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14 クラウスside1
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この国では暗い色素は珍しい。
特に黒目は嫌でも目を引く。
なぜなら明るい色の多い帝国内で、それは明らかに異国人の特徴だからだ。
クラウスの母は異国の人間だった。
大きな商会を経営する父が商談で訪れた先で二人は出会い、このディモス帝国に渡ってきた。
両親の仲は良くクラウスにも惜しみない愛情を注いでくれている。
だが大らかなクラウスの父は、このディモス帝国内では珍しい感性を持つ部類に入るらしい。
特にクラウスの生まれた街で異国の者は珍しく、広大な瘴気の森が多数存在し、魔物の出現が帝国よりずっと多い母の母国は野蛮と見下されるきらいがあった。
それは魔術学園に入ってからも変わらなかった。
クラウスの魔術に対する素質は群を抜いていたようで、特待生に認定された。
あまり興味はなかったが、両親にぜひ行った方がいいと強く勧められ決めた進学先だった。
だが異国の外見に特待生という肩書は、顰蹙を買うだけだったらしい。
陰口を叩くだけならまだしも、異国人の血を引いているだけで「野蛮人がこの学園に通うなど生意気だ」なんだと直接罵られたことも数知れず。そんなことを言われたって、クラウスにはどうすることもできないというのに。
特に目的もない日々ではあったが、それらの鬱憤を思う存分発散できる実戦魔術の授業は好きだった。
文句を言う奴らを『授業』という大義名分のもと徹底的に、それこそこてんぱんに叩きのめせる。
そんなことをしていたら、魔力の量と扱いに人一倍長けていたクラウスはいつの間にか実戦魔術において常にトップ成績を維持していた。
そんな日々の中、図書館で一人の女生徒と出会う。
その日の放課後、図書館に行ったのは偶然だった。
なにか調べ物があったのか、気まぐれに本でも借りようと思ったのか、理由は些細でもう覚えてはいない。
それよりも衝撃的なことがあったのだから、今となってはどうでもいいことだ。
「あ、もしかしてカルビークの方ですか?」
窓際側に並んだテーブルの角席。
そこだけやたらと本が積み重なっていた。テーブルには、必死にノートに何かを書き込んでいる小柄なスカイブルーの頭。
近くを通ったら不意に声をかけられて、顔を上げた彼女の顔と真正面から向かい合う。
一瞬、息が止まった。
晴天に溶けるような髪色と白い肌、そして髪によく似合うアクア色の瞳はまるで――幼い頃、母が語ってくれた故郷の御伽話に出てくる空の天使かと見まごうようだった。
おのれのタイプど真ん中はこれだと、大きく跳ねた心臓が痛いほど主張する。
だが彼女はクラウスと目が合ったとたんに、澄んだ瞳を大きく見開いて固まった。
まじまじと見据えられて、ときめいた心は不快に染まる。
「…………だったら?」
侮蔑を込めた『異国人』ではなくきちんと国名を呼ばれたのは意外だったが、それでも正直、またか。と思った。
眉間に皺を寄せたクラウスの顔は、不愉快さ隠しもしていなかったと思う。
どうせ天使のような綺麗な顔も、このあと軽蔑に歪むのだ。だったらいい顔してやる必要もない。
そうやって、何を言われるのやらとうんざりした眼差しを向けると――。
目を見開いていた彼女はなにやらハッと我に返ったのか、満面の笑みを浮かべた。
「うわぁやっぱり! カルビークの人、初めて会いました!」
「は?」
今まで向けられたこともないキラキラとした瞳に、クラウスは石像のように硬直した。
しかしその間も、女生徒の勢いは止まらない。
