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ハロー、アメリカ

第154話 ダンジョンを出て帰国する

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 階段を登っていくと、ダンジョンの出口が見えてきた。
 私はタブレットのAIに話しかける。

「セルゲイの金属化はまだ大丈夫だよね?」

 金属身体メタリック・ボディの魔法は永久に続くことはない。私のMPマジックポイントが尽きてしまうと解除される。

『まだ時間は残っている』

「まさか、死んだりはしないよね? ちゃんと呼吸はできるのかな?」

『金属化では呼吸の必要性がなくなる。それよりも、動けない状態で固定されたことにより、恨みを買うかもな。ずっとあの屈辱的な体勢のままなのだから』

「うわあ、そっちのほうが問題なのか」

『だから、亜空間に飛ばしておけばよかったのだ』

「殺しておけばよかったと? タブさんは残酷だねえ」

 私は軽い口調で返した。
 ダンジョンの出口までやってきた。
 先に外に出たグレゴリーさんが叫んだ。

「セルゲイの体がないぞ!」

 急いで私もダンジョンから飛び出して、周りを見回す。
 小さな小部屋ほどの空間は、何もなかった。コンクリートが巻き散らかされたあとが地面に残っているが、セルゲイの姿はなかった。

 慌ててみんなで外へと向かう通路を走る。
 洞窟を抜けて外に出ると、隊員が5名倒れていた。全員がアメリカ側の軍人だった。

「おい! 大丈夫か!!」

 グレゴリーさんと私たちは駆け寄る。幸いにも気絶しているだけで、特に大きな怪我もなかった。

「何があった!?」

 叫ぶグレゴリーさんに、隊員の一人がやっとのことで口を開いた。

「ロ、ロシア側の軍人が……」

 回復を待ち、状況を詳しく聞くと、どうやらロシア側から派遣されてきた軍人の5人が金属化されたセルゲイを取り返そうとしたようだ。後ろから殴られたようで、誰も現場は見ていない。
 けれど、状況からセルゲイを連れ去ったことは間違いなかった。

 私はMPがもったいないので、金属化を解除した。今頃、彼らのもとでセルゲイは復活しているだろう。これですべて収まるといいのだが。
 セルゲイの罪を問えなかったことは悔しいが、これ以上しつこく追いかけて逆恨みされたくはない。
 国際問題にも発展しかねないが、そもそも今回のことはすべて非公式に行われている。私たちはセルゲイの追跡を諦めた。

「とりあえず、アメリカ側のダンジョンを取り返すことができた。これで、良しとしよう」

 グレゴリーさんは苦々しく言っていた。私としても、とりあえずの仕事を終えることができたし、ロシアのダンジョンはいったいどうするのかと疑問はあったけれど、彼らは彼らでなんとかするのだろう。

 私はエリさんとミリアに視線を向けた。エリさんは自分の手をかばうようにしてさすっていた。

「あれ? エリさんの手……。怪我をしていませんか?」

「ああ、これね……。緊迫した状況で忘れていたけれど、手を切ってたんだった……。急に痛くなってきた……」

 エリさんによると、私がダンジョンに向かって投げたミスリルカッターが壁に刺さり、それを取ろうとしたミリアの代わりに壁から抜いたそうだ。

 その時に手に切り傷ができてしまっていた。傷はかなり深そうだった。血は止まっているが、皮膚の内側の筋肉が少し見えている。

 ミリアは何も言わず、ダンジョンタブレットを操作していた。包帯を実体化させ、無言でエリさんの手に巻いていく。

 巻き方はたどたどしくておぼつかない。ぐるぐる、ぐるぐる、と何重にも巻いて、ドラえもんの手のように丸くなる。「代わろうか」と私が言っても、ミリアはただ首を振り、包帯を巻く手を止めることはなかった。

「もういいよ。ミリアちゃん、ありがとう」

 何度かエリさんがお礼を言って、やっとミリアは包帯を巻くのをやめた。

 ミリアの口から出た言葉はとても小さくて、かろうじて聞き取れるほどだった。「ありがとう」というお礼の言葉は、私は逆なんじゃないのかと思って首を傾げた。

 どうして包帯を巻いたミリアのほうがお礼をいうのだろう?

