嫌われてると思ってた天才魔術師からの愛がクソデカでしたが私だって負けてない

天野 チサ

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19 クラウスside6 現在2

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 偶然鉢合わせた兵舎の廊下で、クラウスは情けなくも固まった。
 ずっと待ち望んでいた相手が突然目の前に現れて、言いたかったことも聞きたかったこともなにひとつ口から出てこず、ただただ見惚れた。

 やはり彼女は天使であった。気を抜けば情けなく崩れそうになる相好を必死で引き締める。
 息ができない。苦しい。ずっと焦がれていた存在が目の前にいる。胸が詰まる。
 身体中で激しくのたうち回る感情に振り回されて、思わず泣いてしまいそうになった。

 ――なのに、目が合ったはずのアクア色の瞳はすぐにそらされてしまい、違和感を覚える。

「クラウスも魔術師団に入団したんだね、おめでとう」

 こちらを見ないまま告げられた祝いの言葉に戸惑い、じわじわとどうしようもない不安と焦りが湧いてきた。

「これからは同期としてよろしく」
「…………ああ」

 ひとこと返すのが精いっぱいだった。
 素っ気なく告げて背中を向けたエルダの姿が見えなくなるまで、クラウスはその場に立ち尽くしていた。

 そして、ようやく気付いたのだ。

 何も告げず消えた自分がどうしてまた歓迎されるなどとうぬ惚れていたのだろう。
 そんな奴は嫌われて当然ではないか、と。
 自分のちっぱけなプライドを護った結果の大きすぎる代償に今さらながら後悔し、クラウスは足元が崩れていくような感覚に襲われた。

 さらにその後、絶対に研究課を希望しているだろうと思っていたエルダが実戦部隊に配属されたと知り、驚いた。あれだけ魔法陣研究に夢中になっていたのに、なにがあったのかと心から心配した。
 しかも危険の多い実戦部隊となれば、怪我などしやしないかと常に気を揉んでしまう。

 心配が過ぎてつい口を出してしまうこともあったが、嫌われているだろう負い目と、久しぶりにエルダと言葉を交わせる喜びと緊張で禄に会話もできず。加えて、クラウスの姿を目に入れるだけで煩わしそうなエルダの態度に合わせていたら周囲からも犬猿の仲などと認識されてしまった。

 こうなってしまっては、もはやなにをどうしていいのかわからないまま、今に至る。


 *****


 横たわるエルダは変わらず瞼を閉じたままだった。
 完全な魔力切れで倒れれば、意識を取り戻すまで回復するにはまだ数時間かかるだろう。

 魔力回復薬と呼ばれるものもあるが、あれは残っている魔力を増幅させるもので、完全にゼロとなった状態で使用したとて効果はない。

 つくづく、今回の任務で第二実戦部隊に同行して良かったと思う。

 ここが一番の戦場になるだろうことが予想された。というのも理由のひとつではあるが、クラウスにとってはエルダが派遣されるから。に尽きる。

 完成した転移魔術の検証を兼ねていたのは確かだが、エルダを心配するあまりなかなか強引に上司を言いくるめてスラハル大森林の任務にねじ込んでもらった。ニコラもダシに使わせてもらったが、本人も回復魔術を役立てる機会に喜んでいたので今回は手を組んだ。

 おかげでエルダの特攻からの孤立をフォローできたので、本当に良かったと改めて胸をなで下ろした。

 爆心地とまで呼ばれている特攻は毎度肝が冷える。団服を焦げ焦げにして帰還してくる姿を見るたびにこちらがどれほど気を揉んでいるか、本人は気付いてもいないのだろう。

 なんとか特攻は思いとどまってほしいのだが、すっかりおかしくなってしまったエルダとの関係性のせいで口を出すたび喧嘩のようになってしまう。
 
 大きなため息を吐いて、クラウスは立ち上がった。
 エルダをここに運んだあと、一緒に救護テントへ運び込み、とりあえず置いとけと投げ捨てたようになっていたエルダの荷物を拾い集めることにする。

 とはいえ、着替えの大きなバッグと日用品が入っているだろう小さなバッグの二つだけだが。
 その小さなバッグを持ち上げたら、半開きになっていたのだろう。中身がいくつかバラバラと零れ落ちた。

 その中に、一冊の分厚いノートがあった。
 落ちた拍子にバサリとページが開く。

 見るつもりなどなかったのに、綴られていた文字が目に入ってしまった。
 拾おうと手を伸ばした先の文字列に、クラウスは言葉を失った。
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