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こんな驚きいりません

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 前方でもこちらと同じように、沙代とギルベルトが次々とゴーレムを倒していきます。
 でも、さすがにあっちは私たちの周りよりも数が多い。つまり、白猫のもとにはいまだ辿り着けていないようです。

 乱れ交う隙間からチラチラと見える猫は、これだけゴーレムを叩き潰しても変わらず石畳の上に悠然と腰を下ろしたまま。少しの焦りも窺えない様子に、なんとも言えない不安が心をかすめる。

 だって、ここにいると思ったのに。
 どうしてここにいるのはあの白猫だけなの。

「ねぇちょっと!」

 湧き上がる焦燥感に背中を押されて、思わず声を張り上げた。

「ユリウスはどこ!? 来たんでしょう!?」
「ですから、私の後ろから離れるんじゃありませんと言いましたわよねえぇっ!?」

 勢い余ってマルゴさんを押しのけたら、大変厳しいお叱りを受けてしまいました。沙代に続き言うことを聞かない姉妹ですみません。この人は案外、気苦労の絶えない不憫キャラかもしれませんね。

 けどユリウスはここへ、あの猫に会うため一人で来たはずじゃなかったのだろうか。なのにその姿が見えない。
 焦る私の顔を見ても、猫は涼しい顔のまま──やっぱりその顔はにやりと歪んだ。

 直後、先ほどの非ではない激しい耳鳴りに襲われる。空間が歪んだのかと錯覚してしまうほど。

「い──っ!」

 あまりの痛みに立ってなどいられませんでした。耐えきれず、その場に崩れるようにして膝を着く。いくら手で耳を塞いでも抑えることができなくて、頭が割れてしまいそう。マルゴさんでさえ眉間を険しく寄せています。
 一体何事かと、耳を突き刺すような痛みを堪えて前を見やれば──そこにいたのはもう猫ではありませんでした。

「耳障りなほどやかましい人間たちだな」

 入り乱れた乱闘の中でも、凛と通る声がした。
 そこには、一人の青年。
 けれど、その白髪とダークブラウンの瞳、そして三日月に欠けた瞳で嘲笑うような表情が、つい今までその場にいたはずの猫を連想させる。

「……は? え?」

 とんでもなくいい声で、辛辣な言葉が飛んできましたけど。
 誰ですかこの人。いや、もしやという思いはあれど、いやいやまさかという感情が邪魔をする。結果、無意味にキョロキョロと左右を見回して間抜けな声をあげてしまう。

「マルゴさん……! マルゴさあぁんっ!」

 一番的確な解説をくれそうな巨乳魔術師へ縋るように目を向けると、ギロリと「邪魔すんな」とばかりに睨み付けられてしまいました。何かぶつぶつ呟いているのでそれどころではないようです。
 お兄ちゃんと公平も耳鳴りにめげずゴーレム退治に夢中なので、なんの期待もできそうにありません。この二人は適応力高いわぁ。
 
 再びくだんの青年へ視線を戻すと、目が合った。張り付けたような笑みのまま変わらない表情は、どうにも嫌な感じです。
 よくよく見ると、彼は黒地にやたらとたくさんベルトを付けたなんとも見覚えのあるテイストの衣装を着ていました。どこぞの魔王様を彷彿とさせますね。おっと、布のテカり具合からして、これはまさかの上下革素材でしょうか。
 あの子がボーカルだとしたら、この人はクールにベースとか掻き鳴らしていそう。襟足だけ伸びた髪が余計に「ぽいわー」なんて。そんな感じ。
 だって衣装が完全に同族だもの。今すぐにでもバンド結成できそうだもの。

 というか、いやその前に、

「さっきの猫は!?」
「ですから、あいつがあの猫ですわ」
「あ、マルゴさん終わったんですか!?」

 何やら呟いていたマルゴさんが、私のもしやを確信に変えてくれました。

「あなたは、なぜ彼らが魔族と呼ばれるか知りませんの?」
「ええと、知りませんね」

 素直に答えたらマルゴさんの眉がぐいっと上がった。「サヨもギルベルトも一体何をしていましたの!?」と、前方で力の限り暴れ回るカップルを睨み付ける。こればかりはもっと言ってやってほしい。

