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ダンジョン部の姫
第85話 弁償しろと言われる
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小太りのハンターの剣は消し炭となって燃え落ちた。
「お、お、お、俺の……、俺のファイアーマジック・ソードがあああああ!!!!」
男は床に膝をついて、柄だけ残った剣を抱えていた。わなわなと震えている。
■申し訳ないことをしたね
■自業自得とはいえ、ダメージはでかい。金銭的に。
■まあ、事故だ事故
■相手が悪かったよ
私は気配を殺し、静かにその場を立ち去ろうとしたのだが……
「て、てめえ……。このやろう……」
男が顔を上げ、私を睨みつけてきた。
「弁償しろよな。弁償だ、弁償。お前が剣を燃やしたんだ。弁償するのが筋ってもんだろう」
恨みがましく怨念のこもった言葉。
その言葉には、ずっと戦いを見ていた女性ハンターがすぐに反応する。
「何を言っているんですか! あなたは弁償しなくてもいいと言ったじゃないですか! 私は聞いていましたよ!」
「知らねえ! 証拠があんのか? 証拠がよ! 録音でもしていたんかい」
「録音なんて……。していませんよ……」
配信画面では視聴者たちのコメントが流れていた。
■俺たちが聞いていた
■間違いなく言っていた
■証人になるよ
■このおっさんも、往生際が悪いな……
■まあ、一千万がかかってるし……
その時、別の女性ハンターがダンジョンデバイスを見ながら呟いた。
「へー、なんだか面白い切り抜き動画があがってやんの。なになに?」
凛とした立ち姿。白を基調とした鎧。全身を包む鎧は高級そうで、強そうな雰囲気をまとっている。
ハンターは自身のデバイスを操作し、その動画が再生された。
大きなボリュームで格技場内に反響する。
■【レベル24のハンター、71に喧嘩を売って返り討ちにあう】
■『弁償なんてしなくていい。その代わり、くそ生意気なお前の鎧をぶっこわしてやんぜ。』
■――啖呵を切ったハンターが返り討ちに遭っております。
■――相場1千万円の魔法剣を燃やされ、涙目になっておりますよ。
■――いやあ、可愛そうですねえ。でも、自業自得ですよねえ。
早くもダンジョン配信の一部を切り抜かれた動画が作られ、ネットにアップされていた。動画にはナレーションまでが追加されていた。
「仕事がはええな。さすが、職人。アクセス数を稼ぐことに命をかけてんなあ」
白い鎧の女性ハンターは意図的に声のトーンを上げて言っていた。
小太りの男は、うなだれて完全に諦めている様子だった。
女性は格闘技場の上へと登ってきた。
「ほら、お前、そこどけ」
女性は汚物でも見るような目で男を見下ろしながら、足を振り上げた。
そのまま男を足蹴にして、格闘技場から落としてしまった。
そして、私に向き合う。
「ちょっと、私と模擬戦をしてほしいんだが。筑紫春菜」
女性ハンターは私の名前を呼んだ。
「私のことを知っているのですか!?」
驚きながら聞き返す。
「当たり前だろ。強いやつはチェックしている。私は西條美沙。ジャパンランキング2位。レベルは83だ」
全身を真っ白な鎧で身を包んだ、きれいな顔立ちの女性だった。
配信画面では視聴者たちがざわついていた。
■格上キター
■レベル83! ハルナっちよりも12も高い!
■やめとけー
■強すぎるぞー
■この女は『美沙チー』。キツめの性格で有名。
■『美沙チー』ファンは多いけどな。でも、みんなマゾっ気のある奴ばかり
■軟弱な者は男女問わず、美沙チーに根性を叩き込まれる
■逃げよう、ハルナっち
■ここは逃げの一手のみ
■さあ、逃走だ
女性ハンターは私の前へと歩いてくる。
「ずっと配信を見ていて筑紫春菜と戦ってみたいと思っていたんだ。フレイムドラゴン・ロードとの戦いじゃ完全に素人だった。だが、後半。徐々に動きが変わっていった」
話しながら、腰にぶらさげた鞘から剣を抜いて水平に構える。
引き抜く動きには無駄がなく、そのまま真っ直ぐに剣を突き出した。剣の切っ先が私の鼻先に迫る。
素早い動き。
すべての動作が洗練されていた。
剣を引き抜こうとする初動。ターゲットに据える目線。踏み込む直前の予備動作。
前へ一歩踏み出す足さばき。
流れるような動きで、しなやかな筋肉の使い方だ。
でも、もりもりさんよりは遅い。
遅いんだよな……
私は軽く身体を捻ってかわす。
「避けた!?」
美沙さんは驚いたように目を丸くする。
■あれ? ハルナっち、すごくない?
