お兄ちゃんの装備でダンジョン配信 ~レベル1なのに迷宮の最下層へ。勝手に持ち出した装備は84億円!? 最強装備の初心者が動画をバズらせる~

高瀬ユキカズ

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最強の初心者パーティ

第183話 湊ちゃんの弓術

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 もりもりさんの指導により、湊ちゃんは神王スキルを使えるようになっていた。けれど、剣はうまく扱えていない。早い段階でもりもりさんが武器の変更を提案してきた。

「違う武器がいいかも知れないわね」

 大統領から提供してもらったアイテムの中にエンジェル・ボウがあった。これはミリアに使ってもらう予定だったが、攻撃力が皆無のミリアには飾りにしかならないものだ。ピンクシルバーに輝く長弓で、本体は湊ちゃんの身長とさほど変わらない。弓矢は周囲のマナを集めて実体化され、無限に生成される。

「剣より難しそうだけれど、弓はどうでしょうか?」

 もりもりさんが湊ちゃんに顔を向けた。

「どう? 湊さん。これ、使ってみない?」

 もりもりさんに促され、恐る恐るといった感じに湊ちゃんがエンジェル・ボウを手にする。
 弓の本体を握った瞬間、湊ちゃんの表情が一変した。

「なんか、しっくりくる。しっかり握れる」

 湊ちゃんには思うところがあったようだ。そのまま構えて、弦の先を指で摘み、軽く引いている。そのすぐ横にもりもりさんが寄り添った。

「弦を強く引くと弓矢が自動的に生成されるようですね。私は学生の頃、日本で弓道を習ったことがあるんです。その時、弓道の師範代と呼ばれている方から教えを受けました。動かない亡霊を的にして練習をしてみましょう」

「わかりました」

 湊ちゃんは先ほどまでのおどおどした様子が消え、凛とした表情で生き生きとしていた。

「まずは、理想形を教えますね。最初からできなくてかまいません。軽く息を吸いながら、弦を引いてください」

「はい」

 湊ちゃんが弓の本体を握り、弦を手前に大きく引く。弦は弧を描き、弓矢が光り輝きながら実体化された。

「目標を定めてください。亡霊の心臓を狙いましょう。無理に当てようとしないで、指が自然に離れるのを待ってください。心を無にした瞬間に、指は勝手に離れます」

 湊ちゃんは黙ったまま、もりもりさんの指導に耳を傾けている。

「指が離れると矢が放たれるのですが、矢を打つイメージではなく、的のほうがやじりに引き寄せられるイメージを持ちます。完全に無心になることができれば、時間と空間がなくなった感覚になります。的の周囲の空間がこちらに急速に縮んできて、一瞬で近づいたように感じるでしょう。矢が刺さった結果だけが起こったように感じます」

 ふいに、湊ちゃんの指から弦が離れた。ぱん、と小気味いい音を立てて、矢が亡霊の心臓部に突き刺さった。

 湊ちゃんの左手首が脱力したように曲がり、弓の本体が傾く。弦をつまんでいた右手は耳元でしなやかに指をくゆらせ、視線はまっすぐと標的を捉えている。その凛とした佇まいは、まるで熟練のハンターのようだった。

「残身が自然にできていますね……。教えていないのですが……」

「かっこいいな……」

 春日井君と私から、思わず感嘆の声が漏れる。

 弓を降ろした湊ちゃんは、小さな声で呟いた。

「私、これ、好きだな」

「湊さん。弓を扱ったことがあるのですか?」

 もりもりさんに尋ねられて、湊ちゃんは首を振る。

「いえ、初めてです」

「初めてですか……。普通は何年も練習して、この境地に至るはずです。技術よりも心の扱い方が難しいのです。弓の練習だけではなく、瞑想などをして心の鍛錬も必要になります」

「あ、瞑想なら、私、毎日しているんです。朝、学校へ行く前に40分。毎日の日課にしています」

 湊ちゃんの意外な習慣に、私は驚いた。毎日瞑想をしているなんて、まったく知らなかった。

 もりもりさんは納得したように深く頷いている。

「それなら、納得できるものがあります。頭で考えて打とうとすると、この領域には到達できません。それを一発でやってしまうなんて。じゃあ、こんどは連射に挑戦してみましょう。それと、動いている標的に当てる練習です。実践では敵は止まってくれませんからね」

「はい」

 私は思わず身震いした。湊ちゃんは神王スキルを使っていないのだ。スキルを使わないでこの精度だ。湊ちゃんがスキルを使いこなしたら、とんでもないハンターになるのではないかと思った。

 私はタブレットを操作して、亡霊たちをトレーニング・モードに変更した。動き出した亡霊はそれほど速くない。むしろ遅いくらいだ。

 湊ちゃんは次々に矢を命中させていく。
 ゆっくり動いているとはいえ、初めて弓を扱ったのだ。間違いなく、すごいことだった。

 気になったのは湊ちゃんを見つめる春日井君の視線だ。
 真剣な顔で湊ちゃんの練習をじっと見つめている。他のことは視界に入らず、湊ちゃんだけを見ているようだった。

 湊ちゃんの所作は美しかった。普段、学校で見る彼女ではなかった。私ですら、思わず見惚れてしまうほどの姿だった。

 矢を放つたび、湊ちゃんの黒髪が揺れる。横から春日井君のため息が聞こえてきた。口をゆるく開き、湊ちゃんを見つめている。そんな彼も、学校では見たことのない姿だった。湊ちゃんに、すっかり見入っている様子だった。
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