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なんだかんだ魔王様がすごい
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『……どういうつもりだよ』
憎々し気な声がする。
聞こえたと言っても実際に声がした訳ではなくて、頭の中に響くような感じは先ほどユリウスが黒いドラゴンになったときと同じだった。
声の主は牙を剥くこげ茶の猫。いつの間に気が付いたのか、横には白猫も並んでいた。
『こんなの隠し持ってやがって……いっそのこと殺せ』
『魔王という存在を甘く見てましたね。手加減も情けも不要です』
睨みつけてくる二匹を前にして、ユリウスはついさっきまでのおかしなモジモジを引っ込めて姿勢を正した。足を組んで背筋を伸ばせば、その姿はすっかり魔王様然としているから驚きです。
「……お前たちが起こしたことの全ての原因は俺自身の言葉と、俺たち魔族だ。だから命は取りたくない。それでも王として咎めなしとはいかないし、いいとは思わない。だから二人の魔力を全て奪わせてもらった」
剣呑とした雰囲気の二人に向かって、ユリウスは一言一言、とても言葉を選んでいるようでした。
過去を知ったあの空間で打ちひしがれていた姿を間近で見た私も、気付けば祈るように手を組む。少しでもいいからユリウスの思いが伝わってくれたらいい。
『なにふざけたこと言ってんだ。だから俺はお前が嫌いだっつってんだよ』
『命を助けられたからといって、私たちはあなたに感謝などしない』
突き放すような二人の言葉にも、ユリウスは怯まなかった。
「嫌いでも感謝なんてしなくても、それでいい。確かに甘いと思う。でも、俺は魔族と人間の在り方を変えていきたいんだ。今まで無知だったことの償いがしたい。ルーディーやヴェンデルみたいな者たちももっと生きやすいように。──俺がなによりも一番したいことは、魔族を守りたいということに変わりはないから」
そう言って頭を下げたユリウスをじっと見ていた二人は、その視線を私に移した。二対の瞳が見定めるように上から下に動く。
な、なんだろう。なんだかとてもいたたまれないのですが。
『忌々しいほどの綺麗ごとを並べてるが……』
『まあ、当の魔王自身がこれですからね。本心ではあるかと』
『クッソ……っ』
「え? なに?」
『どちらにせよこの状態では……』
『わかってる!』
「真名で完全に奪われた魔力は回復しない。だが必ず全てを成し遂げて、魔力は返す。時間はかかると思うが、同時にその時間を二人への罰にしようとも思う──どうか待っていてほしい」
私の戸惑いは丸っとスルーされてしまいましたが、頭を下げたユリウスに二人はそれ以上なにも言いませんでした。どちらにせよ、ここですぐ答えを出せるようなものでもないですよね。
と、そこでユリウスがふと頭を上げる。
「……もう限界だ」
その言葉と同時に空間が歪んだ。かと思えば──全ての音が一斉に戻る。同時に頬を撫でる風の感触。
世界が息を吹き返したかのように風が吹き草木が揺れている。
「ど、どうなりましたの!?」
「なんなの!?」
マルゴさんと沙代の声に振り向けば、二人は膝を着いた格好のままキョロキョロと周囲を見渡している。その沙代と目が合った。
「──っ、綾姉!」
「わあっ!」
駆け寄って来た沙代が勢いよく飛び込んできて、そのまま背中から倒れる。身体を跳ね起こした沙代に全身をペタペタと叩かれて無事を確認された。……なんだか、同じことを某騎士にもされた気がしますね。
「この二人はどうしましたの?」
「現状では魔力の無いただの猫だ。心配いらない、当分魔力は戻らないし話はついた」
「……なるほど、確かに。でも今の一瞬で……まあいいでしょう、深くは聞きませんわ」
「助かる」
ユリウスの言葉に、二匹をじっと見据えていたマルゴさんは頷いた。そして今度はじっと私を見つめてくる。──と思ったらギョッとしたように目を剥かれました。
……だからみんなして一体なんなの!? さっきの双子に続いて変な反応するのやめて!
