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23 どうやら泣いたらしい
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救護テントを飛び出せば、エルダに気が付いたあちこちから労わる声をかけられた。
しかしこちらはそれどころではない。
それらに手を上げて応えるだけに留め、エルダは真っすぐと研究課のテントに向かうと――。
「クラウス!」
名前を叫ぶと同時に、返事など待たずテント内に突撃した。
簡易的な机とイスがいくつか並んでいたが、その内のひとつの机上にはメモや書類などの紙の束がぴっしりと几帳面に並んでいた。
一目瞭然。これがクラウスの机だろう。
案の定、その下で膝を抱えてうずくまっていた人物は飛び込んで来たエルダを見て目を丸くした。
いつも鋭角な光を反射して団員たちを恐れさせていた眼鏡が、情けなくズリ下がる。
「……っ、エ、エルダ……」
「クラウス! クラウスぅっ!」
「――え、おい!?」
目が合うなりひたすら名前を叫びながら駆けたエルダに、クラウスが素っ頓狂な声をあげる。
だが構わず踏み込み、そのまま飛びかかった。
「クラウスーっ!」
「うぐぅっ!」
固く引き締まった身体に突っ込んだら、肺が潰れたような呻き声とともに受け止められた。――が、勢いがつきすぎたまま二人もみくちゃで地面に倒れ込む。
「クラウス!」
顔を合わせた次の瞬間には、首から上を真っ赤に茹で上げた仰向けのクラウスと見つめ合う形となった。まるでエルダが押し倒しているような体勢である。
だが、現状エルダはそんなところで照れている場合ではなかった。
込み上げる感情が止まらない。
「よ、読んだ……!」
日記帳をクラウスの胸元へ押し付ける。
「読んだよ。全部読んだ――!」
ぎゅううううっと力の限り日記帳を押し付けながら叫んだ。
そうしたら「痛い痛い」というクラウスが胸元の日記帳を受け取り、慌てて身体を起こす。
その瞬間。
ゴンッ!
「痛ぇっ!」
机の下だったことをすっかり忘れていたのか、クラウスが頭をぶつけた。
「……えっと、一回出よう」
(えええ、可愛い)
もはやどんなクラウスを見ても可愛く見えるほど、エルダの頭は沸騰しそうなほど昂っている。頭をぶつけても可愛いし恰好良い。ずっと心臓がドキドキと激しく音を奏で続けている。
揃って机の下から這い出したら、クラウスは日記帳を床に置いてエルダの手を取った。
真っすぐ見つめてくる黒色の瞳に、頬が赤くなるのがわかる。
「……どうだった」
意を決したように問われたのは、考えるまでもなく日記の内容についてだろう。
そして、その返事こそ考えるまでもなく。
「う、嬉しかった……」
「そうか」
すべての喜びがごちゃ混ぜになったような気持ちで頷けば、クラウスは心の底から安堵したように息を吐いた。
「あ、あの、クラウスこそ私の日記は……」
自分で読み返すのも恥ずかしいような文章の数々である。
クラウスの目にはどのように映ったのかが気になっておずおずと問えば――不意に握った手を離したクラウスの眼鏡が、なぜかキラリと鋭く光ったような気がした。
「その件についてはいくつか訂正がある」
「え」
唐突にクイッと眼鏡を押し上げたクラウスの瞳は、反論を許さぬほど真摯な眼差しであった。
なにかまずいことでも書いてあっただろうか――いや、思い返せばまずいことだらけなのだが――と身震いするエルダをよそに、クラウスが形のいい唇を開く。
「まず大前提だ。俺はエルダを嫌ってなどいない」
「え、でも……」
