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そしてこうなる

とある騎士side2

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 書類の束を抱えて廊下を足早に進んでいたら、いつもの同期と鉢合わせた。

「おう。今日も精が出るなー。おつかれさーん」
「お前こそ相変わらずふざけた態度だな。訓練終わりか?」

 ぴったりと横についてくる相手に問えば、そうそうそうーなんて、至極軽い調子で返される。こっちはまだ仕事中だというのに肩まで組まれた。

「おい。こっちは今からこれをメリッサ副隊長に届けるところなんだ。離せうっとうしい」
「そんな急ぎのものでもないんだろ?」

 ひょいっと書類を覗き込んできたかと思えばそんなことをのたまう。急ぎかどうかなど関係ない。相手が尊敬してやまないメリッサ副隊長だということが重要なのだ。その意思を視線に込めて見やれば、自分の思いは的確に伝わったらしい。そのうえで「相変わらずなあー」なんて飄々と言うものだから、こちらの気がすっかり削がれてしまう。ため息を吐いてから、ほんの少し歩調を緩めた。

「これを届けたらもう終わりだ」
「やったー飲みに行こうぜ」

 最近できた酒場がいい店だなんだと言いながら横を歩いていた同僚が、「あ」と思い出したような声を上げた。

「そういやメリッサ副隊長って来週までだろ? 大きくなってきたもんなあ」
「そうだぞ。なによりも重要なことを忘れるとは、やはり阿呆なのか鳥頭」
「忘れてないって! そこまで言う!?」

 そうなのだ。気付けばメリッサ副隊長の衝撃的な報告から早数ヵ月……。月日はあっという間に過ぎたが、あの日のことは昨日のことのように思い出せる。


「子ができました」
「……なんて?」


 あの時のダレル隊長の顔は、第二部隊全員の気持ちを代弁していた。
 これは、体調が悪いので医者に診てもらってから出勤します。との連絡に、みんなが心配していた中やってきたメリッサ副隊長が放った台詞だ。普段通りの表情でサラッと告げたものだから、誰一人何を言われたのか即座に理解が出来なかった。
 意味を理解したダレル隊長が、フラリとぶっ倒れたのを華麗に支えたメリッサ副隊長はそれは見事だった。いやしかし、そもそもの原因はあの人なのだが。

 その後、相手は第一部隊のオリバーさんで、今から本人に報告してくるのでおそらく近いうちに結婚します。と、メリッサ副隊長は状況の整理が追い付かない自分たちを次々と切り払い去っていった。

 まず、何より当事者であるオリバーさんへの報告はこれからなのか!? というか結婚するの!? いつの間にそんなことに!? と、メリッサ副隊長が去ったあとは大混乱だったし、その後、第一部隊でもかなりの衝撃が走ったらしい。
 特に、食堂で昼食中だったオリバーさんは、突然子供が出来たと告げられ口から盛大に昼食をぶちまけ咽まくっていたとの目撃談が多々だった。当事者だというのに、なんだか一番可哀相な気がする。

 彼らが新人訓練のときからの仲であることは、周知の事実ではあったのだが……普段の会話でも特にキャッキャと盛り上がるわけでもなく、むしろ感情の起伏は少なく真面目に話し込んでいる姿がお馴染みだった二人だ。まさか誰も、これが付き合っている恋人同士などとは思うまい。そこまでとは自分だって思わなかった。
 ただ一人、第一部隊のクリス隊長だけは「へぇー、ほぉーん」などの変な声と共にニヤニヤしていたとのことなので、何か察していたのかもしれない。やはり侮れない人だ。まあ、尊敬はしていないけれど。

 そんな具合に騎士団に特大の爆弾を落とした二人だが、さらに翌日、早くも結婚報告をしてきたものだからダレル隊長はまたもぶっ倒れてメリッサ副隊長に支えられていた。
 という訳で、メリッサ副隊長は瞬く間に人妻となったのだ。

