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小話
妖精王女と慕われ隊長1
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ひっそりと人気のない廊下を、コソコソとした動きで進む人影が二つ。またやってるなぁと思い後を付けた。
しばらく進んで、とある窓際で前を行く人物の足が止まる。どうやらお目当ての位置に辿り着いたらしい。その様子を見届けてから声をかけた。
「セシリア王女。こんなところで何を?」
ビクッと飛び上がった身体は、顔だけ振り返り「げ」と言わんばかりに──というか実際声に出しながらも、顔には微笑みを浮かべていた。横に控えていた護衛騎士は、目が合うなりこちらに向かって礼儀正しく頭を下げる。付き合わされる護衛の彼女も苦労していることだろう。
「クリス隊長こそどうされたのですか?」
平静を装い微笑む姿はまさに妖精。
我が国の末姫であられる第三王女のセシリア様は、ふわりと風になびく薄桃色の髪にぱっちりとした赤い瞳が人々の庇護欲をそそり、白く透き通るような肌とほっそりとした手足は儚く消え入りそうな神秘性を醸し出す絶世の美少女だ。
見た目は。
見た目だけは。
「このように人気のないところへ王女が入っていくのが見えましたので、心配してしまいました」
「あらまあ。第一部隊長様もお暇ですのね」
あはは、うふふ、なんて笑い合っていたら、控える護衛から大げさなため息が聞こえた。
「普通に話したらいかがですか?」
何の茶番ですか。不快です。と言わんばかりに呆れたような声色だった。
茶色の目でジトリと睨みつけてくるのは、セシリア王女の護衛である女騎士のアンナだ。短いくせ毛の栗毛が、窓から吹き入る風で綿毛みたいに揺れている。
茶番もなかなか面白いのだが、仕方がない。
「で? こんなところをコソコソと、どこへ行くおつもりで?」
「く……っ」
知っているが、あえて表面的な笑みを崩してニヤニヤと問えば、可愛らしい顔は悔しそうに口を尖らせるしかめっ面へ変貌する。その様子が面白いものだから容赦無く笑い飛ばしたら「わかっているくせに言わせないでよ!」と、儚い見た目に反して荒々しく吐き捨てられた。相変わらず喧しい王女だ。
「だからクリス隊長には見つかりたくなかったのに。その顔本当に腹立たしいわ!」
「いやあ、相変わらずだなと思いまして」
不敬にも取れるクリスの態度だが、これが二人の常なのだから仕方ない。当のセシリア王女が良しとしているのだ。なにも問題ないだろうと、とっくに開き直っている。
現在は第一部隊長を務めているクリスだが、入団当初の配属は王族の護衛を担う第三部隊。つまりセシリア王女の護衛の一人だった。当時王女は七歳。クリス十七歳。
その頃から飛び抜けて美しく可憐な王女の容姿は大層もてはやされていたが……美しすぎて近寄りがたいとも言えるその外見を、唯一全く気にすることなく接したのが若かりし頃のクリスだった。
それをなぜかと問われれば、慣れていた。としか言いようがない。
クリス自身の容姿も大変優れていたし、それ以上に、美しい彼の親がこれまた息子以上に美しかったのだ。これに尽きる。おかげで違和感なく王女と接せたにすぎないのだが、当の王女にとっては新鮮だったのだろう。
加えて他の騎士に比べて比較的年齢も近く、他の兄姉たちとは一回りも歳が離れていたセシリア王女とは兄妹のような関係を築いた。
妖精のようなセシリア王女と、騎士にしてはキラキラと輝く容姿端麗なクリス。
二人がともにいるだけで「まるで絵画のようね」などと、うっとりした顔で美辞麗句を並び立て誉めそやす声が飛び交い、そして否が応でも耳に入った。──が、実際の二人のやり取りは、そんな可愛らしいものではない。