「あちらは帝国よりも魔物の出現が多いですよね。その対策はどのようにされているのですか? 帝国の魔術師団とはまた異なった体制になっているのでしょうか? 厄災のときの対策は? あ、あと、カルビークは帝国よりも気候が温かいですよね。実際に比べてみてどのように違いを感じますか? それに食文化も気になっていて、私はぜひガッサムを食べてみたいのですが、詳しく聞いてもいいですか?」
怒涛の勢いで語りながら、身を乗り出して詰め寄ってくる。
ともかく、予想とはまったく異なる反応にクラウスが目を白黒させていると、それをどう受け取ったのか、突然恥じるように顔を赤くした。
「突然すみません。私、一年のエルダ・カーマンといいます」
「あ、ああ。同じ一年のクラウス・ファンネル……」
つられて思わず名乗れば、アクア色の瞳は再び丸くなった。
「もしかして、実戦魔術でトップの!? 成績表で名前は拝見してます!」
魔術学園では、定期試験のたび学年ごとに実戦魔術と学科それぞれ成績が貼り出される。クラウスは自分以外の名前に対して興味はなかったのだが、エルダはクラウスの名を知っていたようだ。
「悪いけど、カルビークは母の母国ではあるが俺は帝国生まれで行ったこともない。だからたいして言えることは無いんだ」
「あ……そうなんですか……」
正直に告げたら心底ガッカリした顔をされて、なんだかこちらが悪いことをしたような気になってしまう。
せめてもと、母から聞いたカルビークの話を知っている範囲でしてやれば、一瞬で表情を明るく戻して信じられないくらい食いついてきた。
どうやら、エルダは興味のあることに関してはとことん突き詰めるタイプであるらしい。
ついでに話も止まらない。
彼女の家は男爵位を持っているものの、男爵のような下っ端令嬢では遠い異国の話などなかなか流れてこず、貴重なのだそうだ。
これまで野蛮だ生意気だと言われていたカルビークの話を、ここまで食い入るように聞いてくれた相手など初めてで、侮蔑どころか尊敬のまなざしを向けられるのも初めてで。
クラウスこそ、この日は珍しく図書館が閉館するまで語る口が止まらず、会話が終わることに寂しさすら覚えてしまった。
特に黒目は嫌でも目を引く。
なぜなら明るい色の多い帝国内で、それは明らかに異国人の特徴だからだ。
クラウスの母は異国の人間だった。
大きな商会を経営する父が商談で訪れた先で二人は出会い、このディモス帝国に渡ってきた。
両親の仲は良くクラウスにも惜しみない愛情を注いでくれている。
だが大らかなクラウスの父は、このディモス帝国内では珍しい感性を持つ部類に入るらしい。
特にクラウスの生まれた街で異国の者は珍しく、広大な瘴気の森が多数存在し、魔物の出現が帝国よりずっと多い母の母国は野蛮と見下されるきらいがあった。
それは魔術学園に入ってからも変わらなかった。
クラウスの魔術に対する素質は群を抜いていたようで、特待生に認定された。
あまり興味はなかったが、両親にぜひ行った方がいいと強く勧められ決めた進学先だった。
だが異国の外見に特待生という肩書は、顰蹙を買うだけだったらしい。
陰口を叩くだけならまだしも、異国人の血を引いているだけで「野蛮人がこの学園に通うなど生意気だ」なんだと直接罵られたことも数知れず。そんなことを言われたって、クラウスにはどうすることもできないというのに。
特に目的もない日々ではあったが、それらの鬱憤を思う存分発散できる実戦魔術の授業は好きだった。
文句を言う奴らを『授業』という大義名分のもと徹底的に、それこそこてんぱんに叩きのめせる。
そんなことをしていたら、魔力の量と扱いに人一倍長けていたクラウスはいつの間にか実戦魔術において常にトップ成績を維持していた。
そんな日々の中、図書館で一人の女生徒と出会う。
その日の放課後、図書館に行ったのは偶然だった。
なにか調べ物があったのか、気まぐれに本でも借りようと思ったのか、理由は些細でもう覚えてはいない。
それよりも衝撃的なことがあったのだから、今となってはどうでもいいことだ。
