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「…………斥候職の女性を抱えて森へ向けて飛び立ったんだ」

 俺はリビングで2人にメルクでの出来事を話している。

「オークの集落を目指して森を飛んでいたところ、女性達がオークの集団に追われているのを発見した!」

 細部は違うが別に構わないだろう。

「…………」

「すかさず女性達の近くに着地しオークの集団を魔法で殲滅していった。
 女性達は集落から逃げて来たのだ」

「…………」

 う~~ん。
 どうも今一つ2人の反応が鈍いな。
 盛り上がりに欠けるからだろうか?
 こうなってしまってはやむを得ないな。
 …………盛ろう。

「女性達が安堵の表情を浮かべたのも束の間、その顔はすぐに恐怖に支配されることになる。
 なぜなら、ドッドッドッドッドッと地響きによる振動が体に伝わって来て異常事態を知らせて来たのだ!!」

 まだ喰い付かないか?

「森の木々に遮られて全容は見えないものの、明らかに先ほどの集団の比ではない程の大軍勢が迫って来ているのだ!!」

 2人の表情に変化は見られない。

「数人の女性達の為にこのような大軍勢を繰り出してくるだろうか?
 俺はふと疑問に感じた。
 そして押し寄せて来る軍勢の先頭にはその巨体で圧倒的な存在感を誇示しているオークキングの姿があった」

 おっ。
 少し前のめり気味になったか?

「オークキング……
 2人も知っているようにこのバルーカが襲われた夜に俺が手も足も出ずに苦杯を嘗めさせられた相手だ。
 遠目からでも感じられる圧倒的な恐怖に彼女達は絶望を通り越した諦めの表情になっていた。
 その恐怖を振り撒く魔物の目が雄弁に語っていた。
 『お前達などついでだ。このまま街を滅ぼしてやるぞ』と」

 2人は更に前のめりになってきている。
 もっとだ。
 もっとこちら側に引き込むんだ。

「俺には飛行魔法がある。
 一緒に連れて来た斥候職と女性達の中の1人ぐらいなら抱えて逃げられるかもしれない。
 こんな絶望的な状況なんだ。逃げたとしても誰も非難はしないだろう。
 しかし、ああ……、しかしである。
 俺の中のちっぽけな何かがしきりに語り掛けてくるのだ。
 それでいいのか? と」

 もはや2人の目は早く続きを話せと言わんばかりに俺に訴えてきている。

「女性達を見捨て、街を見捨ててお前達の下へ胸を張って帰れるのか?
 キングに敗れ眠れぬ夜を繰り返して来たのは今この時逃げ出す為だったのか?」

「(いつも真っ先に眠られてるような……)」

「悔し涙を流しながらも歯をくいしばって新魔法を開発したのもこの強敵に立ち向かう為ではなかったのか?」

「(ツトムが泣いてるところなんて見たことないけど……)」

「これ以上の悲しみはもう結構でござる!!」

「ござる??」「????」

「そして俺は飛行魔法でキングに一直線に飛んで行った。
 己の中の小さな勇気を最大限に奮い立たせて、希望という未来を掴む為に飛翔したのだ!!」

「ゴ、ゴクリ……」

「俺は強弓から放たれた矢の如くキングとの間にあった距離を一瞬で詰め激突した!
 だが俺の飛翔は分厚い防御に阻まれてしまう。
 キングはニヤリと笑い、
 『おまえの攻撃は所詮その程度でしかないのだ』と言わんばかりの表情をしている」

 本当は違う魔法を同時には発動できないので、飛行魔法中は攻撃できないのだがあくまでも演出優先だ。

「だが俺はキングに油断が生じているのを敏感に感じ取った。
 奴は俺が切り札を隠し持っていることを未だ知らないでいる。
 そう……、狙うは一撃、ただ一撃……」

 ロザリナは拳を握り締めて聞き入っている。

「キングが勝利を確信しながら手に持つ巨大な戦斧を振りかぶる。
 俺は防ぐことも避けることもせずに逆に奴の懐へ飛び込んだ!!
 至近距離で新魔法を炸裂させる。
 辺りがまるで時が止まったかのような静寂に包まれる中でキングの巨体がゆっくりと崩れ落ちた」

「!!」

「俺は周囲を取り囲もうとしていた魔物どもを睨んだ。
 自分達の王が討たれたのを目の当たりにしたせいか魔物の軍勢は潮が引くが如く退却していった。
 ……俺は勝ったのである。
 女性達を守り街を守ったのだ。
 俺はその場で空を見上げた。
 木々の間から垣間見える空はどこまでも高く、とても澄みきっていた……」

 そしてエンディングである。
 もちろん歌うのは劇場版の主題歌だ。
 2人に手拍子を強要してフルコーラス歌い切ってやった。

 ロザリナはとても感動しているようだ。
 若干目に涙すら浮かべている。

 問題なのは隣に座っているルルカだ。
 常に俺の言うことを疑う女性だ。
 西の森の空中展望台や王都での首飾りの贈り物によって俺への評価は上がっているはずなんだが……
 今も俺の話が本当かどうか脳内で検証作業をしているのではないだろうか?

 だが、俺は常に切り札を隠し持つ男だ。
 万事に置いて抜かりはない!!

「2人共ついてきなさい」

 俺は2人を連れてリビングから庭に出た。

「とかく冒険者は物事を大げさに語りたがるものだ。
 ルルカも俺の話がどこまで本当なのか疑っているのだろう?」

「い、いえ、そのようなことは……あると言いますか……
 決して信じてないという訳ではないのですが……
 ツトムさんのお話は警戒しないといけませんから。
 その……、突然とんでもないことを言い出しますので……」

 全然フォローになってないよ!!
 しかしその疑いもここまでだ。

「百聞は一見に如かずという言葉がある。
 どのように言葉を並べたとしても物証の前には全てが無力だ。
 見るがいい。
 この圧倒的な事実を!!」

 俺は収納からオークキングの死体を出した。
 庭に移動したのはリビングではその巨体を立たせることができないからだ。

「!?!?!?!?」

 ロザリナは慌てて距離を取り手を腰に持っていく。
 が、帯剣していないのでその手は空振るばかりだ。

「あっ……、ぁ……」

 ルルカはその場で女の子座りをしてしまった。
 腰を抜かしちゃったようだ。

 俺がオークキングを倒したのは事実なのだ。
 ただ倒した場所と日時が違うだけで。

「ロザリナ、剣を握り続けるのならいずれは相対する"かも"しれない相手だ。
 そのように取り乱してどうする?」

「も、申し訳ありません」

 ルルカを立たせて抱き締める。

「これは死体だ。怖くないぞ」

「は、はい……」

 ルルカからもギュッと抱き締めて来る。
 柔らかい感触を楽しみながらこんなしおらしい感じのルルカもたまにはいいなと思った。
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