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しかも豹変する

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 今目の前に立っているのは、みすぼらしいダルダルの服を着た不審者間違いなしの男ではなかった。

 首から足にかけてピッタリと身体にフィットする黒一色に身を包み、足元には膝までの頑丈なブーツ。肩と腕だけはそれぞれ肩当てと手甲が付いているが、膝、胸、肘部分は薄い防具プレートで保護されている程度だ。騎士団の仰々しい鎧や冒険者のごちゃごちゃとした装備に比べて、スッキリと身軽ながら守るべきポイントは抑えた無駄をとことん省いた格好。
 腰には、道具入れと思われる少しごついホルスターベルトが巻かれている。

 そしてなにより。苔のかたまりにしか見えなかったボサボサ頭は、額につけられたゴーグルによってごっそりと前髪が掻き上げられていた。

 あらわになったニールの瞳は、角度によってキラキラと宝石のように色を変える。
 誰もが見惚れてしまうほどの、極彩色の瞳――それが勇者に覚醒したものの証だった。

 この瞳を前にしては、ニールが勇者と認めざるを得ないのだろう。新人さんは先ほどまで溢れ出ていた不満が喉に引っかかったような、なんとも苦い顔になった。
 それでも、認めたくないという気持ちはその眼差しにありありと浮かんでいる。

「だが、その恰好は……っ、教会から賜った勇者の装備は――」

 今のニールは、英雄譚に出てくるような輝かしい勇者の鎧や装備とはかけ離れた姿だった。どちらかといえば闇に紛れて暗殺してそう。

「あんなギラギラしたもの付けてられるか。無駄」
「無――!?」
「そもそも歴代勇者の~とかさ、どんだけ昔のセンスって話だろ。じいちゃんの服より古いとかどうなの?」

 確かに、由緒正しいと言えばそうなんだけれど、自分のおばあちゃんのお古より昔のローブ、と考えるとちょっとな……。なんて、なんとなくわかる気がする。
 同じく黙り込んだ新人さんも、一瞬でも私と同じ思いを抱いてしまったのだろう。ハッと我に返った様子で必死に頭を振っている。

「そういうのどうでもいいだろ。魔王を倒しさえすれば関係ないんだからさ。代々の~とか伝統云々の方が大事なら別だけどな」

 ぐぬぬ、と新人さんの歯ぎしりが聞こえる。
 うん、まあ間違ってはいないのだけれど、言い方ね。

 新人さんを尻目に、ニールは地面へ突き立てていた剣を引き抜き、ガシャンと荒々しく肩に担いだ。
 その雑な扱いを目の前で見てしまった新人さんが、さらに目を剥いて怒りを取り戻す。

「それはっ、国宝である勇者の聖剣だろう!? なんて扱いをしているんだ!」

 顔を真っ赤にして怒る相手の声を、当のニールは完全に右から左へ聞き流していた。
 ――万が一にも、この聖剣が普段は物干し竿になっているなんて知られたら、新人さんの血管が文字通りブチ切れてしまいそう。
 うっかり口を滑らせないように、私は唇を固く引き結んだ。

「あのさぁ、こっちは命かけてやってんだろ。文句言われる筋合いはないぞ」

 一瞥するニールに、新人さんが言葉を詰まらせる。
 強く人を惹きつける極彩色の瞳はもちろんのこと、ニールがまとう空気は有無を言わせぬ強さがあった。もはやそこには、ねっとりと薄気味悪い男の影など見当たらない。毎回勇者モードのニールはまるで別人のように雰囲気が変貌する。

 それもこれも、彼にとって勇者業は時間をかけるだけ無駄なもの、という認識なのだ。

 新人さんが黙り込んだ隙に、ニールはピアスの紫水晶をトントンと叩いた。

「おい、行けるぞ。そっちは?」

『はいよー、昨日から楽しみにしてた名物の朝ご飯をちょうど大急ぎで腹にねじ込んだところですよー。1です』

 すごい。びっくりするくらい嫌味がすごい。
 でもこのセリフに表情ひとつ変えず平然としているニールもすごい。

「場所は貿易の要、ウルビア付近の街道だ」
『ああ、そこなら直接飛ばせるかな。今からみんなの位置を特定して順番に転移してくんで、動かないでくださいね』

 聞こえるやいなや、ニールの身体がボワーッと薄く紫色に発光し始めた。
 すると、これまで沈黙を守っていたお役人さんが新人さんの腕を掴んで、ニールの前に進み出る。

「勇者様。申し訳ございませんが、彼も連れて行っていただけないでしょうか」
「え……っ!?」

 突然のことに、新人さんだけでなく私まで大きく目を剥いた。
 当のニールは面倒そうに顔をしかめる。

「なんで?」
「実際に見れば理解すると思いまして。今後の円滑な業務のためにもよろしくお願いします」
「そんな――っ!」
「いいけど、どうなっても知らないからな」

 丁寧な言い回しであるものの、要は文句があるなら見てから言え。ということに他ならない。丁寧な物腰ながら、できるお役人さんの部下の教育はスパルタらしい。

 ギャイギャイと抗議する新人さんに構わず、お役人さんが彼の背をニールに向かってドンと押したと同時に、二人の姿は眩さを増した紫色に包まれる。
 目も開けていられないほどの閃光がおさまった頃には、鬱蒼とした裏庭から二人の姿は忽然と消えていた。

「無事に行ったようですね」
「……あ、そうですね」

 なかなか強引なことをしたわりにシレッとしているお役人さんへ、私は間抜けな返事を返すことしか出来なかった。

「ええと、こっちで待ちましょうか……」

 小屋の横に備え付けられてある簡易ベンチへ促し、私は一度小屋の中に戻って持参したバスケットを手にお役人さんの隣へ腰かけた。
 ゴソゴソと水筒とコップを取り出して二人分のお茶を注ぐ。どうぞと手渡せば、お役人さんは「恐れ入ります」と仰々しく受け取って口を付けた。

 先ほどまでの騒々しさがまるで嘘のように、穏やかな時間が訪れた。

 ニールが任務に行くと、こうやってしばしお役人さんとのティータイムとなる。
 改めて考えてみればなんとも奇妙な時間だけれど、もはや慣れてしまった。
 おやつに、と思って入れていたクッキーを広げて勧めたら、お礼と一緒に大きな口へ消えていく。意外と甘党のお役人さんとはよくスイーツ談義にも花が咲くので、本当に人は見かけによらないとしみじみ思う。

「新人が大変な失礼をしました」
「いえ、そんなお気になさらず」
「あのような者は、実際に見せた方が早いので」
「新人さん、大丈夫でしょうか……?」

 きっと今頃、騎士団でもギルドでも『手に負えない物』と正面から向かい合っている頃だろうか。頑張れ新人さん。

「勇者様がいれば心配はないでしょう。多少慣例から外れた方ですが、実力は測定器を破裂させるほどですから」

 そのときを思い出したのか、お役人さんが珍しく口元に笑みを浮かべた。

「ああ、そういえば……破裂しましたねぇ……」

 私もその瞬間を目の当たりにしたひとりだ。当時は計器の調子が悪かったのかな、くらいにしか思っていなかったけれど――どうやらあれはとんでもない出来事だったらしい。その辺の程度は一介の田舎の村娘では推測しかねるけれど。
 それよりも、サラリと言われた『慣例から外れた』の一言が耳に痛い。
 教会の方ではニールの言動が色々と問題になっているのだろうことが察せられる。
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