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付き添いという名の
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ユリウスとの虫取りから数日。
あれから私の部屋を逃げ場としたのか、ギルベルトや沙代から逃げたユリウスが部屋の隅っこで小さくなっている。なんてことが多々発生しました。
あの二人に突き出すのも忍びないので、一緒にお菓子を摘まんだりお茶したりなんて匿っていたら、まあ世間話くらいはできる仲にはなった……と、思います。ユリウスがどう思っているかはわからないけれど、話し相手ができて私はは単純に楽しんでいる。
なんとも上から目線というか、ちょっといたたまれなくなる独特の言い回しさえ気にしなければ、ギルベルトよりずっと話が通じる気がします。
ギルベルトは、とりあえず沙代のことしか考えてないのはよくわかる。
ただ、ぼんやりとなにか考え込んでいるユリウスの姿を、たまに見るようになった。
さて、そんな日々の某日。
姉妹揃って昼食を済ませ、千鳥と一緒に部活へ行く沙代を見送ったところで、いまだに道場から戻ってこない父とギルベルト、そしてユリウスに気付く。
「……いつまで朝稽古してるのかな?」
「昨日のぶんも頑張るぞ! ってギルがユリちゃん連れて張り切ってた」
「それはまた……申し訳ない」
昨日もユリウスと長々お菓子パーティーしちゃいましたからね。意外と甘党だったユリウスですが、カッコつけてそれを悟られまいとしている様子が面白くて、つい毎回引き留めてしまいます。
日本のチョコレート菓子のバリエーションに、明らかにテンションが上がっていて可愛い。
とまあ、それはさておき。ギルベルトは張り切る度合いが振り切れていることに、なぜ気付かないのか。
そう思ったけれど、父も一緒にいるんだと思えば納得せざるを得ない。一度火が付くと止まらないんですよ、あの父。ギルベルトとの相乗効果は想像しただけで凄そう。
心の中でユリウスに合掌。
というわけで「お昼が片付かない」と嘆く母にけしかけられて、千鳥と一緒に道場へ向かいますよ。
父とギルベルトはともかく、ユリウスがそろそろぶっ倒れていそうですしね。
たどり着いた道場では、予想した通りの光景が広がっていました。
「ユリ坊おぉーっ! 貴様の気合はそんなものかああぁーっ!」
「お父上! 次はぜひ私と手合わせを!」
「よし、ギル! そこに立てぇい!」
「はい! ギルベルト、参ります!」
そして「きえぇい!」という甲高い気合の掛け声が鼓膜を突き破らんばかりに響く。
……むしろ予想以上かもしれません。燃え上がる二人の熱気で、道場がまるで地獄と成り果てていたとは。周囲に目をやると、片隅では袴姿のユリウスが無残に転がっていました。
瀕死の少年に駆け寄りひっくり返せば「みず……」と、絞り出すような声がする。なんたる無体な。父や兄や沙代の熱気に当てられ、干からびかけた幼少時代がフラッシュバックしてしまいます。ユリウス……わかるよ、辛かったねぇ。不覚にも熱くなった目頭を押さえる。
戦慄の記憶に心抉られている私の横では、千鳥が「ユリちゃーん」と呼びかけながら容赦なく頬をペチンペチンと叩いています。千鳥そのくらいにしてあげて、彼のライフは0なのよ。
それなのに、あの二人はいつまでドッタンバッタンしているつもりなのでしょうか。なんでしょうね、彼らだけで勝手に熱くなるのはまあ好きにしたらってなものですが、もっと周りをよく見てほしいですね。
というわけで。
「お父さん! ギルベルト! いつまでしてるの!」
大きく息を吸い込んでの、一喝。
