金色プライド

乃南羽緒

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第一章 桜爛テニス部始動

13話 先行くねえ

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 どうも取り乱しまして、と天城は深く頭を下げた。
 十年前──大神にあこがれてひたすら研鑽を積んだ純朴な少年は、十年経った現在でも、少年のような瞳でまっすぐに人を見る好青年に成長していた。あまりの眩しさに伊織はくらりと眩暈がするほど。
 ご連絡ありがとうございます、と天城はあらためて大神を見つめた。
「大神ぶちょ……大神さん、お忙しいだろうとおもって悩んだんですけれど。月刊テニスプロうちが密着せずしてだれがする、って勇気出しちゃいました」
「クク、律儀に仕事用のメールなんか送ってきやがって。それがテメーのいいところだな、天城」
「へへへ……で、でもまさか。そこに伊織先輩までいっしょにいらっしゃるとは夢にも思ってませんでしたよっ。この十年間、先輩たちがあんだけさがして見つからなかったのに」
「────」
「やはははは、はー。倉持クンにえらい叱られた。みんなにとんでもなく心配かけてもうたみたで、ホンマにごめんなあまリン」
「そ、そのあまリンっていうのも俺、人生で伊織先輩にしか言われたことないんですよ。なつかしいなあ……それに倉持先輩にもお会いになられたんですね。なんか、うれしいなあ」
 天城は感傷に浸るあまり、すこし涙を浮かべながらにっこりとわらった。
 しばらくは仕事の話ではなく互いの近況を聞きあった。大神と天城は毎年顔を合わせてはいるものの、一年ぶりとなるとそれなりに変化があるものだ。なにより大神が怪我をしたことは、テニス雑誌記者にとってはおおきな悲報であろう。
「ニュース見てびっくりしました。ご容態は?」
「もう平気だ」
「どこがや。たまに膝カックンなってんの知ってんで」
「このとおり、小姑のいびりの方がツラいぜ」
「あァ⁉」
「え、えっと。おふたりはその、やっぱり──付き合って?」
「るわけないやろ! どいつもこいつも……いまはちょっと、うちがいろいろあってやな。コイツの家に住み込み労働させてもろてるだけやねん」
「いっしょに住んでるんですかァ!」
 と、天城が頬を染めた。
 まったくそんなところまで純朴さを残さずともよいのに。伊織はバコッと天城の頭をはたいた。
「いてっ。すみません……え、じゃあ伊織さんもいっしょにインタビュー載ります?」
「なんでやねん!」
「だって十年前におふたり、インターハイ個人戦アベック優勝ってことでうちの雑誌にインタビューされてたじゃないすか。十年ぶりの共演、って見出しで出したら当時雑誌読んでた人ならめちゃくちゃよろこぶと思いますよ」
「十年前の雑誌内容なんてだれが覚えとんのよ」
 と伊織は嘲笑した。──彼女は知らない。身近な教え子がガチ勢であることを。
 いやいや、と天城が手を振る。
「いまでもたまに『七浦伊織の現在について』とか大型ネット掲示板のテニススレッドにあがってますよ。特定厨とかそこいら潜んでますから気をつけてください」
「ウソやん……」
「フン。これからはそんな探偵めいたことしなくても、大々的に顔が売れてくるようになるんじゃねーか。あの桜爛テニス部再起の救世主、なんつってよ」
「大神ったらちょっと会わんあいだにすっかり俗っぽい発言するようなって。うちはかなしい」
「えっ、どういうことですか。たしかにここ数年の桜爛テニス部は目も当てられない惨状ですけど──」
 という天城に、なぜか大神が得意げにこれまでの経緯を説明した。
 伊織が桜爛のコーチになったと聞いて、彼はおどろきこそすれ表情はどこか納得したようにわらっている。彼のなかでも桜爛テニス部を立てなおすのは伊織が適任だと確信したらしい。
 ということは、と天城はガッツポーズをした。
「近いうちにまた大会で活躍する桜爛テニス部が見られるわけですね。そうなったらいの一番に取材させてもらいますから、よろしくお願いしますよ先輩」
「あまリン、立派になったなァ。ええでええで、あまリンのためやったらうちひと肌でもふた肌でも脱いだるさかいに」
「やった、ありがとうございます!」
 なんて愛らしい後輩だろう。
 ──その後。
 掲載する記事の草案や、取材日の具体的な候補日程についてを相談して打ち合わせは終了した。けっきょく伊織が取材に混ざることはなくなったが(わりと天城は本気で落ち込んだ)、取材当日は大神のマネージャーという立ち位置で立ち会うことが決定した。
 あらためてご連絡します、と天城が立ちあがって「あっ」と声をあげる。
「伊織さん、この人の連絡先お渡ししておきます。桜爛のコーチになられたならなおさら、一度お会いになったほうがいいとおもうので」
 といって、天城が携帯に送ってきた連絡先。
 その名を見て困惑した伊織は眉を下げた。
「なんで──?」
「俺、仕事でけっこうお会いするんですよその人。会うたびに伊織さんのこと聞いてくるので──たぶんなにか話があるんだとおもいます。気が向いたらご連絡さしあげてください」
「…………」
 わかった、と伊織はちいさくうなずいた。
 会計までスマートに済ませた天城は、名残惜しそうに、しかしつぎが詰まっているのかせわしなくカフェから立ち去った。嵐のような再会にくらくらしたが、それ以上にしあわせに満たされた。
「あまリン、生き生きしとったなあ」
「入社当初は毎年会うたびに凹んでたけどな。いつの間にかいい面構えになってた」
「そっかそっか、荒波乗り越えたんやな。うちもあんま置いてかれへんようにがんばらんと」
 といって彼のSNSアイコンを見た伊織は目をみひらいた。
 そこにはプリンセスの恰好をした二歳くらいの女児を抱っこして、笑みを浮かべる天城のすがた。固まる伊織の心中を察したか大神はぽつりと言った。
「天城の娘ももう二歳になるか。ちなみに二人目も腹にいるってよ」
「…………さ、」
 先行くねえ、と。
 伊織は顔をひきつらせてつぶやいた。

