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ハロー、アメリカ

第149話 再び迷子になるミリア

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 ミリアは壁に刺さったミスリルカッターを取ろうとする。だが、ミリアの身長では届かない位置に刃は刺さっていた。

「くっ……。届かないのです……」

 壁に手を置き、懸命に反対の手を伸ばすが、どうやっても取れる高さではない。

 見かねたエリが代わりにカッターの刃を取ろうとするが、エリの身長でもぎりぎり取れるかどうかといった高さだった。

 黄金色に輝く刃はブーメランの形をしている。ブーメランの側面はすべて鋭い刃となっており、触れるものを切り裂くことができる。

 身長のあるエリでも、無傷で取ることは難しかった。ミスリルカッターの細くなった先端が壁に深く食い込んでいた。
 握って力を込めて抜こうとするが、エリの手からは血がポタポタとしたたる。

「い、痛い……」

 思わず声が漏れてしまう。背伸びをしながら、懸命にミスリルカッターを抜こうとしているエリを、ミリアは見上げていた。

「もういいのです。無理に取ろうとしなくていいのです」

「大切なものなんでしょ?」

 手を伸ばしながら、苦しそうにエリは声を出す。

「別に。大切とかじゃないのです。お姉様の匂いがあると落ち着くだけです」

「じゃあ、取らないと……」

 限界まで手を伸ばして、エリはカッターを抜こうとしていた。そんなエリを見て、ミリアは彼女を非難するようにいう。

「善人ぶるのはやめるのです。ミリアに恩を売ろうとしても、ミリアはなびかないのです」

 それでも、エリはなんとかミスリルカッターを抜こうと力を込める。
 石壁から破片がいくつか落ち、やっとのことで引き抜くことができた。
 エリの手は傷だらけで血まみれだった。

 エリは自分の血を拭い、ミスリルカッターをミリアに手渡した。
 ミリアはカッターよりも、エリの手に視線が落ちた。

「手が傷だらけなのです……」

「ああ、こんなの、たいしたことないよ」

 気丈に振る舞うエリに対し、ミリアは反抗的な言葉を返してしまう。

「……『ミリアのために、こんな痛い思いしてまで』……なんて言うと思ったら大間違いなのです! 余計なお世話なのです!」

 言葉では反抗していても、春菜のカッターを取ってくれたこと自体は嬉しく思っていた。
 迷惑そうな言葉こそ残してしまったが、ミリアはタブレットを操作してポーションを実体化しようとした。
 ミリアの代わりに怪我をしながらミスリルカッターを抜いてくれたのだ。
 ポーションくらいは返さないと、釣り合いがとれないと思った。

 だがしかし、うまくタブレットの操作ができない。どこをどう押したらいいのか、何を選択したらいいのか、わからない。
 苛立つミリアはポーションの実体化は諦め、鉛の箱に入っていたWebカメラを取り出し、右耳に装着した。

「通信が回復したら、すぐにダンジョン配信するのです。それまで、ミリアは一人で縛るものを探すのです」

「私がタブレットの操作方法を教えるよ」

「必要ないのです。タブレットなんて、『ワイワイ』がなければ、ただの板なのです。ミリアには必要ないのです」

 ミリアはエリをこの場所に残し、一人でダンジョンを歩き出す。タブレットはその場に置いてきてしまった。
 エリは後ろから、ミリアに向かって話しかけてくる。

「ちょっと待って、マッピングアプリもないまま行ったら、迷子になってしまうよ」

「ミリアは子どもじゃないのです。そんなに、何度も迷わないのです。ちゃんと道を覚えていけばいいだけなのです!」

 春菜のミスリルカッターだけを持ち、ミリアは振り向くこともしない。

「もう……。知らないよ……」

 エリの声が遠くで小さく聞こえた。

「いいのです。ミリアは一人で行くのです」

 エリを置き去りにして、ミリアは曲がり角を曲がった。そのまま歩いていき、何回か角を曲がる。

「右・右・左なのです。ちゃんと覚えているのです。帰るには左・左・右、なのです」

 しばらくのあいだ、たった一人で歩いていたミリアだったが、耳元からは、いないはずのエリの声が聞こえてきた。

『ミリアちゃーん。聞こえる?』

 キョロキョロ周囲を見回すが、やはり誰もいない。

『ミリアちゃんのカメラを通して、配信画面がこちらに見えているの。聞こえているんでしょ? 返事できる?』

 エリは、ミリアが置いてきたダンジョンタブレットを操作してこちらに連絡してきたようだ。

「通信が回復したのですか?」

『ううん。そうじゃない。まだ回復していないよ』

「じゃあ、なぜ? どうして、回線がつながっているのですか?」

『これはWifiじゃなくて、Bluetooth通信だから。遠く離れていなければ、通信ができるよ。このタブレットとミリアちゃんのWebカメラとの間だけだけどね』

「なにか、用ですか?」

 ミリアは冷たく返す。

『一人で大丈夫かな、と思って』

「大丈夫なのです。ミリアはレベル173なのです。危険な要素はどこにもないのです。この階層のモンスターは、ミリアの敵ではないのです」

『ミリアちゃん、あのね、聞いて。確かに私たちはレベルが高いけれど、サキュバスは攻撃能力がほとんどないの。男性を魅了チャームして、それを攻撃手段にするの。だから、この階層であっても、モンスターに囲まれてしまうと、やっかいなことに……』

「うるさいのです。ミリアは大丈夫なのです」

『なんか、後ろの方からいろいろ音が聞こえてくるのだけれど』

 ミリアが振り向く。そこには少し離れた位置に何体かのモンスターがいた。
 すぐに襲ってこようとはせず、ミリアとの距離を保っていた。

「モンスターたちが遠巻きに、こちらを見ているのです。ミリアを恐れて近づかないのです」

『ミリアちゃん、モンスターを集めてしまっていない? 絶対に、集めちゃだめだよ』

「大丈夫なのです。集めても問題ないのです」

『だめだよ……。集めちゃ……』

 ミリアはエリの言葉を聞くのをやめた。

「エリのことは無視するのです。ライバルの言葉は聞かないのです」

 ミリアはモンスターから逃れようと、小走りに走った。
 同じところをぐるぐる回っている気がしていた。少し戻ろうかと思った時、道順を忘れてしまっていることに気がつく。

「右右左、右、右、までは覚えていたのです……」

 振り返り、戻ろうと思った先は真っ暗だった。モンスターがぎっしりとつまっており、先の光が見えなかった。
 ミリアは戻るのをやめ、先へ進むことにする。

「大丈夫なのです。お姉様の匂いを辿ればいいだけなのです。ミリアは犬になるのです。犬になれば大丈夫なのです。入り口に戻れるのです」

 春菜の匂いを嗅ごうとして、四つん這いになろうとしたところ、手にはミスリルカッターを持っていることに気がつく。
 入り口に置いてくればよかったと後悔しても、遅かった。

「ミリアは犬になれないのです……。匂いを辿れないのです。戻れないのです……。どうしましょう……」

 それでもミリアは四つん這いになり、春菜のミスリルカッターは口にくわえる。

「くぅーん……」

 子犬が鳴くように、ミリアは悲しい声を出した。

「春菜お姉様あぁぁ……、ミリア、また迷子に……」

 泣きたくなるのを、ミリアはなんとか堪えていた。

 だが、今度は迷子になっただけではすまなかった。
 ミリアが進もうとする先の道からも大量のモンスターがこちらに向かってきていた。
 ミリアはモンスターの大群に挟まれる形となった。
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