「そんなことあるわけがないだろう。そもそもディモス帝国の魔術師団を目指したのも、エルダなら必ず入団するだろうと思ったからだ。エルダの日記にもあった通り、学園を辞めてから俺は母方の姓でカルビークの魔術学園に通っていた。そこでも首席を取っていたのだから、エルダがいなければわざわざ帝国の師団なんて目指すわけがないだろう。それと再会した日のことだ。エルダの日記には俺が眉間に皺を寄せて不愉快そうだったと書いてあったな」
「だって――」
エルダから見たクラウスは、それがすべてだったのだから。
クラウスの会話を盗み聞きしてしまった日はショックのあまり何も手に付かなかったのだが、後日改めて再会した瞬間険しい顔をされてしまい、部屋に戻って泣きながら日記を書いた。
あの日のページは見るも無残なほど涙でぐしゃぐしゃだったろうと思う。
「あのとき俺は不愉快だったわけではない。会うのが久しぶりすぎて、気を抜けば情けない顔をしてしまいそうだったんだ。それを不愉快と捉えられてしまったのならば、それは完全に俺の落ち度だ。でも、会わなかった間にエルダがより一層天使になっていて、綺麗で、でも可愛くて顔に力を入れなければ感動と喜びに泣いてしまいそうだったのだから仕方がないと思う。だが、それで悲しませてしまっていたとは思わなかった。すまない。エルダの日記を読んでしまったとき、あのページは読みながら俺も涙をこらえることができなかった」
「え、泣いたんだ……」
クラウス怒涛の語りが凄まじい。
そしてどうやら、エルダの日記でもらい泣きまでしていたようだ。
「だが、俺にはどうしてエルダにそんな誤解をされてしまったのかがわからない。なぜだ」
喜んでいいのか恥ずかしがった方がいいのかわからないまま驚いていたら、ついにすべてのきっかけでもあるあの日の会話に話題が及ぶ。
「それは――」
迷いながらも、エルダは口を開いた。
これまで言葉にすることさえ恐れていたあの日のこと。
「実は、あの……入舎した日に聞いてしまったんだ」
「なにを」
「クラウスと、ニコラさんの会話を……」
そうしてポツリポツリと語りだせば、クラウスの顔はみるみると青くなっていった。
話終わる頃には絶望に唇を戦慄かせて口を開く。
「違う……エルダ違うんだ。まったく違う」
しかしこちらはそれどころではない。
それらに手を上げて応えるだけに留め、エルダは真っすぐと研究課のテントに向かうと――。
「クラウス!」
名前を叫ぶと同時に、返事など待たずテント内に突撃した。
簡易的な机とイスがいくつか並んでいたが、その内のひとつの机上にはメモや書類などの紙の束がぴっしりと几帳面に並んでいた。
一目瞭然。これがクラウスの机だろう。
案の定、その下で膝を抱えてうずくまっていた人物は飛び込んで来たエルダを見て目を丸くした。
いつも鋭角な光を反射して団員たちを恐れさせていた眼鏡が、情けなくズリ下がる。
「……っ、エ、エルダ……」
「クラウス! クラウスぅっ!」
「――え、おい!?」
目が合うなりひたすら名前を叫びながら駆けたエルダに、クラウスが素っ頓狂な声をあげる。
だが構わず踏み込み、そのまま飛びかかった。
「クラウスーっ!」
「うぐぅっ!」
固く引き締まった身体に突っ込んだら、肺が潰れたような呻き声とともに受け止められた。――が、勢いがつきすぎたまま二人もみくちゃで地面に倒れ込む。
「クラウス!」
顔を合わせた次の瞬間には、首から上を真っ赤に茹で上げた仰向けのクラウスと見つめ合う形となった。まるでエルダが押し倒しているような体勢である。
だが、現状エルダはそんなところで照れている場合ではなかった。
込み上げる感情が止まらない。
「よ、読んだ……!」
日記帳をクラウスの胸元へ押し付ける。
「読んだよ。全部読んだ――!」
ぎゅううううっと力の限り日記帳を押し付けながら叫んだ。
そうしたら「痛い痛い」というクラウスが胸元の日記帳を受け取り、慌てて身体を起こす。
その瞬間。
ゴンッ!
