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ダンジョンからの脱出
第78話 地上へ
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「えっと、現在68階層を通過中です……」
私はダンジョンデバイスで配信を行っている。
お兄ちゃんともりもりさんと3人でいるが、私だけが画面に映っている。2人は画面に入る気はないらしい。
1,200人体制で挑んだ220階層。みごとに階層主を撃退し、上層階へあがる扉は私たちを210階層まで連れて行ってくれた。
そこから階段を登ってくればいいだけで、ほとんどのハンターはもうダンジョンを出てしまったらしい。
私たちがなぜいまだに68階層にいるかというと、私の装備している鎧が元凶だ。
大きく膨れ上がったこの身体。階段の通路のサイズがぎりぎりで、上から引っ張ってもらわないと上がれない。
配信を見ている視聴者たちは、好き勝手にコメントを書き込んでいる。
■ダイエットせな
■階層主を倒しはしたけれど、お兄ちゃん頼りだねえ
■いまだに自立できない妹
■階段すら登れないハンター
■まあ、まだレベル2だしな
目の前を歩くお兄ちゃんともりもりさん。
お兄ちゃんは銀色の装備。
もりもりさんは全身が金色。
ひと目で高級装備だとわかる2人組はこの階層では珍しいのだろう。すれ違う一般のハンターたちは立ち止まって見入ってしまう。
この階層で戦うハンターたちはレベルが34から35くらいだ。
低層階ではホーンラビットのような弱めのモンスターが多いが、このあたりからはオークやコボルトのような中堅のモンスターが出現し始める。中級の難易度だと言えた。
ユカリスさんのようなランキングに入るハンターは特別な存在であって、ごく一般的なハンターはこのくらいの階層に多い。彼らにとってはお兄ちゃんのようなハンターは珍しいのだ。
「すご……」
「あの装備、高そうだな……」
「銀色の装備はワールドランク2位の筑紫冬夜かな?」
「どうしてこんな上の階層に?」
「さっきも上位のハンターたちがたくさん通っていたから、レイドでも組んでボスの討伐があったんじゃない?」
「討伐が終わったってことか」
すれ違うハンターは私たちを見て、こそこそと話をしていた。
「それで、後ろにいるごつい装備のアレは?」
私は兜のバイザーを閉めていた。
正体もわからないだろうし、男か女かもわからなかっただろう。
「あの巨体は絶対に強いだろ」
「だな」
「彼がリーダー?」
「いや、たぶん彼、じゃなく、彼女だ」
「え、まじ?」
「まさか、あの方は……」
「もしや……」
聞こえないくらいの声でこそこそ話しているが、ダンジョン内では声は通りやすい。
「ミランダ・モリス!!」
「ワールドランク1位の!」
「謎の女性だという、あの!」
「痩身の美女だと聞いていたけれど、実は巨漢だったとは」
「あれだけ巨体だから、姿を秘密にするのか」
「噂だけが独り歩き……」
「納得」
「顔を隠しているところを見ると、美女だというのも……」
「たぶん……。予想通りかと……」
もりもりさんがピクリと頬を引きつらせる。
目の前にコボルドが現れた。身長は120cmほど。小柄で2足歩行のモンスターだ。
この階層のモンスターはハンターの能力を見極めることができない。
レベル差があってもまっすぐ向かってくる。
コボルドは短剣を振り上げて私たちに襲いかかってきた。
もりもりさんは軽く手を振る。
魔法を使ったようだが、詠唱すら聞こえない。それほど初級の魔法だ。
コボルドは土くれに変わり、砂の粒子になって消える。
戦うまでもない相手なのだ。
「俺たちが必死に倒したコボルドが一瞬!」
「怖!」
「これが、上級ハンター……」
聞こえているだろうが、もりもりさんは無視をして先を歩く。
67階層へ上がる階段にたどり着いた。
