転生したってわたしはわたし

なの

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道が見えなくなっちゃったんですよね。

34.慟哭 (side ストラ)

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 あのあとユイは使用人たちに指示をだし湯などの準備をさせた。
 奥様やラルフ様、そして負傷した使用人たちの怪我や傷を魔法で治し、身なりを整えたあとそれぞれの部屋に寝かせてあげてから保存の魔法というものを掛けた。
 解除するかユイが死ぬまで解けないらしいその魔法は遺体が傷むことなく時を止めたままにするらしい。
 相変わらず規格外な魔法を、人のために惜しげもなく使った。
 既存の魔法と一致しない保存の魔法は殆どの使用人は『流石当主様の娘』と思ったようだが、執事頭やメイド長、ディダなど何人かは怪訝に思ったようだが何も言わなかった。
 まぁ確実に当主様に報告は行くだろうな。悪いことにはならないだろうから良いか。

 そしてその後部屋に閉じこもった。
 心配したキズリ様や使用人たちが様子を見に来ても返事をするだけで会おうとはしなかった。
 例外はスイレンだけで、もちろん俺も部屋には入れてもらえなかったが昼夜問わず部屋の外にいた。

 2日後、今にも倒れるのではないかと思えるほど顔面蒼白になった当主様が馬に乗って帰ってきた。
 ある程度はキズリ様が指示を出してはいたがラルフ様と違って領主としての仕事をしていたわけではないためやりきれなかったことなどを屋敷のものに指示をだしていく。

 まとめられた報告によると死傷者は奥様とラルフ様、メイド2人と従僕が1人、残っていた私兵3人だった。
 元から人数の少ないリシュール家の使用人が6人も減ったことでこれからの警備はもっと大変かもしれない。

 一息ついたころには夕方になっていたが、ようやく人払いをしてラルフ様と奥様の部屋に入っていく。
 次期当主として育てていた愛息子と最愛の妻の死は彼にどれほどの衝撃を与えたのだろうか。
 しばらくして奥様の部屋から出てきた時泣いたような疲れたような顔をしていたけれど、それでも笑顔を浮かべていた。



 出てこないユイの部屋の前に立った当主様は扉に背を向けて座り込む。
 俺の予想としては多分ユイも同じようにスイレンを抱きしめて蹲って扉を背に座っているのではないかと思う。

「ユイ、ただいま。
 一番側にいてあげるべきときにいてやれなくてすまなかった、辛かっただろう。
 そして治癒の魔法と……保存の魔法、だったか。
 ありがとうな。
 少し温かい時間のある季節だ、2日会えなかったからもう一生美しいままの2人には会えないのかもしれないと思っていたんだ。
 傷もなく腐食もなく……2人も、使用人たちも眠っているようだった。

 ラルフも、穏やかな顔をしていた。
 使用人の話によると息を引き取ったときはもっと苦しそうな、悔しそうな顔をしていたそうだぞ。
 きっとユイに会えて、ユイに綺麗にしてもらえて、幸せを感じたんだろう。
 穏やかな顔を最後に残したかったんだろうな。
 ユイに覚えててほしかったんだろうな、ラルフはユイのことが大好きだったからなぁ。

 リリエラも、俺の愛した美しい微笑みを最期に見ることができてよかった。

 ……お父様とお母様はな、約束したことがあるんだ。
『絶対に一緒には死なない』って。」

 中からカタンッと小さな音が聞こえた。
 よく死ぬときは共に、とは聞くが一緒に死なないとはあまり聞かないから驚いて反応してしまったのだろう。
 かくいう俺も驚いた。
 どういう意図でそういう約束が出てきたのか全然わからなかった。

「どっちかが死んだら、残った方が宝を守るんだって、絶対に笑顔で相手を見送ろうって約束したんだよ。
 宝っていうのは領民や……子供達、ユイたちのことだ。
 腹にいた子とラルフは……リリエラと共に逝ってしまったがこれからは彼女が俺の分も頑張って守ってくれるだろう。
 なら、俺は、お父様は大事な大事な残された宝を守らなきゃな。

 リリエラは最期に笑顔で逝ってくれた。
 腹を刺されていた。
 母が腹の子を守ることが出来なくて、辛かっただろうし苦しかっただろうと思う。
 だが、最後の最期に、俺のために約束を守って笑顔で逝ってくれたんだ。

 なぁユイ。
 部屋は安全かもしれない。
 ユイも強いかもしれない。
 ストラも絶対にお前を守ってくれるだろう。

 でも、俺にも……お父様にも側で守ることをさせてくれないか?
 いつも側に入れるわけではないけれど、今、側でユイの心を守らせてくれないか?
 お母様との最期の約束を、守らせてくれないか?」