「彼らは人と獣、二つの姿を有していますのよ。そして、力の源となる魔力は闇を孕む。それが魔族と呼ばれる者たちですわ」
「……なんてファンタジー」

 まさに。な話に、心の声がそのまま出てしまいます。そんな私の反応に訝し気に首を傾げたマルゴさんを見て、慌てて手で口を塞いだ。私にとってはとんでもないファンタジー設定でも、異世界では常識なんですよね。
 聞いただけだったらきっとなんの現実味も感じられなかっただろうけれど、現にこの目で猫から人へのチェンジを見てしまったのだから、認めるしかない。

「これ以上、あの方をそそのかさないでくれないか」

 なんとかこの現実を呑みこんだところで、ベーシスト(仮)の青年がやはりニコリとしたまま声を発した。
 ……しかし、唆すってなんだ。この人は話し方も嫌な感じですね。

「あのままでいいんだよ。余計なことは考えずにね」

 彼の表情はやはり嘲笑うような笑みを浮かべたまま。
 すると、前方でゴーレムを斬り倒した沙代がキッと青年を睨んだ。その表情は、まさにブチ切れ。

「……っ、ふざけんな!」

 ゴーレムを斬り捨てての一喝。
 その目には明らかな怒りを滾らせている。

「全部お前のせいなんだろうが、このド腐れ野郎が!」
「ああ、そうだな! 胸糞悪くなるその口を閉じろこのド腐れ野郎が!」

 そして沙代に続いて口汚く口撃を仕掛けるチンピラ。

「そうですのよ! 白髪に陰鬱なブラウンの瞳……二人とも! 間違いなく全部このド腐れ野郎のせいですわ!」

 かと思ったらマルゴさんまで! まさかの三段階に渡る口撃! あのベーシスト(仮)さんは一体何をしでかしたというの? と、ここでマルゴさんが仕上げとばかりに再度聞きなれない言葉で呪文を叫ぶ。

「これで、どうかしら!」

 同時に巨乳魔術師の足元でまたも白く浮かび上がる魔法陣。
 しかし今度はこれだけではありませんでした。いまだ数十体と蠢くゴーレム全ての足元に、次々と魔法陣が描かれていく。暗闇に包まれた境内の中で、いくつもの紋様が光り輝く様は圧巻だった。

「全員離れなさい!」

 マルゴさんの叫びにも似た声に、ゴーレムと対峙していた面々が距離を取る。そして次の瞬間、とんでもない耳鳴りに襲われたと同時に、白い光を放ついくつもの魔法陣から次々と氷の柱が突き出して、ゴーレムを刺し貫いた。
 蠢いていた全てのゴーレムが一瞬にして砕け散る。

「…………っ」

 開いた口が塞がらないとは、きっとこういうことなのでしょうね。
 ぽかーんとした間抜け面のままマルゴさんへ顔を向けると、そこには「ふふん」と得意気に胸元で組んだ腕にスイカップをドンと乗せた魔術師様がいらっしゃいました。ゆるTシャツに描かれている犬だった豚までもが、どこか誇らしげに胸を張っているように見えます。

「さっきぶつぶつ呟いていたのは、これだったんですか?」
「ええそうよ。この魔術を構成しておりま──」

 しかし「ふふん」とした顔のまま、マルゴさんが背中からバターンと倒れていく。

「マルゴさん!?」

 地面に激突する直前でなんとか支えたけれど、さすがにキツイ。力の抜けた人間というものが、こんなにも重みを増すなんて知りませんでした。

「お、重……っ!」
「やってしまいましたわ……。ごめんなさいね、私のプロポーションが良いばかりに余計辛いでしょう」
「はあ!? そんことありませんけどぉ!?」

 運動格差に続いて乳格差まで感じてたまるか。胸の大きさの辛さを訴えながらもそれただの自慢でしょ? なんて苦渋はこの歳で既にお腹いっぱいですから!
 火事場の馬鹿力のごとく、もはや意地でマルゴさんの身体を起こすと、叩いた軽口とは対照的に真っ青な顔色を見てギョッとする。

「ちょっと、本当にどうしたんですか?」
「今、ほぼ魔力が尽きてしまいました」
「え!?」

 それはつまり、ゲームでいうMP0状態ということでしょうか!?
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