祖母までとはいかなくても、怒りをのせた今の叫びはなかなかの声量だったと思う。その証拠に、ピタッと二人の動きがようやく止まりました。
「綾乃か。どうした千鳥まで」
「どうしたじゃないでしょ! 何時だと思ってるの」
私の指摘で時計に目をやった父が、とっくに正午を回っていたことにようやく気が付いたらしい。呑気にも「そういえば腹減ったなぁ」などと呟いている。
「……サヨは?」
いち早く片づけを済ませたギルベルトが、キョロキョロと辺りを見回した。
金髪緑眼の袴姿もいい加減違和感がなくなってきました。どうやら彼は袴がお気に召したようで、もはや普段着になりつつあります。曰く「袖を通すだけで気が引きしまる」とのこと。
道場としてもイケメンの袴姿は大変好評で、生徒さんの乙女心も我が家の懐もウッハウハ──いえ、とにかくありがたいことです。今や我が家の女性陣にとどまらず、ギルベルトは田舎のマダムのアイドルと化しているらしい。
……見た目が良いって本当に得なんだなぁ。なんて感心すらしてしまいます。そしてこのまま順調に生徒さん増えるといいなぁ。って、いけない。いつの間にか脳内思考がすっかり脱線してしまいました。うっかりこのまま『イケメンと手とり足とりトキメキ剣道教室☆』のプランを練り始めるところだった。
「沙代ならとっくにお昼食べて部活行ったよ」
「なに──っ!?」
気付けば道場の入口から全ての窓にいたるまで、片っ端から顔を突き出してはウロウロと彷徨っていたギルベルトに声をかければ、絶望に打ちのめされたような顔で膝を着いた。
まるでこの世の終わりかのようです。本当にわかりやすい。異世界の騎士に威厳は必要ないのでしょうか。いや、これが異端なのだと信じたい。
「今日こそは私もブカツにと思っていたのに……っ」
「え、この間あんなにボロクソに言われたじゃない」
どうやら沙代に付いて行く気だったようですよ。「ウザいしうるさい」とまで貶されてなかったっけ? ギルベルトの顔とこの図太い神経だけは心底羨ましいです。
すると、悲しみに暮れていた顔をみるみるだらしなく弛めて、彼は惚気た。
「何を言う。あれでサヨは照れているんだ。最初の頃は人見知りが激しいのか、取り付く島もなかったくらいだからな」
言われて、むしろ私は首を傾げてしまう。
あれ……? あの子、人見知りなんてしたっけ?
昔から度胸も据わっていた沙代は、見知らぬ場所でも相手でも怖気づくことなくゴリゴリ突き進んでいたような気がします。あ、でもさすがに異世界となると、いくら沙代といえども心細かったのかな。
今更ながら、よくぞ無事に帰ってきたと思う。当の本人が全く普段通りだし突然の結婚騒動で忘れていたけど、知らない土地で勇者だなんて言われたら、戸惑いは大きかったに違いない。
「そうだったんだ……。ギルベルトと沙代が出会った頃って、どうだったの?」
「ああ。早々に『視界から消え失せろこの野郎が』と言われた。サヨは恥ずかしがり屋だ」
前言撤回。
沙代はどこでも沙代でした。
「……ギルベルトってMなの? ドMなの?」
「サヨにも言われたが、そのエムというのは一体なんのことを言っているんだ?」
わかりましたドMなんですね。
きっと沙代は恥ずかしかったわけでもなく、本心からの発言だったと思われますが……これは言わないでおこう。
「しかしながら、妹がとんだ失礼を」
とにもかくにも、さすがに他人様に向かって沙代の発言はいただけませんよね。姉としてここは頭を下げておこう。
するとギルベルトは驚いたように眉を上げてから、透き通るような緑の瞳を細めて破顔した。
「…………」
はい。私、綾乃は自供させていただきます。
正直今のはとんでもない破壊力でした。今のギルベルトの微笑みで一体何人の女子がハートを撃ち抜かれるやら。まさに一騎当千とはこのこと!