「これはまた……すごいわねアヤノ。とんでもないお守り付けちゃって……」
「ああ、なんか強力な加護? とか言ってた気がします」
「あなたこれ、心臓刺されても死にませんわよ。というか、まず心臓を刺すことが不可能でしょうね」
「そもそもそんな事態になりたくないのですが!?」
恐ろしい例えを出さないでほしい。ユリウスを見ればまた頬を染めていた。そんな私とユリウスを交互に見た沙代が「……嘘でしょ。兄ちゃんに言わなきゃ」なんて呟いている。
──そうだ、お兄ちゃん!
「沙代、お兄ちゃんと公平は!?」
神社で別れたっきりの二人が心配です。それなのに当の沙代はあっけらかんとしていました。
「ああ、大丈夫。あとからくるから」
「あとから? 何かあったの?」
「それが──」
なんて話していたそのとき、
「おおーい!」
よく通る、あの呑気な野球部の声が聞こえてきたのです。そして山道の奥から走ってくる二人の人影。
「ほら来た」
「お兄ちゃん、公平! ……って、ん?」
近づいてくる人影をよく見れば、なんだか異様に背が高い。同じように眉根を寄せた沙代と目を凝らせば、二人はそれぞれ誰かを肩車していました。
「あや姉ー! さよ姉ー!」
「千鳥!?」
兄に肩車されていたのは散々心配していた千鳥でした。ちなみに公平の上には由真ちゃんが乗っています。良かった二人とも無事でした。
「探してたんだよ!? 二人ともどこにいたの?」
「神社からあの白髪男がいなくなったあとに、裏の草むらから泥んこで出てきてさぁ。ひとまず沙代とマルゴさんとは別れて俺とレジェンドで確保した」
どうやら私が危惧していた通り、千鳥と由真ちゃんは猫を探すあまり道を外れて、道なき道を突き進んでいたようです。
「どれだけ心配したと思ってるの! あと電話は勝手に切らない!」
募っていた心配のせいで小言を言えば、勝手をしているという罪悪感はあったのでしょう。千鳥と由真ちゃんが兄たちの上でしょんぼりと肩を下げる。
けどそれも、二匹の猫を見つけるまでのほんの一瞬でした。
「カフェ!」
「モカ!」
地面に座っていた二匹を見つけるなり瞳を輝かせて、二人は肩車から飛び降りた。
反動で公平がベシャッと転んだけれど、もはやそんなもの見えていない様子で真っすぐと駆けていく。とりあえず公平はどんまい。なんだかこんなのばっかりで可哀相だわ。
全力で走る少女たちは、脇目もふらずスライディングするように二匹の猫に飛び込みました。
「良かったよぉっ! 良かったよおぉ……っ!」
「心配したんだからあぁっ!」
千鳥と由真ちゃんがそれぞれルーディーとヴェンデルをしっかりと胸に抱いて、おいおいと泣き始めました。その大泣きっぷりに私たちもびっくりです。
「変な音がドンドンするから、なにか、あったんじゃないかって……っ!」
「けがでもしてたらどうしようって、ちーちゃんと探してたのよぉっ!?」
その変な音の原因が、今胸に抱いてる二匹なんだけどね。
なんて野暮なことは言いません。
「痛いところはない? 大丈夫? 本当に良かったよおぉっ!」
「お腹はすいてないかしら? 良かったわあぁっ!」
だって、二人にぎゅうぎゅうと抱きしめられて心配されてワンワン泣かれている二匹が──信じられないとばかりにあまりに呆然とした顔をしていたのだから。
そのあと、私たちは慌ててギルベルトの回収に向かいました。
特に沙代なんてあの兄を追い抜かんばかりの勢いで駆けて行ったというのに、ズタボロで地面に転がっていた彼が元気溌溂とした声で「終わったのか!? さすがサヨだ!」と叫んだときはさすがに引いたし、なんなら痛めつけた本人であるルーディーも間違いなく引いた目をしていた。
あの人は本当に人間なのだろうか。
でも「心配させといて!」とビンタした沙代の目が潤んでいたのを知っているし、ギルベルトも当然気付いていたに違いない。