確かに黙って二人並び立っていれば、遠くから眺めているだけならば、それはそれは絵になるだろうとクリスも自画自賛する。だがこの王女はそんな、見た目通りの可愛らしい乙女ではないのだ。
現実とはなんと無常だろう。それを一番よく知っているのは、クリスとセシリア王女の現護衛であるアンナに違いない。
だからこそ現に、彼女はクリスとセシリア王女のやり取りに口を挟むことなく、ただただジトリとした目で眺めているのだ。現在進行形で。
「それにしても、この窓からは騎士団の訓練場がよく見えるなー。あ、ダレルだ」
「なんですってえええっ!?」
ふと視線を外に向けたクリスがわざとらしく言えば、セシリア王女は淑やかな外見を裏切るほどの雄叫びを上げて窓枠から身を乗り出した。窓枠にしがみついた瞬発力たるや、騎士であるクリスも感心してしまうほどの勢いで。
「最近は遅れて参加されることが多かったけれど、今日の訓練はまさかの最初からだなんて! ああっ! 急いで来て良かったわああっ!」
「相変わらずチェック済み、と……どこまで把握してるんですか」
「推しの予定を頭に入れることなど基本の初歩の当然よ」
「言いたいことはわかるんだけどね。意味がわからない」
「なら黙っていなさい! え……えええええ!? やだもう見てよ尊くて倒れそう……っ!」
「支えますか?」
律義に申し出たアンナに頷き右肩を支えられながらも、左手はがっしりと窓枠を掴み、セシリア王女はこれでもかと目を見開いて外を見下ろしていた。
麗しの姫君が、真剣な眼差しで騎士の訓練を見つめる。
字面だけなら恋愛物語の一場面かと思うだろう。その肝心の姫君が目を血走らせて、ハアハア鼻息荒く興奮していなければ。
セシリア王女の視線の先には、訓練に入る前に上着とシャツを脱ぎ捨てたダレルの姿があった。
つまり上半身裸である。おかげで王女の盛り上がりは最高潮に達したらしい。ギャアアアと本能剥き出しの悲鳴を上げながら身をよじらせている。
第二部隊の隊長であるダレルは、クリスの目から見ても騎士として完璧な肉体の持ち主だった。
無駄なく鍛え抜かれた体躯は見事に引き締まり、付くべきところにしっかりと付いた筋肉は、彼が動くたびに盛り上がって存在を主張する。
団服に身を包んでいても大きな身体と身のこなしだけで、しっかり鍛えた身体なのだろうと予想は付くが……いざ脱げばそれが想像以上で、いかに素晴らしいものなのかは一目瞭然だ。まさに、見ればわかる。同じ騎士でも感嘆のため息が出そうになる。
明らかに筋肉質な身体つきではあるが、よく見れば無駄に筋肉が付きすぎていることもないし、締まるところは締まっている。本人もしっかり計算しているのだろう。
そんなえげつないとも言える肉体美に反して、人の好さが滲み出た笑顔を浮かべる様は……もう人たらしの領域だ。クリスが見下ろす先で、ダレルは隊長! 隊長! とすっかり彼を慕う隊員たちに群がられている。
現にここにも一人。
「はああああっ、相変わらず完璧なお身体……っ! 無駄なく鍛え抜かれた筋肉に、引き締まった背中なんて何度見ても惚れ惚れするわ……! ほらあの背中を見てアンナ、背筋でできる陰影が素晴らしいと思わない? あら、以前より左側を少し鍛えられたのかしら? さすがダレル隊長! これで利き腕とのバランスがばっちりね! より一層美しさに磨きがかかっていらっしゃる……!」
今にも鼻血を噴き出すのではないか、というほどの勢いで捲し立てるセシリア王女の目は、ガッツリと見開かれたままダレルの身体を舐め回すように見つめ続けている。
クリスの見立てと同じようにダレルを評する彼女は、ご覧の通りガタイの良い男をこよなく愛する変態だ。
愛しすぎて、隙を見てはこんな人気のない建物の窓から、騎士団の訓練を覗き見するほどの変態なのだ。
どこが妖精だ。我が国の至宝だ。ただの変態だ。
セシリア王女七歳の頃よりその趣味嗜好を延々と聞かされ続けたクリスにとって「騎士団の訓練中の筋肉が最高!」などとのたまうこの王女はただの変態だ。