 ※
 とある日の放課後練終了後のことである。
 これまでラケットを持っていない蓮と新名は、体育で使用する予備ラケットで練習をしていたのだが、テニス部が始動してから数日。とうとう伊織が『ラケットを見繕ってやる』と言った。かつて無敗の女王と名を馳せたコーチからの提案に、四名の男子高校生たちは浮き足立った。
 どうやら今日も車で来ているらしく、すこし離れた商業施設へいこうというのだ。
 あらかじめ親に相談して、ラケット代金を持ってきた新名と蓮はいそいそと部室を出る。つづいて外に出た凛久の肩を、最後に出た雅久がたたいた。
「おまえも見てもらえ。いま使ってるラケット俺のお下がりだろ」
「雅久は?」
「俺のこたァいーんだよ。自分のことだけ考えろ。べつに今日買えってんじゃねえし、じぶんに合うものを知っとくくらい減るもんじゃねーだろ」
「うん──わかった」
 その後、部室の鍵を返却するため高宮双子は職員室へ。
 さきに集合していた蓮と新名から十分ほど遅れて、双子はコート前へともどってきた。伊織が乗ってきた黒塗りセダンの後部座席に高宮双子と新名が乗りこみ、助手席に蓮が乗る。一般家庭に生まれたらまず乗ることはないだろう高級感あふれる内装に、一同はキュッと身を縮ませた。
 これ、と蓮が車内を見まわした。
「コーチの車すか?」
「んなわけないやろ。きょうは運わるく──練習前にこの車の持ち主を目的地に送り届ける、という用事を済ませなあかんかってん。うちかてこんな車、田舎道ならまだしも都心の道路でなんか運転したないわ。初日も道が入り組んどってようわからんでな、何度事故りかけたことか」
「え。おれら乗ってて大丈夫?」
「死にたなかったらうちを動揺させるようなこと言わんといて」
 といって、伊織はおもいきりアクセルを踏んだ。
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