ごめんよ沙代、お姉ちゃんは妹の彼氏にうっかりトキめくところだったよ。本当にねぇ、顔だけはねぇ。
「いきなり知らない世界に飛ばされたうえに、タイミングが悪かっただけだ。サヨは悪くない」
だからと言って恥ずかしがり屋だと認識したギルベルトと沙代の間では、とてつもなく大きな思い違いが生じている気がしますが……いや、これも言わないでおこう。
いいんだ。沙代がそれでいいなら口は挟むまい。外野がとやかく言うのは野暮というもの。はい、この話は終わり!
深く関わらないでおこうと私が密かに決意を新たにした早々、思い付いたようにギルベルトが瞳を輝かせた。
「そういえば、アヤノもサヨと同じ学び舎に通っているのだろう?」
「え……そ、そうですね」
あれ、なんか。嫌な予感が一瞬にして全身を駆け巡ったのですが。この先の展開がなんとなく予想ついてしまうのですが。嫌だ、おいマジですか。
「なら頼む! 連れて行ってくれないか!」
「もちろん断る!」
完全に被さる勢いで一刀両断したら、心から驚愕したように「なぜだ!?」と叫ばれました。
なぜだもどうしてもあるか。
「せっかくの夏休みだっていうのに、どうして用もなく学校に行かなきゃいけないのよ」
しかもこんなに目立つ騎士様と一緒に行けと!? っていうかそれが一番嫌だ。そんなもの断固拒否だ。
すると、ギルベルトは一転して悲しそうに眉を下げて目を伏せる。そして漂う哀愁。
「……サヨの学び舎を見たいと思うのは、いけないことなのか……?」
この人泣き落としにかかりましたよぉ!? しかも確実に自分の見目麗しさをわかってない!? なんだこの絶妙な目の伏せ具合は、くやしいが超絶イケメン! やるじゃない顔だけのくせに……って、いけない、いい加減妹の彼氏に対して暴言がすぎてしまう!
と、意識をとっ散らかしてなんとかぎりぎりのところで踏ん張ったのですが、そんな私の努力を無にするかのようにあっさり籠絡されてしまった少女が一人。
「あや姉……ギル、かわいそう」
可愛い妹があっさりと手懐けられてしまいました。
「わたし、今日もゆまちゃんと遊ぶ約束してるから、途中までついてってあげる」
「ありがとう。チドリは優しい女性だな」
八歳の小学生相手に神々しいキラキラオーラを振りまくこの騎士様を誰か止めてください。こら千鳥、瞳を輝かせるんじゃありません!
「綾乃よお、ギルを連れてってやれんのか」
とか思っていたら、ツルリ頭のおじさんまでこんなことを言いだしましたよおいこら父! ツルツル頭を手ぬぐいでキュキュッと磨きながら悲しそうな顔して何を言い出す。
縋るような顔が三人並んで私を見つめてきます。どうしたの、浦都家はもはやこの騎士様に乗っ取られてしまったの? いつの間にか私が悪役みたいになっている!