本人もその自覚はあるらしく、気を許したクリスと護衛のアンナ以外にはこのような筋肉話を繰り広げたりしないのだが、逆に言えば、クリスとアンナの二人がその情熱を全てぶつけられることになる。
「そういえば……以前紹介したオリバー、気に入りました?」
ダレルの肉体美にハアハアする姿に思い出して問えば、目を見開いたままグルリと顔を向けられた。変に顔が整いすぎているので狂気性が増して怖い。できれば見つめないでいただきたい。
「クリス隊長を蹴って正解だったわ。断然素敵」
「いやー、絶対そう言うと思った」
間髪入れず断言した王女に、クリスもニヤリと笑みを浮かべて大きく頷いた。
ほんの数ヵ月前のこと。国王夫妻が隣国へ赴いた際に、第三部隊の大半が護衛任務で不在になってしまったのだ。
その際、以前の実績があったクリスへセシリア王女の臨時護衛として声がかかったのだが、忙しいを理由にして辞退した。
王女自身も「隊長として多忙の中、私の護衛だなんて悪いわ……」などと健気な顔を作ってなんやかんやと理由を付けていたが、本心は分かっている。
細身で美形のクリスは好みではないのだ。ムキムキ成分が足りない。
つまり見ていて気分が上がらない。
伊達に長い付き合いではない。そんなことは聞かなくてもわかるし、クリスだって任務中延々と男の逞しい肉体美とは……などと語られ続けるのは遠慮したい。それは以前で懲りている。それよりも定時でさっさと上がって、娼館の可愛くて綺麗なお姉さん方と楽しい時間を過ごしたい。
セシリア王女がガタイの良い男に興奮するように、クリスだって女性に対しては確固とした信念を持っている。
ならばと紹介したのがオリバーだった。
クリスから見て、ダレルに次いで騎士として優れた身体をしていると思うのがオリバーだったからだ。
その見立ては間違いなく、提案するなり鼻息荒く食いついてきたセシリア王女にとっても、オリバーは目を付けていた騎士の一人だったらしい。変態だが肉体を見る目はある王女である。
「クリス隊長が第一に欲しいとごねにごねた人材なだけあるわね! あの日々は毎日が眼福以外の何物でもなかったわ」
「隣国から帰国して以来、三日は延々とオリバーへの賛辞を聞かされました」
アンナが遠い目をして付け足した。それはなんともご愁傷様だ。
「あの逞しい肉体を眺め続けているられるなんて、夢のような時間よ。やはり間近で見ると違うわね。興奮しすぎちゃって顔が赤くなっていなかったかしら? 今思い出してもうっとりしちゃうもの……」
ほう……と瞳を潤ませて艶めかしい吐息をこぼす様は、文句のつけようがない美少女だというのに、言っていることは相変わらず変態の域だ。
「そういえばそのオリバーだけれど、最近結婚したそうね?」
「よく知っていますね」
「侍女たちが話していたもの。あまりにも電撃婚だと噂になっているわよ」
「今度子供も生まれるそうですよ」
「まあ! おめでたいわね」
ぱあっと顔を輝かせたセシリア王女は、しかし直後、悩まし気にため息を吐いた。伏せた目にかかる長い睫毛が影を作る。妖精のような王女の憂い顔は、大層庇護欲を掻き立てるのだが──ふっと流した目が見つめるのは、汗を飛び散らせながら訓練に励む騎士たち。
「ああ……私も、あのように筋骨隆々な肉体に組み敷かれて激しく暴かれたい……」
セシリア王女に憧れる者が聞いたら、空耳かと疑う様な台詞を可愛い声で紡ぎ出す。
この王女、初体験はガタイの良い男から押し潰されるようにして乱れたい。という、純粋無垢な外見を裏切るような喝欲にまみれた、譲れない欲望を滾らせているのだ。
そしてクリスも、この面白王女が嫌いではないどころか……むしろ好ましいと思っている。
