褒めてやらねばなりませんね」
「そういうものですか」
 忽那の説明に、遥香がうなる。
 さらにとなりの三番コートでは、S2試合がすでに一ゲーム目を決していた。桜爛テニス部からは橋本秀真、白泉テニス部からは安藤由岐が対戦している。こちらはふたりとも経験者同士の試合、レベルの高いゲーム展開が繰り広げられた。
 一ゲーム目、白泉のサービスゲームは順当に安藤が死守。チェンジコートした秀真は、手中のボールを見つめ、肩で息をととのえる。
 安藤は、と忽那が目を細めた。
「伊達が引退したあとに白泉のエースを張る存在だ。よほど大崎──あ、これからS3で出るうちの三番手ね。彼が伸びてこなければの話だけど」
「へえ──」
 と、伊織がすこし目を見ひらく。
 すると背後で「いやいや忽那先生」とたっぱのある短髪の選手が、自信ありげな笑みを浮かべて立っていた。
「オレまだあきらめてないっすよ、一月の部内戦ではまだ無理かもしんないけど夏くらいには安藤抜きたいとおもってます。どうですか、不可能じゃないっすよね?」
「おお、不可能なもんか。大崎はもともとバドミントンをやってたから、ラケット競技自体には慣れてるしな。一年生から二年生にかけて実力を劇的に伸ばして、二年の夏に番手が変わるなんてのもよくあることだから。……」
「大崎くんってそない強いんか。ニーナも負けてられへんな」
「まあまあ見ててヨ。おれ、勝負事で負けるのだいっきらいだから」
「好き嫌いの問題なん? それ」
「問題っしょ。スポーツなんてなァ負けたくねえって気持ちがないと。ネッ、谷セン!」
「え、う、うん。もちろんそうよ!」
 遥香はぐっと拳を握りしめた。
 それからおよそ二十分、一番最初にゲームが決したのは二番コートのD1試合であった。桜爛のふたりは、ふだんの練習以上の動きやショットで健闘したものの、白泉のペアのが一枚上手だったらしい。ゲームカウント6-4で白泉の勝利となった。
 D1ペアがコート外へ捌けるのと入れ違いに、S3の新名と大崎がコートへ。新名は健闘を称えるかのように凛久と蓮へダブルラリアットをかまし、ベンチへと向かっていった。初の対外試合だというになんという余裕だろうか。
 伊織と遥香の顔を見るや、凛久は開口一番に謝罪した。
「負けました──」
「ええ試合やったで。ホンマに初心者なん? っていうくらい」
「ほ、ほんと……?」
「もちろん、課題はあるけどね。ほんでも課題以上にいままでの練習成果を出せた試合やったと思たで。蓮もそう思わん」
「たのしかったす、ふつーに」
「よしよし。それでええねん、ダブルスっちゅーのはだれよりも楽しんだもんが勝つねんから」
 と前置きをして伊織はダブルス試合の振り返りをおこなった。
 まずはショットの安定性がさらに高まった蓮を褒め、つづいてどのポジションでも足を動かしてフットワーク準備をおこなった凛久を褒めた。さらに見えてきた課題として数点を告げたものの、初心者にしてはじゅうぶんな試合だったと絶賛。
 敗北を喫したことでさっそく自信を失いかけていた凛久の表情は、一気に華やいだ。
 フィードバックのさなか、三番コートでおこなわれていたS2試合も決する。橋本秀真と安藤由岐、どちらも経験者同士の試合となったが、ブランク期間を抱える秀真の立ち上がりが遅くなったため、7-5とあと一歩届かず。
 クソッ、と。
 コートから出るなり悪態をついた秀真だったがしかし、その顔は意外にもさっぱりしている。
「ブランクがなけりゃ勝てた」
「おつかれさん。ホンマにテニスうまいなァ橋本クンは」
「ああ? チッ──」
「テニスって一週間空いただけでゼロに戻ってまうからな。この一試合で勘を取り戻せたとは思えへんけど。つぎ、ダブルスできる?」
「ダブルスだ? 俺の足をひっぱるようなヤツとは組みたくねえぞ」
「あー、凛久と組んでもらおうと思てんけど。初心者やしなァ」
 と、伊織がちらりと凛久を見た。
 するとたちまち彼の顔色が青くなる。無理もない。凛久からすれば橋本秀真は学年一の問題児で、暴力的で、なんなら喋ったのすら今日が初めて。あえて接点を持たないようつとめてきたのだから。とはいえ、初心者の自分が秀真の足をひっぱってしまうことは明白だ。きっと秀真から断るだろう──という期待もその表情には浮かんでいた。の、だが。
「…………高宮弟か。ま、兄よりはマシか」
「えっ⁉」
 おもわず凛久の声が裏返る。
 なぜことわらないのだ、とは言わないが、それと同等の圧を瞳に込めて秀真を見つめる。しかし秀真は、そっぽを向いてつづけた。
「俺のブランクを埋める程度に遊べればいいんだ。勝ち負け気にしねえで、適当にやってやる」
「あ──そ、そう」
「あんだよ。文句あんのか?」
「えっ、いや。その……ど、どうせやるなら勝ちたいんだけど」
「テメーがフツーにできりゃあ負けるわけねーんだよッ」
「ご、ごめんなさいっ」
「ミスってもいいから、ラケット振り切ることだけ意識しろ。バカ」
 刺々しい物言いで吐き捨てた秀真は、水道のほうへ歩いて行った。
 まもなく、S1試合もゲームカウント7-6タイブレークカウント7-4という長期戦のすえ決着がつく。僅差のスコアではあったが勝者は白泉。伊達が二年生の貫禄を見せるかたちとなった。
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