こうして大魔法合戦となった夜はなんとか終わりを迎えたのです。
憎々し気な声がする。
聞こえたと言っても実際に声がした訳ではなくて、頭の中に響くような感じは先ほどユリウスが黒いドラゴンになったときと同じだった。
声の主は牙を剥くこげ茶の猫。いつの間に気が付いたのか、横には白猫も並んでいた。
『こんなの隠し持ってやがって……いっそのこと殺せ』
『魔王という存在を甘く見てましたね。手加減も情けも不要です』
睨みつけてくる二匹を前にして、ユリウスはついさっきまでのおかしなモジモジを引っ込めて姿勢を正した。足を組んで背筋を伸ばせば、その姿はすっかり魔王様然としているから驚きです。
「……お前たちが起こしたことの全ての原因は俺自身の言葉と、俺たち魔族だ。だから命は取りたくない。それでも王として咎めなしとはいかないし、いいとは思わない。だから二人の魔力を全て奪わせてもらった」
剣呑とした雰囲気の二人に向かって、ユリウスは一言一言、とても言葉を選んでいるようでした。
過去を知ったあの空間で打ちひしがれていた姿を間近で見た私も、気付けば祈るように手を組む。少しでもいいからユリウスの思いが伝わってくれたらいい。
『なにふざけたこと言ってんだ。だから俺はお前が嫌いだっつってんだよ』
『命を助けられたからといって、私たちはあなたに感謝などしない』
突き放すような二人の言葉にも、ユリウスは怯まなかった。
「嫌いでも感謝なんてしなくても、それでいい。確かに甘いと思う。でも、俺は魔族と人間の在り方を変えていきたいんだ。今まで無知だったことの償いがしたい。ルーディーやヴェンデルみたいな者たちももっと生きやすいように。──俺がなによりも一番したいことは、魔族を守りたいということに変わりはないから」
そう言って頭を下げたユリウスをじっと見ていた二人は、その視線を私に移した。二対の瞳が見定めるように上から下に動く。
な、なんだろう。なんだかとてもいたたまれないのですが。
『忌々しいほどの綺麗ごとを並べてるが……』
『まあ、当の魔王自身がこれですからね。本心ではあるかと』
『クッソ……っ』
「え? なに?」
『どちらにせよこの状態では……』
『わかってる!』
「真名で完全に奪われた魔力は回復しない。だが必ず全てを成し遂げて、魔力は返す。時間はかかると思うが、同時にその時間を二人への罰にしようとも思う──どうか待っていてほしい」
私の戸惑いは丸っとスルーされてしまいましたが、頭を下げたユリウスに二人はそれ以上なにも言いませんでした。どちらにせよ、ここですぐ答えを出せるようなものでもないですよね。
と、そこでユリウスがふと頭を上げる。
「……もう限界だ」
その言葉と同時に空間が歪んだ。かと思えば──全ての音が一斉に戻る。同時に頬を撫でる風の感触。
世界が息を吹き返したかのように風が吹き草木が揺れている。
「ど、どうなりましたの!?」
「なんなの!?」
マルゴさんと沙代の声に振り向けば、二人は膝を着いた格好のままキョロキョロと周囲を見渡している。その沙代と目が合った。
「──っ、綾姉!」
「わあっ!」
駆け寄って来た沙代が勢いよく飛び込んできて、そのまま背中から倒れる。身体を跳ね起こした沙代に全身をペタペタと叩かれて無事を確認された。……なんだか、同じことを某騎士にもされた気がしますね。
「この二人はどうしましたの?」
「現状では魔力の無いただの猫だ。心配いらない、当分魔力は戻らないし話はついた」
「……なるほど、確かに。でも今の一瞬で……まあいいでしょう、深くは聞きませんわ」
「助かる」
ユリウスの言葉に、二匹をじっと見据えていたマルゴさんは頷いた。そして今度はじっと私を見つめてくる。──と思ったらギョッとしたように目を剥かれました。
……だからみんなして一体なんなの!? さっきの双子に続いて変な反応するのやめて!
