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第三夜
第19話 カスミムラ
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並木剛を除く男性陣は、屋敷の一室にてふたたび合流した。
藤宮恭太郎と黒須景一が語る話について、槙田泰全は半分も理解できなかったが、浅利将臣には通ずるところがあったのか、険しい表情で幾度か頷く。
泰全は眉を下げた。
「それで──これからどうする? 早くつよしを探さないと」
「早まるなダイゼンくん。まずはそっちの話を聞いてからだ」
「た、タイゼンだってば」
「将臣。おまえが見知ったことをさっさとぜんぶ吐け」
「横暴だなぁ──。ええっと、おれが文献を読み込んでわかったことは大きくふたつあるんだが、とりあえずそっちの話を踏まえて、この村の祭について話そう」
「もうひとつは?」景一が首をかしげる。
「それはあと」浅利は唸るようにつぶやいた。
「とはいえ──もう関わることもないとおもっていた亡霊と、こんなところで出くわすとは」
後半は浅利の独り言だった。
亡霊、と繰り返す景一を適当にあしらって、浅利は自身が読み込んだ文献内容のあらましを簡単に語りはじめた。
────。
まずはこの村について、分かったことを共有する。
村名は加住村。
より古い文献には神住という字を用いることが多かったので、元々は神の住む村という字だったのだろうね。
文献に残るようになったのは室町後期の頃だ。
記述程度に、寛喜の飢饉についてひどい被害だったことが残されている。村人の半数以上が飢餓やそれにともなう争いによって死んでいった。その大量死をうけていつしか始まったのが、鎮魂祭だと。おそらく始まった当初は村のイベントとしてそこまで大々的なものではなかったんだとおもう。やっても神社関係者や有志が儀礼に参加する程度のものだった。
それが変容したのは、時を下って、泰平の世を迎えた江戸時代。徐々に村民全員が参加する大衆的なものとなり、やがて緖結び神楽なるものが始まった──。
そうだね。
だから、神楽自体はそこまで古い歴史というわけでもなさそうだ。といっても二百年以上続くだけでもすごいことだけれど。
神隠し──。
ええ、その単語が出てきたのは、緖結び神楽が始まってからしばらく経った江戸末期ごろのことです。
『幼巫女が祭の最中に忽然とすがたを消し、呼べど叫べど帰還することはなかった。しかし数年の時を経て、ある日突然、まったくおなじ姿形の娘が山中より戻り来る──』と。娘は年もとらず、経年を感じさせぬ出で立ちでふらりと山から戻ってきたのだそうです。
娘に話を聞けど、分からないの一点張り。
その後娘は村に迎え入れられると、かつて神隠しにあった幼巫女とおなじ所作をし、おなじ歌をうたい、おなじ演舞を舞うことができたそうな。──村史では、その娘についてこう結論付けています。
『娘はあの幼巫女にほかならず、神によって常世に連れられたため、その姿かたちを変えることなく、此度なんらかの理由あってふたたび現世へ降りてきた』
と。
さあ──その真相はわかりません。
神隠しに遭っても帰ってこないことの方が多い。それでも、各時代で時おり、神隠しに遭った幼巫女が数年後にふたたびおなじ姿で戻ってくることが起こっていたようですから、村の者たちはみな少なからず「娘が常世から戻ってきたのだ」と信じた者も多かったんでしょう。
いや、まさか。
その話を手放しに信じるほど、おれはまだ染まっちゃいないよ。一花ならそんなこともあるか、と納得するだろうが。
ふつうに考えれば、神隠しに遭った幼巫女と帰ってきた少女は別人だ。顔がおなじだというなら血縁かもしれない。そう、実の娘という意味だよ。幼巫女といったっておそらく年齢は小学校高学年くらいだろう? 初潮がくれば妊娠はできる。いまの時代ならまだしも江戸時代なら十代前半での妊娠だっておかしいことでもないんだ。
うん。
たとえば、演舞ののち何者かに誘拐されて暴行を受け、そのまま妊娠出産をした。娘を育てるなかで歌もうたうだろう。遊びと称して演舞の踊りも教えるかもしれない。親子なら所作が似るのも納得だ。母親になった幼巫女が、なんらかの理由があって自分の娘を手放すとなったとき、かつての故郷を頼るのは自然な思考だろう。当時は性にオープンで、祭となるとナンパや淫行が往来していたというし。
うん? ふふ。いいや槙田くん、君は人間の記憶力を過信している。
数年経った少女の顔立ちなんて、写真でも残っていないかぎり親でも明瞭な部分は忘れていくものだ。髪型と服装がおなじで、おまけに面影が色濃く残っていれば「あの子とよく似ている」と錯覚したっておかしくないんだよ。
──とはいえ。
これはあくまで現実的な仮説に過ぎない。ほんとうに、時の流れから外れた”常世“という場所で、数年間生きていた少女だったのかもしれない。ここの神社──カスミ神社の御神体は裏手の山ということだから、ただでさえ山への信仰心も高いだろう。山からかつて隠れた巫女が降りてくるなんて、彼らの常識で言えばむしろそっちの方が自然なのかも。
?