先にお兄ちゃんともりもりさんが登り、例のごとく、私は両腕を前に伸ばしてトドのような格好になる。2人に引っ張られ、階段を上がっていく。
「ミランダ・モリスが引っ張られている」
「一人で階段を登れないとは」
「痩せたほうがいいんじゃ……」
「いや、あれだけの巨体だから1位になれるのだろう」
ずりずり、と引っ張られながら階段を登っていく。
「これって撮影したら怒られるよな?」
「ネットにあげたら殺されるぞ」
「しかし、ミランダ・モリスがあそこまで巨漢だったとは」
「衝撃だ」
「噂にすらならないということは、よほど情報統制が徹底しているのだろう」
「つまり、しゃべったら殺される……」
「ごくり……」
もりもりさんは一気に私を引き上げた。私は勢いよく67階へと躍り出た。
「違いますからねーーーーーー!!!」
もりもりさんの叫び声が階層に轟く。
私がミランダ・モリスだと誤解されることが許せないようだった。
ここから戻る足は早まり、どんどんと階層を駆け上がる。
やがて最後の階段を登り、私たちは地上へと戻ってきた。
すでに日は落ちて真っ暗だ。時刻は23時。
地上12階建てのビルが聳えている。
ここが『ハンター事務局』と『ダンジョン管理協会』だ。
上を見上げると満天の星。
奥多摩に位置するこのダンジョンは星が綺麗だ。
周囲は木々に囲まれていて、山の陰が見える。月明かりが山の輪郭を浮かび上がらせていた。
「遅かったのじゃあー」
ユカリスさんが待っていた。
ドローンを頭上に旋回させ、その動きに同調するように自身もくるくると回る。
「待っていてくれたんですか!」
私は喜びの声を上げる。
「違うのじゃ。その鎧を返してもらうのだあ」
ユカリスさんは私の体を指差す。
「地上に出たので、呪いの装備を外せるのじゃ」
「あ、そうですね。お返しします。ありがとうございました」
私はお礼を言って、装備を外した。やっと中学校の制服姿に戻ることができた。
「呪いの装備はダンジョン管理協会が買い取ってくれるのじゃ。珍しいので研究材料にするらしいのだあ」
「いままでにドロップした呪いの装備は協会がすべて所有しています。高値で買い取ってくれるので、みんな売るんですよ」
もりもりさんが説明してくれた。
「おつかれさまでした、春菜さん」
もりもりさんに続けて、お兄ちゃんは一言だけ。
「おつかれ」
私は2人に、深く頭を下げる。
「おつかれさまでした。ありがとうございました」
いっしょに戦った仲間、ミリアがここにはいなかった。
「ミリアは?」
ユカリスさんに訊ねる。
「バナナを求めて行ってしまったのじゃ。『埼玉ばなな』というお菓子のことを話してしまったのじゃ」
「そうなんだ……」
ミリアは電車に乗ってしまったらしい。
奥多摩駅はすぐ近くだ。
私たちも、ここから青海線ダンジョン快速に乗って帰路につく。
ダンジョン快速はハンターなら無料で乗ることができる。
24時間、30分おきに運行されている。
後日、ユカリスさんは「『埼玉ばなな』にはバナナが入っていない! 偽物だ!」とミリアに怒られたらしい。あれはバナナの形をしているけれど、バナナ自体は入っていないからね。
ハンター事務局に寄ってレベルを上げておきたかったが、それは明日にまわすことにした。
私たちも電車に乗って家に帰る。
帰りの電車は眠ってしまい、最寄り駅でお兄ちゃんに起こされる。
もりもりさんは途中の駅で降りたそうだ。
夜道をお兄ちゃんと歩く。ずっと無言だったけれど、お兄ちゃんがぼそっと言葉を発した。
「あいつのこと、どう思う?」
いきなりお兄ちゃんに聞かれた。
もりもりさんのことだ。
なんと答えたらいいのだろう?
世界で一番、答えるのが難しい質問だと思った。
否定的な言葉は悪手だろう。かといって、素直に褒めるのも妹として口にしづらい。
そもそもお兄ちゃんはミランダ・モリスという婚約者がいるのに、もりもりさんにも惹かれているということなのか?