■観察眼が優れているのか?
■これまでずっと、もりもりさんと戦ってきたし
■なるほど、そういうことか……
「いや、私も当てるつもりはなかったのだが……。まるでワールドランク1位のミランダ・モリスを思わせる動き……。いや、そうか。そうだよな……。あの天才の動きを間近で見ていたんだものな……」
感心するような美沙さんの声。
「天才?」
私は聞き返す。
「もりもりさんのことですか?」
「もりもり? ああ、そんなふうに呼んでいたか。あはは。そりゃ、私が昔つけてやったあだ名だ。モリの複数形」
■モリの複数形? モリs?
■もしかして、もりもりさんって……
■もりもりさんて……、え? あの人なの?
「あいつも天才ならお前も天才だ。筑紫春菜」
「私が天才?」
「ああ、今ランキングはどのくらいなんだ?」
「ジャパンランキングで52位です」
「日本ランク1位の上がワールドランカー。世界ランキングに入れる。私はいまだにジャパンランキング内でくすぶっているよ。お前はたぶん上にいける」
褒められたのだろうか? 頭をかきながら謙遜する。
「いやあ……。私なんて無理ですよ。ただの女子中学生ですし」
「それはレベルアップの真髄を知らないからだ」
「レベルアップの真髄?」
「ああ、レベルアップとはその者が持っている潜在的な才能を引き出すんだ。だから、いつまで経っても強くなれない者は強くなれない。一方で、潜在的な才能を内包しているものはどこまでも強くなれる」
「そうなのですか?」
「ああ、お前は見たものや体験したことを自分の内に取り込める。そういう才能がある気がする。自分でも覚えがあるんじゃないのか?」
見たものを取り込むことのできる才能……?
そういえば、ダンジョンシミュレーターだ。記憶には残らないが、見たものを自分の内に取り込めるのだとしたら……。
また、もりもりさんの戦いもずっと間近で見てきた。
そして高レベルモンスターたちの動き。マッド・エイプやエンシェント・ヴァンパイア。なにより恐ろしい速さだったのはミリアだ。レベル173のサキュバス。こんな、とんんでもない敵と私は戦ってきた。
誰もがしていない経験を私はしてきたし、いろいろなものを見てきたのだ。
「だが、圧倒的に初歩的な経験や知識が足りない気がする。危うさがあるんだよな」
美沙さんはそう言いながら、剣を杖のように床に突いて、両腕を柄の上に乗せていた。立ちながら足も交差させており、休むような体勢だった。これ以上、戦うつもりはないらしい。
「これから行くのがダンジョン2回目の挑戦ですから。お兄ちゃんからは上層で学んでこいと言われていて」
「ああ、筑紫冬夜か。あいつもとんでもない天才だからな。まあ筑紫冬夜がそう言うなら何か意味があるんだろう」
「そうなんでしょうかね?」
さすがにお兄ちゃんは有名人で、ハンターなら誰もが知っている。
だけど、天才なのかなあ? あのお兄ちゃんが。
私にとってはどこにでもいる普通のお兄ちゃんなんだけれど。
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男は床に膝をついて、柄だけ残った剣を抱えていた。わなわなと震えている。
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「録音なんて……。していませんよ……」
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■俺たちが聞いていた
■間違いなく言っていた
■証人になるよ
■このおっさんも、往生際が悪いな……
■まあ、一千万がかかってるし……
その時、別の女性ハンターがダンジョンデバイスを見ながら呟いた。
「へー、なんだか面白い切り抜き動画があがってやんの。なになに?」
凛とした立ち姿。白を基調とした鎧。全身を包む鎧は高級そうで、強そうな雰囲気をまとっている。
ハンターは自身のデバイスを操作し、その動画が再生された。
大きなボリュームで格技場内に反響する。
■【レベル24のハンター、71に喧嘩を売って返り討ちにあう】
■『弁償なんてしなくていい。その代わり、くそ生意気なお前の鎧をぶっこわしてやんぜ。』
■――啖呵を切ったハンターが返り討ちに遭っております。
■――相場1千万円の魔法剣を燃やされ、涙目になっておりますよ。
■――いやあ、可愛そうですねえ。でも、自業自得ですよねえ。
早くもダンジョン配信の一部を切り抜かれた動画が作られ、ネットにアップされていた。動画にはナレーションまでが追加されていた。
「仕事がはええな。さすが、職人。アクセス数を稼ぐことに命をかけてんなあ」
白い鎧の女性ハンターは意図的に声のトーンを上げて言っていた。
小太りの男は、うなだれて完全に諦めている様子だった。
女性は格闘技場の上へと登ってきた。
「ほら、お前、そこどけ」
女性は汚物でも見るような目で男を見下ろしながら、足を振り上げた。
そのまま男を足蹴にして、格闘技場から落としてしまった。
そして、私に向き合う。
「ちょっと、私と模擬戦をしてほしいんだが。筑紫春菜」
女性ハンターは私の名前を呼んだ。
「私のことを知っているのですか!?」
驚きながら聞き返す。
「当たり前だろ。強いやつはチェックしている。私は西條美沙。ジャパンランキング2位。レベルは83だ」
全身を真っ白な鎧で身を包んだ、きれいな顔立ちの女性だった。
配信画面では視聴者たちがざわついていた。
■格上キター
■レベル83! ハルナっちよりも12も高い!
