上 下
6 / 59

第6話 ゴブリンとの遭遇

しおりを挟む
 おかしい。
 おかしい。
 なんか、おかしい。
 なぜだ。

 俺は蹴られた腹を押さえながら呻く。激しい痛みが治まるまで、しばらくのあいだは意識ももうろうとしていた。

 そうか、小説と少し違うんだ。少しだけ違うんだ。
 思い出せ、小説では何をしていた? 最初に何をしていた?
 ギルドへ言って冒険者登録して、最初の依頼をこなしていた。
 最初の依頼って?
 おつかい?
 ゴブリン退治?
 そうだゴブリンだ。ゴブリンを倒そう。
 まだ冒険者として登録できていないけど、ゴブリンを倒してみよう。きっと倒せるはずだ。
 女神様も知識より経験が大事だと言っていた。ギルドへ行く前にゴブリン討伐を経験しておけってことか。
 さすが女神様だ。この世界のことをそれとなく教えてくれていたのか。

 痛みが引くにつれ、わかってしまった。俺は悟りを開いた。俺の計画はこうだ。

 まず、ゴブリンを探す。
 ゴブリンをあっさり討伐する。
 ギルドへ行く。(街へ入る方法はあとで考える)
 初心者冒険者として冒険者登録する。
 すると、「え? すでにゴブリンを倒していたのですか? すごいですね!」みたいな感じに、美人の受付嬢に一目置かれる。(ギルドの受付嬢は美人と相場が決まっている)
 そして、「まあな。そんじょそこらの冒険者とは違うんだよ」と俺はどや顔をする。

 完璧だ。

 そうと決まったらゴブリン探しだ。
 どこにゴブリンがいるんだ? どうやって探したらいいんだ?

 俺は固く閉ざされた街の門の前であぐらをかき、腕組みをして悩んでいた。そこへ商人らしき馬車に乗った男が通りかかる。馬に乗り、後ろの荷台には果物を積んでいるようだ。門の近くで馬車を止める。

「あれ? 珍しく門が閉まってるな。ラノキアの街になんかあったのか?」

 男は呟いて、門の前であぐらをかく俺を一瞥する。

「なあキミ、門が閉まっているようだが何か知らないかな? ラノキアに聖女様が来られるから警備が厳しいのか?」

 男が声をかけてくる。俺はその質問には答えず逆に聞き返した。

「ちょっと聞きたいのですが、ここらへんでゴブリンがいる場所って知らないでしょうか?」

 男は自分の質問に答えない俺に少しむっとした様子だったが、

「ゴブリン? 最近はめったに見ないな。西のゴブリン帝国、あ、エラント帝国のことな、そこにでも行かないと会えないだろうけど、あそこはかなり危険だからな……。そうだ、この先の丘を超えた向こうに木々に囲まれた沼があるんだけど、その沼のほとりにリトルゴブリンが住み着いたって噂を聞いたな」

「リトルゴブリン?」

「知らないのか? ゴブリン種の中でも最弱で、身長も一メートルに満たないゴブリンだよ。まあ最弱って言っても凶悪なことには変わりはなく、……」

「ありがとう!」

 俺は最後まで聞かずに叫んで立ち上がり、その男が指差す沼の方角へと走りだした。

「リトルゴブリン一匹でこの国の軍隊の一個師団に相当し、小さな街や村程度は壊滅できる……っておい、最後まで聞けよ!」

 男がなにか叫んでいたが俺の耳には入らなかった。

 沼まではそれほど遠くなかった。丘を超えた先に雑木林があり、その雑木林をしばらく歩くとちいさな沼があった。沼のほとりには掘っ立て小屋のような丸太が粗雑に組まれた建物。そしてその傍らには緑色の肌をした生物が沼に釣り竿をさして座っていた。釣りをしているようだが、座りながら居眠りをしているようにも思える。

 俺は背後から音を立てないようにその生物に近づく。こいつがリトルゴブリンか……。

 近づきながら、俺は攻撃する武器を持っていないことに気がついた。

 あたりを見回すと、小屋に立てかけてある太い木の棒が目に入った。割に太くて、握ってみると手にしっくりと来る。音を立てないように剣道の要領で振ってみた。これでリトルゴブリンの頭をかち割ってやろう。

 でも、大丈夫か? 一メートル弱とはいえ、あんな大きな生物を殺したことはない。頭が割れて脳みそが飛び出てくるんじゃないか? 猫ですら殺せない俺が本当にリトルゴブリンを殺せるのだろうか。

 しかし異世界生活に慣れるためには仕方ないのかもしれない。これからヴァンパイアだったり、いずれはドラゴンとも対峙しなければならないのだ。

 どこかで生殺与奪に徹しなければならない。これがその一歩なのか。

 俺は覚悟を決めて、居眠りをしているらしきリトルゴブリンの背後に迫り、木の棒を勢い良く振り上げる。

「きええええぇぇ」

 ちょっと妙な奇声を上げながら俺は木の棒を渾身の力でリトルゴブリンの頭に振り下ろした。ごちん、と鈍い音を立てて木の棒が弾き返された。まるで鋼鉄に向かって棒を打ち付けたかのように、両手には強い衝撃が加わり、激しい痛みが襲った。強烈に弾かれたはずみで、思わず木の棒を落としてしまった。

「い、いてええぇぇ!」

 十九年間生きてきた中で初めて経験したほどの、あまりの痛さに顔が激しく歪む。手がじんじんして、感覚が無くなる。

 リトルゴブリンがゆっくりと顔だけをこちらに向けた。そして緊張感のない声で話しかけてくる。

「ん? 何? わたしのあたま叩いた? あんた誰?」

 リトルゴブリンが眠りから覚めたようだ。

 まだ寝ぼけている感じに声を出した。ちょっと高い声で幼さを感じるかわいい声だった。まるで少女の声だ。リトルゴブリンが手にしている釣り竿がピクピクっと震える。

「あ! 三日ぶりに竿が引いてる! かかった!」

 リトルゴブリンは叫ぶと、器用にあわせをおこなう。獲物に引かれた釣り糸は浮きとともにぐぐっと水底へ沈む。釣り糸はぴんと張り、釣り竿が大きくしなる。

「う、ぜったい、絶対に逃さない……今日こそは……」

 急に覚醒した声に変わる。眠りから覚めたリトルゴブリンが見えない敵と格闘する。張られた釣り糸は左右に激しく動く。水面にできた波紋が乱れる。獲物は水面下で釣り針から逃れようと右往左往しているようだ。リトルゴブリンは慎重に釣り竿を持ち上げる。徐々に水面下の魚が姿を現す。

「よし! いける!」

 釣り竿が高く引き上げられ、ばしゃっという音とともに魚が跳びはねる。竿を陸側にまわし、暴れまわる魚がべちゃりと地面に落ちた。

「やった。久しぶりの釣果だ。うれしい! っと、あ、あんた誰? そうか。わたし眠っちゃってたんだ。魚がかかっているのを教えてくれたんだ。ありがとう」

 釣り針から魚を外して生のままかぶりつくリトルゴブリンの様子を呆然と見ていた俺の口から出た言葉は「……ゴブリンってしゃべれる……のか?」だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...