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06 閉ざしてるわけではなくて普通に嫌

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 魔術学園の二年生に進級してほんの数ヵ月。
 突然クラウスは姿を消した。

 最近会わないなーと思い、なんとなく教師に尋ねたら「先日学園をやめたぞ」と返されたときの衝撃たるや凄まじかった。

「なにも言われてなかったし、相談もされてなかったし……というか、元々私が一方的に話しかけてただけなので、本心では鬱陶しく思ってたんじゃないですか?」
「いや、それはないだろう」

 まさかと言わんばかりに否定してくるライナルトを胡乱げに見やる。そう言われたとて、現状を考えればそうとしか結論はでない。
 なのにライナルトは納得のいかない顏でなおも先を促してくる。
 観念したエルダはため息を吐いた。

「……嫌われてますよ」
「だからどうして」
「聞いてしまったんです」

 ふっと目を伏せて、瞼の裏に浮かんだ過去を見る。
 今でも鮮明に思い出せる。一言一句。

「師団に入隊が決まって、合格者の名簿にクラウスの名前を見つけた時は、素直に嬉しかったんです。だから、私はまた会えるのを楽しみにしてました」

 急にいなくなったことに、ひと言物申してやらないと。どれだけ心配したのか伝えてやらないと。それでまた――。

 伝えたいことが溢れるほどたくさんあった。
 すっかり浮かれたエルダは、また以前と同じような関係になれると思い込んでいたのだ。

「でも、聞いてしまったんですよね。クラウスの本音」

 魔術師団の新入団員たちがほぼ入舎を終えた頃、兵舎内で懐かしい後ろ姿を見付けた。
 背はぐっと伸びていたけれど、この国では珍しく、飽きるほど見慣れていた黒褐色の髪を見間違うはずがない。どんなに久しぶりでも、それが誰かなんて一目でわかった。

 嬉しくて、でも少し緊張しながら声をかけようと近づいたら、彼は誰か知り合いと話していて、そして――。

 その先を拒むように、急に胸が苦しくなった。喉元までせり上がってきた過去を呑み込むように、エールを一気に流し込む。「おい!」なんて制止するライナルトの声を無視して、ダンッと叩きつけるように空になったジョッキをテーブルに置いた。

「とにかく。実際に聞いたんです。私は嫌われているんです!」
「だから実戦部隊を希望したのか?」
「そうです! 実戦魔術も自信ありましたし!」

 研究は趣味の範囲で続けていけばいいと思ったのだ。現状それは実現している。そこまで話して視線を上げたら、ライナルトが頭を抱えて突っ伏していた。

「……思っていた以上にややこしくなってたかー」
「大丈夫ですか?」

 あまりの項垂れっぷりに聞けば、ライナルトは緩慢な動きで顔を上げ、唐揚げをひとつ口に頬張った。モゴモゴと咀嚼しながら、ねめつけるようにエルダを見てくる。

「まぁ、現状はわかった。それであんなにギクシャクしてるのな」
「どう接したらいいのか戸惑っているうちにこうなりました。でも、嫌われてるならこれでいいかと思ってるので、いいです」
「いいです。て、お前。開き直るなよ」

 先ほど項垂れていたライナルトが、今度は天井を見上げた。
 なんだかこんな個人的なことで気を遣わせてしまって、申し訳なくなってくる。

「ええと……なんていうか、すみません。でも隊長のおかげで吹っ切れそうです」
「え、嘘だろ? そっちの方向に背中押しちゃった?」

 なにやら目を丸くするライナルトの前に、うやうやしく唐揚げの皿を差し出した。

「お礼に全部食べてもいいですよ」
「いや、そもそもこれは俺のおごりだし。チーズはもらうけどな」
「どうぞどうぞ」

 ご所望のチーズの盛り合わせをライナルトの方に寄せてから、店員に追加のエールを頼んだ。
 すると、頭になにやら温かな感触。

「だからって、やけくそ特攻はもうやめろ」
「別にやけくそでしてるわけではないです」

 ポンポンと頭に乗る手を払ったら「はいはいそうですか」と適当にあしらわれた。腹立たしい。
 とはいえ、少し痛いところを突かれてギクリとした。

 命を無下にしているわけではない。けれど、別に惜しんでいるわけでもない。虚勢でもなく、本当に、どちらでもいい。
 ずっとエルダの中でそんな思いがくすぶっている。

 ――が。ここでそんなことをウダウダと考えても仕方がない。今は飲んで食べる場だ。

「というわけなので、ここからは遠慮なくおごられますね!」
「遠慮しないのかよ!」
「はい!」
「いい返事しやがって!」

 運ばれてきたエールを豪快に飲みながら、唐揚げにフォークをぶすりと突き刺す。
 遠慮なく頬張るエルダを見て笑っていたライナルトの顔が次第に焦りを滲ませるほど、宣言通り散々飲み食いをして――そして、会計をする頃にはエルダはテーブルに顔面を押し付けて沈んでいた。

「すげぇな。お前本当に遠慮もなにもない飲み方したな」

 まさかの自国の皇子に背負われて酒場を後にしたのである。

 ライナルトの動向が監視されているのだとしたら、この痴態もどこかに報告されるのだろうか。それはさすがにつらい。と、残ったわずかな理性が恥じたが、ずっと抱えていた思いを吐露した解放感の方が勝っていた。とはいえ、酒の勢いも大いにあるだろうが。

「すみませんねぇ……なんだか話したら気分良くなってしまったのもので」

 ふわふわとした気持ちのまま言えば「この酔っ払いが!」と吐き捨てられたが、今はなにも気にならなかった。夜風が気持ち良くて鼻歌まで歌ってしまう。

「……こっちこそ、無理に聞き出して悪かったな」
「いやー、隊長は今までよくぞなにも聞かずに我慢してくれたなぁと思ってますよ」
「思ってたのかよ。エルダも兵舎住みだよな? このまま部屋まで送ってやるよ」
「え!? 嫌です。兵舎の入口まででいいです」
「嫌です!?」
「嫌です」
 
 速攻で断ったらライナルトは噴き出し、身体を震わす振動が背中から伝わってきた。

「嫌ですよ。隊長とは棟も違うじゃないですか。申し訳ないですし、嫌です」
「それ以上、嫌だの連呼はやめてくれ!」

 ヒーと笑うライナルトはどうやらツボに入ったらしい。なにがおかしいのかエルダにはさっぱりわからなかったが。

「本っ当、エルダは心を開いてくれないよなぁ」
「別にそんなに深い意味もないのですが。単純に他人に部屋を見られたくありません」
「そういうところだっての」
「はあ」
「うん、もういいや」

 そんなやり取りをしながら、兵舎の入口まで運んでもらった。
 背中から降ろされる際、遠くにクラウスのような白衣の眼鏡姿が見えたような気がしたが、ほんの一瞬すぎて定かではない。
 どうやら幻を見てしまうほど酔いが回っていたらしい。
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