どうしたんだ、槙田くん。顔色がわるいよ。
ああ。そうか。
君は──。
────。
ここまで言って、浅利は閉口した。
気づけば一同の視線はすべて槙田泰全に注がれている。とくに藤宮の目線はするどい。まるで自分の奥の奥まで見透かされているかのように──。神隠しの話からすこしずつ挙動不審になっていた泰全は、いよいよ自分の番が来たことを悟った。
どうしてキミたちは、と苦笑交じりに藤宮を見る。
「こっちがなにも言ってないのに分かるんだろう」
「僕が、藤宮恭太郎だからだ」
「────?」
「キミと初めて顔を合わせたあの時からずっと聞こえていたぜ。祭で消えた少女のことも、ふたりの友達が死んだことも、キミの気持ちもぜんぶ」
「!」
泰全の顔がサッと青ざめる。
──その子はまだ見つからないのか。
と、問われたことを思い出した。定食屋から帰る間際のことだ。
あまりにも唐突なことでその時は頭が真っ白になった。あの時はひと言だって祭の詳細や神隠しについて話してはいなかったのに。
あれも、彼が藤宮恭太郎ゆえの千里眼だとでもいうのだろうか。
しかし彼はいまもまた、泰全の顔を見てにやりと口角をあげた。
「千里眼とはおもしろいことを言う。あいにく僕の目は役立たずで、ほとんど何も見えちゃいないのだ。だから代わりに聴く」
「聴く──」
「さっき、神隠しに遭った娘と、それを追って禁足地に踏み入った少年たちの話を聞いた。その中のひとりがキミなんだな。タイゼンくん」
「────」
「お、おい。さっきからなんの話だ、恭太郎。カオリちゃんが話していたこと、おまえは知っていたのか?」
と、黒須景一が戸惑いの声をあげる。
藤宮はすこし面倒くさそうな顔をして、ちらりと浅利を見やった。しかし浅利はゆったりと首を横に振るばかり。自分にはあずかり知らぬことだ──とでも言いたげである。
「実加は」
ぽつりと、泰全はつぶやいた。
「実加は──どっちだとおもう?」
「え?」
黒須が首をこちらに向ける。
「まだ帰ってこないんだ。実加は、まだ……常世にいるんだろうか」
「槙田くん」
「常世から、オレたちをうらんで龍二や夏生を──ころしたんだろうか。オレたちが見つけてやれなかったから──オレが、拒絶したから──オレや剛のことも、ころすつもりなんだろうか」
声がふるえる。
すかさず浅利が口を挟んだ。
「それは、恨まれる理由があるということ?」
「──オレはそんなつもりじゃなかった。ただ、どうしたって聞き入れてやれないことだっただけで──だから、でも、実加は恨んだのかもしれない。だから、……」
頭上で、大きなため息が聞こえた。藤宮だ。
「オロカモノ」
「!」
おもわず泰全が顔をあげる。
藤宮は、冷たい目でこちらを見下ろし、
「死者がたかが呪いで生者をころせるものか」
ぴしゃりと言った。
「え────」
「彼女に対して負い目があるからって、なんでもかんでも祟りだ呪いだと死者をワルモノにして被害者ぶるのはよせ! この極論被害妄想野郎」
「な、」
「あまり死者をナメるな。人は死んだらみんな生者を恨む存在になるとでもおもっているのか? だとしたら大馬鹿者だぞッ。彼女はたしかにキミを呼んでいるそうだ。でもそれは恨みを晴らすためなんかじゃない。怒ってもない。彼女は阻止したいだけだ。彼女の兄貴は知っているみたいだからな」
「!」
泰全の頬がひきつる。
まさか。そんなはずは。
「一刻も早く、彼女の兄貴──つよしくんを見つけて、誤解を解くがいいよ」
といって藤宮はうっそりとほくそ笑んだ。
藤宮恭太郎と黒須景一が語る話について、槙田泰全は半分も理解できなかったが、浅利将臣には通ずるところがあったのか、険しい表情で幾度か頷く。
泰全は眉を下げた。
「それで──これからどうする? 早くつよしを探さないと」
「早まるなダイゼンくん。まずはそっちの話を聞いてからだ」
「た、タイゼンだってば」
「将臣。おまえが見知ったことをさっさとぜんぶ吐け」
「横暴だなぁ──。ええっと、おれが文献を読み込んでわかったことは大きくふたつあるんだが、とりあえずそっちの話を踏まえて、この村の祭について話そう」
「もうひとつは?」景一が首をかしげる。