 当主様と奥様の約束は、2人の強い絆を感じさせる強いものだった。
 愛し合う夫婦であり、共に宝を守る仲間だったのか。

 ガチャリと鍵の開く音がしてハッとする。

 扉の前から動いた当主様と俺が見守る中、ゆっくりと扉が開いていくと、帰ってきたときと同じ服装のユイが泣きはらして腫れた顔で立っていた。
 ホコリなどは魔法で払ったりして身綺麗にはしてあるがずっと着ていたからかシワがいっぱいついたその服は、くしゃくしゃになったユイの心を現しているようだった。

「ぅ……うわああああああ!」

 泣くというよりも叫びに近い、慟哭どうこくが屋敷に響く。

 そっと抱きよせてからギュッと抱きしめる。
 壊れたように泣き叫ぶユイとそれを抱き締めてあやす当主様を見て、2人きりの方が良いだろうと一礼して去っていく。

 離れても屋敷中聞こえるユイの泣き声につられるように涙を流す使用人が多くいた。
 奥様やラルフ様が慕われていたのがよくわかるほど皆辛そうな顔をしていた。
 中には仲の良い使用人が死んだことに悲しんでいるやつもいるだろうが、彼らが慕われていたのは間違いがない。

「ほら、泣いてないで当主様の指示をこなしてちょうだい!
 リリエラ様もラルフ様も哀しみで溢れている屋敷よりも笑顔で溢れている屋敷にいたいはずよ!
 ユイリエール様がせっかく保存の魔法? とやらをかけてくれたのだから、少しでもお二人に気分よくいてもらわなくちゃでしょう!」

 メイド長のハイジェルさんの震えた涙声での叱責により泣き崩れたり悪化する者数名。
 涙声はいけないだろう、更に辛いと思うぞ。

「ハイジェルさん、貴女の涙声で状況が悪化しております。
 ユイリエール様の泣き声を聞いた執事頭から伝言を預かって参りました。
『ユイリエール様の泣き声が聞こえなくなるまで仕事にならない者が多数出そうなので作業を中断して休憩にしてください。』
 とのことです。
 私は他の方にも伝えてきますので失礼します。」

 サッときてサッと去っていくディダは伝言を言いに来た子供なはずなのに執事頭に本当にソックリだ。
 執事頭は執事頭で、流石長年執事として働いてきただけあって屋敷内のことは分かっているようだ。
 うん、どうみても涙で前見えなそうなのに荷物をえっちらおっちら持ってたメイドとかいるからな。



 それにしても……。
 聞いてる方の胸が傷むほどの慟哭なんて初めて聞いた。
 物心つく頃には母親もいなかったし祖父母もいなかったからか、俺は死というものに直接関わったことがないからあんな思いをしたことがない。

 ……いや、違うか。
 今回近い者の死に関わったけれど、ユイじゃなくて良かったと思っただけであんなになるほどの苦しさは味わっていない。
 ユイがいなくなったら、と思うと心が冷えるようなのに。

 想像しただけで、せっかく輝いて見えるようになったこの世界から色が消えてしまうんじゃないかと思った。

 ああ、当主様は、今こんな思いをしているのか。
 それでもなお、宝と称した己と愛した人との血を分けた子供達を懸命に守ろうとしているのか。

 強いなぁ。
 俺はあの人よりも強く、強くならなければいけないのか。








 30分はたっただろうか。
 ようやく屋敷に響くような泣き叫ぶ声が聞こえなくなり、様子を見に行くと先ほどと同じ体勢で当主様にしがみついた状況でユイが寝てしまっていた。

「ストラか。
 ずっとユイの傍にいてくれたようだな、礼を言う。」

 ユイを起こさないように気をつけながら立ち上がりこちらに振り向く。
 そして子供1人抱き上げてるとは思えないほどスムーズな足取りで寝室に入っていきベッドに横たえて布団をかけてその横に椅子を置いて腰掛けると俺にも椅子を進めてきたので辞退しておく。

「いえ……護衛騎士として当然です。
 しかし俺にはその扉を開けることも、慰めることも、……大声で泣かせてあげることも出来ませんでした……。」

 早馬を聞いてから屋敷に帰ってくる時も、さっき泣くまで、鼻をすすってはいたがその程度で声を出して泣くことはなかった。

「10年この子の父親をしているんだ。
 現れたばかりの若造に早々役目を取られてたまるか。
 10年だぞ、まだまだ子供なんだ、早すぎる。」

 嫁にはやらん! と言っているかのような物言いに苦笑が溢れる。

「それでも俺は、私はユイリエール様を愛しています。いつかいただきますよ。」

「はっ、相手にもされていないのによく言うな。」

 まさかの鼻で笑われた上にぐさりとくるセリフが返ってくるとは思わなかった。
 確かにユイからの好意は感じるが恋愛感情なんてものではなく、気心の知れた友のような感じなのが分かっているだけにダメージがでかい。
 当主様大人気なくないか。

