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ハロー、アメリカ
第140話 ダンジョンシミュレーター
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洞窟を歩いていく。グレゴリーさんの身長が180cmとすると、天井はおそらく2mちょっとだ。天井は低く、圧迫感がある。洞窟の幅は2人が並んで歩けるくらいの幅だ。
天井は木の板が貼られているが、両脇はむき出しの土になっている。地面も土で、砂利が混ざっていた。
狭いので、私とミリア以外は1列になって歩いていた。グレゴリーさん、ロシア人のセルゲイ、エリさんと続き、その後ろを私とミリアがついていく。
このまま150mほど歩けばダンジョンの入り口があるそうだ。今いるこの場所はダンジョンの入り口を隠すために土を盛って作ったそうだ。
私の耳にはWebカメラが装着してある。小さなスピーカーも付いており、イヤホンのように声を聞くことができる。
タブさんの声が聞こえた。タブさんはダンジョンタブレットに搭載されているAIだ。デバイスリンク・テクノロジーズ社が開発したAIで、全世界でも最高性能を誇っている。
『主よ。耳に装着しているこのデバイスは脳波も検知することができる。簡単な受け答え程度なら喋らずとも伝わるので、このまま黙って聞いてほしい』
私は頭の中で――わかった――と返事をする。
『了か否か程度の簡単な内容ならこちらに伝わるのでそのまま聞いてくれ。主のダンジョンシミュレーターについてだ。ダンジョンは一種の仮想現実であり、コンピューターが計算により作り出した世界だ。ダンジョンシミュレーターは、未来の行動を事前に試すことができる。結果は主の記憶には残らないが、感覚には残る』
――うん。
私は声に出さずに応える。
『これは言わば、人間の持つ直感のようなものなのだ。人間なら誰しもが持つ能力ではあるが、それをより洗練させたものと考えてもらいたい。つまり、記憶にこそ残らないが、【これをすれば上手くいく】、【これは危険そうだ】などの直感として捉えてもいい。優れた直感力だと考えてもいいだろう』
――でも、記憶に残らないのが不便だよね。
『それには理由がある。シミュレートを繰り返した場合、その情報量は莫大だ。いちいち記憶をしていたら脳がパンクするだろう。また、悲惨な出来事が起きた場合、忘れたほうがいいということもある』
――でも、記憶が残ったほうが便利だと思うんだけどな。予知能力みたいで。
『無駄なシミュレートが行われてしまうことが問題なのだ。いずれは効率の良い方法を選ぶこともできるだろうが、それには人間の脳では無理だ。AIによる介在が必要となるだろう』
――じゃあ、そのうち予知能力みたいなことができるようにもなる?
『それは人類が何を選択するかによるだろう。覚醒の道を選ぶのか? それとも、眠りの道を選ぶのか?』
――眠りの道って?
『覚醒しないという道だ。主よ、もうすぐダンジョンの入り口に着く。やっておくべきことがあるはずだ。ダンジョンシミュレーターを起動しなさい』
――わかった……
一番うしろを歩きながら、誰にも気づかれないようにダンジョンタブレットを操作する。ボタンを押し、ダンジョンシミュレーターを起動した。
実行結果のレポートだけが画面に表示される。
【シミュレート成功】
【試行回数3回】
【起動時間0.002sec】
私は深く考えずに起動してしまったが、あることに思い至る。
手で口元を押さえ、歩いていた足が止まってしまった。
「お姉様、どうかしましたか?」
ミリアに声をかけられ、現実に引き戻される。
「あ、うん。別になんでもない」
まず私が試みたのは、ミリアがダンジョンに入って問題がないかどうかだ。
これは問題がないはずだ。
直感のような感覚だけが残り、ミリアには放射線の影響がないことがわかる。
しかし、そのあとで私たちには何かが起こる。何が起こるのかはわからなかったが、悪いことが起こることが感覚としてわかった。だから、それを回避するための方法を試してみた。
けれど、失敗したと思ったので、別の方法を選び、その結果、すべてがよい結末に終わった感覚があった。
試行回数が3回。
私が引っかかったのはダンジョンシミュレーターの結果ではない。まったく別の問題だ。
なぜ、現実世界でダンジョンシミュレーターが実行できてしまうのか?
深く考えずに使ってしまったが、これが現実世界で使えてしまっていいものなのだろうか?