「それはあと」浅利は唸るようにつぶやいた。
「とはいえ──もう関わることもないとおもっていた亡霊と、こんなところで出くわすとは」
後半は浅利の独り言だった。
亡霊、と繰り返す景一を適当にあしらって、浅利は自身が読み込んだ文献内容のあらましを簡単に語りはじめた。
────。
まずはこの村について、分かったことを共有する。
村名は加住村。
より古い文献には神住という字を用いることが多かったので、元々は神の住む村という字だったのだろうね。
文献に残るようになったのは室町後期の頃だ。
記述程度に、寛喜の飢饉についてひどい被害だったことが残されている。村人の半数以上が飢餓やそれにともなう争いによって死んでいった。その大量死をうけていつしか始まったのが、鎮魂祭だと。おそらく始まった当初は村のイベントとしてそこまで大々的なものではなかったんだとおもう。やっても神社関係者や有志が儀礼に参加する程度のものだった。
それが変容したのは、時を下って、泰平の世を迎えた江戸時代。徐々に村民全員が参加する大衆的なものとなり、やがて緖結び神楽なるものが始まった──。
そうだね。
だから、神楽自体はそこまで古い歴史というわけでもなさそうだ。といっても二百年以上続くだけでもすごいことだけれど。
神隠し──。
ええ、その単語が出てきたのは、緖結び神楽が始まってからしばらく経った江戸末期ごろのことです。
『幼巫女が祭の最中に忽然とすがたを消し、呼べど叫べど帰還することはなかった。しかし数年の時を経て、ある日突然、まったくおなじ姿形の娘が山中より戻り来る──』と。娘は年もとらず、経年を感じさせぬ出で立ちでふらりと山から戻ってきたのだそうです。
娘に話を聞けど、分からないの一点張り。
その後娘は村に迎え入れられると、かつて神隠しにあった幼巫女とおなじ所作をし、おなじ歌をうたい、おなじ演舞を舞うことができたそうな。──村史では、その娘についてこう結論付けています。
『娘はあの幼巫女にほかならず、神によって常世に連れられたため、その姿かたちを変えることなく、此度なんらかの理由あってふたたび現世へ降りてきた』
と。
さあ──その真相はわかりません。
神隠しに遭っても帰ってこないことの方が多い。それでも、各時代で時おり、神隠しに遭った幼巫女が数年後にふたたびおなじ姿で戻ってくることが起こっていたようですから、村の者たちはみな少なからず「娘が常世から戻ってきたのだ」と信じた者も多かったんでしょう。
いや、まさか。
その話を手放しに信じるほど、おれはまだ染まっちゃいないよ。一花ならそんなこともあるか、と納得するだろうが。
ふつうに考えれば、神隠しに遭った幼巫女と帰ってきた少女は別人だ。顔がおなじだというなら血縁かもしれない。そう、実の娘という意味だよ。幼巫女といったっておそらく年齢は小学校高学年くらいだろう? 初潮がくれば妊娠はできる。いまの時代ならまだしも江戸時代なら十代前半での妊娠だっておかしいことでもないんだ。
うん。
たとえば、演舞ののち何者かに誘拐されて暴行を受け、そのまま妊娠出産をした。娘を育てるなかで歌もうたうだろう。遊びと称して演舞の踊りも教えるかもしれない。親子なら所作が似るのも納得だ。母親になった幼巫女が、なんらかの理由があって自分の娘を手放すとなったとき、かつての故郷を頼るのは自然な思考だろう。当時は性にオープンで、祭となるとナンパや淫行が往来していたというし。
うん? ふふ。いいや槙田くん、君は人間の記憶力を過信している。
数年経った少女の顔立ちなんて、写真でも残っていないかぎり親でも明瞭な部分は忘れていくものだ。髪型と服装がおなじで、おまけに面影が色濃く残っていれば「あの子とよく似ている」と錯覚したっておかしくないんだよ。
──とはいえ。
これはあくまで現実的な仮説に過ぎない。ほんとうに、時の流れから外れた”常世“という場所で、数年間生きていた少女だったのかもしれない。ここの神社──カスミ神社の御神体は裏手の山ということだから、ただでさえ山への信仰心も高いだろう。山からかつて隠れた巫女が降りてくるなんて、彼らの常識で言えばむしろそっちの方が自然なのかも。
?
