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ハロー、アメリカ

第163話 焦る湊ちゃん

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「そ、そんなの良くないと思うよ!」

 湊ちゃんは春日井君の言葉に反応した。私の代わりに兜を買ってくれると言った春日井君にではなく、私のほうへ顔を向けていた。

「私たちは中学生だよ。13万円は大金だよ。それをやりとりするのは良くないよ」

「湊、13万5千と言っても、ダンジョンポイントだよ?」

「でも、日本円にも交換ができるんだし、お金のようなものだよ。それに、春菜はお兄さんから5万円しか使っちゃ駄目って言われているんでしょ? 中学生としての金銭感覚が狂わないようにという親心なはずだよ」

「その保護者みたいな振る舞いがね、なんとかしてほしい。私も、もう子供じゃないんだし」

 私は呆れたように肩をすくめた。

「でも、まだ大人じゃないでしょ?」

「いいんだよ。お兄ちゃんからは下の階層へ行っていいって言われたんだから。でも、今の装備で行ったら危ないから、もっといい装備がほしいんだよ」

「行かなければいいじゃない。そんな危ない場所」

 湊ちゃんは少し膨れながら言った。

「私だって、兄離れしたいんだよ。いつまでもお兄ちゃんの庇護下にいるつもりはない。それに、ダンジョンハンターとして強さを求めたい気持ちもあるし」

 それには春日井君も同調するように頷いた。

「まあ、気持ちはわかるよ。俺ももっと強くなりたいしな」

 だけど、湊ちゃんはわかってはくれないようだ。

「二人とも、大人になってからじゃ駄目なの? それは今じゃなきゃいけないこと?」

「今、強くなりたいんだもん。湊はハンターじゃないから気持ちがわからないんだよ」

「確かにハンターじゃないから気持ちはわからないかもね。でも私はね、本当は、春菜にも春日井君にもダンジョンハンターをやめてほしい。危ないから」

 春日井君が湊ちゃんをなだめようとして、間に入ってきた。

「まあ、まあ、南波なんばが心配する気もわかるよ。だけど、ダンジョンにはリスポーンというシステムがあるんだ。筑紫が落ちてしまったような深層にでも行かない限り、基本的には死なない。怪我をすることはあるけどさ」

「そうなの?」

 湊ちゃんは私のほうへ顔を向ける。

「まあ、そうだね。アイテムロストなんかのペナルティはあるけれど」

 リスポーンは一種の緊急避難システムだ。即死でない限りはシステムが感知して安全なエリアまで飛ばしてくれる。ただし、手持ちのアイテムやダンジョンポイントをほとんど失ってしまうというペナルティがあった。

「そうなんだ。じゃあ、あまり深いところまで行かないでね。心配だし」

「さすがにもう人類未踏域に降りたりしないよ。レベルが100とかいかない限り」

「100になったら行くんだ……」

「そりゃ、100あったら行くでしょ」

 横で話を聞いていたミリアが「ミリアはレベル173なのです」と言いかけたところを手で塞いだ。手の下ではもごもごと蠢いている。

「まあ、現在のワールドランク1位がレベル88だからね。100なんて何年も先のことだよ」

「ミランダ・モリスさんだよね。私でも知ってる。有名だもん」

「そして、ワールドランク2位が筑紫の兄ちゃん。冬夜とうやさんなんだよな」

「まあねえ。お兄ちゃんはすごいんだよね。へへ」

 春日井君の言葉には、まるで自分が褒められたかのようににやついてしまった。

「じゃあ、兜に関しては冬夜さんの了承を得ればいいんじゃないか?」

「そりゃまあ、そうなんだろうけれど」

「俺が筑紫にプレゼントしたとか、そういうことにするのはどうだ?」

 私は少し考え込む。そういう手もあるのか……。
 この時の私は気がついていなかった。いつになく渋い顔をしていた湊ちゃんのことに。

「貰ったって言われたらお兄ちゃんも駄目だとは言えないよね。実際に、今の装備はほとんどがダンジョン部の部員から貰ったものなんだし」

「だな。じゃあ、いっしょに買いに行くか」

「悪いね、春日井君。高いのに」

「ちょっと待て。俺のポイントで買うのか? 俺の所持金知っているか?」

「知るわけがない」

「3万2千DP」

「買えないじゃん」

「筑紫がこっちに送金するって言ったじゃねえかよ」

「いや、プレゼントって言うから貰えるんだと思うじゃない」

「そういうことにしようって話だろ? あくまで、冬夜さんを納得させるための。でさ、ちょっとここは相談で、交換条件があるんだけど」

「交換条件? なに?」

「ほら、俺はまだ弱いじゃん? レベルもまだ12だし、剣道の経験でゴリ押ししてもモンスターには通用していないみたいだし」

「まあ、身体能力だけじゃなくて、情報も大事だって言われているよね。頭も大事なんだよ、頭も」

 私は自分の頭を指でとんとんと叩く。

「筑紫にそれを言われたくねえけどな。いや、だからさ、冬夜さんに頼めないかなって話」

「頼む? なにを」

「ほら、戦い方を教えてほしいなって思ってさ。できたら、彼女さんもいっしょに」

「彼女さん? 誰のことを言っているの?」

「ミランダ・モリスしかいないだろ。結婚する予定なんだって? 4人でダンジョンに行けないかなって。冬夜さんとミランダさんのペア、そこに俺と筑紫で」

「いや……、あの……。ちょっと、待って……」

 私はまだお兄ちゃんから婚約者を紹介してもらっていない。会わせてもらってもいなければ、写真すら見せてもらっていない。それに、お兄ちゃんともりもりさんのキスを目撃してしまったこともある。二股疑惑があるのだ。

 私が断る前に、立ち上がったのは湊ちゃんだった。

「駄目だよ、絶対に駄目!」

 机に身を乗り出し、声を張り上げた。

「それってダブルデートみたいじゃん!!」

 湊ちゃんはクラス中の注目を受けてしまっていた。しかし注目は湊ちゃんからすぐに、私と春日井君に移る。

 あちらこちらでは、こそこそと囁く声が聞こえてくる。

「「「「「「「「「「ダブルデート……?」」」」」」」」」」

 小さな声なのに、教室が静まってしまったおかげでしっかりと聞こえてしまった。

 私と春日井君は顔を真っ赤にしてしまう。
 
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