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「では前の試合が始まりましたら呼びに来ますので」

 運営員が去り、改めてテントの中へと入る。
 中には安物の机と椅子があり、表側は布が張られてなく建物の壁と壁に空けられた隙間から外を見ることができる。
 もっとも観客席に遮られて舞台は見れず、関係者以外立ち入り禁止の区画なので人通りもない。

 (これで一体どうやって試合までの時間を潰せと?)

 観客席のルルカ達のところにでも行きたいが、観戦チケットがない。

 (飛行魔法で観客席上空から3人の内の誰かを連れ出すか……?)

 さすがに目立ち過ぎる。試合に水を差すことにもなりかねないし……

 とりあえず収納から布団を出して寝ることにした。
 あまりにも暇なら王都見物でもすることにしよう。

 目を閉じてしばらくすると、廊下のほうが騒がしくなる。
 バサッと入り口がめくられ、

「ツトム! 回復魔法してくれ!」

 ボロボロになったグリードさんが入ってきた。
 左足が変な方に曲がっていて、大剣を杖代わりにここまで来たようだ。
 鎧も破損具合が酷く、腕に生々しいアザがいくつかある。

「グリードさん、その……、残念でしたね」

 回復魔法を掛け、ついでに鎧も浄化魔法で綺麗にしてあげた。
 武士の情けだ。魔術士だけど。

「バカヤロー! 勝ったに決まってるだろ!」

「えっ?」

「見ての通り苦戦はしたがな。2等級撃破だ!」

「おぉ! それはおめでとうございます!」

「バルーカの冒険者の為に体を張って頑張った、と伝えてくれ」

 サリアさんにか。伝えるだけならロザリナに頼めばなんとか……

「それにしても、勝ったのなら自費で治してもらってくださいよ。
 試合前で緊張しているのですからもっと配慮をしてくれても……」

「グースカ寝といて何が緊張してるだよ!」

 目を閉じてただけで寝てたわけでは……

「大体この国の回復術士の腕では完璧に治すのは無理だろ」

「運営の人に聞こえているから!?」

 もう少し気を遣えよ!
 グリードさんに付き添っている運営員も苦笑いをしてるし。

「でも帝国やウチ(=ベルガーナ)の国からも回復術士が派遣されて来ているとか」

「どうせ腕の良いのは国内で囲って、派遣されたのは中堅以下の連中だろ。
 それでもこの国の回復術士よりはマシだろうが」

 だから言い方っ!

「我が国では魔法よりも武闘を重んじておりますのでどうぞお気になさらず」

 運営員が苦笑しながらフォローしてくれるが、その方針は今後変えるみたいですよ?

「それにしてもグリード様が仰っていた通り素晴らしい回復魔法ですね。
 どうでしょう? 軍に入りませんか? ツトム様なら出世間違いなしですよ!」

「えっと……自分は冒険者をしていたいので……軍に入るつもりはないです」

「それは残念ですね」

 何が悲しくて一兵卒からやらないかんのだ。
 それならレイシス姫の話に乗ったほうが全然マシだ。

「それじゃあな、ツトム。回復魔法助かった。
 準決勝で負けても俺の決勝戦が終わるまでは待っててくれ」

「負けたらとっとと帰りますよ!」

 なんて人だ!? 俺を回復要員としてキープしておくつもりかっ!

「ハハハハ! ほら、金ならきちんと払うからさ」

 グリードさんが懐から財布を取り出そうとしている。

「お金なんていらないですよ」

「いいのか?」

「ええ。
 また黒オーガと戦う時に盾になってもらえれば」

「金じゃなくて命よこせってか?! 酷い奴だな!!」

 グリードさんは散々俺に悪態をついて自分のテントへと帰っていった。もちろん俺もちょっとだけ言い返しておいたけど……

 以前ギルドマスターのレドリッチが、『トップパーティーは憧れであり目標であり手本となる存在』とか言っていたが、普通あんなのに憧れるか?
 俺のほうがグリードさんより精神的には年上だからかもしれないけど、普通の少年少女にとってはグリードさんは憧れの存在なのだろうか?
 いずれにせよ丁度いい時間潰しになったことは紛れもない事実だった。