そんなお兄ちゃんに、なんと言ったらいいのか。
しばらく黙ったまま歩き、やっと思い浮かんだ言葉。
「好きになっちゃうよね」
そう答えておいた。
こう答えるしかないと思った。
胸が少しだけちくりとした。
私はダンジョンデバイスで配信を行っている。
お兄ちゃんともりもりさんと3人でいるが、私だけが画面に映っている。2人は画面に入る気はないらしい。
1,200人体制で挑んだ220階層。みごとに階層主を撃退し、上層階へあがる扉は私たちを210階層まで連れて行ってくれた。
そこから階段を登ってくればいいだけで、ほとんどのハンターはもうダンジョンを出てしまったらしい。
私たちがなぜいまだに68階層にいるかというと、私の装備している鎧が元凶だ。
大きく膨れ上がったこの身体。階段の通路のサイズがぎりぎりで、上から引っ張ってもらわないと上がれない。
配信を見ている視聴者たちは、好き勝手にコメントを書き込んでいる。
■ダイエットせな
■階層主を倒しはしたけれど、お兄ちゃん頼りだねえ
■いまだに自立できない妹
■階段すら登れないハンター
■まあ、まだレベル2だしな
目の前を歩くお兄ちゃんともりもりさん。
お兄ちゃんは銀色の装備。
もりもりさんは全身が金色。
ひと目で高級装備だとわかる2人組はこの階層では珍しいのだろう。すれ違う一般のハンターたちは立ち止まって見入ってしまう。
この階層で戦うハンターたちはレベルが34から35くらいだ。
低層階ではホーンラビットのような弱めのモンスターが多いが、このあたりからはオークやコボルトのような中堅のモンスターが出現し始める。中級の難易度だと言えた。
ユカリスさんのようなランキングに入るハンターは特別な存在であって、ごく一般的なハンターはこのくらいの階層に多い。彼らにとってはお兄ちゃんのようなハンターは珍しいのだ。
「すご……」
「あの装備、高そうだな……」
「銀色の装備はワールドランク2位の筑紫冬夜かな?」
「どうしてこんな上の階層に?」
「さっきも上位のハンターたちがたくさん通っていたから、レイドでも組んでボスの討伐があったんじゃない?」
「討伐が終わったってことか」
すれ違うハンターは私たちを見て、こそこそと話をしていた。
「それで、後ろにいるごつい装備のアレは?」
私は兜のバイザーを閉めていた。
正体もわからないだろうし、男か女かもわからなかっただろう。
「あの巨体は絶対に強いだろ」
「だな」
「彼がリーダー?」
「いや、たぶん彼、じゃなく、彼女だ」
「え、まじ?」
「まさか、あの方は……」
「もしや……」
聞こえないくらいの声でこそこそ話しているが、ダンジョン内では声は通りやすい。
「ミランダ・モリス!!」
「ワールドランク1位の!」
「謎の女性だという、あの!」
「痩身の美女だと聞いていたけれど、実は巨漢だったとは」
「あれだけ巨体だから、姿を秘密にするのか」
「噂だけが独り歩き……」
「納得」
「顔を隠しているところを見ると、美女だというのも……」
「たぶん……。予想通りかと……」
もりもりさんがピクリと頬を引きつらせる。
目の前にコボルドが現れた。身長は120cmほど。小柄で2足歩行のモンスターだ。
この階層のモンスターはハンターの能力を見極めることができない。
レベル差があってもまっすぐ向かってくる。
コボルドは短剣を振り上げて私たちに襲いかかってきた。
もりもりさんは軽く手を振る。
魔法を使ったようだが、詠唱すら聞こえない。それほど初級の魔法だ。
コボルドは土くれに変わり、砂の粒子になって消える。
戦うまでもない相手なのだ。
「俺たちが必死に倒したコボルドが一瞬!」
「怖!」
「これが、上級ハンター……」
聞こえているだろうが、もりもりさんは無視をして先を歩く。
67階層へ上がる階段にたどり着いた。
先にお兄ちゃんともりもりさんが登り、例のごとく、私は両腕を前に伸ばしてトドのような格好になる。2人に引っ張られ、階段を上がっていく。
「ミランダ・モリスが引っ張られている」
「一人で階段を登れないとは」
