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11 爆心地、行きます!
しおりを挟む そのときスラハル大森林全体が闇夜の中でもわかるほど、ざわりと大きく蠢いた。
直後、まるで中身の詰まったパンパンの革袋が弾けたかのように、瘴気は森から一気に溢れ出たのだ。
その異変に気付いた騎士と魔術師たちがとっさに構えたと同時に、地響きにも似た音と、地を這うような数多の咆哮が大気を激しく揺らした。
――ついに本格的に始まった。きっと誰しもが同じことを思った。
今まさに仮眠に入ろうとしていたエルダも飛び起きる。眠気は一瞬で消え去った。
全身に噴き出す大粒の汗と粟立つ手足に、数え切れぬほどのなにかが迫りくる気配を肌に感じた。初めての感覚に、ゾワゾワとしたものが足元から背筋までを駆け抜ける。
「灯りだ! 打て!」
一足早く我に返ったのは、やはり隊長のライナルトであった。
彼のひと声で魔術師が一斉に光球を打ち上げる。闇夜が明るく照らされた瞬間、木々の隙間からおびただしい数のぎらついた赤い瞳と魑魅魍魎のシルエットが浮かび上がった。
すぐそこにいる。こちらを狙っている。
騎士が剣を抜き魔術師が魔力を研ぎ澄ませた瞬間、この場は戦場になった。
*****
次から次に湧き出てくる魔物は、まるで雪崩か津波のようだった。
元は狼や猪、果ては兎などを連想させる造形ながら、その大きさは倍以上に骨格や筋肉が増強し、獰猛さを微塵も隠さず赤く染まった目と鋭い牙を覗かせる魔物たち。素早さまで桁外れに跳ね上がった大群はあっという間に眼前まで迫りくる。
魔術師が遠距離から魔術を放ちある程度一掃したところで、もれた個体を騎士たちが仕留めていく。さすが精鋭ぞろいというだけあって、騎士たちの連携と実力は素晴らしかった。
打ちもらしをあっという間に片付けていく。――が、いかんせん数が多い。
隊長であるライナルトが上手く全体の流れを読み、都度指示を飛ばしながら、補助が必要な個所を見極めて即座に魔術を飛ばす。その手腕はさすがだった。
彼は第三皇子だったから隊長に就いたわけではない。その技術とカリスマ性を見込まれ、実力での抜擢だ。
確かに彼は膨大な魔力を持っているが、それ以上に細やかな魔力操作に長けてる。
どでかい魔術をぶっ放し爆心地を量産するだけのエルダとは大違いなのだ。
おかげでライナルト一人で隊全体をフォローすることができるし、今回のような合同任務では騎士団への補助魔術も常に展開させている。
普段は気さくで隊員たちとふざけることもあるが、彼の確かな技術は第二実戦部隊全員が信頼し敬意を持っていた。
だがそのライナルトの指揮の中ですら、じりじりと、だが確実に数で押され始めている。
前衛で負傷した騎士や魔術師たちが次々と後方の救護テントへ回されていった。
厄災に備えて訓練を重ねた部隊の連携は上手く機能している。
先発が速度重視で目くらましをかねた魔術を放つ間に、エルダを含む後発が威力の高い複雑な魔術を組み上げる。このスピードを極限まで高めるよう訓練を重ねたし、それは確かに効果的だった。
相手の数が予想以上でなければ。
「スラハルはさすがに規模がデカすぎる!」
「資料の記録よりも増してないか!?」
あちこちから騎士と魔術師の怒号が飛び交う。
「耐えろ! もうすぐ応援も来るぞ!」
帝国随一の広大さを誇るスラハル大森林は、想定以上の規模の厄災を引き起こしていた。
後ろを見れば、救護テント内を慌ただしく走り回る二コラの白衣姿が目に映る。彼女の研究していた回復魔術は絶大な効果を発揮していた。なんといっても即座に戦場へ戻れるのは大きすぎる。
おかげで、押されるにしてもじりじりとしたペースで持ちこたえられているのだから。
だとしても、例え傷が塞がったとしても流れた血が戻るわけではないし、手足を失えばそれを再生させることまでは叶わない。
(とにかく、今この場の魔物だけでも一掃させて立て直さないと……!)