そもそも女性は等しく敬うべきが信条のクリスである。異性として見れない妹枠だとて、それは変わらない。女性の、しかも可愛い妹ともいえる者の願いは、叶えてあげたいと思うのが男だろう。
それにこんな面白いこと見逃せないではないか。
しばらく進んで、とある窓際で前を行く人物の足が止まる。どうやらお目当ての位置に辿り着いたらしい。その様子を見届けてから声をかけた。
「セシリア王女。こんなところで何を?」
ビクッと飛び上がった身体は、顔だけ振り返り「げ」と言わんばかりに──というか実際声に出しながらも、顔には微笑みを浮かべていた。横に控えていた護衛騎士は、目が合うなりこちらに向かって礼儀正しく頭を下げる。付き合わされる護衛の彼女も苦労していることだろう。
「クリス隊長こそどうされたのですか?」
平静を装い微笑む姿はまさに妖精。
我が国の末姫であられる第三王女のセシリア様は、ふわりと風になびく薄桃色の髪にぱっちりとした赤い瞳が人々の庇護欲をそそり、白く透き通るような肌とほっそりとした手足は儚く消え入りそうな神秘性を醸し出す絶世の美少女だ。
見た目は。
見た目だけは。
「このように人気のないところへ王女が入っていくのが見えましたので、心配してしまいました」
「あらまあ。第一部隊長様もお暇ですのね」
あはは、うふふ、なんて笑い合っていたら、控える護衛から大げさなため息が聞こえた。
「普通に話したらいかがですか?」
何の茶番ですか。不快です。と言わんばかりに呆れたような声色だった。
茶色の目でジトリと睨みつけてくるのは、セシリア王女の護衛である女騎士のアンナだ。短いくせ毛の栗毛が、窓から吹き入る風で綿毛みたいに揺れている。
茶番もなかなか面白いのだが、仕方がない。
「で? こんなところをコソコソと、どこへ行くおつもりで?」
「く……っ」
知っているが、あえて表面的な笑みを崩してニヤニヤと問えば、可愛らしい顔は悔しそうに口を尖らせるしかめっ面へ変貌する。その様子が面白いものだから容赦無く笑い飛ばしたら「わかっているくせに言わせないでよ!」と、儚い見た目に反して荒々しく吐き捨てられた。相変わらず喧しい王女だ。
「だからクリス隊長には見つかりたくなかったのに。その顔本当に腹立たしいわ!」
「いやあ、相変わらずだなと思いまして」
不敬にも取れるクリスの態度だが、これが二人の常なのだから仕方ない。当のセシリア王女が良しとしているのだ。なにも問題ないだろうと、とっくに開き直っている。
現在は第一部隊長を務めているクリスだが、入団当初の配属は王族の護衛を担う第三部隊。つまりセシリア王女の護衛の一人だった。当時王女は七歳。クリス十七歳。
その頃から飛び抜けて美しく可憐な王女の容姿は大層もてはやされていたが……美しすぎて近寄りがたいとも言えるその外見を、唯一全く気にすることなく接したのが若かりし頃のクリスだった。
それをなぜかと問われれば、慣れていた。としか言いようがない。
クリス自身の容姿も大変優れていたし、それ以上に、美しい彼の親がこれまた息子以上に美しかったのだ。これに尽きる。おかげで違和感なく王女と接せたにすぎないのだが、当の王女にとっては新鮮だったのだろう。
加えて他の騎士に比べて比較的年齢も近く、他の兄姉たちとは一回りも歳が離れていたセシリア王女とは兄妹のような関係を築いた。
妖精のようなセシリア王女と、騎士にしてはキラキラと輝く容姿端麗なクリス。
二人がともにいるだけで「まるで絵画のようね」などと、うっとりした顔で美辞麗句を並び立て誉めそやす声が飛び交い、そして否が応でも耳に入った。──が、実際の二人のやり取りは、そんな可愛らしいものではない。
確かに黙って二人並び立っていれば、遠くから眺めているだけならば、それはそれは絵になるだろうとクリスも自画自賛する。だがこの王女はそんな、見た目通りの可愛らしい乙女ではないのだ。
現実とはなんと無常だろう。それを一番よく知っているのは、クリスとセシリア王女の現護衛であるアンナに違いない。