「あ、もしかしてカルビークの方ですか?」
窓際側に並んだテーブルの角席。
そこだけやたらと本が積み重なっていた。テーブルには、必死にノートに何かを書き込んでいる小柄なスカイブルーの頭。
近くを通ったら不意に声をかけられて、顔を上げた彼女の顔と真正面から向かい合う。
一瞬、息が止まった。
晴天に溶けるような髪色と白い肌、そして髪によく似合うアクア色の瞳はまるで――幼い頃、母が語ってくれた故郷の御伽話に出てくる空の天使かと見まごうようだった。
おのれのタイプど真ん中はこれだと、大きく跳ねた心臓が痛いほど主張する。
だが彼女はクラウスと目が合ったとたんに、澄んだ瞳を大きく見開いて固まった。
まじまじと見据えられて、ときめいた心は不快に染まる。
「…………だったら?」
侮蔑を込めた『異国人』ではなくきちんと国名を呼ばれたのは意外だったが、それでも正直、またか。と思った。
眉間に皺を寄せたクラウスの顔は、不愉快さ隠しもしていなかったと思う。
どうせ天使のような綺麗な顔も、このあと軽蔑に歪むのだ。だったらいい顔してやる必要もない。
そうやって、何を言われるのやらとうんざりした眼差しを向けると――。
目を見開いていた彼女はなにやらハッと我に返ったのか、満面の笑みを浮かべた。
「うわぁやっぱり! カルビークの人、初めて会いました!」
「は?」
今まで向けられたこともないキラキラとした瞳に、クラウスは石像のように硬直した。
しかしその間も、女生徒の勢いは止まらない。
「あちらは帝国よりも魔物の出現が多いですよね。その対策はどのようにされているのですか? 帝国の魔術師団とはまた異なった体制になっているのでしょうか? 厄災のときの対策は? あ、あと、カルビークは帝国よりも気候が温かいですよね。実際に比べてみてどのように違いを感じますか? それに食文化も気になっていて、私はぜひガッサムを食べてみたいのですが、詳しく聞いてもいいですか?」
怒涛の勢いで語りながら、身を乗り出して詰め寄ってくる。
ともかく、予想とはまったく異なる反応にクラウスが目を白黒させていると、それをどう受け取ったのか、突然恥じるように顔を赤くした。
「突然すみません。私、一年のエルダ・カーマンといいます」
「あ、ああ。同じ一年のクラウス・ファンネル……」
つられて思わず名乗れば、アクア色の瞳は再び丸くなった。
「もしかして、実戦魔術でトップの!? 成績表で名前は拝見してます!」
魔術学園では、定期試験のたび学年ごとに実戦魔術と学科それぞれ成績が貼り出される。クラウスは自分以外の名前に対して興味はなかったのだが、エルダはクラウスの名を知っていたようだ。
「悪いけど、カルビークは母の母国ではあるが俺は帝国生まれで行ったこともない。だからたいして言えることは無いんだ」
「あ……そうなんですか……」
正直に告げたら心底ガッカリした顔をされて、なんだかこちらが悪いことをしたような気になってしまう。
せめてもと、母から聞いたカルビークの話を知っている範囲でしてやれば、一瞬で表情を明るく戻して信じられないくらい食いついてきた。
どうやら、エルダは興味のあることに関してはとことん突き詰めるタイプであるらしい。
ついでに話も止まらない。
彼女の家は男爵位を持っているものの、男爵のような下っ端令嬢では遠い異国の話などなかなか流れてこず、貴重なのだそうだ。
これまで野蛮だ生意気だと言われていたカルビークの話を、ここまで食い入るように聞いてくれた相手など初めてで、侮蔑どころか尊敬のまなざしを向けられるのも初めてで。
クラウスこそ、この日は珍しく図書館が閉館するまで語る口が止まらず、会話が終わることに寂しさすら覚えてしまった。
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