「どういたしまして」

 と言うエリさんの返答もなんだかおかしかった。
 ダンジョンで2人の間になにかがあったのだろう。

 ここから再びヘリコプターに乗り、帰国するために空港へ向かう。
 手を包帯でぐるぐる巻きにしているエリさんだったが、なんとか操縦は大丈夫そうだった。
 ヘリコプターの中ではミリアが眠そうな顔をして私に寄りかかっていた。
 小さな声で呟いた言葉があった。

「ミリア、学校へ行きたいのです。先生ってどんなだろう」

 ヘリコプターのローター音が激しく、なんとか聞き取れるくらいの声だった。
 ミリアの目は半開きになっていて、眠っているようにも見える。
 寝ぼけていて、寝言でも言ったのだろうか。

「じゃあ、ミリアもいっしょに学校へ行こうか。2年1組に入れてもらえるか、担任に聞いてみるよ」

 どうやらミリアは寝ていたようで、返事はなかった。
 代わりにタブレットから声が流れた。

『おいらの姉ちゃんは疲れてへとへとみたいだな』

あるじも疲れたであろう』

『あとは日本に帰るだけか。まあ、ちょっとした試練がまだ残っているけどよ』

『ああ、主も最後の試練だ』

 ミリアと私のタブレットがお互いに会話していた。試練とは、飛行機のことを言っているのだ。どう考えても、空に上がるとはとても思えない金属の塊のことだ。

『だが、主はこずるい方法を考えているのではないか? 飛行機に乗ることを回避するために』

 ヘリコプターはそろそろ空港に到着する頃だ。下降を始めていた。
 私は落ち着き払っている。飛行機になんて金輪際、乗るつもりはないし、最悪の場合は船で日本まで帰ればいい。
 しかし、別の手段もある。

「召喚の魔法で『長瀞ダンジョン』を呼び出す。私とミリアがダンジョンに入ることになる。召喚の魔法を解除したらそこは……」

『主のダンジョンは長瀞に固定されている。召喚解除後は長瀞に降り立つ。ロサンゼルスから、長瀞に瞬間移動だ。主よ、頭いいな』

「ヘリコプターにすら乗る必要がなかったじゃん。わざと教えなかったよね? タブさん」

『主も、飛行機に乗れるようになっておいたほうがいい』

「乗れなくていい」

『何事も、経験だぞ』

「あんなもの、人間の乗るものじゃない。乗る人の気がしれない」

『まあ、2回目になるとなんともなかったりするものだ。あれほど怖いと思っていたものが、なんとも思わなかったりする』

「そうかもね。でも、ダンジョン召喚で一瞬で日本に帰れるかどうか。一度試しておくのも経験なんじゃないのかな?」

『それは理屈か、それとも屁理屈か?』

「試しておかないとね。召喚により、ダンジョンにはどこからでも入れる。出るときは長瀞に出てしまう。そういうことでいいのかな?」

『その通りだ』

「つまり、飛行機に乗らなくても日本に帰ることができる。これは最高のスキルだね……ひひ……」

 思わず引き笑いをしてしまう。

 ミリアは相変わらず眠たままだ。ヘリコプターは空港に到着した。
 お姫様抱っこのようにミリアを抱き上げて、ヘリコプターを降りる。

 グレゴリーさんとエリさんには適当なことを言って、別れることにした。ロサンゼルスを観光してから帰りたいとか、そんな感じだ。

 ホテルを用意してくれたので、せっかくの厚意に甘えて1泊し、朝の10時にホテルを出た。

 人目のつかない路地に入り、ダンジョンを召喚してミリアと一緒に入る。すぐに召喚を解除した。

 真っ暗だった。暗闇があたりを包んでいた。
 月明かりで、なんとかミリアの顔が見える。

「お姉様、夜なのです……」

 ミリアが星空を眺めながら言った。
 私も空を見上げる。

「夜……だね……」

 たくさんの星が見えた。月が綺麗だった。
 タブさんが無情にも告げてくる。

『ロサンゼルスの時刻は10時。日本時間は午前3時。ロサンゼルスと日本では17時間の時差がある』

 夜中の3時……。寒くて思わずぶるっと震えた。
 とにかく帰ろうと思って、駅へ向かおうとして気がついた。

「え……。電車ないじゃん……」

 始発までの間、ミリアと一緒に抱き合って温め合うことになった。
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