「出産で休暇取るっていっても、また戻ってくるんだろ? 良かったなあ、お前」
「ああ! それは素直に嬉しい。結婚に出産と聞いて、退団するものと思っていたから」
「だよなあ。俺もさ、あの人が抜けるなんてもったいないけど、そうだと思ってたからビックリしたわ」

 男性騎士に比べ少ないものの、騎士団にも女性騎士はいる。
 だが、やはり結婚・出産と節目を迎えるごとに退団、残っても部隊からは外れて事務処理を多少手伝う程度に抑える人が多く、剣を握ることは格段に減ってしまう。特に出産となればほぼ退団を選ぶ。
 そんな中でメリッサ副隊長は、出産後に問題が無ければそのうち復帰したいと強く希望しており、これまで前例がなかったためにゆるゆるだった規則をあっという間に整えてしまった。新人訓練での実力と、副隊長を務めた実績も存分に考慮されたからとはいえ、さすがだ。やはり自分が尊敬できるのはこの方しかいない。と感動と共に再認識したものだ。

 そして自分は今、畏れ多くもメリッサ副隊長の補佐として就いている。
 副隊長職についてはダレル隊長が近々後任を任命する予定とはいえ、メリッサ副隊長で大きく変わったのはなんといっても事務関係だ。ダレル隊長と前任のビリー副隊長が不得意──いってしまえば大雑把にこなしていた事務処理を完璧に処理し、事務の面々を大歓喜させていたメリッサ副隊長のやり方を、直々にご教示いただいているのが自分である。

 つまるところ、出来そうな人材が他にいなかった。
 この一点に尽きるのだが、こんな新人がメリッサ副隊長の補佐に就ける機会などこれ以外皆無に近いので、自分にとっては棚ぼたにもほどがある。直々に話をいただいたときなど、その場で歓喜の涙に泣き崩れるかと思った。

 正直、第二部隊は脳筋しかいないのか? とツッコミそうになってしまったものだが、このような栄誉ある仕事をいただけるならばなんの文句もあるまい。

「ということで、来週までしか拝めないお姿を一瞬たりとも無駄にしたくないんだ。自分は先に行く」
「……お前さ、本当にそろそろなんというか……なにかがヤバいと思う」
「訳のわからないことを言っていないで、またあとでな。終わったら向かうから」
「ああ、まあ、色々と抑えきれなくなったら話くらいは聞くから、な? これ、さっき言ってた店の地図だけ渡しとくわ」

 こうして、翌週には引き継ぎも終えてメリッサ副隊長は無事に休暇へ入った。
 最後の日の仕事終わり、同期に付き合ってもらった酒場で号泣したのは仕方がないだろう。
 メリッサ副隊長が戻ってくるまでに更に力をつけ、少しでもお助けできるようになればいいのだ。と誓いを新たに職務に励もう。と熱く語り合ったのは一生の思い出になるに違いない。


 その後、意外にもメリッサ副隊長繋がりでオリバーさんとよく話すようになるのだが……無事にお子さんが生まれた際には名付けを巡る夫婦喧嘩に巻き込まれるなど、この時はまだ知る由もない。
 頑なに『シャイニング』か『エンジェル』、もしくは『シャイニングエンジェル』を推すお花畑のようなオリバーさんの感性に、あれ? とわずかに疑問を抱くのだが、それよりも、事が解決してからメリッサ副隊長直々に身に余るほどの感謝の言葉をいただき、生きていて良かった! という心揺さぶられる感動に全てが吹っ飛んだ。

 最終的にオリバーさんの希望は一文字しか通らず、娘さんはシャーロットと名付けられる。
 だが名付け騒動後に初めてお子さんと対面した際、その顔立ちがあまりにも母親に似ている天使そのものだった時には、これぞまさに『シャイニングエンジェル』ではないかと、自分はオリバーさんに完全同意した。




─────────

これで本編は終わりになります。
ありがとうございました。
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