……

…………


「ツトム様、そろそろお支度を」

 運営員に案内されて試合会場まで歩いて行く。
 ぶっちゃけ会場はすぐ隣なのだから案内など不要なのだが、どうもこういうおごそかな雰囲気を演出してるみたいだ。

 俺の準決勝の対戦相手は、

 ロッペン・29歳・男性・獣人・アルタナ王国・剣士・元2等級冒険者・前回大会本予選出場・戦闘ランク165

 ランテスより1ランク下ぐらいな感じだろうか?
 2等級まで上り詰めたのに30歳にもならない若さで既に冒険者を引退している。
 こんな大会に出るぐらいだからケガとかの理由ではなさそうだけど……

 一旦昨日まで待機所だった小さな建物に案内された。
 ここで前の試合が終わるまで待つようだ。
 すぐにロッペンもやって来た。
 ここは冒険者としては後輩である自分から挨拶するべきだろう。

「5等級冒険者のツトムです。今日はよろしくお願いします」

「おぉ、元冒険者のロッペンだ。5等級なのにここまで勝ち上がってくるとは大したものだ」

「ありがとうございます」

 ロッペンは見た目からは何系の獣人だかよくわからない。尻尾もないみたいだ。
 背丈は当然俺より高いのだが、ロザリナよりは低く、この世界の一般男性基準だと低く分類される。

「ん? どうした? 緊張でもしてるのか?
 魔術士と戦うなんて久しぶりで楽しみにしているんだ。
 緊張のせいで存分に戦えなかった、なんてつまらん結果は勘弁だぞ」

 口数が少ないと逆に気を遣わせてしまうか?
 既に冒険者を引退しているせいかロッペンにはギラギラとした雰囲気はなく、純粋にこの大会を楽しみたいみたいな感じだ。だったら……

「一つお聞きしてもよろしいですか?」

「構わないぞ」

「ロッペンさんはどうしてその若さで冒険者を引退されたのですか? せっかく2等級までなったのに」

「そんなことが気になるのか?
 まぁ隠すようなことでもないから別に構わないが……」

 1等級やその上の銀級・金級はロクな活動もしていないのにその肩書きにしがみついている連中だと以前に聞いた。
 その反面ロッペンのような2等級は潔く冒険者を引退している。
 両者の違いは……

「俺が冒険者を引退したのは一言で言うならパーティーが解散したからだな。
 結婚するから、実家を継ぐから、と言った理由でメンバーが抜けてその後解散という流れだ」

「新たにメンバー募集とかして冒険者を続ける選択は?」

「5等級だとまだわからんか。
 俺らの等級でメンバーを募っても応募なんて来やしない。
 都合良くパーティーを探している2等級冒険者なんていないんだ」

 確かに新しいメンバーを探すのは大変なんだろう。上の等級ともなると特に。

「かと言って下の等級と組む訳にもいかない。
 一時凌ぎにはなるかもしれないが、実力差が大きいとどうしてもパーティー内での不協和音に繋がるので難しい。
 まぁそれまでに金は十分稼いでいたから特に悩むことなく引退した、というかできたな」

「そのような事情だったのですね」

 パーティーを維持してるか否か、長く冒険者を続けるには極めて重要な要素のようだ。

「満足したか?
 どうやら前の試合が終わったみたいだ」

 外から歓声が聞こえてくる。

「では見せてもらおうか。
 ここまで勝ち上がって来た魔術士としての力量をな!」

 ロッペンは颯爽と待機所のドアを開けて舞台へと歩いて行く。
 慌てて後を追う俺の頭からは別に負けても構わないという考えはどこかに飛んでしまっていた。
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