上 下
14 / 28

14 クラウスside1

しおりを挟む
 この国では暗い色素は珍しい。
 特に黒目は嫌でも目を引く。
 なぜなら明るい色の多い帝国内で、それは明らかに異国人の特徴だからだ。

 クラウスの母は異国の人間だった。
 大きな商会を経営する父が商談で訪れた先で二人は出会い、このディモス帝国に渡ってきた。

 両親の仲は良くクラウスにも惜しみない愛情を注いでくれている。
 だが大らかなクラウスの父は、このディモス帝国内では珍しい感性を持つ部類に入るらしい。
 
  特にクラウスの生まれた街で異国の者は珍しく、広大な瘴気の森が多数存在し、魔物の出現が帝国よりずっと多い母の母国は野蛮と見下されるきらいがあった。

 それは魔術学園に入ってからも変わらなかった。
 
 クラウスの魔術に対する素質は群を抜いていたようで、特待生に認定された。
  あまり興味はなかったが、両親にぜひ行った方がいいと強く勧められ決めた進学先だった。
 
 だが異国の外見に特待生という肩書は、顰蹙ひんしゅくを買うだけだったらしい。
 
 陰口を叩くだけならまだしも、異国人の血を引いているだけで「野蛮人がこの学園に通うなど生意気だ」なんだと直接罵られたことも数知れず。そんなことを言われたって、クラウスにはどうすることもできないというのに。
 
 特に目的もない日々ではあったが、それらの鬱憤を思う存分発散できる実戦魔術の授業は好きだった。

 文句を言う奴らを『授業』という大義名分のもと徹底的に、それこそこてんぱんに叩きのめせる。
 そんなことをしていたら、魔力の量と扱いに人一倍長けていたクラウスはいつの間にか実戦魔術において常にトップ成績を維持していた。

 そんな日々の中、図書館で一人の女生徒と出会う。

 その日の放課後、図書館に行ったのは偶然だった。
 なにか調べ物があったのか、気まぐれに本でも借りようと思ったのか、理由は些細でもう覚えてはいない。
 それよりも衝撃的なことがあったのだから、今となってはどうでもいいことだ。

「あ、もしかしてカルビークの方ですか?」

 窓際側に並んだテーブルの角席。
 そこだけやたらと本が積み重なっていた。テーブルには、必死にノートに何かを書き込んでいる小柄なスカイブルーの頭。
 
 近くを通ったら不意に声をかけられて、顔を上げた彼女の顔と真正面から向かい合う。
 一瞬、息が止まった。
 
 晴天に溶けるような髪色と白い肌、そして髪によく似合うアクア色の瞳はまるで――幼い頃、母が語ってくれた故郷の御伽話に出てくる空の天使かと見まごうようだった。

 おのれのタイプど真ん中はこれだと、大きく跳ねた心臓が痛いほど主張する。

 だが彼女はクラウスと目が合ったとたんに、澄んだ瞳を大きく見開いて固まった。
 まじまじと見据えられて、ときめいた心は不快に染まる。

「…………だったら?」

 侮蔑を込めた『異国人』ではなくきちんと国名を呼ばれたのは意外だったが、それでも正直、またか。と思った。
 
 眉間に皺を寄せたクラウスの顔は、不愉快さ隠しもしていなかったと思う。
 どうせ天使のような綺麗な顔も、このあと軽蔑に歪むのだ。だったらいい顔してやる必要もない。

 そうやって、何を言われるのやらとうんざりした眼差しを向けると――。
 目を見開いていた彼女はなにやらハッと我に返ったのか、満面の笑みを浮かべた。

「うわぁやっぱり! カルビークの人、初めて会いました!」
「は?」

 今まで向けられたこともないキラキラとした瞳に、クラウスは石像のように硬直した。
 しかしその間も、女生徒の勢いは止まらない。

「あちらは帝国よりも魔物の出現が多いですよね。その対策はどのようにされているのですか? 帝国の魔術師団とはまた異なった体制になっているのでしょうか? 厄災のときの対策は? あ、あと、カルビークは帝国よりも気候が温かいですよね。実際に比べてみてどのように違いを感じますか? それに食文化も気になっていて、私はぜひガッサムを食べてみたいのですが、詳しく聞いてもいいですか?」

 怒涛の勢いで語りながら、身を乗り出して詰め寄ってくる。
 
 ともかく、予想とはまったく異なる反応にクラウスが目を白黒させていると、それをどう受け取ったのか、突然恥じるように顔を赤くした。

「突然すみません。私、一年のエルダ・カーマンといいます」
「あ、ああ。同じ一年のクラウス・ファンネル……」

 つられて思わず名乗れば、アクア色の瞳は再び丸くなった。

「もしかして、実戦魔術でトップの!? 成績表で名前は拝見してます!」

 魔術学園では、定期試験のたび学年ごとに実戦魔術と学科それぞれ成績が貼り出される。クラウスは自分以外の名前に対して興味はなかったのだが、エルダはクラウスの名を知っていたようだ。

「悪いけど、カルビークは母の母国ではあるが俺は帝国生まれで行ったこともない。だからたいして言えることは無いんだ」
「あ……そうなんですか……」

 正直に告げたら心底ガッカリした顔をされて、なんだかこちらが悪いことをしたような気になってしまう。
 せめてもと、母から聞いたカルビークの話を知っている範囲でしてやれば、一瞬で表情を明るく戻して信じられないくらい食いついてきた。

 どうやら、エルダは興味のあることに関してはとことん突き詰めるタイプであるらしい。
 ついでに話も止まらない。
 
 彼女の家は男爵位を持っているものの、男爵のような下っ端令嬢では遠い異国の話などなかなか流れてこず、貴重なのだそうだ。

 これまで野蛮だ生意気だと言われていたカルビークの話を、ここまで食い入るように聞いてくれた相手など初めてで、侮蔑どころか尊敬のまなざしを向けられるのも初めてで。
 
 クラウスこそ、この日は珍しく図書館が閉館するまで語る口が止まらず、会話が終わることに寂しさすら覚えてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

処理中です...