「これはまた……すごいわねアヤノ。とんでもないお守り付けちゃって……」
「ああ、なんか強力な加護? とか言ってた気がします」
「あなたこれ、心臓刺されても死にませんわよ。というか、まず心臓を刺すことが不可能でしょうね」
「そもそもそんな事態になりたくないのですが!?」
恐ろしい例えを出さないでほしい。ユリウスを見ればまた頬を染めていた。そんな私とユリウスを交互に見た沙代が「……嘘でしょ。兄ちゃんに言わなきゃ」なんて呟いている。
──そうだ、お兄ちゃん!
「沙代、お兄ちゃんと公平は!?」
神社で別れたっきりの二人が心配です。それなのに当の沙代はあっけらかんとしていました。
「ああ、大丈夫。あとからくるから」
「あとから? 何かあったの?」
「それが──」
なんて話していたそのとき、
「おおーい!」
よく通る、あの呑気な野球部の声が聞こえてきたのです。そして山道の奥から走ってくる二人の人影。
「ほら来た」
「お兄ちゃん、公平! ……って、ん?」
近づいてくる人影をよく見れば、なんだか異様に背が高い。同じように眉根を寄せた沙代と目を凝らせば、二人はそれぞれ誰かを肩車していました。
「あや姉ー! さよ姉ー!」
「千鳥!?」
兄に肩車されていたのは散々心配していた千鳥でした。ちなみに公平の上には由真ちゃんが乗っています。良かった二人とも無事でした。
「探してたんだよ!? 二人ともどこにいたの?」
「神社からあの白髪男がいなくなったあとに、裏の草むらから泥んこで出てきてさぁ。ひとまず沙代とマルゴさんとは別れて俺とレジェンドで確保した」
どうやら私が危惧していた通り、千鳥と由真ちゃんは猫を探すあまり道を外れて、道なき道を突き進んでいたようです。
「どれだけ心配したと思ってるの! あと電話は勝手に切らない!」
募っていた心配のせいで小言を言えば、勝手をしているという罪悪感はあったのでしょう。千鳥と由真ちゃんが兄たちの上でしょんぼりと肩を下げる。
けどそれも、二匹の猫を見つけるまでのほんの一瞬でした。
「カフェ!」
「モカ!」
地面に座っていた二匹を見つけるなり瞳を輝かせて、二人は肩車から飛び降りた。
反動で公平がベシャッと転んだけれど、もはやそんなもの見えていない様子で真っすぐと駆けていく。とりあえず公平はどんまい。なんだかこんなのばっかりで可哀相だわ。
全力で走る少女たちは、脇目もふらずスライディングするように二匹の猫に飛び込みました。
「良かったよぉっ! 良かったよおぉ……っ!」
「心配したんだからあぁっ!」
千鳥と由真ちゃんがそれぞれルーディーとヴェンデルをしっかりと胸に抱いて、おいおいと泣き始めました。その大泣きっぷりに私たちもびっくりです。
「変な音がドンドンするから、なにか、あったんじゃないかって……っ!」
「けがでもしてたらどうしようって、ちーちゃんと探してたのよぉっ!?」
その変な音の原因が、今胸に抱いてる二匹なんだけどね。
なんて野暮なことは言いません。
「痛いところはない? 大丈夫? 本当に良かったよおぉっ!」
「お腹はすいてないかしら? 良かったわあぁっ!」
だって、二人にぎゅうぎゅうと抱きしめられて心配されてワンワン泣かれている二匹が──信じられないとばかりにあまりに呆然とした顔をしていたのだから。
そのあと、私たちは慌ててギルベルトの回収に向かいました。
特に沙代なんてあの兄を追い抜かんばかりの勢いで駆けて行ったというのに、ズタボロで地面に転がっていた彼が元気溌溂とした声で「終わったのか!? さすがサヨだ!」と叫んだときはさすがに引いたし、なんなら痛めつけた本人であるルーディーも間違いなく引いた目をしていた。
あの人は本当に人間なのだろうか。
でも「心配させといて!」とビンタした沙代の目が潤んでいたのを知っているし、ギルベルトも当然気付いていたに違いない。
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