「痩せたほうがいいんじゃ……」
「いや、あれだけの巨体だから1位になれるのだろう」
ずりずり、と引っ張られながら階段を登っていく。
「これって撮影したら怒られるよな?」
「ネットにあげたら殺されるぞ」
「しかし、ミランダ・モリスがあそこまで巨漢だったとは」
「衝撃だ」
「噂にすらならないということは、よほど情報統制が徹底しているのだろう」
「つまり、しゃべったら殺される……」
「ごくり……」
もりもりさんは一気に私を引き上げた。私は勢いよく67階へと躍り出た。
「違いますからねーーーーーー!!!」
もりもりさんの叫び声が階層に轟く。
私がミランダ・モリスだと誤解されることが許せないようだった。
ここから戻る足は早まり、どんどんと階層を駆け上がる。
やがて最後の階段を登り、私たちは地上へと戻ってきた。
すでに日は落ちて真っ暗だ。時刻は23時。
地上12階建てのビルが聳えている。
ここが『ハンター事務局』と『ダンジョン管理協会』だ。
上を見上げると満天の星。
奥多摩に位置するこのダンジョンは星が綺麗だ。
周囲は木々に囲まれていて、山の陰が見える。月明かりが山の輪郭を浮かび上がらせていた。
「遅かったのじゃあー」
ユカリスさんが待っていた。
ドローンを頭上に旋回させ、その動きに同調するように自身もくるくると回る。
「待っていてくれたんですか!」
私は喜びの声を上げる。
「違うのじゃ。その鎧を返してもらうのだあ」
ユカリスさんは私の体を指差す。
「地上に出たので、呪いの装備を外せるのじゃ」
「あ、そうですね。お返しします。ありがとうございました」
私はお礼を言って、装備を外した。やっと中学校の制服姿に戻ることができた。
「呪いの装備はダンジョン管理協会が買い取ってくれるのじゃ。珍しいので研究材料にするらしいのだあ」
「いままでにドロップした呪いの装備は協会がすべて所有しています。高値で買い取ってくれるので、みんな売るんですよ」
もりもりさんが説明してくれた。
「おつかれさまでした、春菜さん」
もりもりさんに続けて、お兄ちゃんは一言だけ。
「おつかれ」
私は2人に、深く頭を下げる。
「おつかれさまでした。ありがとうございました」
いっしょに戦った仲間、ミリアがここにはいなかった。
「ミリアは?」
ユカリスさんに訊ねる。
「バナナを求めて行ってしまったのじゃ。『埼玉ばなな』というお菓子のことを話してしまったのじゃ」
「そうなんだ……」
ミリアは電車に乗ってしまったらしい。
奥多摩駅はすぐ近くだ。
私たちも、ここから青海線ダンジョン快速に乗って帰路につく。
ダンジョン快速はハンターなら無料で乗ることができる。
24時間、30分おきに運行されている。
後日、ユカリスさんは「『埼玉ばなな』にはバナナが入っていない! 偽物だ!」とミリアに怒られたらしい。あれはバナナの形をしているけれど、バナナ自体は入っていないからね。
ハンター事務局に寄ってレベルを上げておきたかったが、それは明日にまわすことにした。
私たちも電車に乗って家に帰る。
帰りの電車は眠ってしまい、最寄り駅でお兄ちゃんに起こされる。
もりもりさんは途中の駅で降りたそうだ。
夜道をお兄ちゃんと歩く。ずっと無言だったけれど、お兄ちゃんがぼそっと言葉を発した。
「あいつのこと、どう思う?」
いきなりお兄ちゃんに聞かれた。
もりもりさんのことだ。
なんと答えたらいいのだろう?
世界で一番、答えるのが難しい質問だと思った。
否定的な言葉は悪手だろう。かといって、素直に褒めるのも妹として口にしづらい。
そもそもお兄ちゃんはミランダ・モリスという婚約者がいるのに、もりもりさんにも惹かれているということなのか?
そんなお兄ちゃんに、なんと言ったらいいのか。
しばらく黙ったまま歩き、やっと思い浮かんだ言葉。
「好きになっちゃうよね」
そう答えておいた。
こう答えるしかないと思った。
胸が少しだけちくりとした。
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