だからこそ現に、彼女はクリスとセシリア王女のやり取りに口を挟むことなく、ただただジトリとした目で眺めているのだ。現在進行形で。
「それにしても、この窓からは騎士団の訓練場がよく見えるなー。あ、ダレルだ」
「なんですってえええっ!?」
ふと視線を外に向けたクリスがわざとらしく言えば、セシリア王女は淑やかな外見を裏切るほどの雄叫びを上げて窓枠から身を乗り出した。窓枠にしがみついた瞬発力たるや、騎士であるクリスも感心してしまうほどの勢いで。
「最近は遅れて参加されることが多かったけれど、今日の訓練はまさかの最初からだなんて! ああっ! 急いで来て良かったわああっ!」
「相変わらずチェック済み、と……どこまで把握してるんですか」
「推しの予定を頭に入れることなど基本の初歩の当然よ」
「言いたいことはわかるんだけどね。意味がわからない」
「なら黙っていなさい! え……えええええ!? やだもう見てよ尊くて倒れそう……っ!」
「支えますか?」
律義に申し出たアンナに頷き右肩を支えられながらも、左手はがっしりと窓枠を掴み、セシリア王女はこれでもかと目を見開いて外を見下ろしていた。
麗しの姫君が、真剣な眼差しで騎士の訓練を見つめる。
字面だけなら恋愛物語の一場面かと思うだろう。その肝心の姫君が目を血走らせて、ハアハア鼻息荒く興奮していなければ。
セシリア王女の視線の先には、訓練に入る前に上着とシャツを脱ぎ捨てたダレルの姿があった。
つまり上半身裸である。おかげで王女の盛り上がりは最高潮に達したらしい。ギャアアアと本能剥き出しの悲鳴を上げながら身をよじらせている。
第二部隊の隊長であるダレルは、クリスの目から見ても騎士として完璧な肉体の持ち主だった。
無駄なく鍛え抜かれた体躯は見事に引き締まり、付くべきところにしっかりと付いた筋肉は、彼が動くたびに盛り上がって存在を主張する。
団服に身を包んでいても大きな身体と身のこなしだけで、しっかり鍛えた身体なのだろうと予想は付くが……いざ脱げばそれが想像以上で、いかに素晴らしいものなのかは一目瞭然だ。まさに、見ればわかる。同じ騎士でも感嘆のため息が出そうになる。
明らかに筋肉質な身体つきではあるが、よく見れば無駄に筋肉が付きすぎていることもないし、締まるところは締まっている。本人もしっかり計算しているのだろう。
そんなえげつないとも言える肉体美に反して、人の好さが滲み出た笑顔を浮かべる様は……もう人たらしの領域だ。クリスが見下ろす先で、ダレルは隊長! 隊長! とすっかり彼を慕う隊員たちに群がられている。
現にここにも一人。
「はああああっ、相変わらず完璧なお身体……っ! 無駄なく鍛え抜かれた筋肉に、引き締まった背中なんて何度見ても惚れ惚れするわ……! ほらあの背中を見てアンナ、背筋でできる陰影が素晴らしいと思わない? あら、以前より左側を少し鍛えられたのかしら? さすがダレル隊長! これで利き腕とのバランスがばっちりね! より一層美しさに磨きがかかっていらっしゃる……!」
今にも鼻血を噴き出すのではないか、というほどの勢いで捲し立てるセシリア王女の目は、ガッツリと見開かれたままダレルの身体を舐め回すように見つめ続けている。
クリスの見立てと同じようにダレルを評する彼女は、ご覧の通りガタイの良い男をこよなく愛する変態だ。
愛しすぎて、隙を見てはこんな人気のない建物の窓から、騎士団の訓練を覗き見するほどの変態なのだ。
どこが妖精だ。我が国の至宝だ。ただの変態だ。
セシリア王女七歳の頃よりその趣味嗜好を延々と聞かされ続けたクリスにとって「騎士団の訓練中の筋肉が最高!」などとのたまうこの王女はただの変態だ。
本人もその自覚はあるらしく、気を許したクリスと護衛のアンナ以外にはこのような筋肉話を繰り広げたりしないのだが、逆に言えば、クリスとアンナの二人がその情熱を全てぶつけられることになる。