「今回の襲撃だがな、相当念入りに準備したものだと思う。
 街の西側での大火事だがどうやら人為的なものらしい。
 火事の少し前に冒険者のようなやつらが現場付近の裏路地から出てきていたという目撃情報があるとのことだ。
 しかも以前ユイに絡んできて恥をかいたというグリードとその仲間たちだ。リシュール領内をメインに活動していたみたいだから顔を知っているものが多くいたから不審に思って覚えていたらしい。
 今はダン家から絶縁されているからそれも含めてキッカケになったユイを恨んでいるかもしれないから今後も外出の際は注意してくれ。」

 まさかの西の火事にグリードが関わっているとは思っていなくて驚きのあまり目を瞠る。
 たしかにギルドでの立場の悪さが悪化したのも、完璧に実家から絶縁されたのも引き金となったのはユイかもしれないが元々あいつのせいなのにそこまで恨んだっていうのか。
 それだけで、ユイから大切なものを奪ったのか?
 泣き叫ぶほどの辛いことをたった10歳の少女に与えたというのか。

「落ち着け、お前の魔力が暴走すると風でユイが傷つくぞ。」

 ハッとして魔力を制御して解く。
 感情的になって魔力暴走なんておこすことは今まで一度もなかったから驚くが、こんな簡単になってしまうほどユイのことでは冷静でいられないのかと自分の新たな一面を発見した気分だった。

「そしてライだ。
 ライが侯爵家に来たのは覚えているだろうがストラの少し後だ。
 少なくともその頃には暗殺対象が誰だったのかは分からないが、計画はされていたのだろうな。
 そしてユイに恨みを持つグリードが目を付けられて協力者となり今回の襲撃が実現された。

 ずっと機会を狙っていたのだろう。
 俺、アイラ、キズリ、ユイ、サラ、数人を除いた先鋭護衛たちが屋敷からいなくなり、妊娠していて動きの鈍くなっているリリエラ、ラルフが屋敷に残る。
 俺だけを狙うよりも、このタイミングでラルフを狙うのが一番手っ取り早いのは確かだ。
 ライには俺たちの行動が筒抜けなのだから他の奴らとも連絡を取りやすかっただろうな。

 今分かっている犯人はライとグリード、その仲間の冒険者数名だけだ。
 だが絶対に元となるやつらがいるはずだ。
 また詳しいことがわかったらお前にも伝えていく。

 この子が俺よりも強い、普通の子供ではないことはわかっている。
 わかっているが、それでも。
 俺が傍にいて守ってあげられないときは守ってあげてほしい。
 リリエラが俺に託してくれた、大切な宝なんだ……。

 頼む。」

 そういって頭をさげる当主様に驚いて慌てて顔を上げてもらう。
 当主が使用人に頭をさげるなんてやめてくれよ、あっちゃいけないことだろう!?

「本当に、やめてくださいよ……俺はただの護衛騎士なんですから……。
 命令されなくたって当然守りますから。安心してください。
 命に代えても守りたいです、が、命にはかえないです、ユイが悲しむので。
 なので、共に生き残れるように頑張りますよ。」

 俺はユイが大事だからな、ユイを泣かせるなよ。とキザで遠回しな心配をされ苦笑する。

 他にも少し話をしてからユイの頭をひと撫でしてからカイザント様が出て行く。






「寝たふりはよくないと俺は思うけどなぁ。
 で、どこから聞いてたんだ? って腫れがすごいな……ぶっさいくになってる……温めたタオル持ってきてもらうか。」

 バツの悪そうな顔をしてもそもそと布団から目だけを覗かせるがその目は腫れていて痛々しいのでタオルを用意してもらう。
 既に使用人たちは休憩を終えて働き出していたのでついでに2人分の紅茶も用意してくれたようで、ベッドサイドのテーブルに置いて枕元に椅子を用意して座り、ユイの目の上にタオルを乗せてやる。

「ぅー……ありがとうございます……。
 ストラの魔力を感じたあたりで起きたから、ライの話あたりから、です……。
 西の火事はわたしのせいだったんですね……。」

「キッカケではあるかもしれないがせいではないだろ。
 悪いのはグリードであってユイじゃない。
 幸いにも家事の方は怪我人は出たが死傷者は出ていない、聞いてただろうが建物や物も侯爵家が援助するらしいから感謝こそすれ恨まれはしないだろう。
 話を聞いたら誰もが慰めてくれるくらいだと思うぞ。

 奥様やラルフ様も、ユイが無事で良かったって笑顔で言ってくれるだろうな。」

 タオルで隠れていない口元がぎゅっと噛み締められる。
 すぐにぐすぐす言い出したからきっと涙は全部タオルに吸収されているのだろう。

 あーあ、腫れを引かせようとしてるのにまた悪化する。

 また泣き止むまで、今度は当主様ではなく、俺が慰めてあげよう。
 そっと手を握り頭を撫でると力強く握り返してくる。
 この小さな手が、いつか大きくなったときにはすぐ真横でまた同じように、けれどもっともっと近い距離でこうやって慰めることが出来たらいいなと思った。




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