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01 爆心地(物理的に)と呼ばれる女
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あの日は、門出にふさわしくよく晴れた日だった。
念願だったディモス帝国魔術師団への入団。
そして、待ち望んでいた再会に私の心は期待に膨らんでいた。
真新しい深藍色の団服を身にまとい、兵舎の廊下を進んだ先で……ずっと焦がれていた懐かしい黒褐色の髪を見付ける。
はやる気持ちを抑えて、胸を高鳴らせながら一歩ずつ近づいたあの瞬間、間違いなく私の全身には溢れんばかりの希望と喜びが満ちていた。
直後それがとんだ思い上がりで、うぬぼれであったと思い知るとは露知らず。
*****
帝国の中心である帝都から南方に広がるウルシル平原。
この地にディモス帝国魔術師団第二実戦部隊が魔物討伐の任を受けて派遣されたのは、早朝のことであった。
ここは南の都へと続く大事な交易路が横断する平原であり、普段ならば商団の荷車や旅人・冒険者など人の行き来が絶えないのだが、現在は封鎖され人影は皆無である。
代わりに蠢くのは、一見大きな闘牛にも見えるが禍々しく捻じれた巨大な角と深紅の瞳が明らかに異形の証である、魔物と呼ばれるものの群れであった。
彼らに占拠されている限り、この交易路は使えない。
理性の低い魔物の群れに囲まれようものなら、悲惨な結末しか待っていないのだから。
そこへ――まるで彗星のような炎の塊が、突如として数多の魔物の中心へ突っ込んだ。
同時に、激しい振動と爆発。
巨大な火柱が巻き上がり、周囲は魔物もろとも爆風によって吹き飛ばされた。
魔術である。あまりに高威力で大規模な魔術が、ウルシル平原に落ちたのだ。
平原は衝撃による砂塵で覆い尽くされ、それらがようやく風と流れたあとには、開けた大地の中心にただ一人が立っている。
空に溶けそうな長いスカイブルーの髪をなびかせた、鮮やかなアクア色の瞳をした小柄で華奢な女性。場には不釣り合いなほどの儚さを思わせながらも、チリチリとした残火をまとう姿は、明らかに彼女こそがこの惨状の主だという事実を表していた。
彼女を中心にして地割れを起こし、大きくへこんだ地面を見れば、今放たれた魔術がいかほどの衝撃だったかがよくわかる。蠢いていたものたちはとっくにすべてが炭へと帰している。
このあまりに無鉄砲、それでいて気持ちがいいほどの特攻を目にした人々は、呆気に取られたようにしばし沈黙した。……沈黙したが、次の瞬間には次々と拳が突き上がる。うねるような歓声が湧きあがる。
大地を揺らすほどのむさ苦しい雄叫びが響き渡った。
「圧巻!」
「さすが!」
「今日も最高!」
「これでこそ俺たちの――」
爆心地のエルダだあああぁぁ! と。
しかし当の本人はといえば。
「恥ずかしいから、それやめてくれないかなああぁっ!?」
盛り上がる仲間に向かって、顔を真っ赤にして叫んだ。
だがその直後。
「エルダアアアアアァァッ!」
「はい! すみませえええぇぇんっ!」
地面を割るような迫力ある怒声に、細い身体はヒュッと縮み上がり背筋を伸ばして姿勢を正した。
念願だったディモス帝国魔術師団への入団。
そして、待ち望んでいた再会に私の心は期待に膨らんでいた。
真新しい深藍色の団服を身にまとい、兵舎の廊下を進んだ先で……ずっと焦がれていた懐かしい黒褐色の髪を見付ける。
はやる気持ちを抑えて、胸を高鳴らせながら一歩ずつ近づいたあの瞬間、間違いなく私の全身には溢れんばかりの希望と喜びが満ちていた。
直後それがとんだ思い上がりで、うぬぼれであったと思い知るとは露知らず。
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帝国の中心である帝都から南方に広がるウルシル平原。
この地にディモス帝国魔術師団第二実戦部隊が魔物討伐の任を受けて派遣されたのは、早朝のことであった。
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代わりに蠢くのは、一見大きな闘牛にも見えるが禍々しく捻じれた巨大な角と深紅の瞳が明らかに異形の証である、魔物と呼ばれるものの群れであった。
彼らに占拠されている限り、この交易路は使えない。
理性の低い魔物の群れに囲まれようものなら、悲惨な結末しか待っていないのだから。
そこへ――まるで彗星のような炎の塊が、突如として数多の魔物の中心へ突っ込んだ。
同時に、激しい振動と爆発。
巨大な火柱が巻き上がり、周囲は魔物もろとも爆風によって吹き飛ばされた。
魔術である。あまりに高威力で大規模な魔術が、ウルシル平原に落ちたのだ。
平原は衝撃による砂塵で覆い尽くされ、それらがようやく風と流れたあとには、開けた大地の中心にただ一人が立っている。
空に溶けそうな長いスカイブルーの髪をなびかせた、鮮やかなアクア色の瞳をした小柄で華奢な女性。場には不釣り合いなほどの儚さを思わせながらも、チリチリとした残火をまとう姿は、明らかに彼女こそがこの惨状の主だという事実を表していた。
彼女を中心にして地割れを起こし、大きくへこんだ地面を見れば、今放たれた魔術がいかほどの衝撃だったかがよくわかる。蠢いていたものたちはとっくにすべてが炭へと帰している。
このあまりに無鉄砲、それでいて気持ちがいいほどの特攻を目にした人々は、呆気に取られたようにしばし沈黙した。……沈黙したが、次の瞬間には次々と拳が突き上がる。うねるような歓声が湧きあがる。
大地を揺らすほどのむさ苦しい雄叫びが響き渡った。
「圧巻!」
「さすが!」
「今日も最高!」
「これでこそ俺たちの――」
爆心地のエルダだあああぁぁ! と。
しかし当の本人はといえば。
「恥ずかしいから、それやめてくれないかなああぁっ!?」
盛り上がる仲間に向かって、顔を真っ赤にして叫んだ。
だがその直後。
「エルダアアアアアァァッ!」
「はい! すみませえええぇぇんっ!」
地面を割るような迫力ある怒声に、細い身体はヒュッと縮み上がり背筋を伸ばして姿勢を正した。
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