「そういえば……以前紹介したオリバー、気に入りました?」
ダレルの肉体美にハアハアする姿に思い出して問えば、目を見開いたままグルリと顔を向けられた。変に顔が整いすぎているので狂気性が増して怖い。できれば見つめないでいただきたい。
「クリス隊長を蹴って正解だったわ。断然素敵」
「いやー、絶対そう言うと思った」
間髪入れず断言した王女に、クリスもニヤリと笑みを浮かべて大きく頷いた。
ほんの数ヵ月前のこと。国王夫妻が隣国へ赴いた際に、第三部隊の大半が護衛任務で不在になってしまったのだ。
その際、以前の実績があったクリスへセシリア王女の臨時護衛として声がかかったのだが、忙しいを理由にして辞退した。
王女自身も「隊長として多忙の中、私の護衛だなんて悪いわ……」などと健気な顔を作ってなんやかんやと理由を付けていたが、本心は分かっている。
細身で美形のクリスは好みではないのだ。ムキムキ成分が足りない。
つまり見ていて気分が上がらない。
伊達に長い付き合いではない。そんなことは聞かなくてもわかるし、クリスだって任務中延々と男の逞しい肉体美とは……などと語られ続けるのは遠慮したい。それは以前で懲りている。それよりも定時でさっさと上がって、娼館の可愛くて綺麗なお姉さん方と楽しい時間を過ごしたい。
セシリア王女がガタイの良い男に興奮するように、クリスだって女性に対しては確固とした信念を持っている。
ならばと紹介したのがオリバーだった。
クリスから見て、ダレルに次いで騎士として優れた身体をしていると思うのがオリバーだったからだ。
その見立ては間違いなく、提案するなり鼻息荒く食いついてきたセシリア王女にとっても、オリバーは目を付けていた騎士の一人だったらしい。変態だが肉体を見る目はある王女である。
「クリス隊長が第一に欲しいとごねにごねた人材なだけあるわね! あの日々は毎日が眼福以外の何物でもなかったわ」
「隣国から帰国して以来、三日は延々とオリバーへの賛辞を聞かされました」
アンナが遠い目をして付け足した。それはなんともご愁傷様だ。
「あの逞しい肉体を眺め続けているられるなんて、夢のような時間よ。やはり間近で見ると違うわね。興奮しすぎちゃって顔が赤くなっていなかったかしら? 今思い出してもうっとりしちゃうもの……」
ほう……と瞳を潤ませて艶めかしい吐息をこぼす様は、文句のつけようがない美少女だというのに、言っていることは相変わらず変態の域だ。
「そういえばそのオリバーだけれど、最近結婚したそうね?」
「よく知っていますね」
「侍女たちが話していたもの。あまりにも電撃婚だと噂になっているわよ」
「今度子供も生まれるそうですよ」
「まあ! おめでたいわね」
ぱあっと顔を輝かせたセシリア王女は、しかし直後、悩まし気にため息を吐いた。伏せた目にかかる長い睫毛が影を作る。妖精のような王女の憂い顔は、大層庇護欲を掻き立てるのだが──ふっと流した目が見つめるのは、汗を飛び散らせながら訓練に励む騎士たち。
「ああ……私も、あのように筋骨隆々な肉体に組み敷かれて激しく暴かれたい……」
セシリア王女に憧れる者が聞いたら、空耳かと疑う様な台詞を可愛い声で紡ぎ出す。
この王女、初体験はガタイの良い男から押し潰されるようにして乱れたい。という、純粋無垢な外見を裏切るような喝欲にまみれた、譲れない欲望を滾らせているのだ。
そしてクリスも、この面白王女が嫌いではないどころか……むしろ好ましいと思っている。
そもそも女性は等しく敬うべきが信条のクリスである。異性として見れない妹枠だとて、それは変わらない。女性の、しかも可愛い妹ともいえる者の願いは、叶えてあげたいと思うのが男だろう。
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