ぐっと唇を噛み締めて、下すのは苦渋の決断。
「わ……わかったわよ……」
行きますよ。ギルベルトを引き連れて沙代のところまで。私が沙代に怒られそうなんですけど……って、あー、それ考えただけで怖い。
だって所詮はノーと言えない日本人。なんて悲しい性でしょう。
私の首が縦に振れたとたん、目の前の三人組はパァッと顔を輝かせました。この疎外感はなんでしょうね。
とか思っていたら、
「せっかくの機会なんだ、ユリウスもしっかりこの世界の学び舎を見ておくといい」
「は?」
「え?」
ギルベルトだけじゃないの!? ユリウスと私があげた間抜けな声は見事にシンクロしました。
それだけでなく、床から顔だけを上げたユリウスと、振り返った私の瞳までバッチリ合った──ような気がします。少年の前髪は相変わらずもっさりしてたけど、今のは絶対にバチッって音を立てて視線がぶつかった。
──げっ、嘘だろ!? ってね。
さすがお菓子パーティー仲間。気が合うね、私たち! なんてね。
という訳で、異世界人二人を連れて部活に励む沙代のところまで行く羽目になりましたよ。
要はあれですか、付き添いという名のお守りってやつですか。
あれから私の部屋を逃げ場としたのか、ギルベルトや沙代から逃げたユリウスが部屋の隅っこで小さくなっている。なんてことが多々発生しました。
あの二人に突き出すのも忍びないので、一緒にお菓子を摘まんだりお茶したりなんて匿っていたら、まあ世間話くらいはできる仲にはなった……と、思います。ユリウスがどう思っているかはわからないけれど、話し相手ができて私はは単純に楽しんでいる。
なんとも上から目線というか、ちょっといたたまれなくなる独特の言い回しさえ気にしなければ、ギルベルトよりずっと話が通じる気がします。
ギルベルトは、とりあえず沙代のことしか考えてないのはよくわかる。
ただ、ぼんやりとなにか考え込んでいるユリウスの姿を、たまに見るようになった。
さて、そんな日々の某日。
姉妹揃って昼食を済ませ、千鳥と一緒に部活へ行く沙代を見送ったところで、いまだに道場から戻ってこない父とギルベルト、そしてユリウスに気付く。
「……いつまで朝稽古してるのかな?」
「昨日のぶんも頑張るぞ! ってギルがユリちゃん連れて張り切ってた」
「それはまた……申し訳ない」
昨日もユリウスと長々お菓子パーティーしちゃいましたからね。意外と甘党だったユリウスですが、カッコつけてそれを悟られまいとしている様子が面白くて、つい毎回引き留めてしまいます。
日本のチョコレート菓子のバリエーションに、明らかにテンションが上がっていて可愛い。
とまあ、それはさておき。ギルベルトは張り切る度合いが振り切れていることに、なぜ気付かないのか。
そう思ったけれど、父も一緒にいるんだと思えば納得せざるを得ない。一度火が付くと止まらないんですよ、あの父。ギルベルトとの相乗効果は想像しただけで凄そう。
心の中でユリウスに合掌。
というわけで「お昼が片付かない」と嘆く母にけしかけられて、千鳥と一緒に道場へ向かいますよ。
父とギルベルトはともかく、ユリウスがそろそろぶっ倒れていそうですしね。
たどり着いた道場では、予想した通りの光景が広がっていました。
「ユリ坊おぉーっ! 貴様の気合はそんなものかああぁーっ!」
「お父上! 次はぜひ私と手合わせを!」
「よし、ギル! そこに立てぇい!」
「はい! ギルベルト、参ります!」
そして「きえぇい!」という甲高い気合の掛け声が鼓膜を突き破らんばかりに響く。
……むしろ予想以上かもしれません。燃え上がる二人の熱気で、道場がまるで地獄と成り果てていたとは。周囲に目をやると、片隅では袴姿のユリウスが無残に転がっていました。
瀕死の少年に駆け寄りひっくり返せば「みず……」と、絞り出すような声がする。なんたる無体な。父や兄や沙代の熱気に当てられ、干からびかけた幼少時代がフラッシュバックしてしまいます。ユリウス……わかるよ、辛かったねぇ。不覚にも熱くなった目頭を押さえる。
戦慄の記憶に心抉られている私の横では、千鳥が「ユリちゃーん」と呼びかけながら容赦なく頬をペチンペチンと叩いています。千鳥そのくらいにしてあげて、彼のライフは0なのよ。