『主よ。そなたは触れてはいけない秘密に触れようとしている。そろそろ到着だ。今は目の前のことに集中したほうがいい』
タブさんはそう言うが、気にしないという方が難しい。
ダンジョンシミュレーターが実行できるということは、ダンジョンも、この現実世界も、同じ原理で動いているということなのではないだろうか。
洞窟の先は少し広くなり、ライトで照らされていた。
地下へと降りる階段があり、階段の周囲は石壁になっている。
石で囲まれた階段が現実世界とダンジョンとの境界線だ。
一歩踏み出すと、そこは放射線による死の世界になる。
今はミリアしか入ることができない。
天井は木の板が貼られているが、両脇はむき出しの土になっている。地面も土で、砂利が混ざっていた。
狭いので、私とミリア以外は1列になって歩いていた。グレゴリーさん、ロシア人のセルゲイ、エリさんと続き、その後ろを私とミリアがついていく。
このまま150mほど歩けばダンジョンの入り口があるそうだ。今いるこの場所はダンジョンの入り口を隠すために土を盛って作ったそうだ。
私の耳にはWebカメラが装着してある。小さなスピーカーも付いており、イヤホンのように声を聞くことができる。
タブさんの声が聞こえた。タブさんはダンジョンタブレットに搭載されているAIだ。デバイスリンク・テクノロジーズ社が開発したAIで、全世界でも最高性能を誇っている。
『主よ。耳に装着しているこのデバイスは脳波も検知することができる。簡単な受け答え程度なら喋らずとも伝わるので、このまま黙って聞いてほしい』
私は頭の中で――わかった――と返事をする。
『了か否か程度の簡単な内容ならこちらに伝わるのでそのまま聞いてくれ。主のダンジョンシミュレーターについてだ。ダンジョンは一種の仮想現実であり、コンピューターが計算により作り出した世界だ。ダンジョンシミュレーターは、未来の行動を事前に試すことができる。結果は主の記憶には残らないが、感覚には残る』
――うん。
私は声に出さずに応える。
『これは言わば、人間の持つ直感のようなものなのだ。人間なら誰しもが持つ能力ではあるが、それをより洗練させたものと考えてもらいたい。つまり、記憶にこそ残らないが、【これをすれば上手くいく】、【これは危険そうだ】などの直感として捉えてもいい。優れた直感力だと考えてもいいだろう』
――でも、記憶に残らないのが不便だよね。
『それには理由がある。シミュレートを繰り返した場合、その情報量は莫大だ。いちいち記憶をしていたら脳がパンクするだろう。また、悲惨な出来事が起きた場合、忘れたほうがいいということもある』
――でも、記憶が残ったほうが便利だと思うんだけどな。予知能力みたいで。
『無駄なシミュレートが行われてしまうことが問題なのだ。いずれは効率の良い方法を選ぶこともできるだろうが、それには人間の脳では無理だ。AIによる介在が必要となるだろう』
――じゃあ、そのうち予知能力みたいなことができるようにもなる?
『それは人類が何を選択するかによるだろう。覚醒の道を選ぶのか? それとも、眠りの道を選ぶのか?』
――眠りの道って?
『覚醒しないという道だ。主よ、もうすぐダンジョンの入り口に着く。やっておくべきことがあるはずだ。ダンジョンシミュレーターを起動しなさい』
――わかった……
一番うしろを歩きながら、誰にも気づかれないようにダンジョンタブレットを操作する。ボタンを押し、ダンジョンシミュレーターを起動した。
実行結果のレポートだけが画面に表示される。
【シミュレート成功】
【試行回数3回】
【起動時間0.002sec】
私は深く考えずに起動してしまったが、あることに思い至る。
手で口元を押さえ、歩いていた足が止まってしまった。
「お姉様、どうかしましたか?」
ミリアに声をかけられ、現実に引き戻される。
「あ、うん。別になんでもない」
まず私が試みたのは、ミリアがダンジョンに入って問題がないかどうかだ。
これは問題がないはずだ。
直感のような感覚だけが残り、ミリアには放射線の影響がないことがわかる。
しかし、そのあとで私たちには何かが起こる。何が起こるのかはわからなかったが、悪いことが起こることが感覚としてわかった。だから、それを回避するための方法を試してみた。
けれど、失敗したと思ったので、別の方法を選び、その結果、すべてがよい結末に終わった感覚があった。
試行回数が3回。
私が引っかかったのはダンジョンシミュレーターの結果ではない。まったく別の問題だ。
なぜ、現実世界でダンジョンシミュレーターが実行できてしまうのか?
深く考えずに使ってしまったが、これが現実世界で使えてしまっていいものなのだろうか?
『主よ。そなたは触れてはいけない秘密に触れようとしている。そろそろ到着だ。今は目の前のことに集中したほうがいい』
タブさんはそう言うが、気にしないという方が難しい。
ダンジョンシミュレーターが実行できるということは、ダンジョンも、この現実世界も、同じ原理で動いているということなのではないだろうか。
洞窟の先は少し広くなり、ライトで照らされていた。
地下へと降りる階段があり、階段の周囲は石壁になっている。
石で囲まれた階段が現実世界とダンジョンとの境界線だ。
一歩踏み出すと、そこは放射線による死の世界になる。
今はミリアしか入ることができない。
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