どうしたんだ、槙田くん。顔色がわるいよ。
ああ。そうか。
君は──。
────。
ここまで言って、浅利は閉口した。
気づけば一同の視線はすべて槙田泰全に注がれている。とくに藤宮の目線はするどい。まるで自分の奥の奥まで見透かされているかのように──。神隠しの話からすこしずつ挙動不審になっていた泰全は、いよいよ自分の番が来たことを悟った。
どうしてキミたちは、と苦笑交じりに藤宮を見る。
「こっちがなにも言ってないのに分かるんだろう」
「僕が、藤宮恭太郎だからだ」
「────?」
「キミと初めて顔を合わせたあの時からずっと聞こえていたぜ。祭で消えた少女のことも、ふたりの友達が死んだことも、キミの気持ちもぜんぶ」
「!」
泰全の顔がサッと青ざめる。
──その子はまだ見つからないのか。
と、問われたことを思い出した。定食屋から帰る間際のことだ。
あまりにも唐突なことでその時は頭が真っ白になった。あの時はひと言だって祭の詳細や神隠しについて話してはいなかったのに。
あれも、彼が藤宮恭太郎ゆえの千里眼だとでもいうのだろうか。
しかし彼はいまもまた、泰全の顔を見てにやりと口角をあげた。
「千里眼とはおもしろいことを言う。あいにく僕の目は役立たずで、ほとんど何も見えちゃいないのだ。だから代わりに聴く」
「聴く──」
「さっき、神隠しに遭った娘と、それを追って禁足地に踏み入った少年たちの話を聞いた。その中のひとりがキミなんだな。タイゼンくん」
「────」
「お、おい。さっきからなんの話だ、恭太郎。カオリちゃんが話していたこと、おまえは知っていたのか?」
と、黒須景一が戸惑いの声をあげる。
藤宮はすこし面倒くさそうな顔をして、ちらりと浅利を見やった。しかし浅利はゆったりと首を横に振るばかり。自分にはあずかり知らぬことだ──とでも言いたげである。
「実加は」
ぽつりと、泰全はつぶやいた。
「実加は──どっちだとおもう?」
「え?」
黒須が首をこちらに向ける。
「まだ帰ってこないんだ。実加は、まだ……常世にいるんだろうか」
「槙田くん」
「常世から、オレたちをうらんで龍二や夏生を──ころしたんだろうか。オレたちが見つけてやれなかったから──オレが、拒絶したから──オレや剛のことも、ころすつもりなんだろうか」
声がふるえる。
すかさず浅利が口を挟んだ。
「それは、恨まれる理由があるということ?」
「──オレはそんなつもりじゃなかった。ただ、どうしたって聞き入れてやれないことだっただけで──だから、でも、実加は恨んだのかもしれない。だから、……」
頭上で、大きなため息が聞こえた。藤宮だ。
「オロカモノ」
「!」
おもわず泰全が顔をあげる。
藤宮は、冷たい目でこちらを見下ろし、
「死者がたかが呪いで生者をころせるものか」
ぴしゃりと言った。
「え────」
「彼女に対して負い目があるからって、なんでもかんでも祟りだ呪いだと死者をワルモノにして被害者ぶるのはよせ! この極論被害妄想野郎」
「な、」
「あまり死者をナメるな。人は死んだらみんな生者を恨む存在になるとでもおもっているのか? だとしたら大馬鹿者だぞッ。彼女はたしかにキミを呼んでいるそうだ。でもそれは恨みを晴らすためなんかじゃない。怒ってもない。彼女は阻止したいだけだ。彼女の兄貴は知っているみたいだからな」
「!」
泰全の頬がひきつる。
まさか。そんなはずは。
「一刻も早く、彼女の兄貴──つよしくんを見つけて、誤解を解くがいいよ」
といって藤宮はうっそりとほくそ笑んだ。
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