それなのに、あの二人はいつまでドッタンバッタンしているつもりなのでしょうか。なんでしょうね、彼らだけで勝手に熱くなるのはまあ好きにしたらってなものですが、もっと周りをよく見てほしいですね。
というわけで。
「お父さん! ギルベルト! いつまでしてるの!」
大きく息を吸い込んでの、一喝。
祖母までとはいかなくても、怒りをのせた今の叫びはなかなかの声量だったと思う。その証拠に、ピタッと二人の動きがようやく止まりました。
「綾乃か。どうした千鳥まで」
「どうしたじゃないでしょ! 何時だと思ってるの」
私の指摘で時計に目をやった父が、とっくに正午を回っていたことにようやく気が付いたらしい。呑気にも「そういえば腹減ったなぁ」などと呟いている。
「……サヨは?」
いち早く片づけを済ませたギルベルトが、キョロキョロと辺りを見回した。
金髪緑眼の袴姿もいい加減違和感がなくなってきました。どうやら彼は袴がお気に召したようで、もはや普段着になりつつあります。曰く「袖を通すだけで気が引きしまる」とのこと。
道場としてもイケメンの袴姿は大変好評で、生徒さんの乙女心も我が家の懐もウッハウハ──いえ、とにかくありがたいことです。今や我が家の女性陣にとどまらず、ギルベルトは田舎のマダムのアイドルと化しているらしい。
……見た目が良いって本当に得なんだなぁ。なんて感心すらしてしまいます。そしてこのまま順調に生徒さん増えるといいなぁ。って、いけない。いつの間にか脳内思考がすっかり脱線してしまいました。うっかりこのまま『イケメンと手とり足とりトキメキ剣道教室☆』のプランを練り始めるところだった。
「沙代ならとっくにお昼食べて部活行ったよ」
「なに──っ!?」
気付けば道場の入口から全ての窓にいたるまで、片っ端から顔を突き出してはウロウロと彷徨っていたギルベルトに声をかければ、絶望に打ちのめされたような顔で膝を着いた。
まるでこの世の終わりかのようです。本当にわかりやすい。異世界の騎士に威厳は必要ないのでしょうか。いや、これが異端なのだと信じたい。
「今日こそは私もブカツにと思っていたのに……っ」
「え、この間あんなにボロクソに言われたじゃない」
どうやら沙代に付いて行く気だったようですよ。「ウザいしうるさい」とまで貶されてなかったっけ? ギルベルトの顔とこの図太い神経だけは心底羨ましいです。
すると、悲しみに暮れていた顔をみるみるだらしなく弛めて、彼は惚気た。
「何を言う。あれでサヨは照れているんだ。最初の頃は人見知りが激しいのか、取り付く島もなかったくらいだからな」
言われて、むしろ私は首を傾げてしまう。
あれ……? あの子、人見知りなんてしたっけ?
昔から度胸も据わっていた沙代は、見知らぬ場所でも相手でも怖気づくことなくゴリゴリ突き進んでいたような気がします。あ、でもさすがに異世界となると、いくら沙代といえども心細かったのかな。
今更ながら、よくぞ無事に帰ってきたと思う。当の本人が全く普段通りだし突然の結婚騒動で忘れていたけど、知らない土地で勇者だなんて言われたら、戸惑いは大きかったに違いない。
「そうだったんだ……。ギルベルトと沙代が出会った頃って、どうだったの?」
「ああ。早々に『視界から消え失せろこの野郎が』と言われた。サヨは恥ずかしがり屋だ」
前言撤回。
沙代はどこでも沙代でした。
「……ギルベルトってMなの? ドMなの?」
「サヨにも言われたが、そのエムというのは一体なんのことを言っているんだ?」
わかりましたドMなんですね。
きっと沙代は恥ずかしかったわけでもなく、本心からの発言だったと思われますが……これは言わないでおこう。
「しかしながら、妹がとんだ失礼を」
とにもかくにも、さすがに他人様に向かって沙代の発言はいただけませんよね。姉としてここは頭を下げておこう。
するとギルベルトは驚いたように眉を上げてから、透き通るような緑の瞳を細めて破顔した。
「…………」
はい。私、綾乃は自供させていただきます。
正直今のはとんでもない破壊力でした。今のギルベルトの微笑みで一体何人の女子がハートを撃ち抜かれるやら。まさに一騎当千とはこのこと!