「痛ぇっ!」
机の下だったことをすっかり忘れていたのか、クラウスが頭をぶつけた。
「……えっと、一回出よう」
(えええ、可愛い)
もはやどんなクラウスを見ても可愛く見えるほど、エルダの頭は沸騰しそうなほど昂っている。頭をぶつけても可愛いし恰好良い。ずっと心臓がドキドキと激しく音を奏で続けている。
揃って机の下から這い出したら、クラウスは日記帳を床に置いてエルダの手を取った。
真っすぐ見つめてくる黒色の瞳に、頬が赤くなるのがわかる。
「……どうだった」
意を決したように問われたのは、考えるまでもなく日記の内容についてだろう。
そして、その返事こそ考えるまでもなく。
「う、嬉しかった……」
「そうか」
すべての喜びがごちゃ混ぜになったような気持ちで頷けば、クラウスは心の底から安堵したように息を吐いた。
「あ、あの、クラウスこそ私の日記は……」
自分で読み返すのも恥ずかしいような文章の数々である。
クラウスの目にはどのように映ったのかが気になっておずおずと問えば――不意に握った手を離したクラウスの眼鏡が、なぜかキラリと鋭く光ったような気がした。
「その件についてはいくつか訂正がある」
「え」
唐突にクイッと眼鏡を押し上げたクラウスの瞳は、反論を許さぬほど真摯な眼差しであった。
なにかまずいことでも書いてあっただろうか――いや、思い返せばまずいことだらけなのだが――と身震いするエルダをよそに、クラウスが形のいい唇を開く。
「まず大前提だ。俺はエルダを嫌ってなどいない」
「え、でも……」
「そんなことあるわけがないだろう。そもそもディモス帝国の魔術師団を目指したのも、エルダなら必ず入団するだろうと思ったからだ。エルダの日記にもあった通り、学園を辞めてから俺は母方の姓でカルビークの魔術学園に通っていた。そこでも首席を取っていたのだから、エルダがいなければわざわざ帝国の師団なんて目指すわけがないだろう。それと再会した日のことだ。エルダの日記には俺が眉間に皺を寄せて不愉快そうだったと書いてあったな」
「だって――」
エルダから見たクラウスは、それがすべてだったのだから。
クラウスの会話を盗み聞きしてしまった日はショックのあまり何も手に付かなかったのだが、後日改めて再会した瞬間険しい顔をされてしまい、部屋に戻って泣きながら日記を書いた。
あの日のページは見るも無残なほど涙でぐしゃぐしゃだったろうと思う。
「あのとき俺は不愉快だったわけではない。会うのが久しぶりすぎて、気を抜けば情けない顔をしてしまいそうだったんだ。それを不愉快と捉えられてしまったのならば、それは完全に俺の落ち度だ。でも、会わなかった間にエルダがより一層天使になっていて、綺麗で、でも可愛くて顔に力を入れなければ感動と喜びに泣いてしまいそうだったのだから仕方がないと思う。だが、それで悲しませてしまっていたとは思わなかった。すまない。エルダの日記を読んでしまったとき、あのページは読みながら俺も涙をこらえることができなかった」
「え、泣いたんだ……」
クラウス怒涛の語りが凄まじい。
そしてどうやら、エルダの日記でもらい泣きまでしていたようだ。
「だが、俺にはどうしてエルダにそんな誤解をされてしまったのかがわからない。なぜだ」
喜んでいいのか恥ずかしがった方がいいのかわからないまま驚いていたら、ついにすべてのきっかけでもあるあの日の会話に話題が及ぶ。
「それは――」
迷いながらも、エルダは口を開いた。
これまで言葉にすることさえ恐れていたあの日のこと。
「実は、あの……入舎した日に聞いてしまったんだ」
「なにを」
「クラウスと、ニコラさんの会話を……」
そうしてポツリポツリと語りだせば、クラウスの顔はみるみると青くなっていった。
話終わる頃には絶望に唇を戦慄かせて口を開く。
「違う……エルダ違うんだ。まったく違う」
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