一度この流れを断ち切り、勢いを削がないと押し切られてしまうのも時間の問題ではないだろうか。
このまま同じことをしていても現状は打破できない。
となれば。
そう思って周囲を見回して、救護テントでニコラと共に回復魔術に奔走する白衣の男と目が合った。
クラウスだ。
一瞬だけだったが、まるで時が止まったかのように、確かに目が合った。
そのわずかな時間でエルダの姿になにかを察したのか、眼鏡の彼はなにごとかを叫びながらこちらに向かって駆けだした。――が、それを見届けることなく、エルダも走った。迫る魔物の大群に向かって。
後ろから咎めるようなライナルトの怒声が響いたが、構わずに地面を蹴る。これはあとで間違いなく特大の雷を落とされるコースだが、今は聞かなかったことにした。
同時に魔術を展開して全身を炎で包んだ。さらに重ねがけで風をまとい、炎を煽り勢いを増しながらさらに高く飛ぶ。
上へ上へ。
この現状を変えるには簡単だ。誰かが帝都に向かうこの大群を、一時でも引きつければいい。
エルダはその手段を持っている。
そして――『爆心地のエルダ』は彗星のごとくスラハル大森林めがけて突っ込んだ。
直後、まるで中身の詰まったパンパンの革袋が弾けたかのように、瘴気は森から一気に溢れ出たのだ。
その異変に気付いた騎士と魔術師たちがとっさに構えたと同時に、地響きにも似た音と、地を這うような数多の咆哮が大気を激しく揺らした。
――ついに本格的に始まった。きっと誰しもが同じことを思った。
今まさに仮眠に入ろうとしていたエルダも飛び起きる。眠気は一瞬で消え去った。
全身に噴き出す大粒の汗と粟立つ手足に、数え切れぬほどのなにかが迫りくる気配を肌に感じた。初めての感覚に、ゾワゾワとしたものが足元から背筋までを駆け抜ける。
「灯りだ! 打て!」
一足早く我に返ったのは、やはり隊長のライナルトであった。
彼のひと声で魔術師が一斉に光球を打ち上げる。闇夜が明るく照らされた瞬間、木々の隙間からおびただしい数のぎらついた赤い瞳と魑魅魍魎のシルエットが浮かび上がった。
すぐそこにいる。こちらを狙っている。
騎士が剣を抜き魔術師が魔力を研ぎ澄ませた瞬間、この場は戦場になった。
*****
次から次に湧き出てくる魔物は、まるで雪崩か津波のようだった。
元は狼や猪、果ては兎などを連想させる造形ながら、その大きさは倍以上に骨格や筋肉が増強し、獰猛さを微塵も隠さず赤く染まった目と鋭い牙を覗かせる魔物たち。素早さまで桁外れに跳ね上がった大群はあっという間に眼前まで迫りくる。
魔術師が遠距離から魔術を放ちある程度一掃したところで、もれた個体を騎士たちが仕留めていく。さすが精鋭ぞろいというだけあって、騎士たちの連携と実力は素晴らしかった。
打ちもらしをあっという間に片付けていく。――が、いかんせん数が多い。
隊長であるライナルトが上手く全体の流れを読み、都度指示を飛ばしながら、補助が必要な個所を見極めて即座に魔術を飛ばす。その手腕はさすがだった。
彼は第三皇子だったから隊長に就いたわけではない。その技術とカリスマ性を見込まれ、実力での抜擢だ。
確かに彼は膨大な魔力を持っているが、それ以上に細やかな魔力操作に長けてる。
どでかい魔術をぶっ放し爆心地を量産するだけのエルダとは大違いなのだ。
おかげでライナルト一人で隊全体をフォローすることができるし、今回のような合同任務では騎士団への補助魔術も常に展開させている。
普段は気さくで隊員たちとふざけることもあるが、彼の確かな技術は第二実戦部隊全員が信頼し敬意を持っていた。
だがそのライナルトの指揮の中ですら、じりじりと、だが確実に数で押され始めている。
前衛で負傷した騎士や魔術師たちが次々と後方の救護テントへ回されていった。
厄災に備えて訓練を重ねた部隊の連携は上手く機能している。
先発が速度重視で目くらましをかねた魔術を放つ間に、エルダを含む後発が威力の高い複雑な魔術を組み上げる。このスピードを極限まで高めるよう訓練を重ねたし、それは確かに効果的だった。
相手の数が予想以上でなければ。
「スラハルはさすがに規模がデカすぎる!」
「資料の記録よりも増してないか!?」
あちこちから騎士と魔術師の怒号が飛び交う。
「耐えろ! もうすぐ応援も来るぞ!」
帝国随一の広大さを誇るスラハル大森林は、想定以上の規模の厄災を引き起こしていた。
後ろを見れば、救護テント内を慌ただしく走り回る二コラの白衣姿が目に映る。彼女の研究していた回復魔術は絶大な効果を発揮していた。なんといっても即座に戦場へ戻れるのは大きすぎる。
おかげで、押されるにしてもじりじりとしたペースで持ちこたえられているのだから。
だとしても、例え傷が塞がったとしても流れた血が戻るわけではないし、手足を失えばそれを再生させることまでは叶わない。
(とにかく、今この場の魔物だけでも一掃させて立て直さないと……!)
一度この流れを断ち切り、勢いを削がないと押し切られてしまうのも時間の問題ではないだろうか。
このまま同じことをしていても現状は打破できない。
となれば。
そう思って周囲を見回して、救護テントでニコラと共に回復魔術に奔走する白衣の男と目が合った。
クラウスだ。
一瞬だけだったが、まるで時が止まったかのように、確かに目が合った。
そのわずかな時間でエルダの姿になにかを察したのか、眼鏡の彼はなにごとかを叫びながらこちらに向かって駆けだした。――が、それを見届けることなく、エルダも走った。迫る魔物の大群に向かって。
後ろから咎めるようなライナルトの怒声が響いたが、構わずに地面を蹴る。これはあとで間違いなく特大の雷を落とされるコースだが、今は聞かなかったことにした。
同時に魔術を展開して全身を炎で包んだ。さらに重ねがけで風をまとい、炎を煽り勢いを増しながらさらに高く飛ぶ。
上へ上へ。
この現状を変えるには簡単だ。誰かが帝都に向かうこの大群を、一時でも引きつければいい。
エルダはその手段を持っている。
そして――『爆心地のエルダ』は彗星のごとくスラハル大森林めがけて突っ込んだ。
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