■やめとけー
■強すぎるぞー
■この女は『美沙チー』。キツめの性格で有名。
■『美沙チー』ファンは多いけどな。でも、みんなマゾっ気のある奴ばかり
■軟弱な者は男女問わず、美沙チーに根性を叩き込まれる
■逃げよう、ハルナっち
■ここは逃げの一手のみ
■さあ、逃走だ
女性ハンターは私の前へと歩いてくる。
「ずっと配信を見ていて筑紫春菜と戦ってみたいと思っていたんだ。フレイムドラゴン・ロードとの戦いじゃ完全に素人だった。だが、後半。徐々に動きが変わっていった」
話しながら、腰にぶらさげた鞘から剣を抜いて水平に構える。
引き抜く動きには無駄がなく、そのまま真っ直ぐに剣を突き出した。剣の切っ先が私の鼻先に迫る。
素早い動き。
すべての動作が洗練されていた。
剣を引き抜こうとする初動。ターゲットに据える目線。踏み込む直前の予備動作。
前へ一歩踏み出す足さばき。
流れるような動きで、しなやかな筋肉の使い方だ。
でも、もりもりさんよりは遅い。
遅いんだよな……
私は軽く身体を捻ってかわす。
「避けた!?」
美沙さんは驚いたように目を丸くする。
■あれ? ハルナっち、すごくない?
■観察眼が優れているのか?
■これまでずっと、もりもりさんと戦ってきたし
■なるほど、そういうことか……
「いや、私も当てるつもりはなかったのだが……。まるでワールドランク1位のミランダ・モリスを思わせる動き……。いや、そうか。そうだよな……。あの天才の動きを間近で見ていたんだものな……」
感心するような美沙さんの声。
「天才?」
私は聞き返す。
「もりもりさんのことですか?」
「もりもり? ああ、そんなふうに呼んでいたか。あはは。そりゃ、私が昔つけてやったあだ名だ。モリの複数形」
■モリの複数形? モリs?
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■もりもりさんて……、え? あの人なの?
「あいつも天才ならお前も天才だ。筑紫春菜」
「私が天才?」
「ああ、今ランキングはどのくらいなんだ?」
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「日本ランク1位の上がワールドランカー。世界ランキングに入れる。私はいまだにジャパンランキング内でくすぶっているよ。お前はたぶん上にいける」
褒められたのだろうか? 頭をかきながら謙遜する。
「いやあ……。私なんて無理ですよ。ただの女子中学生ですし」
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「レベルアップの真髄?」
「ああ、レベルアップとはその者が持っている潜在的な才能を引き出すんだ。だから、いつまで経っても強くなれない者は強くなれない。一方で、潜在的な才能を内包しているものはどこまでも強くなれる」
「そうなのですか?」
「ああ、お前は見たものや体験したことを自分の内に取り込める。そういう才能がある気がする。自分でも覚えがあるんじゃないのか?」
見たものを取り込むことのできる才能……?
そういえば、ダンジョンシミュレーターだ。記憶には残らないが、見たものを自分の内に取り込めるのだとしたら……。
また、もりもりさんの戦いもずっと間近で見てきた。
そして高レベルモンスターたちの動き。マッド・エイプやエンシェント・ヴァンパイア。なにより恐ろしい速さだったのはミリアだ。レベル173のサキュバス。こんな、とんんでもない敵と私は戦ってきた。
誰もがしていない経験を私はしてきたし、いろいろなものを見てきたのだ。
「だが、圧倒的に初歩的な経験や知識が足りない気がする。危うさがあるんだよな」
美沙さんはそう言いながら、剣を杖のように床に突いて、両腕を柄の上に乗せていた。立ちながら足も交差させており、休むような体勢だった。これ以上、戦うつもりはないらしい。
「これから行くのがダンジョン2回目の挑戦ですから。お兄ちゃんからは上層で学んでこいと言われていて」
「ああ、筑紫冬夜か。あいつもとんでもない天才だからな。まあ筑紫冬夜がそう言うなら何か意味があるんだろう」
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