ごめんよ沙代、お姉ちゃんは妹の彼氏にうっかりトキめくところだったよ。本当にねぇ、顔だけはねぇ。
「いきなり知らない世界に飛ばされたうえに、タイミングが悪かっただけだ。サヨは悪くない」
だからと言って恥ずかしがり屋だと認識したギルベルトと沙代の間では、とてつもなく大きな思い違いが生じている気がしますが……いや、これも言わないでおこう。
いいんだ。沙代がそれでいいなら口は挟むまい。外野がとやかく言うのは野暮というもの。はい、この話は終わり!
深く関わらないでおこうと私が密かに決意を新たにした早々、思い付いたようにギルベルトが瞳を輝かせた。
「そういえば、アヤノもサヨと同じ学び舎に通っているのだろう?」
「え……そ、そうですね」
あれ、なんか。嫌な予感が一瞬にして全身を駆け巡ったのですが。この先の展開がなんとなく予想ついてしまうのですが。嫌だ、おいマジですか。
「なら頼む! 連れて行ってくれないか!」
「もちろん断る!」
完全に被さる勢いで一刀両断したら、心から驚愕したように「なぜだ!?」と叫ばれました。
なぜだもどうしてもあるか。
「せっかくの夏休みだっていうのに、どうして用もなく学校に行かなきゃいけないのよ」
しかもこんなに目立つ騎士様と一緒に行けと!? っていうかそれが一番嫌だ。そんなもの断固拒否だ。
すると、ギルベルトは一転して悲しそうに眉を下げて目を伏せる。そして漂う哀愁。
「……サヨの学び舎を見たいと思うのは、いけないことなのか……?」
この人泣き落としにかかりましたよぉ!? しかも確実に自分の見目麗しさをわかってない!? なんだこの絶妙な目の伏せ具合は、くやしいが超絶イケメン! やるじゃない顔だけのくせに……って、いけない、いい加減妹の彼氏に対して暴言がすぎてしまう!
と、意識をとっ散らかしてなんとかぎりぎりのところで踏ん張ったのですが、そんな私の努力を無にするかのようにあっさり籠絡されてしまった少女が一人。
「あや姉……ギル、かわいそう」
可愛い妹があっさりと手懐けられてしまいました。
「わたし、今日もゆまちゃんと遊ぶ約束してるから、途中までついてってあげる」
「ありがとう。チドリは優しい女性だな」
八歳の小学生相手に神々しいキラキラオーラを振りまくこの騎士様を誰か止めてください。こら千鳥、瞳を輝かせるんじゃありません!
「綾乃よお、ギルを連れてってやれんのか」
とか思っていたら、ツルリ頭のおじさんまでこんなことを言いだしましたよおいこら父! ツルツル頭を手ぬぐいでキュキュッと磨きながら悲しそうな顔して何を言い出す。
縋るような顔が三人並んで私を見つめてきます。どうしたの、浦都家はもはやこの騎士様に乗っ取られてしまったの? いつの間にか私が悪役みたいになっている!
ぐっと唇を噛み締めて、下すのは苦渋の決断。
「わ……わかったわよ……」
行きますよ。ギルベルトを引き連れて沙代のところまで。私が沙代に怒られそうなんですけど……って、あー、それ考えただけで怖い。
だって所詮はノーと言えない日本人。なんて悲しい性でしょう。
私の首が縦に振れたとたん、目の前の三人組はパァッと顔を輝かせました。この疎外感はなんでしょうね。
とか思っていたら、
「せっかくの機会なんだ、ユリウスもしっかりこの世界の学び舎を見ておくといい」
「は?」
「え?」
ギルベルトだけじゃないの!? ユリウスと私があげた間抜けな声は見事にシンクロしました。
それだけでなく、床から顔だけを上げたユリウスと、振り返った私の瞳までバッチリ合った──ような気がします。少年の前髪は相変わらずもっさりしてたけど、今のは絶対にバチッって音を立てて視線がぶつかった。
──げっ、嘘だろ!? ってね。
さすがお菓子パーティー仲間。気が合うね、私たち! なんてね。
という訳で、異世界人二人を連れて部活に励む沙代のところまで行く羽目になりましたよ。
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